救援要請(前編)
「はじめまして、キミがユウキくんだね」
銀髪の細身の男に、にこやかに挨拶される。
「はじめまして……えーと、どちら様でしょうか?」
今日もカシードに呼び出され、領主の館を訪れた。
そこにはカシードとシトの他にスラリとした美麗な男がいた。
「彼はファーレンハイト。王国の貴族だ。今回はデーモンロードの件で来てもらった」
「なんだ? てっきり説明済みだと思ったが相変わらず適当だな」
ファーレンハイトは、綺麗な刺繍が施されているゆったりとした服を揺らすと、羽根付き帽子を外し、呆れた様子で自身の銀髪をかきあげる。
その演技がかった仕草と艶やかな格好は吟遊詩人の様な印象を受ける。
「説明するよりも実際に会ったほうが早いからな」
椅子に座り一息つく。
いつも通り、シトとフィーナ、リゼット、ティアは後ろに立っている。
今日は正式メンバーとしてクラリーヌも来ていた。
カシードが改めてファーレンハイトに問いかける。
「……さて、王国の様子はどうだ?」
「ダメだな。多少興味を持った貴族はいたが少数だし、興味と言っても利益があるかどうかだけだ。
被害がそれほど出てないことが裏目に出てる。
結局、実害がなければ誰も真剣にはなれない。
王都から遠く離れた街となればなおさらさ」
呆れた様子で大げさに手を広げ首をふる。
「そうか、魔王の封印が解けるとなれば少しは反応があるかと思ったんだがな」
「今時、魔王なんておとぎ話のような報告を信じる人は居ないさ。
信じたとしても強い冒険者を派遣すればいいだろうと高をくくっている」
「近頃は平和だからな。
その平和にしても有力な冒険者たちがいればこそだという事を貴族たちは理解してない。
彼らが未然に防いでいなければどれだけの被害が出ていることか」
カシードが少し苛立ちながら腕を組む。
それをフォローするようにファーレンハイトが一冊の古びた本を取り出した。
「だけど、少しながら収穫はあったんだ。
『勇者と四人の巫女』。
みんな知ってるだろ?
その元となった本が見つかった」
勇者と四人の巫女?
彼は当然の事のように言っているが、異世界人である俺は聞いたことが無い。
「子供に人気のある有名は童話ですよね?
勇者が四人の巫女とともに、デーモンロードを倒すという。
今回のデーモンロードはその物語と同じですよね?」
リゼットが察したのか、説明するように話に入ってくる。
その言葉にファーレンハイトは深く頷く。
「童話ではデーモンロードを封印して終わりとなってるけど、原書ではその後に魔王を封印するために旅立ったとある」
「その後はどうなるのですか?」
魔王が倒されたという話があるなら、参考になるかもしれない。
しかし、俺の問いかけにファーレンハイトは残念そうに首をふる。
「わからないんだ。どうやら、デーモンロードを封印した後、勇者は一人で帰ってきた。
なぜ、一人で帰ってきたか?
四人の巫女は何処へ行ってしまったのか?
