デーモンロード『権欲の王』①
早朝、俺たちは権欲の王の元に向かうために、長老の家から道を戻りひらけた場所にやってきた。
「本当に運べるのか?」
「ミールはドラゴンだからね。ぜんぜん余裕だよ」
俺が疑わしそうに問いかけるが、鱗で覆われた小さな膨らみかけの胸を張って、同じく鱗で覆われた太い尻尾をふりふりと揺り動かす。
「危ないから離れていてね」
ミールは、小走りで広場の中央に行くと四つん這いになる。
すると、みるみる体が大きく膨れていきドラゴンの姿に変わった。
オーズワールほど大きくもないが、ドラゴンの国に来る時に乗ったワイバーンより一回りは大きい立派な赤いドラゴンだ。
「わー、ミールちゃんはすごいねー」
ティアがすぐさま駆け寄って感嘆の声を上げると、ミールは「えっへん」と得意そうに翼を広げる。
その声は、人型の時と変わらず子供っぽい無邪気さで、立派なドラゴンの姿とちぐはぐに感じる。
「わたくしも、本物のドラゴンは始めて見ます」
ヒナギクがポツリとつぶやき、感動の眼差しをミールに向ける。
美しいドラゴンの姿に魅了されている様だ。
「さて、少々心配じゃが、先に言った通りワシは何も手助けはせん。
特に、おぬし。能力では一番の様じゃが、どうにも戦いになれてないようじゃ」
俺を見て長老が心配そうに目を細める。
「確かに、ユウキは頼りないけど、アタシたちがいるから大丈夫よ」
「ミールもいるしね」
「まあ、そうじゃな。いいか……おぬし一人で頑張ろうとするのではないぞ。
おぬしには多くの味方がいる」
「わかりました」
今回は、カシードやレナルヴェの様な強力な助っ人はいない。
でも、ヒナギク、ジョジゼルという二人の強い剣士。
ジンの指輪を貸してもらったクラリーヌと、俺に匹敵する力を持つリゼット。
デーモンロードの力を得たフィーナとティア。
そして、古代竜のミール。
俺も龍神力の力を手に入れた。
これだけの戦力があれば、何とかなるだろう。
みんなと目線を向けて力強くうなずくと、ミールの背中に乗り込む。
「じゃあ、行くよ!」
「ミールも気をつけてな」
長老が孫を見送るお爺ちゃんの様に優しく声をかけると、ミールが大きな翼を勢いよく羽ばたかせる。
「ミールが飛べばすぐだからね」
少し心配していたが、体の大きなミールに乗っているとあっという間に目的地に着いた。
事前にリゼットが提案していた権欲の王のいる場所から数キロ離れた場所に降り立つ。
「ねえ、ここってひょっとして……」
「はい、そうです」
リゼットが不安げにヒナギクに問いかけると、察したのか小さくうなずく。
「ここは、ドラゴン族が住むドラゴンハートへ続く道の途中です」
降り立った場所は赤黒い岩山と岩山の間、両端が絶壁になっている一本道の自然の通路になっていた。
「どういうことだ?」
俺が聞くとリゼットが道の先を指さしミールに聞く。
「デーモンロードはあっちから、こっちに移動してるのよね?」
「そうだよ」
人の姿に戻ったミールがうなずくのを確認すると、今度はヒナギクに問いかける。
「で、こっちを進んでいくとドラゴンハートにつくわけよね?」
「そうです」
「そういうことか」
つまり、デーモンロードはドラゴン族のいる村に向かっている。
理由はわからないが、権欲の王の能力からして、洗脳して支配しようというところだろうか?
「敵はドラゴン族のほかにいるのか?」
「うん。他にデーモンが何体もいるって、お父さんが教えてくれた」
ミールは顎に指をあてて思い出しながら教えてくれる。
「生欲の王と同じね。予定通りご主人様が権欲の王が乗り移ったブラムドを相手してちょうだい」
リゼットがみんなの前に立って作戦の指示をする。
「フィーナとティアはデーモン達を相手にするのよ」
「二人はそこまで戦闘向きじゃないからなちょっと心配だな」
『ワシらがついておるんじゃ。大船に乗った気でいるがよい』
『そうじゃ。わらわがデーモンごときに後れを取るわけがあるまい』
食欲の王と生欲の王が、俺の心配に不満そうに答える。
「そして、ジョジゼルとヒナギクがゼノアの相手ね」
「本当はきちんと戦いたかったけど、仕方ないね。わたしが目を覚まさせてやる」
「あなたがやると、目を覚ますんじゃなくて気絶してしまいそうですね」
腕を組んで苛立ちげに吐き捨てるジョジゼルに、ヒナギクが無表情でツッコミを入れる。
なんだかんだ、この二人は相性がいいみたいだ。
「ミール様は、あたし達が洗脳されないように、声の力を使ってください」
「様はつけなくていいって言ってるでしょ? あーあ、ミールも戦いたかったな」
「今回はミールが頼りです。お願いします」
リゼットが『頼り』という言葉を強調して言うと、「仕方ないなー」とわかりやすく喜ぶ。
「で、アタシとリゼットでドラゴン族の精鋭達を相手するわけね。
殺さないように戦うなんて、無茶な注文つけてくれるわよね」
「優秀な戦士を相手に、そんな高度な事ができるのは経験の多い二人しかいないからな。
大変だろうが頑張ってほしい」
俺も無茶な注文をしている事は理解している。
でも、やっぱりできるだけ被害は小さくしたい。
「簡単だけどみんな役割はわかったわね。
後は、見つからないように近づいて一気に攻めるわよ」
リゼットが話を終わらすと、みんなそれぞれ気合を入れたり戦闘モードに気持ちを切り替えている。
「あ、みんな準備をしてる所、申し訳ないが戦う前にやっておきたいことがあるんだ。
フィーナ達はちょっと来てくれ」
そう言って、大きな岩の陰に向かい歩き出す。
「ん? なんだ? 秘密にするような事なのか?
