デーモンアクセサリー(前編)
「さて、何から話そうか」
領主カシードが豪華な椅子に座り顎に手を当てながら仰け反る様に思案していた。
その後ろには、シトがいつも通りにこやかな笑顔で立っている。
俺が座っている後ろには、こちらもいつも通りフィーナとリゼット、ティアが立っている。
そう、今日はデーモンロードに関わる話をするために、領主の館の応接室に来ていた。
クラリーヌはと言うと、朝早くに風の射手の家に戻ってしまった。
一緒に領主の所に行くかと聞いたら「領主って余計な駆け引きをするから面倒くさいのよね」としかめっ面をしていた。
どうやら今日から風の射手のチームに戻るらしい。
少しさみしいけど、クラリーヌはリーダーだし仕方ない。
「シャーロットは今どうしてるんしょうか?」
考えこんでしまっているカシードに問いかける。
リゼットの件もあるし、カシードとも知り合いみたいだし、やっぱり気になってしまう。
問に対して、カシードは片眉をあげて前のめりに姿勢を変える。
「彼女は教会で養生している。
傷は魔法で治ったんだが、デーモンロードの力を使いすぎたらしい。
魔力の消費が激しすぎてまともに動くことも出来ん。
おかげで、尋問もほとんど進んでいない。
聞けたのは、気がついたらあの神殿に居たということぐらいだ」
「気がついたら……ですか?」
「ああ、彼女が言うには何者かの声が聞こえた後、いつの間にか神殿の中に居たんだそうだ。
部屋は狭く外に出られない。
外に出るために、仕方なくデーモンロードの封印を解いてネックレスをつけたわけだ」
「つまり、彼女は自らの意思で封印を解いたわけではないと」
「彼女が言うことを信じるならば……な」
「そうか、彼女も被害者だったのか……」
「おいおい、まさか彼女まで仲間にしようってんじゃないだろうな。
確かにレベルの高い冒険者ではあるが……」
「まさか、さすがに私も彼女を許そうとは思いません」
後ろにいるリゼットが気にかかる。
真後ろにいるから表情は見えないが、いい思いはしてないはずだ。
「そうか、ならば安心だ。
彼女の装備していたネックレスだが、魔法院では大した調査は出来なかった。
お前が装備しているサークレットはどうだ?
食欲の王とは、あの後も話をしたのか?」
「いえ、あの後は黙ったままですね」
「……話すことは出来るのか?」
「試して無いのでわかりませんが、やりましょうか?」
「ああ、頼む」
道具袋に入れてあったサークレットを身につけて語りかけてみる。
「食欲の王、話すことは出来るか?」
『……』
「反応がないですね」
「食欲の王、お主と取引がしたい」
『……何を取引するんじゃ?』
「なんだ、話せるんじゃないか」
『意味もなく呼ばれても話す気なんてせんわい』
呆れた声を上げる俺に、同じく呆れた声を上げる。
『で? 取引とは何が望みじゃ? ワシの力か?』
「まずは、お主の目的が知りたい。
出来ることであれば叶えよう。
その代わりに、他のデーモンロードの居場所などの情報が欲しい」
『ふん、力を求めるばかりの馬鹿者では無いようじゃな。
良かろう。ワシの望みを叶えるなら情報なり力を貸すなりしよう』
「では、望みとは何だ?」
『ワシの望みは……』
望みってなんだろう。
生け贄とか言われたらどうしよう。
他にも、人を不幸にしたいとか、街を支配するとか。
とんでもない要求をされたらカシードはどうするんだろう?
『お腹いっぱいメシを食べたい』
「「「は?」」」
思わずみんながマヌケな声を上げる。
普段冷静そうなシトですら呆然とした顔をしている。
『だから、メシが食いたいと行っておるんじゃ』
「どうやってご飯を食べるんだ?」
俺の質問にやれやれといった感じで答える。
『誰かに取り憑けばいいだけじゃ。
そうじゃな、そこのネコ娘がいいのー』
「にゃ?」
いきなり指名されてティアが自分を指差しながら目をパチクリさせてる。
「まあ、そんな要求ならいくらでも叶えてやろう」
「いやいや、勝手に決めないで下さいよ」
カシードのやつ自分じゃないからと気楽に言いやがって。
ティアは前にも食欲の王に操られてるし、なんか心配だ。
「別に俺でもいいですよね?」
『いやじゃ、男に取り憑くなんてまっぴらごめんじゃ。
この間のは仕方なくじゃ』
「じゃあ、他の女性にするとか……」
『あの娘とは相性がいいんじゃ。
前に取り憑いた時に具合が良くてな。
それに……』
「それに?」
『おっぱいが大きい娘がいい』
ただのエロジジイじゃねーか!
