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街に戻る日(前編)

 朝から屋上に上がると、遠くを見つめていた。

 砦は見通しの良い丘に立っているため、遮るものもなく遠方まで見える。

 周りをぐるっと見渡すと、遠くには街や城や森、砂漠、川、湖など様々なものが目につく。


 しかし、今の俺はそんなものには目もくれず、石畳に座るとぼーっと、空を眺めていた。

 何時間そうしていたかわからない。

 フィーナやリゼット、ティアーヌが何度か様子を見に来たような気がするが、ひたすら空を眺め続けていた。


 昨日は言うと決意したものの、実際に行動を起こそうとすると、尻込みしてしまう。

 この世界にきて強くなったと思っても、強くなったのはチート能力のおかげで、本質の部分は日本にいた時と何も変わっていなかった。

 重要な事になると決断できずに逃げてしまう。

 要するに言うのが怖かった。


 そうして過ごしていると、急に話しかけられた。


「なんか面白いものでも見えるの?」


 うおっ!


 横に顔を向けると、いつの間にかクラリーヌが隣に座っていた。

 俺は無意識に顔を反らす。


「ご主人様が元気ないって、みんな心配してたわよ」

「そ、そうか。じゃあ、そろそろ下に戻ろうかなー」


 乾いた笑い声を上げながらわざとらしく答え、立とうとする。


「ねぇ」


 しかし、彼女の呼び止めで、俺の体は硬直したように固まった。


「思ってたんだけど、アタシのこと避けてない?」


 図星だ。


「え? そんな事無いよ」


 俺は顔を逸らしたまま誤魔化した。

 表情を読まれるのが怖かったからだ。


 フィーナ達との関係について、どう伝えるべきか考えていた。

 しかし、答えが出ることはなく、なんとなく顔を合わせづらかった。


「ほんとに?」

「ほんとほんと」

「だったら、アタシの方、見なさいよね」


 顔を両手で掴まれると強引に、クラリーヌの方を向けさせられた。


 かわいい。

 今まで意識してなかったけど、意識しだすと余計かわいく見える。

 少し顔が熱くなっていくのを感じる。


「何よ? 今度はニヤニヤしちゃって」


 表情に出てしまったようだ。

 キリッと顔を引き締める。


「真面目な顔をしているつもりみたいだけど、にやけ顔は変わってないわよ」


 どうやら俺の顔は、俺の思い通りに動いてくれないらしい。


「ほんとに変ね。なにか悩んでることでもあるの?」

「ない」


 俺は正面を向いて遠くを見つめる。


「ほんとに?」

「ほんとほんと」

「だから、アタシの方を見て答えなさい」


 再び顔を掴まれて、クラリーヌの方を向けさせられた。


「……何もない」

「目を逸らしながら言っても説得力無いわよ」


 俺はウソを隠せないたちらしい。


「アタシには言いづらいこと?」


 無言で頷く。


「ひょっとして、アタシがいると邪魔かな?」


 クラリーヌは笑顔で、しかしどこか寂しそうだった。


「そんなこと無い。付いて来てくれて嬉しかった」

「じゃあ、何なの?」


 ごまかそう、ごまかそうとしていたが、もう限界かもしれない。

 そもそも、フィーナ達に心配をさせないように話すってことだったのに、俺は逃げてばっかりだ。

 こんなことでは、フィーナ達もクラリーヌもみんな不幸にしてしまう。


「わかった、言うよ。クラリーヌに言わなければならない事なんだ」

「なに?」


 俺が真面目な顔で言うと、クラリーヌも真面目な顔になり目を見つめてくる。

 こんな時に何だが、真面目な顔もかわいい。


「……あのな」

「……?」

「……そのな」

「……」イラッ

「……えーと」

「……」イライラ

「……つまり」

「何よ、男らしくないわね!

 はっきり言いなさいよ!

