ドラゴンの試練(後編)
『双方それまでだ』
先ほどまで聞こえていた無機質な声とは違い、今度は感情のこもった声だ。
「へへっ、お兄さん強いね」
ミールはダメージを受けている様だが、致命傷ではないらしく、よろめきながらも立ち上がる。
「あれだけダメージを与えても平気なのか?」
「ドラゴンのうろこはあらゆるダメージを軽減するからね」
『ミールワースいい加減にしろ。すぐさま彼を連れて私の元に来るのだ』
「はーい」
少し苛立ったような声に、ミール――どうやらミールワースが本当の名でミールは愛称らしい――は、いたずらを叱られた子供のように返事をすると、俺についてくるように言う。
奥の扉を潜り抜けると、先ほどまでとは違い赤い岩が露出した巨大な空間が広がっていた。
そして、そこには巨大な空間すら小さく見える巨大なドラゴンが体を丸めるように座っていた。
ドラゴンは、目だけでも俺の身長ほどの大きさで、まるで山のようだ。
「我が子であるミールワースが迷惑をかけたな。
そして、よくぞ試練をかいくぐり我が元までやってきた」
ドラゴンは巨大な口を動かして、穏やかな声で俺に語りかける。
「私はユウキと申します。あなたがオーズワールなのですか?」
「そうだ、お前が来た理由はわかっている。
まずは、試練をこえた褒美として龍神力を授けよう」
オーズワールが、魔力のこもった息を俺に吹きかけると、俺の体が赤く光を発する。
「これは?」
「龍神力は、己が魔力を力に変換する技。
すべての能力が大幅に強化される代わりに急激なる魔力の消費が行われる」
なるほど、ゼノアと戦った時に彼女のスピードが急激に上がったのは、そういうカラクリだったのか。
「見た所、人族にしては体力、魔力共に高いようだ。
お前ならば十分に使いこなせるだろう」
「へー、お兄さんやっぱりすごいんだね。まあ、人族にしてはだけどね」
ミールが頭の後ろで腕を組んで感心したように声を上げるが、オーズワールに睨まれるとすぐに姿勢を正した。
「そして、デーモンロードについて知りたいのだな?」
「はい」
「奴はブラムドの体を乗っ取っている。
さらに、奴はゼノアを含んだドラゴン族の戦士を操っている様だ」
「操るですって!?」
「そうだ、奴の力の様だな」
そうか、だから戦った形跡もなく全員がいなくなったのか……。
「奴の居場所もわかっている。ミールワースよ。お前が案内するのだ」
「え! ミールが外に出ていいの? やったー!」
「勘違いするな。これは、お前が勝手に最終試験だと偽って戦った罰だ。
デーモンロードを倒すため、その者に協力をするのだ。
ドラゴンの名にかけて、奴にこの山を荒らした報いを受けさせるのだ。
失敗したらドラゴンを名乗れない覚悟をせよ」
「ミールが協力すれば成功は間違いなしだよ」
「ユウキよ。ミールワースの声の力を使えば洗脳に対抗できる。
安心して戦うがよい」
なるほど、確かに味方が洗脳されるなんて事になれば厄介だけど、それが防げるなら何とかなるかもしれない。
喜んでいるとオーズワールの声が頭に直接鳴り響いた。
いわゆるテレパシーという奴だろう。
<ミールワースは世間知らずで、おてんばな所がある。
わが子に世間というものを教えてもらえないだろうか?>
(ははは、山の守り神のドラゴンといえども親というわけですか)
<恥ずかしい話だがそうだ。
お前について行き多くの人と触れ合えば、少しは成長するだろう>
(わかりました。そういう事なら協力します)
<感謝する。所で、お前……この世界の者ではないな?>
(やはり、そうなんですか?)
