ダンジョン再び②
神殿の中は、学校の体育館ほどのホールになっていた。
その光景に驚く。
綺麗な外観とは逆に、中は荒れ放題だったのだ。
綺麗に磨かれたであろう石壁は傷つき、赤い絨毯は引き裂かれ汚れている。
左右に立っていたと思われる六体の石像は、足だけ残って上半身は倒れて砕けていた。
そして、大きなモンスターが3体ゆっくりと徘徊している。
「ちっ、すでにデーモンどもに荒らされてるのか」
ボードウィンはつばを吐くように言い捨てた。
デーモン達は侵入者に気づくとすぐさま襲いかかる。
ピエールと魔法院の魔術師たちを置いて、全員が急いでボードウィン達の元に駆けつけた。
「助太刀するよ」
パルパスが話しかけると、ボードウィンは口の片端を上げた。
「俺達だけで十分だがな」
そう言いつつも、顔は嬉しそうだ。
「あれはレッサーデーモンね。
魔法は使えないけど、HPが高いからやっかな相手だわ。
低級なデーモンだけど、魔法が効きにくいから気をつけて」
いつものリゼットの忠告。
レッサーデーモンは体長3メートルを超える巨体に牛のような頭を持ち、背中にはコウモリのような翼をつけていた。
俺たちは、それそれのチームに別れてデーモンと1体づつと対峙する。
さてどうするか?
魔法が効きにくいみたいだし、リゼットには初めから全力で戦って欲しいって言われたからな。
使ってみるか。
「俺が真っ先にダメージを与えるから隙ができたら追撃を頼む。
龍星光牙剣!」
ドラゴン族のゼノアから受けた技を放つ。
無数の斬撃がレッサーデーモンを襲うと、不快そうに咆哮を上げる。
「グオオオオォォォォォ!」
少しだけ練習はしたが上手く行ってよかった。
しかし、恥ずかしい名前だな。
龍王の闘気といい、ドラゴン族は中二病か?
叫んでて恥ずかしかったぞ。
あ、そもそも、叫ぶ必要はなかった。
下らないことを考えてるうちに、クラリーヌの矢がレッサーデーモンの目に命中する。
顔を覆い苦しんでいる隙をついて、マッシュのフルスイングのハンマーが横っ腹にヒットすると、レッサーデーモンはくの字に折れてうずくまった。
さらに、フィーナが首筋に斬りつけると、レッサーデーモンの頭が回転しながら虚空を舞った。
「うわ、なんだそれ」
「クリティカルヒットね。
あたしの出番がなかったわ」
驚いてると、リゼットが残念そうに説明する。
いわゆる必殺の一撃というやつか?。
剣の鋭さといいフィーナは、暗殺者としての腕が上がってるんじゃないか?
「練習通りに出来て良かったです」
フィーナが嬉しそうに微笑みかけてくる。
屈託のない笑顔は良いんだが、いつの間にそんな練習してたんだ。
ひょっとして、俺の知らない間に盗賊ギルドのリュナからアサシンの技を教えてもらってたのか?
「まあ、よくやったな」
「えへへ、ご主人様に褒められました」
「全く脳天気ね。急いでドラゴンファングのフォローに行くわよ」
クラリーヌは、すぐに気を引き締めると、ドラゴンファングが戦っているレッサーデーモンに素早く矢を射る。
中級の冒険者には強敵らしくドラゴンファングは慎重に戦っていた。
前衛のザールが攻撃を受け止めつつ、ジョゼットが素早い動きで翻弄する。
プリーストのエルミリーが防御魔法を掛けつつ、回復魔法を唱え。
メイジのディアナは、強化魔法を唱えてフォローする。
レンジャーのカジミールは矢を射つつアイテムでの回復をしていた。
バルバスは、メンバーに指示を出しながら的確にダメージを積み重ねていった。
俺らは連携の邪魔にならないように攻撃を加えると、間もなくレッサーデーモンは倒された。
「助かったよ。俺達だけならもっと時間が掛かってた」
バルバスが、一息付きながら言うと、黒騎士がやれやれといった感じて現れた。
「随分、時間がかかったな。
お前達じゃ力不足なんじゃ無いのか?」
「なによ、あんた達だって今倒したばっかりの癖に!」
「ヌグゥ!」
クラリーヌに図星を突かれて、ボードウィンが呻く。
たしかに、俺達よりは倒すのが遅かったが、上級冒険者だけあってほぼ無傷で倒したようだ。
「まあまあ、とりあえず犠牲が出なくてよかった。
それにしても、ドラゴンスレイヤーの蒼い魔法剣士の強さは想像以上だったな」
「でもさ、俺達が強いといっても、下級とはいえデーモンが三体も出るってことはやばい気がするね」
魔法使いのアーリンがフォローするが、盗賊のジュリアンが怯えたように見を震わせた。
「確かにそうだな。こんな入口にレッサーデーモンが居るぐらいだ。
奥に何が居るかなんて想像もつかん」
ボードウィンも真面目な顔をして応える。
「あら? 騒がしいと思って来てみたら、いい男がたくさんいるじゃない」
奥の扉の方から聞こえた声の主を探すと、場違いな雰囲気の女性が扉から入ってきた。
その姿は、踊り子の様で、露出の高い服に半透明のベールを体に巻きつけている。
体中に高級そうなアクセサリーを付けていて、とりわけネックレスは大きな宝石がついていた。
大きな胸は、強調するように押し上げられ、上半分が露出していて、へその部分にも穴が空いており体にピッチリとフィットしている。
魅惑的なボディで美人ではあるが、顔を見ると年齢は明らかに50歳を超えていた。
いわゆる最近流行りの美魔女ってやつか?
