ドラゴンの試練(前編)
洞窟の外に出て、体をほぐすために大きく伸びをする。
ドラゴン族の部屋の家具類は、すべてが岩を削り出して作られていた。
ベッドも石で出来ており、その上に乾いた草を敷いた簡素な物だったため、体がゴリゴリに固まっていた。
「これからどうやって探すんだ?
俺達は地理に詳しくないし、部隊がどこに行ったのかも知らない。
ヒナギクに任せるしかないんだが」
腕を回したり腰を捻りながら、ヒナギクに問いかける。
「わたくしも心当たりを探しましたが見つかりませんでした。
ですので、引退した長老のもとに行こうと思います」
彼女の話では、長老は先々代の英雄で山に詳しい。
さらに、デーモンロード討伐に協力しくれる可能性が有るということだった。
現状では何の手がかりもないため、少しでも可能性のある長老に会いに行くことになった。
……
……
「こんなに歩くなんてな……。
ワイバーンで飛んでけばいいんじゃないのか?」
俺が不満げに漏らすと、ヒナギクが申し訳なさそうに答える。
「長老は静かに暮らしたいとの事で、簡単にたどり着けない渓谷の奥に住んでいるのです」
急激な高低差がある岩の裂け目。
道とも言えない道をひたすら歩いて行く。
地面は土ではなく岩で出来ているため固く、足の裏も痛い。
「そう言えば、討伐に行った人数とか行方不明になった状況とかはどうだったのかしら?
討伐に失敗したという確証は有るの?」
大きな岩を小さな体で懸命に登っているリゼットが、ヒナギクに問いかける。
「討伐隊は、英雄ゼノアと兄のブラムド、そしてドラゴン族の精鋭10人で構成されてました。
わたくしは同行が許されない代わりに、ゼノア様は毎日欠かさず連絡をくれました。
ところが、その連絡が急に途絶えたのです。
居なくなった場所は大体わかったので調べに行ったのですが、戦いの痕跡は見つかりませんでした」
「戦いの跡すらなく居なくな……」
「どうやらお客さんの様だな」
ジョジゼルがリゼットの言葉を遮り、背中の大剣を引き抜いて中段に構えると、岩陰に鋭い視線を送る。
すると、岩陰から舌をチロチロと出し入れする赤い鱗をした体長6メートル程の巨大なトカゲが這い出してきた。
「マウンテンファイアードレイクです。
一匹一匹も強いですが、群れをなして獲物を襲うので厄介な相手です」
ヒナギクの警告に答えるように、俺達を囲んで10匹以上の巨大なトカゲが岩壁から姿を現す。
「久しぶりの実戦相手にはちょうどいいな」
「そうね。練習の成果が試せるいい機会だわ」
ジョジゼルが大剣を握り直しながらつぶやくと、クラリーヌも唇をひと舐めして弓の弦を力強く引き絞る。
「それに、見たこともない細身の剣を身に着けた剣士の実力も見られるしな」
「わたくしの実力など、ジョジゼルさんに比べたら大したことないと思いますよ」
ヒナギクは静かに言うと、某マンガに出てくる抜刀斎の様に刀の柄に手を添え、腰を深く沈めて構えた。
……
……
苦戦するかと思われたが、ジョジゼル、ヒナギク、クラリーヌ、そしてデーモンロードの力を使ったフィーナとティアの力によって敵はあっという間に殲滅させられた。
「英雄ゼノアと戦ってから大分、腕を上げたようですね」
「お前こそ相当強いな、ぜひとも今度手合わせを願いたい」
俺から見てもジョジゼルの剣の腕は格段に上がっていた。
斬撃の威力も当然ながら、動きが柔軟になり無駄がなくなり冷静に周りが見えてる感じだ。
以前の力押しではなく状況を的確に判断して行動しているように思える。
ヒナギクの剣は一撃必殺という言葉が相応しく。
見切ることのできない太刀筋により、気が付いた時にはドレイクの首がとれていた。
ドレイク自身が切られた事に気づいていなかったほどだ。
「アタシの腕前も上がってたでしょ?」
「へっ!?」
クラリーヌが得意げな表情で話しかけて来たが、二人の剣技に見惚れていた俺は間抜けな声を出す。
「もう! ジョジセルとヒナギクばっかり見てアタシの活躍は見てなかったの!?」
「もっ、もちろん見てたよ。矢が鱗の隙間を貫いて敵が一撃死したのは見事だったね!」
俺が慌ててフォローすると、クラリーヌは満足げにウンウンとうなずく。
そんな、戦いの後のほっとしたひと時を過ごしていると、フィーナの「キャッ」という悲鳴が聞こえた。
「どうした!?」
焦ってみんなが注目すると、見知らぬ若い男がフィーナの後ろに立っていた。
その男は、ドラゴン族特有の民族衣装――炎を連想させるような模様で赤く染められたローブ――を着ていて背中に大剣を背負っていた。
すぐにフィーナをかばって男の前に立ちふさがるが、男は警戒心もなくにこやかな表情をしている。
「あのっ、あの人が急に私のお尻をなでたんです」
「いや、いい尻だったから、つい触ってしまったんだ。申し訳ない」
「へっ?」
男の悪びれないのんびりとした声に、思わず間抜けな声が出てしまった。
が、シーフであるフィーナに気づかれないように、お尻を触るなんて普通のヤツに出来る事じゃない。
すぐに警戒心を強めると再度男を見据える。
いったい何者なんだ?
