ドラゴン祭り 1日目 前編
ドラゴンハートでは朝から祭りが行われていた。
料理が作られ食べて歌って酒を飲む。
そこかしこで、自由に楽しむ人達が見られた。
俺は、そんな沸き立った町の広場、キャンプファイヤーの様な大きな焚き木の前に座らされていた。
主役として、妙に大きくゴテゴテと装飾された椅子に、祭り上げられる様に座る。
服装も炎のような赤い刺繍の入ったドラゴン族の民族衣装を着せられていた。
「楽しんでるか」
族長が酒を片手に楽しそうに話しかけてくるが、俺は顔を歪めて答える。
「楽しむどころじゃないですよ。こんな落ち着かない場所に座らされてひっきりなしに人がきて」
「まあ、そう言うな。慣れれば楽しいものだぞ」
「そんなもんですかね?」
心の中で一生慣れないだろうと思いながらも適当に相槌を打つ。
今は俺の周りにフィーナ達は居ないので心細く居心地も悪い。
リゼットはと言うと、ドラゴン族の風習やら工芸品やらが珍しいらしく町を見て回りたいと、早々に出ていってしまった。
ティアは、ミールにせがまれて相手をさせられている。なにせこの場所ではミールは神様扱いだ。丁寧に扱われるのが居心地が悪いらしく、逃げ出そうとしていたが、ドラゴン族の神官たちが懇願して止めていた。折衷案として出たのが、ミールに気に入られたティアが一緒に居るという事だった。まあ、ティアもミールの事を心配していたし調度良かったのかもしれない。
クラリーヌは、弓の練習をしたいと山の上に行ってしまった。
ヒナギクとジョジゼルは、ゼノアとブラムドの元に行ってから帰ってきていない。おそらく、診療所に泊まったんだろう。
で、フィーナはと言うと。
「ご主人様、今回も勝ちました!」
ちょうど、嬉しそうに戻ってきた。
「悪いな。俺の代わりに戦ってもらって」
「いいんです。あの程度ならご主人様を煩わせるまでもありません」
朝からひっきりなしに現れる俺への挑戦者を、代わりに相手してもらっていた。
どうやら、ドラゴン族の祭りは強いものを称えるとともに、自分の名と実力を上げる場所でもあるようだ。
はじめは俺自身が戦っていたのだが、あまりにも数が多いので、途中からフィーナに変わってもらった。フィーナを倒せないやつには俺に挑戦する権利は無いということだ。
「生欲の王との連携はどうだ?」
「だいぶ慣れてきました」
『いろんな相手と戦えると言うのもなかなか楽しいものじゃな。
フィーナもセンスがいいから、上達が早いし良い感じじゃわ。
それに、ドラゴン族の若者の中には強くていい男もいるしのー』
「おいおい、フィーナの体を操って変なことしてないだろうな?」
『心配するな。お主がフィーナを好いていることは知っておる』
「じゃが、そうじゃな。お主とはもう一度相手してほしいな」
生欲の王がフィーナを操り、妖艶な眼差しで俺を見て、顎のラインを指先でなぞる。
あの子供っぽいフィーナにこんな表情が出来るのかとドキリとする。
「おっ、おい、勝手に体を操るな」
『冗談じゃ』
「まったく……、完全に信用したわけじゃないからな」
「ご主人様、大丈夫です。私もデーモンロードの力の使い方がわかってきましたから。
きちんと制御すれば私の体を無理やり操ることは出来ません」
「フィーナがそう言うなら信用するが」
そんな事を話していると、ブラムドとゼノア、ヒナギク、ジョジゼルがやって来た。
ブラムドは少し顔色が悪いが、短く刈った赤髪にキリッとした力強い表情をしている。
権欲の王に操られていた時とは雰囲気は違うが同じ装備だ。
腰には剣を携え、動きやすそうなゆったりとした服の上に甲羅の胸当てをしている。
筋肉質な男の多いドラゴン族の中ではすらりとした方だろう。
もちろん、普通の男よりは遥かに屈強は筋肉をつけている。
「ブラムドとゼノア、体は大丈夫なのか?」
心配して声をかけるが、ブラムドは無言で近づくと鞘に収められた剣の中ほどを持ち、まっすぐ俺に向かって突き出してくる。
「俺と戦ってくれ」
困惑して、目線を泳がすとヒナギクが申し訳なさそうに「お願いします」と頭を下げる。
「よくわからないが、わかった」
装備を整えると、キャンプファイヤーの近くにある石で作られた10メートル四方ほどの闘技場に行く。
俺とブラムドとの戦いは町中に伝えられて、すぐに多くの人達が集まってきた。
「なあ、本当に大丈夫なのか? 体の調子が良くなってからでもいいんじゃないか?」
わかったと言ったものの、やはり体調が気になってしまう。
昨日までデーモンロードに操られていたわけだし、万全とは思えなかった。
「やはり、貴様はやさしいな。操られた俺と戦っている時にも体を傷つけまいと、本気では攻撃していなかっただろう?」
ブラムドは静かに、しかし隙の無い動きで剣を引き抜くとまっすぐに構える。
俺も剣を抜くと同じく構える。
「俺の目的はお前を倒すことじゃなくデーモンロードを封印することだからな」
「甘いな」
ブラムドはつぶやくように言うと、体が赤く光る。
気がつくと、ブラムドの剣が俺の目前に迫っていた。
俺は動揺しつつも瞬時に龍神力を発動させて剣で受ける。
「気は抜けてても瞬時に対応するか。流石だな」
ブラムドは息をつく暇もなく斬撃を繰り出す。
それを、間一髪で受け止めてひたすら防御に徹する。
隙を見て魔法を使おうとしても、すぐに剣が打ち込まれ妨害されてしまう。
「ゼノアから魔法が使えることは聞いている。悪いが使わせないよ」
致命傷を受けないように気をつけながら、魔法を使うタイミングを作ろうと懸命に剣を受ける。
そんな状況が十分ほど続いただろうか?
