デーモンロード『権欲の王』②
「改めて見るとすごい数だな」
目視できる位置まで来ると、敵の多さに動揺する。
見たところ、デーモンロードが40体、ドラゴンの精鋭が10人、それと英雄ゼノアと兄のブラムドか。
まるで軍隊の様に横5人に隊列を組んで進行している。
ブラムドはゼノアより強いみたいだし、8人で何とかなるのだろうか?
「大丈夫、絶対勝てるよ。戦う前に弱気になっちゃダメだよ」
クラリーヌが俺の肩に手を置いて、凛々しい笑顔を向けてくれる。
「じゃあ、予定通りお願いね」
リゼットが声をかけると、ミールとフィーナ、ティアが隊列の前に飛び出す。
「いっくよー」
ミールが大きく息を吸った後、咆哮を上げる。
人間状態の小さい体からは想像もできないような腹に響く重厚な声は、雄叫びの様でありながら唄の様でもあり、先ほどの不安が嘘のように吹き飛ばされた。
それを、まともに受けたデーモンとドラゴン族の精鋭たちは苦しみ動きが止まる。
『魔界の悪魔たちよ退け』
『デーモン達よ、わらわと戦いたくなければ立ち去れ』
同時に、食欲の王と生欲の王が、デーモン達に退散を命じる。
10体近くのデーモンが瞬時に消え去った。
『うーむ、やはり権欲の王相手では、支配の力が強すぎて効果は薄いか』
『どちらにせよ、わらわの敵ではないがな』
その敵の隙をついて、リゼットが杖を両手で掲げてアンデットを呼び出す。
クラリーヌも指輪を付けたこぶしを天高くつき上げ、風の精霊王を召喚する。
「ジンよ。件の盟約に基づき我に力を貸せ」
「オマエハナニモノダ」
「カシードからアナタの力を借りたの。お願い助けて」
「フム、オマエカラハ、ナツカシイ『カゼ』ヲカンジル。イイダロウ、チカラヲカソウ」
ジンはクラリーヌの事を認めたようで、生欲の王の時と同じく敵の中心に行くと竜巻に変わる。
俺はシトがやった事を思い出しフロストノヴァを放ち、強力な冷気の渦を作る。
そして、ジョジゼルとヒナギクと共に、後方で控えているブラムドとゼノアの場所まで駆け出す。
「みんな、道を作るのよ!」
リゼットの号令に合わせ、フィーナとティアが俺の前に躍り出る。
『ははははは、久々に自由に動けるわい』
『わらわはあまり戦いは好まんのじゃがな。でも、思い通りに動けるのは楽しいのう』
フィーナはもともと素早いが、さらに早くなった剣の動きに、生欲の王の強大な闇の力と魔力が乗り、強力な衝撃波でデーモンを吹き飛ばす。
ティアも猫族の特徴であろう身体能力を生かし、素早い動きでデーモンを翻弄すると、食欲の王の力によりデーモンが放つ魔法を吸収する。
二人とデーモンロードの力で出来た道を俺達が疾走すると、それを守るようにアンデットたちが壁を作る。
「ジンは、デーモンロードよりドラゴン族たちを抑えて!」
「ショウチ!」
ジンは、前に立ちふさがるドラゴン族の精鋭に爆風を当てて強引に道を作る。
風を逃れて、攻撃を加えようとするものは、クラリーヌの矢により射抜かれた。
「何とか抜けられたようだな」
「コレイジョウハイカセナイ」
敵の中を通り抜け安心するも、感情のない声を発するゼノアが立ちふさがる。
「ゼノア様!」
「こいつは私たちに任せろ!」
操られているゼノアを目前として動揺するヒナギクに活を入れるように気合の入った声を発し、ジョジゼルがゼノアに切りかかる。
ギィィィィン
ジョジゼルの強力な一撃は、ゼノアに悠々と受け止められる。
「へっ、力は強くなったみたいだけど、技の方は見る影もないな。
さ、早く。ユウキは権欲の王を倒せ」
「任せた」
俺が横をすり抜けようとすると、通すまいとゼノアが攻撃を仕掛けてくる。
シュイィィィィィン
その攻撃を、ヒナギクが細身の剣で華麗に受け流す。
「わたくしとした事が少し動揺してしまいました。
それにしても、ジョジゼルの言う通り、ゼノア様の巧みな剣技が曇ってますね」
ヒナギクの寂しそうな微笑を横に、権欲の王の元へ駆け抜ける。
権欲の王に憑りつかれたブラムドは、大剣を地面に突き立てて、腕組みをして立っていた。
「やっと、たどり着けたぜ。さっさとみんなの呪縛を解いてもらうぞ」
『お前は何者だ? 我の邪魔をしようとするなら容赦はしないぞ』
特に動揺した様子もなく、俺を見下すような目線を向けてくる。
「悪いが、仲間が戦ってるんでな、悠長に話している暇はない。
すぐに操るのをやめるか、俺に倒されるか選べ」
まっすぐと剣の切っ先をブラムドに向ける。
『はっ! なかなかやるみたいだが、我の敵ではないわ』