「お前は何者だ?」
ボードウィンは俺たちを庇うようにに前に出ると、警戒をしつつ問いかける。
「ん~、そうね……。
あたしは、悪魔に拐われたんです!
助けてください!!」
女は少し考えたあと、豹変して髪を振り乱し訴えてきた。
しかし、ボードウィンは一ミリも警戒を緩めることはない。
「そんな演技が通用すると本気で思っているのか?」
「あら、残念」
さほど残念ではなさそうに、やれやれといった感じで手を広げて答える。
その大げさな態度に合わせるように、セッツァーが演劇の上品な礼で問いかける。
「マドモアゼル。お名前と、危険なこの場にいる理由。
教えていただけると有りがたいのですか?」
「あたし、外見がよくてもナルシストは嫌いなのよね」
女が軽蔑したような目で見ると、セッツァーはあからさまに不快な顔を浮かべる。
「でも、名前ぐらいは教えてあげるわ。シャーロットよ」
その名前を聞きリゼットが、びくりと体を震わす。
「どうした?」
「いえ……な、なんでも無いわ」
とは言いているが、体は小刻みに震えていた。
何かは分からないが、不安を和らげるために両肩に手を添える。
「ひょっとして、冒険者チーム『烈火のつるぎ』の闇の魔女か?」
魔法使いのアーリンが驚いた顔で問いかけた。
「そうよ、ちょっとは有名よね。
あなた、頭良さそうだし顔も中々ね」
「有名もなにも、噂に名高い冒険者じゃないですか」
アーリンが興奮ぎみに言うと、リゼットの震えが、ますます大きくなる。
シャーロットも、リゼットの異変に気づいた様だ。
「あら、誰かと思ったらリゼットじゃない。
懐かしいわね。
姿は相変わらず変わらないのね」
「あなたこそ、ずいぶん変わったのね」
リゼットは体を震わせているが、自分の体を抱きしめつつ強気な態度を取る。
「おい、大丈夫か?」
心配になり声をかけるが、震えは段々と強くなっているようだ。
「あら、あなたもいい男ね。
純粋そうだしあたしの好みだわ」
シャーロットは、まるで獲物を狙う蛇の様に目をつり上げ、舌なめずりをして俺を見る。
「ご、ご主人様には、手を出さないで!」
リゼットが必死になり叫ぶと、シャーロットは可笑しそうに笑い声をあげる。
「あはははは。カーネギーの元から逃げ出したと聞いてたけど、今度はその男の奴隷にでもなったの?」
「余計な事は言わないで!」
その声は悲痛に満ちていた。
「おい、大丈夫か? 何があったんだ?」
俺は心配になり聞くと、シャーロットはますます可笑しそうに悠然と話す。
「ご主人様は、知らないようだから、少し昔話をしましょうか?」
「やめて! ご主人様には関係のない話だわ!!」
シャーロットは、リゼットの態度を見て、ますます調子に乗って話しだす。
この感覚は知っている。
いじめっ子のそれだ。
「おい、やめろ!!」
俺が叫ぶも、シャーロットはなおも可笑しそうに話しだした。
「昔々、 ある所に年を取らない魔法使いの女性がいました。
その子は、幼い外見で成長が止まった為、男には恋愛対象として見られなかったの。
でも、魔法使いは夢見がちな乙女でね。
いつか自分にも素敵な王子さまが現れると信じてた。
そして、魔法使いと同じ冒険者チームにいた綺麗な女性に相談していたの。
その、とっても美人で男性との交流もさかんな女性は、魔法使いのために最高の男性を紹介してくれたの。
その人は、とても金持ちで、外見もよく気のきく紳士だったわ。
間もなく二人は愛し合う仲になった。
でもね、幸せは長くは続かなかったの。
不幸って突然くるものなのね」
シャーロットは、自分の語りに酔ったように身を震わす。
「もうやめて!!!」
リゼットが耳を塞いでうずくまる。
「いい加減にしろ!」
俺は止めようとした。
暴力を使っても止めるつもりだった。
しかし、体は動かなかった。
「どういうことだ……!?」