混乱しつつも状況を整理しているとヒナギク一歩前に出て、冷静に男に話しかける。
「長老、ご冗談はおやめください。
みなさんが驚いてしまっています」
「「「長老!?」」」
みんながびっくりして一斉に声を上げる。
「なんじゃ。すぐにばらしおって、面白みのない奴じゃ」
そう言うと、若い男の体がシュシュシュシュシュっと縮む。
そこには、地面につきそうなほど長い白ひげを生やした深いしわが年齢を感じさせる老人が立っていた。
そう、その男こそ今回の目的である長老その人だったのだ。
……
……
崖の中腹にある日当たりの良い場所、そんな人が絶対来ないであろう場所に長老の家は建っていた。
その家の客間に俺達を招き入れると、お茶を出してくれる。
「さて、せっかく辺鄙な場所に来てもらったのじゃが、ワシは協力することはできん」
長老は「よっこらせ」と正座すると、お茶をすすり気の抜けた顔をした。
「しかし……、ドラゴン族の英雄が倒されたとあっては一大事です」
それとは対照的に、普段は物静かなヒナギクが長老に食ってかかる。
「そう興奮するな。
まず、デーモンロードの居場所じゃが、さすがにワシも知ることはできん。
そして、討伐の協力についてじゃが、すでにワシは引退した身じゃ。
問題を次の世代の者たちが解決出来ぬようであれば、どちらにせよ未来はない」
「ですが……」
ヒナギクが身を乗り出すと、長老は手をヒナギクの口元に突き出して言葉を遮る。
「じゃが……。
助言ぐらいはできるじゃろう。
おぬし、見た所かなりの実力の様じゃが、潜在能力も高そうじゃ」
ヒナギクを制した手をそのまま俺に向ける。
「どうじゃ? デーモンロードを倒すためにさらなる力が欲しくないか?」
ヒナギクは、しばらく困惑した表情を見せた後、驚いて声を上げる。
「まさか、ドラゴンの試練に挑戦させるつもりですか!?」
長老はゆっくりと首を縦に振る。
「しかし、あれはドラゴン族の英雄のみに伝えられる秘術ではないのですか?」
驚くヒナギクに対して、長老はのんびりとした口調で答える。
「あれは英雄だけに教えられる技ではない。
逆じゃ、英雄になる資質がある者にしか覚える事ができんのじゃ。
それに、あの技を教えるのは、この山を守るドラゴン『オーズワール』じゃ。
彼が良しとすれば誰でも覚えることはできる」
「なるほど、オーズワールというドラゴンに会えば、新たな技を教えてもらえるのですね」
俺の言葉に長老はうなずくと、さらに言葉を続けた。
「そして、じゃ。
オーズワールはこの山の事はすべて見えておる。
彼ならデーモンロードの居場所がわかるかもしれん」
なるほど、エンシェント・ドラゴンであるオーズワールなら俺の強化ができる。
さらに、デーモンロードの場所も教えてもらえる。
「それは、一石二鳥ですね」
長老は大きくうなずくと、深いしわで細くなった目を見開いた。
「ただし、二つの関門をくぐらねばならぬ。
ひとつは、ドラゴンの試練を乗り越えること。
もうひとつは、ドラゴンに気に入られることじゃ。
その両方をこなすのは容易なことではないぞ」
「大丈夫です。俺達が協力すれば、どんな難題でも必ず突破できます」
俺が力強く言うと、みんなも力強くうなずいた。
デーモンロードを倒し英雄ゼノアを助けるためならどんな事だってする。
そして、みんなが協力すれば越えられない壁なんて存在しない。
しかし、ヒナギクだけが浮かない顔をしていた。
そして、彼女が申し訳なさそうに声を発する。
「その……言いにくいのですが……。
ドラゴンの試練に挑戦できるのはユウキ様一人だけです」
え?
俺一人?
【あとがきおまけ小説】
「所で長老、俺の最愛の人の尻を触りましたね」
「なんじゃ? おぬしの思い人じゃったのか? 素晴らしい触り心地だったぞよ」
「協力してくれるのは有難いですが、それだけは許せません。あなたを叩きのめします」
数十分の格闘の末、ユウキは床に突っ伏し、背中には長老が座っていた。
「ほっほっほっ、おぬしは相当強いがワシの方がまだ強いな。もっと精進した方がよいぞ」
「くそっ、手加減したとはいえ、こんな爺にコテンパンにやられるとは!」
ユウキはドラゴンの試練を乗り越えて、長老に復讐してやろうと決意を固めるのだった。