<ああ、この世界の者とは魂の色が違う。
理由はわからぬが、何者かの手によってこの世界に転生させられたのだろう>
(夢に女神が現れて、デーモンロードを封印するために呼んだと言われました)
<女神か……この世界には無数の神がいる。
その女神が何者かはわからぬが、魂の転生を行えるならば、かなりの力があるのだろう。
我には出来ぬことだ>
(また、夢に現れたら名前を聞いてみます)
<もしわかったら、我の元に来るがよい。何かわかるかもしれぬ>
(はい、ありがとうございます)
「ぼーっとしてどうしたの? 早く行こうよ」
気が付くとミールは奥にある魔法陣の前で俺を待っていた。
「その魔方陣を使えば、入り口まで戻る事ができる。
デーモンロードを倒すために行くがよい」
「はい、何から何までありがとうございました」
ミールと一緒に魔法陣に乗ると体が光に包まれる。
目の前の光が消え去ると、フィーナたちがいた。
「ご主人様大丈夫でしたか?」
「心配したニャー」
フィーナとティアは急いで駆け寄ってくる。
「ああ、問題ない。ドラゴンの協力を得る事も出来た」
「その子は誰なの?」
クラリーヌが不思議そうにミールを指さす。
「ミールは、ミールワースだよ」
「ミールワース?」
「ああ、その子の名前だ。オーズワールの子供らしい。
デーモンロードの場所への案内と、倒すために協力をしてくれる」
「あー、ライブルじゃないか。ずいぶんとお爺ちゃんになっちゃったね」
「ミールワース様。お久しぶりございます」
「もうっ! 畏まらなくていいって言ったでしょ!」
長老がうやうやしく挨拶すると、ミールは怒りながらも駆け寄り首に抱き付く。
長老は懐かしそうにミールを抱きとめると頭をなでた。
……
……
長老の家に戻り、居間に集まると今後についての作戦を練る。
「なるほど、ゼノア達は操られておったのか」
「そのようです」
『それは、権欲の王の力じゃな』
今まで話さなかった食欲の王が突然、声を響かせた。
「権欲の王?」
『権力とかいうつまらないものに縛られている奴よ。
面白みもないし人を操るしか能が無いから大して強くもないわ』
生欲の王がつまらなさそうに吐き捨てる。
『奴自身は確かに力はないが面倒な相手でもある。
どんなに強くても操られてしまえばおしまいじゃからな』
「大丈夫だよ! ミールの声の力で操られている人もバッチリ目が覚めちゃうんだから!」
ミールは得意げに「へへんっ」と鼻の下を人差し指でこする。
「本当にこんな子供で大丈夫なの?」
「なんだよ! あんたなんかよりよっぽど大人なんだよ」
クラリーヌが胡散臭そうに言うと、手足をバタつかせ子供っぽい感じでミールが不満を漏らす。
『大人なんだよ』と言う割には、ティアの膝の上に座っている。
「大丈夫じゃ、ミールは立派な古代竜じゃ。
見た目は子供でも数百年は生きておる」
「数百年……リゼットより長く生きてるのね」
「そういう言われ方をすると、女として少し傷つくわね」
「あはは、ごめんごめん」
クラリーヌが興味深げにミールを嘗め回すように見てつぶやくと、リゼットが複雑な表情をする。
リゼットって年齢なんか気にしていないと思ったけど、やっぱり女性なんだな。
「権欲の王? って奴の場所もバッチリとわかるから明日案内してあげるね!」
その後は、デーモンロード達に権欲の王の話を聞き、早朝から討伐に出るために早めに床に就いた。
【あとがきおまけ小説】
「今朝の借りを返させてもらうぞ」
「ほっほっほっ、来るがよい」
俺はさっそく手に入れた龍神力を使い長老に殴りかかる。
……
ベキッ!!!
十数分の格闘の後に、ようやく長老の顔面にパンチを当てる事ができた。
そして、当てた瞬間に魔力が尽きて、龍神力が解ける。
「いたたたた、なかなかの拳じゃの。久しぶりに良いのをもらったわい」
「くそっ! 強化しても一撃当てるのがやっとか」
「おぬしの魔力とスピードはかなりの物じゃ。
じゃが、攻撃が素直で直線的すぎる。
読めてしまえばかわすのは簡単じゃ。
最後の方はよかったがの」
パチパチパチパチパチ。
いつの間にか観戦していたみんなが、拍手やら歓声を上げる
「ご主人様やりましたね」
「ライブルにパンチを当てるなんて、ユウキはやっぱり強いんだね」
フィーナが近寄ろうとすると、ミールが素早く俺の首に抱きついてきた。
「あー、ご主人様とったー」
フィーナが子供のように不満の声を上げる。
「まあまあ、子供なんだから許してやれよ」
「ミールは子供じゃないよ!」
フィーナとミールは不満そうだが、二人のやり取りに笑いが起きた。