急にブラムドの動きが鈍くなる。
俺はここぞとばかりに剣を打ち返し距離を取ると、ジャイアントスケルトンを召喚する。
正直、剣での戦いで勝てる気がしない。
俺は生きた心地のしないこの状況で、ブラムドは驚愕の表情をしていた。
「馬鹿な、お前はどれほどの魔力を持っているんだ」
しかし、ブラムドすぐに表情を戻すと、素早く打ち込んできた。
だが、先程までの速度や力強さはない。
不思議に思ったが、別に彼が弱くなったわけではなかった。
俺は龍神力を発動したままだが、彼は発動して無かった。
お陰で、彼の斬撃はスローモーションの様に見えてしまう。
俺は、横に躱すと胸当てに向かって思いっきり剣をぶち当てる。
ブラムドは高く吹き飛ぶと、地面にぶつかり大きく跳ねた。
「ぐはっ!」
やば、やりすぎたか?
急いで近寄ると、ブラムドは大の字に寝ながら、自嘲気味に笑う。
「やはり強いな。俺の負けだ」
「大丈夫か?」
俺が手を差し出すと、それを掴んで立ち上がる。
そして、「歓声に応えてやれ」と言うと、掴んだ手を高く持ち上げる。
戦いに夢中で気づかなかったが、観戦していた人達が大きく湧き上がってた。
すぐに、フィーナが俺の近くによってくる。
「ご主人様はやっぱりすごいですね。前よりずっと強くなってます」
「兄が負けるとは、やっぱりユウキは強いな」
「こんなすごい戦いを見せられたら嫌でも気合が入るな」
ゼノアとジョジゼル、ヒナギクもいつの間にか近くに来ていた。
「リベンジマッチと行くか」
ジョジゼルはゼノアに目配せすると、ゼノアと共に闘技場の真ん中に行く。
先程から鳴り止まぬ歓声は、更に大きな歓声になる。
……
「突然の戦いの申し出を受けてくれてありがとう」
ゼノアとジョジゼルの戦いを観戦していると、横に座っていたブラムドが戦いから目をそらすこと無く話しかけてくる。
「別にいいが、何で戦う必要があったんだ?」
「俺は操られている間も意識はあった。
そして、お前と俺の体が戦っているのを見ていて、すごく悔しかったんだ。
俺ならもっと上手に戦えると。
だから、俺は自分の力と技でお前と戦いたかったんだ」
俺は、あんまり戦うことに興味はない。
戦わないで済むなら、なるべく戦いたくはない。
でも、ブラムドの戦いで、少し戦うことの良さがわかった気がする。
何か言おうと思ったが、ブラムドはまっすぐ真剣にゼノアの戦いを見ていたので、余計な事を言うのはやめておいた。
……
闘技場の真ん中で大の字に寝ている二人。
ゼノアとジョジゼルを見下ろす。
「二人共惜しかったな」
二人の戦いは接戦の末、ダブルKOとなった。
「まったく、ドラゴンオーラとかいう技は卑怯だろ」
ジョジゼルはゼエゼエと荒い息をしながら悪態をつく。
「それを言うなら、ドラゴンオーラの動きに反応する技はなんだ。
攻撃すると、すでに待ち構えてるとかおかしいだろ」
同じく荒い息をしながらゼノアが応える。
「へへへ、師匠に教えてもらった対策だ。簡単には教えられないな」
まるで、バトル物でライバル同士が戦ったような雰囲気だ。
「おっと、また別の奴らが戦うみたいだな」
二人はヨロヨロと立ち上がると、闘技場から退散する。
俺達の勝負に触発されたのかドラゴン族の若者たちが戦いを始めたようだ。