地面に刺してあった剣を引き抜くと、優雅に構える。
「やめるつもりがないなら倒すしかないな」
俺は渾身の一撃を見舞う。
が、簡単に受け止められる。
ブラムドの剣は、デーモンロードの力で強化されてるとはいえ、ゼノア以上の技術を感じさせた。
ジョジゼルの力強い剣技に、ヒナギクの流麗な技術が合わさったような、力と技を兼ね備えた剣技。
しかし、俺の元々持っているチート能力も後れを取ってない。
何度目かの剣の激突が行われると、権欲の王が大きく距離を開ける。
『ほぅ、我が憑依している男もかなりの強さのはずだが、お前も強いな。
ぜひとも我が配下に加えたい力だ』
「残念だが、ミールの協力で俺を操る事はできないぞ」
ミールの咆哮は、途切れる事もなく戦っている間、ずっと続いている。
『お前は何か勘違いしてしてないか? 我の力は操るだけではないぞ』
その声と同時に、俺の体がひどく重苦しく感じる。
それは、転生前の日常に感じていたような、怠さ、倦怠感、無気力といった感触だ。
体の鈍さに驚いていると、間合いを詰めて剣を打ち込んでくる。
『どうだ? 力が出まい。
我は全力を発揮できない相手を打ちのめすのが大好きでな!』
上手く動けない俺に容赦なく権欲の王の剣が襲い掛かる。
まさか、能力低下能力もあるとはな。
何とか受け止めているが、力の差は歴然で、徐々に追い詰められていく。
『さっさと、諦めたらどうだ?
投降すれば無駄な痛みを感じずに我の配下にしてやるぞ?』
つばぜり合いをしながら、俺に話しかけてくる。
「さすがに、デーモンロードは強いな。
リゼットに習って奥の手を取っておいたけど、どうも策を練るのは苦手だな」
最後の手段にと取っておいたが、どうやらそんな事をしている余裕はないみたいだ。
オーズワールから受け取った力、龍神力を発動させる。
俺の体は赤く発光すると、気怠さは一瞬に消えて、前より体が軽く感じる。
『何!?』
油断している権欲の王を、強引に押し返す。
「あんまり持たないからな。速攻で決めさせてもらう!」
今度はこっちの番だとばかりに、猛攻を仕掛ける。
『くそ! こんな手段を残してるとは!!
なんて言うと思ったかていうと思ったか?』
権欲の王は、ニヤリと笑うと強引に俺の剣を押し返し、再び後ろに大きく跳躍した。
俺が、逃すまいとジャンプして追いかけると、地面の下から巨大な何か出てきて、俺を弾き飛ばす。
「ロックワームよ! 気を付けて!!」
後ろからリゼットの声が聞こえる。
それは、巨大なミミズだった。
固い岩の地面から直径5メートルもあろう巨大ミミズが顔を出し俺を威嚇していた。
『戦力がこれだけだと思っていたとしたら間抜けだな。
大事な戦力は最後まで取っておくものだよ』
その声と共に、上空にワイバーン、岩壁にマウンテンファイアードレイクが何十匹も現れた。
うかつだった。操る能力があるならモンスターを操っていても不思議じゃないのに。
『さて、戦いは拮抗してるみたいだが、これだけのモンスターが増えてどこまで耐えられるかな?』
俺は権欲の王を狙うため近づこうとするが、ロックワームが邪魔をする。
「くそ! これじゃ、龍神力の無駄遣いだ!!」
ロックワームと戦いながら、みんなの状況を確認する。
ジョジゼルとヒナギクはゼノアを押している。
しかし、殺さないように戦っているため、防ぐのが精いっぱいという感じだ。
リゼットのアンデットは壁ぐらいにしか役に立っていなかった。
もともとアンデットは弱い。数が多くてもドラゴン族の精鋭には簡単に蹴散らされてしまう。
ジンの力によって何とか対抗しているが、少しずつ押されている。
クラリーヌもフォローはしているが、殺さないようにしているため、どうしても後手後手な対応になってしまっている。
フィーナとティアは、デーモンロードの力で、デーモンの数を確実に減らしていっている。
しかし、まだ20体近くいるデーモンの対処が手いっぱいで、モンスターの対応をしている余裕はない。
長期戦になれば明らかに不利だ。
しかも、モンスターも増えたとなれば敗北は必至。
「この状況は危険だ! 逃げよう」
「そうね! 一旦体制を立て直しましょう」
クラリーヌとリゼットが、冷静に声を上げる。
「しかし、ゼノア様とブラムド様をそのままにするわけには……」
「それに、この状況でどうやって逃げるっていうんだ」
ヒナギクが気弱に言うと、ゼノアの剣を受けながらジョジゼルが同調する。
確かに、モンスターに囲まれてる今の状況では、逃げることも難しい。
どうしたらいいんだ。