親友が理由を聞いても、勇者はなにも語らなかった。
そして、勇者は魔王を倒すとだけ言い残すと、再び一人で旅立ってしまう。
その後はわからない。
だからこそ、童話ではデーモンロードを封印してハッピーエンドにしたんだろうな」
「それじゃあ、なにも分からずじまいじゃないか」
カシードは残念そうに声をあげるが、ファーレンハイトは気楽に続ける。
「そうでもないさ。この本を書いた人を探っていけばもしかしたら何か情報がつかめるかもしれない」
「気の長い話だな。今は地道にやるしかないのか」
「なにせ400年前の事だからね。仕方ないさ」
いまいち進展があるのかないのかわからない微妙な状況。
不満げに、もっといい話はないのかとカシードが言った時、ドアの外が騒がしくなった。
「今は会談中です!」
「緊急事態なんだよ」
「でもですね。あっ!」
ドアが勢い良く開くと、剣神レナルヴェが入ってきた。
2人の兵士が腰に掴まっているが全く動じた様子はない。
「よお。丁度いいタイミングみたいだな」
レナルヴェが室内を見渡すとニヤケ顔で顎をさする。
カシードはひとつため息をつくと兵士に下がるように命令した。
「いったいどうしたんだ?」
「おい、入っていいってよ?」
ドアの外に声をかけると、先日会った和風の服を着た女性、ヒナギクが入ってきた。
しかし、以前の印象と違い落ち着いた雰囲気はなく、困惑と焦りに包まれた表情をしていた。
「わたくしはドラゴン族の英雄ゼノアのお付のヒナギクです。お願いが有ってまいりました」
その焦りとは裏腹に出来るだけ丁寧に努めようと、ゆっくりと頭を下げる。
「とりあえず入ってドアを閉めろ。
それからドアの警備の者はしばらく離れていろ」
何かを察したのか、カシードは人払いをすると、話してみろと促す。
「デーモンロードの討伐に行った英雄ゼノアと、その兄ブラムドが行方不明になりました。
おそらく、討伐に失敗したものと思われます」
その言葉に、全員が息を飲む。
まさか、俺を倒すほどの者、それも勇者と言われる程の者が返り討ちにあったというのか。
いや、『生欲の王』も、俺一人ではなく強力な援軍があったから倒せたんだ。
想定より、ずっと強かったのかもしれない。
「ですから、デーモンロードの討伐に成功したあなた達に、救援を要請しに来ました」
「急いで救援に向かいましょう。
もし強力なデーモンロードなら危険です」
もしデーモンロードの封印が完全に解かれた時に、どんな自体になるのか想像も出来ない。
それに、ドラゴンの勇者を倒すほどの力なんだほっておく訳にはいかない。
俺が身を乗り出すと、カシードが手を上げて制止する。
「その前に、聞きたいことがある。お主……無断で来たのではないか?」
鋭い視線にヒナギクはビクッと見を震わすとコクンと一つ頷いた。
「無断とはどういうことですか?」
俺の問に、ファーレンハイトが悠々と語る。
「ドラゴン族は誇りが高い種族。戦いに関しては絶大な自信がある。
事実、ドラゴン族の人口は少ないが、近隣国では一番の軍事力を持っている。
山から出てこないから戦争にはならなし、中立を守ってるので他国は干渉しない。
その誇り高いドラゴン族が援軍、ましてや人間族に助けを求めるなんてありえない」
更に続けてシトが心配そうにヒナギクに問いただす。
「確かドラゴン族では援軍を呼ぶのは恥とされているはずです。
それに英雄の失踪なんて大事件を他国に漏らせば、機密情報漏洩の罪になってもおかしくありません」
ヒナギクは観念したようにゆっくりと話し出す。
「おっしゃるとおりドラゴン族は救援を呼ぶには、部隊の者が龍の笛を使うという掟があります。
しかし、逃げれたのはわたくしだけ、ドラゴン族でないわたくしは龍の笛を持っておりません。
その為、族長は救援を出そうとは致しませんでした。
わたくしが説明しても、『英雄が率いる部隊が全滅するはずがない、必要なら部隊のものが笛を吹くはずだ』と取り合ってくれませんでした。
でも、わたくしにはゼノア様と、ブラムド様に恩義があります。
何としてでも助けて差し上げたい。
しかしながら、わたくしには頼れるものがおりませんでした」
「そこで、デーモンロードを封印した実績もあり、英雄様といい勝負をしたユウキを頼りに来たって話だ。
剣の訓練所に来たから、カシードに協力して貰おうしたら調度ユウキが居たってわけだ」
この真剣な空気の中でも相変わらずニヤケ顔をしながらレナルヴェが話をしめる。
「切羽詰まったヤツに犯罪行為をやらせるなんて何考えてるんだ?」
さすがのカシードも呆れてレナルヴェを一瞥する。
「俺なんかより悪巧みはお前の方が得意だろ?」
レナルヴェがニヤケ顔を更に楽しそうに変えてカシードに視線を返すと、カシードもニヤリと笑う。
「お主より悪巧みが上手いなどど言われるのは癪にさわるが、面白い話を持ってきてくれた事は感謝しよう」
話が早すぎて若干ついていけてないが、つまりドラゴン族が救援を要請しても助けてくれないから仕方なく俺達に頼ってきたってことだよな?
