国境沿いのダンジョンB3F
地下三階の攻略も順調だった。
罠があるわけでもなく、宝箱があるわけでもなく、延々と土の壁が続く。
あまりにも同じ風景が続くから、モンスターが出るのが救いに思えるほどだ。
出てきたモンスターといえば、インプや、ジャイアント・ラット、ジャイアント・スパイダー、ゴースト、ウィルオーウィスプといったもの。
ゴーストとウィルオーウィスプはアンデットとはいえ低レベルなので、それほど危険はない。
まあ、殆どがフィーナとクラリーヌ、ティアーヌに倒されたのだが……。
ティアーヌが珍しく、アンデットを相手に大活躍。
アンデットは、本来なら魔法の武器か、魔法攻撃でしか倒せない面倒な敵だが、ダーンアンデットで次々と成仏させていった。
そんな調子で、探索を続けていると、奥に行くほど明るくなる通路があった。
それは、光魔苔が出す明かりが強くなっているからで、ダンジョンに充満している魔力が強くなっているのは明らかだ。
「異常な魔力でやんすね。ここまで光る光魔苔は初めてでやす」
「ええ、これは普通じゃないわね。気をつけて行くわよ」
ピエールが驚いたようにつぶやくと、クラリーヌが気を引き締める。
ランタンが必要なくなったので、ピエールの代わりにフィーナが前に出る。
罠がないか丁寧に確認しながらジリジリと道を進む。
そうしていくと、道の先に大きな空洞が見えた。
道を抜け空洞に入ると、突然の光景に全員が目を奪われる。
そこには、巨大な石造りの建物が立っていた。
大理石のように綺麗な壁面に、光魔苔がびっしりと生えていて、建物全体が強い光を放っている。
それ故、神殿のような外見の建物は、神秘的で幻想的だった。
いつもにやけ顔のピエールも、無表情なマッシュも今だけは目を丸くして立ち尽くしていた。
「すごく大きんな神殿だにゃー」
「ここなら、お宝がありそうね」
クラリーヌは、冒険者としての本能が刺激されたのか、まだ見ぬ宝を想像して顔を引き締める。
建物は大きすぎて全貌は見えない。
一部がダンジョンの土壁の中にめり込んでいるためだ。
周囲を見渡すと、3メートルを超える石造りの扉が見つかった。
「これが入り口のようね」
リゼットが誰に言うでもなくつぶやくと、俺の方に振り向く。
「どうする?」
「まずは、扉が開くか調べてみよう。罠がないか注意して調べてくれ」
俺が言うとすぐに、フィーナとピエールが丁寧に扉の周りを調べはじめる。
「罠はなさそうです」
「でやんすね」
お互いに確認を取ると、今度は扉を調べ始める。
みんなが緊張で見守る中、黙々と調査が続けられた。
そして、しばらくの間のあと、ピエールが諦めたような声を上げる。
「鍵穴はなさそうでやんすね。あっちらでは開けないでやんす」
フィーナは今にも泣きそうな表情をしている。
「ご主人様、お役に立てなくてごめんなさい。
この扉は魔法で封印されているみたいで、私には開くことができません」
そんな彼女の頬を、なでて安心させてやる。
本当なら頭をなでてやりたいところだが、兜をかぶっているから仕方がない。
「大丈夫だ。気にするな」
フィーナは俺の手を両手で掴むと慈しむように頬ずりをする。
……皆に見られていると、流石に恥ずかしいな。
「一応、他に入り口が無いか確認してみよう」
念の為、外壁も調べてみたが、他には入り口は見つからず、壁は頑強で、破壊することも無理そうだった。
「入れないのであればしょうがない。地下三階のマップを埋めたら報告に戻ろう」
みんな、少し名残惜しそうにしながらも探索を続けた。
地下三階の地図を埋めると、すぐに砦に戻る。
神殿の調査は思ったより時間がかかり戻ったのは夕方頃だった。
「じゃあ、あっちらは報告に行ってまいりやす。
神殿の扉についても相談しやすので、食堂で待っててくだせぇ」
言われて通りに、食堂で一休みすると、クラリーヌが興奮しだした。
「あんなすごい神殿なら魔法の装備とかアイテムとかたんまりあるに違いないわ」
「綺麗なアクセサリーとかもあったらいいにゃー」
「ええ、神殿なら呪術やお祈りに使うような魔法のアクセサリーもきっとあるわよ」
「そうね。昔はあまり興味なかったけど今ならほしいわ」
「私が使えるような軽い装備があるといいんですが」
そんな感じで、まだ見ぬ財宝を夢見て女の子たちがキャッキャと喜んでいる。
俺は、そんな光景を微笑ましく見ていた。