 アタシ、ウジウジした男は嫌いよ」


 そう言って、ツンとそっぽを向いてしまった。

 我ながらこうまでしても言えないのが情けない。

 しかも、男らしくないから嫌いだとまで言われてしまった。


 だが、逆に踏ん切りがついた。

 言っても言わなくても、嫌われるんなら言って嫌われたほうがマシだ。 


「わかった。はっきり言うよ。俺とフィーナ、リゼット、ティアーヌは愛し合っているんだ」

「愛し合ってる? え!? え? どういうこと?」

「つまり……夜を共にしているということだ」


 クラリーヌは、突然の告白に思考がついていかないらしく、口をパクパクとさせる。


「え? 三人と? 三人共と?」


 無言で頷く。

 すると、クラリーヌは困惑した表情に変わり背中を向けてしまった。

 そして、早口でまくし立てる。


「そ、そうなの。良かったわね。

 三人ともユウキの事大好きだし。

 かわいいし当然よね。

 急になんで、そんなこと言うの?

 もちろん、あなたと彼女たちが仲いいのは知ってるわよ。

 あ、分かった。アタシがいるのがやっぱり邪魔だったんだね。

 ごめんね。パーティーに押しかけちゃって」


 彼女の声は震えていた。


「違うんだ。そうじゃないんだ」

「何が違うのよ……」

「えーと、つまり」

「どうしたの? 心配しなくても街に帰ったらパーティーから抜けるよ?」


 声の震えが更に大きくなる。

 俺はたまらなくなり、後ろから抱きしめる。


「違うんだ。クラリーヌにはパーティーにいて欲しい」

「なんでよ? アタシがいると邪魔でしょ?」


 震え声から涙声に変わっていた。


「クラリーヌが……その、好きなんだ」

「うそ……でしょ?」

「うそじゃない」

「だって、初めてのデートでキスしてくれなかった」

「あの時は、君のことをよく知らなかった」

「次のデートも『行かなくていいよね』って言った」

「君に嫌われたと思ってた」

「デートにもなかなか誘ってくれなかった」

「今思えば、君のことを好きになるのが怖かったんだと思う」

「宿屋で二人きりの時にも何もしてこなかった」

「あの時は、襲わないよう我慢するのが大変だった」

「うそ……でしょ?」

「うそじゃない」


 しばらくの沈黙が続くと、クラリーヌは決意したように振り返った。


「じゃあ、証明して」


 あの時と同じ様に、目をつぶり顎を上げる。

 ただ、今のクラリーヌの目には涙がきらめいていた。

 俺は黙って顔を近づけると、唇を重ね合わせる。


 しばらく無言の時が続いた後、唇を離す。

 クラリーヌはゆっくりと瞳を開くと恥ずかしそうにうつむく。


「やっとキスしてくれた……」

「でも、フィーナ達のこと、本当に良かったのか?」

「わからない。でも、今はユウキと一緒にいたい」

「ありがとう」


 クラリーヌのことをギュッと抱きしめる。

 そして、少し体を離して見つめ合うと、どちらからと言わず目をつぶり再び唇を重ね合わせた。


「フィーナ達が心配しているわよ」


 キスが終わると、クラリーヌが恥ずかしそうに顔をそむけた。


「そうだな。それから、クラリーヌが俺と付き合うってことを報告しないとな」


 クラリーヌがハッと驚いた顔で俺を見つめる。


「何か問題があるのか?」

「違うの、でも報告する前に彼女たちと話がしたい。

 だから、ユウキは部屋で待ってて」


 意図はわからなかったが、クラリーヌは決意を込めた表情をしていたので、俺は言われたとおり部屋に戻った。


……


……



 しばらく、部屋で待っているとクラリーヌががやって来た。


「なあ、何を話したか聞かせてくれないか?」

「大したことじゃないの。

 ただ、ユウキとの事を相談したかっただけ。

 でね。はっきり言うね」


 クラリーヌは恥ずかしそうにしながらも、しっかりとした表情で俺を見つめる。


「アタシは、ユウキのことが好き。

 一緒にいたいし、いっぱいキスしたいし、触れ合いたい。

 ユウキは受け入れてくれる?」

「もちろんだよ。俺もクラリーヌと一緒にいたいし、いっぱいキスしたいし、触れ合いたい」

「嬉しい……」


 三度目の抱擁とキスをする。

 俺は、無意識のうちにクラリーヌの服に手をかけて脱がそうとする。

 すると、クラリーヌは逃げるように体を離した。


「寂しそうな顔しないの。その前に、みんなに報告しないと」

「ああ、そうだったな」


 二人で手を繋いで、フィーナ達の部屋に入っていく。