冒険者が戦闘前にやる事なら知っておきたいな」
「それなら、わたくしも興味あります。ぜひ教えてください」
ジョジゼルとヒナギクが興味深げに俺を見てくる。
「え? 冒険者達がやるような事ってあったっけ???」
「冒険者がやる事じゃなくて、あたし達がやる事よ。ね? ご主人様」
困惑しているクラリーヌに、リゼットが意味深な笑顔を向ける。
フィーナとティアもなんとなく察したようで、おとなしくしている。
「何々? 面白いことならミールもやりたい!」
しっぽを犬のようにパタパタさせて俺の顔を下から覗き込む。
「いや、大した事じゃないんだ。
ただ、俺たちが毎朝やってる事を今日してなかったから戦う前にやっておきたいだけで……」
そこまで興味を持たれるとは思ってなかった俺はしどろもどろになってしまう。
「バッ、バカ! それって戦う前にするような事!?」
クラリーヌも理解したようで顔を赤くして大きな声を出す。
「とっても大切な事なんです!」
フィーナが力強くクラリーヌに言う。
「そんな風に言われると尚更気になりますね。ぜひその大切な事を教えてください」
「いや、人前でやる様な事じゃないから……」
ヒナギクは儀式でもあると勘違いしたのだろう、真剣な表情で俺をまっすぐ見る。
「悪い事でもするのか? それとも隠さなきゃいけないような重大な事なのか?」
「いや、悪い事でもないし、そんなに秘密にするような事でもないんだが……」
「なんだ、男らしくないな。それなら別にここでしてもいいだろ」
煮え切らない態度に、ジョジゼルがイライラした声を出す。
俺も強く言われると、気圧されてしまう。
「わかったよ。フィーナ、人前だけどいいか?」
「はい! 私はご主人様と出来るならいつでも、どこでも大丈夫です!」
元気よく答えると、フィーナはほのかに頬を赤らめながら目をつぶって顎を上げる。
俺は、少し躊躇しながらもフィーナの唇に軽くキスした。
本当なら熱烈にやりたいところだが、さすがに人前なので濃厚なキスはやめておいた。
顔を放して、ジョジゼルとヒナギクを見ると、顔を真っ赤にして固まっている。
どうやら二人はこの手の事に疎いらしい。いわゆるうぶって奴だ。
ミールはというと不思議そうにティアに聞いてる。
「ねーねー、あれってどんな意味があるの?」
「あれはキスだにゃー。好きな人同士がやる事だにゃ」
ティアが腰を屈めて子供に教えるように丁寧に説明する。
「へーそうなんだ……。じゃあ、ミールもユウキの事好きだからやる!」
「バカ! 好きと言ってもそんな気軽にやるような事ではない!
そもそも、お前は人前でなんてことをするんだ!!」
よく理解してないまま俺に抱きついてキスしようとするミールの首を、ジョジゼルがつかんで引きはがす。
「だって、二人が知りたいっていうから……」
「ごっ、ごめんなさい。戦いに関わるような事だと勘違いしてしまいまして……。
あの、その……そういう事なら隠れてした方がいいですよね……」
ヒナギクもしどろもどろになりながら、真っ赤な顔をそらして目線だけ俺に向けている。
「とにかく、そういう事なら隠れてやれ」
「わかったよ。だから言ったのに……」
俺は岩で隠れて見えない場所に歩き出す。
「ミールも!」
「お前はいいの!」
「そうですよ。ドラゴンのミール様がするような事ではありません」
俺について行こうとするミールをジョジゼルとヒナギクが必死に止めている。
「なんか、騒がしいことになっちゃったけど改めて」
俺はリゼットの方を向くと、フィーナが割り込んでくる。
「ご主人様、私はあれだけですか?」
「ん? ああ、確かに見られてたから簡単に済ませてしまったな」
フィーナを抱きしめると強く唇を押し付けて吸い付くように舌を絡ませる。
彼女とのキスは、俺をすごく安心させてくれる。この世界に来てからずっと俺の癒しだ。
続いてリゼットとのキスは、いつもの照れた物ではなく、きつく押し付けてくる。
冷静な彼女も今回の分の悪い戦いに不安を覚えてるようだ。
安心させるように抱きしめる。
「戦いの前だっていうのに、よくそんなに情熱的にできるわね」
ティアは、リゼットとは逆に軽いキスをする。
「戦いの前だからにゃ。でも、これで最後にするつもりもないにゃ」
「そうだな。俺も最後にするつもりはない。けど、どんな事が起こるかわからないからな。
それはクラリーヌの方がわかってるんじゃないか?」
「もちろん、アタシの方がわかってるわよ。冒険者としては先輩なんだから。
アナタ達はどうして、そう知った感じなのかしらね」
呆れたように言いながら、唇を重ねてくる。
俺がいつもの様にすぐに離そうとすると、首に腕を巻きつけて離さないように唇を強く押し付けてくる。
こうして、大事な儀式を済ませると、デーモンロードの元に向かうのだった。
精神的な動揺を与えてしまった、ジョジゼルとヒナギクが少し心配だが。