ドラゴン族の英雄(後編)
「ご主事様! 大丈夫ですか!?」
気が付くと泣き顔のフィーナが目の前にいた。
どうやら、気絶していたらしい。
周りを見ると訓練所の医務室のようだ。
「にゃーが回復魔法かけたから大丈夫にゃ」
「ありがとうな。フィーナも心配かけたな。もう、大丈夫だ」
フィーナの涙を拭ってあげる。
「よかった……死んじゃったかと思いました」
「俺は勝負をしただけだ。きちんと急所は外しているから大丈夫だと言っただろ?」
ゼノアが顔を覗き込んできた。
「だが、あんなにすごい威力の技だ。万が一ってことがあるだろう!」
ジョジゼルは怒ってゼノアに掴みかかる。
「その時は、実力が無かっただけだ。
剣の道を目指すものなら当たり前だろ?」
掴みかかった手に更に力が込められるが、それ以上は何も言わない。
ただ、悔しそうにブルブルと震えていた。
「仇討ちは出来なかった。すまなかったな」
「そんな事! それより無事でよかった」
ゼノアを掴んでいた手を解くと、俺を安心したように見つめる。
先程まで泣いていたらしく目を真っ赤にしていた。
「それにしても、まさかユウキがやられるなんて思わなかったな。
ドラゴン族の英雄の実力は本物だ」
レナルヴェは先程までとは違い、本気で関心したようだった。
「やめてくれ、英雄なんて言われているが、俺はまだまだひよっこだ。
先代やアニキの足元にも及ばないよ。
ユウキも強かった。久しぶりに本気の戦いが出来て楽しかった」
ゼノアは満足気な顔で俺の手をとり、力強い握手をしてきた。
「さっきまでとは、随分態度が違うな」
「俺は強いやつが大好きだからな。
それに、デーモンロードの強さも解って感謝している。
ユウキが俺と同じぐらいの実力ということは、俺でも倒せるということだ」
「どういうことだ? まさか、デーモンロードが現れたのか?」
「ああ、俺の国に現れた。だが安心してくれ、俺が倒す」
「手をかさなくていいのか?」
「ありがたい申し出だが、これは俺の国のことだ。だから自分達で解決する。
収穫はあったし、すぐに帰ることにするよ。
ヒナギク帰るぞ」
いつからいたのか、ヒナギクと呼ばれた金髪の女性が、ゼノアの後ろから現れた。
「ようやく満足されましたか」
ヒナギクと呼ばれた女は、ふわっとしたボリュームのある尻尾をすっと立たせて、ティアに似ているが少し尖った獣耳を、同じ様にすっと立たせていた。
見た感じ狐の耳と尻尾に見える。
「ああ、今回は本当に満足した」
「それは良うございました」
物静かで凛とした感じのする狐族の女性は、鈴のなるような凛としたよく通る声で答える。
「世話になった」
ゼノアは部屋からでていく。
「お騒がせいたしました」
ヒナギクは、静かに頭を下げた。
その動きは、まさにお辞儀だった。
それだけではない、艶やかで、落ち着きのある色の着物を着ていて、腰には刀を二本差していた。
ヒナギクは、大和撫子の様なお淑やかさがある日本美人だった。
彼女は流麗な動きで踵を返すとゼノアについていこうとした。
「ちょっとまってくれないか!」
思わず彼女の腕を掴む。
すると、ヒナギクは、ゆっくりと振り向いた。
その姿にドキッとする。
まさに、見返り美人という言葉が似合う。
かんざしを使い長い髪は結い上げられていて、首筋の後れ毛も色っぽかった。
「何でしょう?」
呆けている俺を、小首をかしげて不思議そうに見つめる。
「いや、すまない。ひょっとして、あなたは日本という国から来たのではないか?」
期待を込めて聞く。
この世界が地球でないことは間違いないと思うが、もしかしたら日本という国があるかもしれない。
いや、日本その物ではないにしても同じような文化を持つ国があるかもしれない。
「いえ、そのような名前の国は存じ上げません」