 三人は早足で俺達の前に並ぶと、背筋を伸ばして立つ。

 何か、偉い人の発表の様なおごそかさで、少しこそばゆい。


 しかし、姿勢を正して宣言する。


「クラリーヌと正式に付き合うことになった。彼女のこと、よろしく頼む」

「はい!」

「わかったわ」

「ハイだにゃ」


 小さな拍手をしながら、それぞれ返事をする。


「なんか、硬いかな? こういうのは初めてだから変な感じだ」

「え? みんな同じ感じで発表したんじゃないの?」


 クラリーヌが驚いて、俺を見つめている。


「あたし達は、ご主人様の所有物になって、成り行きで付き合うことになったから、発表みたいなのは無かったわね」

「素敵です。すごく、うらやましい」

「にゃーも、発表をしてもらえばよかったにゃー」


 リゼットが、コソッとクラリーヌに近寄ると話しかけた。


「ねえ。ご主人様にきちんと言えたの?」

「うん。きちんと言えた」

「そう、よかった。」 


 リゼットの表情はまるで、娘を心配する母親のようだった。


「何の話だ?」

「もう、察してよ。

 『はっきり言う』って言ったでしょ。

 そのことよ」


 クラリーヌが照れながら答えると、扉がノックされた。

 ピエールが街に戻る準備が出来たと連絡に来たのだった。



――――――――――――――――――――

【クラリーヌと三人の会話】

 クラリーヌは、ユウキから告白されて嬉しさで舞い上がっていた。

 その心を落ち着かせると、フィーナ達のいる部屋に入る。


「ご主人様はどうでしたか?」


 そこには、ご主人様を心配していたフィーナ達が待ち構えていた。

 実はクラリーヌをご主人様の元に行かせたのは、リゼットの案だった。

 少々荒療治だが、言い出せずに、苦しんでいるご主人様の助けになればいいと考えていた。


「ごめんなさいね。ご主人様を元気付けてなんて、お願いして」

「気にしないで、アタシもユウキのこと心配だったから。

 それに、リゼットには感謝したいぐらい」

「どう言うことかにゃ?」


 ティアーヌは、薄々と気づいていたが、あえて知らないふりをして問いかける。


「えーと、どこから話そうかな……」

「ご主人様は元気になったんでしょうか?」


 フィーナは心の底から心配していて、気がきではなかった。


「ユウキは大丈夫。アタシに言いたいこと言ってすっきりしたわ」


 フィーナが嬉しそうに安堵の息を吐くと、リゼットが遠慮がちに聞いた。


「じゃあ、あたし達とご主人様の事は聞いたのね」

「うん。それで、アナタたちに聞きたいことがあるの」


 少しの間をおいてクラリーヌは話す。


「ユウキから好きって言われたんだけど、付き合っても大丈夫かな?」


 三人は困惑する。

 ご主人様から告白されて、なぜ私達に聞くのかわからなかった。


「もちろんです。ご主人様が言ったのであれば私達に文句はありません」


 フィーナは、はっきりと答えた。

 むしろ、フィーナにとってはご主人様の望みを叶えたいので、クラリーヌが断ってもお願いしていたと思う。


「そう言うことじゃないの。アナタ達がアタシを受け入れてくれるかが聞きたいの」

「にゃーは、クラリーヌのこと好きだにゃ」

「ええ、あたしも、あなたがいたら心強いわ」

「ご主人様の助けになることが、私の幸せです。

 だから、クラリーヌにはご主人様の助けになってほしいです」


 クラリーヌは、みんなが許してくれてホッと安心する。


「それにしても、クラリーヌらしくないわね。

 あたし達はご主人様の所有物。

 そんな、あたしたちに許しをうなんて」


 これは、クラリーヌにかぎったことではない。

 この世界に、所有物の許可をえるなんて人間はほとんどいない。


「そうかもね。でも、アナタ達とも仲良くしたいし、どうしても確認したかったの。

 もしかしたら、ユウキの能天気さがうつったのかもね」


 クラリーヌは、照れた笑いを浮かべる。

 

「そうかもね。あたし達もご主人様に染まっちゃたからね」


 顔を見合わせて、クスクスと笑い会う。


「さっ、ご主人様がまちかねてるわ。早く行ってあげて」


 ひとしきりわらうと、リゼットがうながす。


「うん。アタシ、ユウキきちっと好きだっていってくる」


 クラリーヌは、元気よくうなづくと、急いで部屋を出ていった。


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