でも、本来なら他国に救援を求めるのは犯罪行為……。
レナルヴェとカシードは楽しそうにしているが、ヒナギクは必死の覚悟なんじゃないか?
「彼女は自分の身を犠牲にしてここに来てるんですよ!
何を笑ってるんですか!?」
「ご主人様、大丈夫です」
あまりの態度に言葉を荒らげる俺の肩に手を置き、リゼットが優しい声をかけてくる。
カシードはまたもやニヤリと笑うと俺に視線を向ける。
「お主は彼女の事を助けたいと言うのだな?」
「さっきからそう言ってるじゃないですか!」
「わかった。じゃあ、お主が助けに行ってこい」
「簡単に言いますけど、他国が干渉したらヒナギクさんは犯罪者になってしまうんですよ!?」
「大丈夫だ」
俺の必死の訴えにもカシードは平静な態度、むしろ余裕の表情で応える。
「つまり流れ者の冒険者として助けに行けって事ね?」
後ろに控えていたクラリーヌが、腕を組み不満げにカシードを睨む。
「どういう事だよ?」
「国としてではなく冒険者が勝手に救援に向かうのであれば情報漏洩にならないってことよ」
「クラリーヌの言うとおりだ。
その代わり今回の件においてオレたちは助けることができない。
それでも行くか?」
ようやく理解できた。
つまり俺個人が勝手に行くのだから何の問題はない。
しかしどうする?
英雄と呼ばれた奴らが返り討ちに合うほどの強敵。
しかも、今回は知らない土地に行き、援護も協力者も居ない状況だ。
あまりにも危険が多すぎる。
だけど……。
ヒナギクを見ると、冷静を装っているが、一刻でも早く助けに行きたいという気持ちが伝わってくる。
「わかりました。俺一人で助けに行きます」
「ユウキ! 本気なの? 今回の危険は今までの非じゃないのよ!?」
「心配しなくても大丈夫だ」
俺がクラリーヌの目を見つめると、言葉をグッと押さえ込んだ後、諦めたように声を落とす。
「ユウキがそう言うならわかったわ」
「良い覚悟だ。と、言うわけだ。
俺とファーレンハイトは何も聞かなかった。
それで良いな?」
カシードが、ファーレンハイトに向き直り言うと、ファーレンハイトは深く頷く。
「わかった。俺は何も聞かなかった」
カシードは頷くと、今度は俺に真剣な眼差しを向ける。
「後のことはお主に任せる。ただし一つだけ約束しろ。何があろうと絶対に生き抜くんだ。
冒険者にとって大切なのは一つだけ、絶対に生き残ることだ」
先ほどとは違い真剣な表情だ。
純粋に先輩の冒険者としての言葉だった。
俺がカシードの言葉を胸に焼き付けていると、ヒナギクはツカツカと近寄ってきた。
そして、本当に嬉しそうに、目に涙を溜めて俺の手を握りしめて見つめて来る。
「ありがとうございます」
こんな時にアレだが、まじまじと見るとすごく美人だ。
目はつり目で少しきつい印象を受けるが、それが生来のしっかり者として印象を受ける。
目鼻も顎のラインもすべてがすっと切れがよく、可愛らしいフィーナ達とは対象的に、大人びた美しい女性と感じる。
「あの? ユウキ様?」
ずっと見つめ返している俺を不思議に思ったのか、ヒナギクは小首をかしげる。
「ああ、いや何でもない。俺に任せてくれ」
俺はパッと手を離すと、ヒナギクは丁寧にお辞儀をする。
その後は、ヒナギクと明日の早朝に郊外で落ち会う約束をして、準備をするため家に帰った。