「おい、どうした! 行くぞ」
「ゼノア様が呼んでおりますので、失礼させていただきます」
「ああ、すまない」
俺が手を離すと、会釈をしてゼノアに付いていく。
その歩き姿も、静かで無駄が無かった。
しばらく、ぼーっと後ろ姿を眺めていたが、ふと我にかえりレナルヴェに問いかける。
「そういえば、ゼノアが使った最後の技、あれはなんなんですか?」
「ドラゴン族の秘技、龍王の闘気だ。
肉体能力を爆発的に高める技らしい。
実際に見るのは俺も初めてだがな。
どうだ? 覚えられそうか?」
どうやら、秘技を覚えさせるのが目的だったようだ。
「無理ですね。何が起こったのかまったくわかりませんでした」
「そうか……しかし、いいものが見れた」
そういえば訓練生達が見学してたな。
……また、うわさになったらやだな。
「ユウキの事を修行が足りないなんて言ったが、足りないのは私の方だったな。
……剣神の弟子として恥ずかしい」
うなだれていた、ジョジゼルか決意の込めて顔をあげる。
「師匠! もう一度、基礎から修行をお願いします」
「わかった。厳しくするからな覚悟するんだぞ」
「はい!」
「そういくことだ。俺達も忙しくなってしまった。
わざわざ、来てくれたのにすまないな」
そう言うと、足早に部屋を出ていった。
二人が出て行くと、フィーナが待ちかねてたように話しかけてくる。
「ご主人様が負けるなんて信じられません」
「ほんとだにゃー、でも、すごい闘いだったにゃー」
ティアは興奮ぎみだ。
だか、リゼットは怒った顔で俺を見る。
「なんで、エクスプロージョンを使わなかったの?」
ばれてたか。
「まあ、死なれでもしたら気分が悪いからな……」
バツが悪くなり頬をポリポリと掻く。
「そんな事だろうと思ったわ。
わざわざ、弱い魔法から使ってたし……」
今度は、悲しそうな顔になると訴える様に言ってくる。
「今度からは初めから全力で戦って。
あたし達みんな心配です。
さっきだって、死んだんじゃないかって……」
リゼットの目から涙かポロポロとこぼれ落ちる。
抱き寄せると、頭を撫でた。
さっちまでは人前だから気丈な振りをしてたんだな。
「すまない、心配をかけたな」
そうして、ドラゴン族の英雄との戦いは終わった。
【あとがきおまけ小説】
「そういえば、聞いたわよ。ドラゴン族の英雄といい勝負したんだってね」
クラリーヌはいちど家に帰ったが、やっぱり一緒に過ごしたいというのと、メンバーからの後押しもあり、ユウキの家に来ていた。
そして、フィーナ達は家事をすると、気を利かせて二人きりにしてくれていた。
「なんで知ってるんだ?」
「冒険者の間じゃ話題になってたもの。
当たり前よね。
ドラゴンスレイヤーとドラゴン族の英雄。
こんな面白い話なかなかないもの」
「噂って伝わるのが早いのな」
「アタシも見たかったわ。
付いて行けばよかった」
やっぱり、話題になったか。
なんか頭が痛くなってきた。
ノリで戦ってしまったが、今後は自重しよう。
……いつもそんなこと言ってる気がするが。
「ねえ、戦いで汗かいて気持ち悪いでしょ?
体拭いてあげようか?」
「確かに汗はかいたけど、突然どうしたんだ?」
「だって、みんなにユウキの体拭かせてるんでしょ?」
「拭かせてるんじゃくて、自分で拭かせてもらえないんだ。
フィーナ達は、俺が自分で何かしようとすると嫌がるんだよな。
それに、クラリーヌまでメイドの真似事なんてしなくていいよ」
「別にメイドの真似事じゃないわ。
好きな人の体を拭くぐらい普通でしょ?」
「じゃあ、俺もクラリーヌの体を拭いていい?」
「それはダメ。恥ずかしいでしょ……」
結局、クラリーヌに体を拭いてもらうことになった。
しかし、彼女たちはなぜに人の体は拭きたがるくせに、拭かせてはくれないんだろう……。