余計嫌になってきたぞ。
「にゃーはいいにゃ」
「ええ! いいのか?」
「取り憑いてご飯食べるだけなら問題ないにゃ。
何かあったらご主人様が封印してくれればいいにゃ」
「彼女もこう言ってるしいいんじゃないか?」
カシードに言われるとやたら腹立つな。
とは言え、封印の事を考えると俺が近くに居ないと心配だし、結局は俺のチームメンバーしか選択肢は無いんだよな。
「わかったよ。その代わり、変なことをしたらすぐに封印するからな!」
『うるさいやつじゃ。わかっておるわい』
「では、話がまとまった所で質問に答えてもらおうか?」
それから、いろいろ聞いてみたが食欲の王は、封印が解かれる前の記憶はおぼろげな様だった。
わかったのは元は魔王の配下だった事。
魔王を封印するための礎として、封印されたという事。
四体のデーモンロードの名前は、食欲の王、生欲の王、権欲の王、物欲の王という事。
魔王の話は、夢の中であった女神と一致している。
その時には確証が得られなかったが本物なのかもしれない。
肝心の他のデーモンロードが何処にいるのか?
どれくらいで封印が解かれるのか?
などの重要な情報はほとんどわからなかった。
「偉そうなこと言って何も知らないんじゃないか」
『封印された後のことなどワシが覚えてるわけが無いじゃろ』
「封印される前もおぼろげのくせに」
『それは、長年眠っていたからじゃ。
歳を取ると物覚えが悪くてな』
デーモンロードに歳なんかあるのか?
怪しいものだ。
『そんな不審そうな顔をするな、メシを食わせてくれれば力は貸してやる。
ただし、ネコ娘が装備した時だけじゃがな』
「大した知識も無いくせに要求は立派だな」
「まあ、いいじゃないか。
魔王が復活するという情報だけでも大きな収穫だ。
それに、デーモンロードの力が使えるのも十分な価値がある。
そして、食欲の王と話せるってことは、生欲の王とも話せるってことだ」
『なんじゃ、奴と話すのか。
なら、ワシは眠らせてもらうぞ。
ヤツとは昔から性格が合わんからのう』
そう言い残して静かになってしまった。
代わりに、エトが銀のお盆の上に置いてあったシャーロットがつけていたネックレスを机に置く。
俺は、サークレットを外すと代わりにネックレスを付けて語りかける。
「生欲の王、取引がしたい」
『……何じゃ。せっかくいい気持ちで眠っていたのに』
「生欲の王よ。お主の目的は何だ?」
カシードがやや緊張気味に問いかける。
『わらわか? わらわの願いは自由になることじゃ』
「自由とはどういう意味だ?」
『サークレットに封印されたままでは好きな様に動けることができん。
わらわは自由に動きまわりたいのじゃ』
カシードの顔が険しくなる。
当然だ。
デーモンロードがネックレスから外に出たらどんな事態になるか想像出来ない。
『あらっ、そんな怖い顔せんでええわ。
別に悪いことはせん。
ただ、誰かの体を貸してくれればええ。
そうね、そこの一番背高い子がいいわ』
「私ですか?」
フィーナがきょとんとした顔になる。
ティアの次はフィーナか。
「オレとしては、ありがたい申し出だな。
どうせ封印を維持するためにはユウキに持っていてもらわないといけない。
そうなれば、対象者もユウキのチームメンバーが適切だ」
確かにそうだが、簡単に言ってくれる。
「ご主人様の力になれるなら、私はかまいません」
フィーナは相変わらず従順だな。
まあ、仕方ないか。
何かあったら封印すればいいだけだ、
本人もいいって言ってくれてるしな。
「ずっと体を貸すことは出来ないぞ」
『たまに自由にさせてれくれば十分じゃ』
「当たり前だが、自由と言っても俺もついていくからな」
『ええ、むしろその方が好都合じゃ。ふふふふ』
「好都合?」
『たいしたことじゃないわ。気にせんでええ』
「まあいい。当然ながら見返りとして、情報と力を貸してもらうぞ」
『なんでも聞いておくんなまし』
とは言ったものの結局持っている情報は食欲の王と変わらないものだった。
「なんの役に立たないじゃないか!」
「まあまあ、力を貸してくれるのだし良しとしよう」
まさか、カシードになぐさめられるとは思わなかったな。
しかし、これだけ思わせぶりにしたんだ。
こうも言いたくなる。
『おぬし、怒った顔もなかなかええな』
まったく堪えた感じがない……。
結局、デーモンロードの力を借りる以外の大きな進展は見れなかった。
それでも、魔王の封印が解けるという話は、国に対して進言する上では大きな武器になるようだ。
あとは、報酬として金貨200枚をもらって家路についた。
戦いの前には、魔法の装備や上級魔法をくれたのに、更に前回の二倍の報酬が貰えるとは。
これでお金に困ることはなさそうだ。
「あれ? クラリーヌどうしたんだ?」
チームに帰ったはずのクラリーヌが俺の家の前に立っていた。