本当なら、この状況をずっと続けたい。
でも、いずれはフィーナ達との関係を、クラリーヌに言わなければならない。
受け入れてくれればいいが、もし拒否されたら……。
そう考えると、楽しい雰囲気の中で、一人暗い気分になってくる。
そうしていると、ピエールが戻ってきた。
話によると、魔法で封印された扉を解呪するために、街に行くようだ。
「あっちらは、明日の夕方に街に行くことに成りやした。
扉が開く手はずが整うまでは、ダンジョンの攻略は中止になりやす。
あんさん方も一緒に行きやすか?」
高級な部屋を与えられたとはいえ、慣れない砦で過ごすのは精神的も疲れる。
戻って自分の家でゆっくり出来るならありがたい話だ。
「街に戻れるのは、もっと先かと思ってたから拍子抜けね。
エロディットになんて言われるかしら」
「でも嬉しいわ」
「家でゆっくりしたいです」
「久しぶりににゃーの手作り料理作るにゃ」
「いいね、アタシにもごちそうして」
など、女性陣は早くも肩の力が抜けたようで、和気藹々と、楽しげに会話をしている。
クラリーヌが入ったことで、いっそう話が盛り上がるみたいだ。
しかし、俺の心はより憂鬱になった。
街に戻ってしばらく休みに入るということは、クラリーヌに彼女達との事を伝えるいいタイミングではないか。
できれば先延ばししたい。
そんな気持ちで支配されていた。
……
……
夜、三人とベッドの上でくつろぐ。
「ご主人様、もし、クラリーヌに言うのが辛いのであれば、言わなくても大丈夫です。
ごめんさない。あたしが、余計なことを言ったせいでご主人様を苦しめてしまって……」
リゼットは、今まで見たことのないような、深刻そうな表情をしていた。
彼女は精神的に弱い部分がある。
だから、俺は彼女たちを前にあまり弱気な態度は取らないほうがいい。
わかってはいたが、クラリーヌの事を考えると、どうしても態度に出てしまう。
「大丈夫だ。
どちらにしろ言わないといけない。
それに、リゼットが言ってくれたからこそ真剣に考えることが出来た。
感謝しているぐらいだ」
「それならいいんですが……」
リゼットに言われて再び考える。
「クラリーヌに話す前に、お前達に言っておかなければならないことがある」
「はい」
「なに?」
「にゃ?」
「リゼットに昨日言われて気づいたんだ。どうやら、俺はクラリーヌの事が好きみたいだ」
「やっぱりだにゃー」
フィーナとリゼットは驚いている。
が、ティアーヌは驚くこともなくニコニコとしている。
「え? ティアーヌはわかってたの?」
「すごいです。全然わかりませんでした」
俺も驚く、だって自分で気づいたのが昨日のことだ。
「え? いつから、好きだと思ってた?」
ティアーヌは人差し指を、顎に当てて思い出しながら話す。
「んーと、前から気にはなってたと思うにゃ。
はっきりしたのは、ダンジョンに一緒に行くって家に来た時だと思うにゃ。
ご主人様は、クラリーヌの一緒にいくって言ってすごくホッとしてたにゃ。
たぶん、離れ離れになるのが嫌だったにゃ」
なんだろう……。
ここまでズバズバ言われると、恥ずかしいやら、腹立たしいやらすごく複雑な気持ちだ。
「おっ、俺は、好きだと思ったのは昨日のことだぞ」
つい反論してしまう。
「でも、随分前から気にはなってたにゃ?
デートに行くときも、楽しそうだったにゃ」
「そんなことはない。あれは、無理やり誘われて断れなかっただけだ」
ムキになって反論してしまう。
「どうやら本当みたいね」
俺の顔をじっと見ていたリゼットが、つぶやいた。
「ぐっ、いや、いつから好きだったとかはどうでもいいんだ。
つまり、できればクラリーヌと付き合いたいと思っている」
「にゃー達もクラリーヌが好きだし仲良く出来るにゃ」
「フィーナとリゼットも問題ないのか?」
「はい。ご主人様がクラリーヌが好きなら私も好きです」
「ええ、ご主人様が必要とするなら、彼女は必要な人よ」
「ありがとう」
少し安心した。
クラリーヌは彼女たちと違って、俺の所有物ではない。
嫌だと言われたらどうしようかと心配していた。
「だが、心配なこともある。
クラリーヌがお前達と俺が愛し合っていることを知ったら、嫌がるかもしれない。
それに、本当に俺のことが好きかもわからない」
「なるほどね。だから、クラリーヌにあたし達の事を言うのが怖かったのね」
リゼットが納得したように数回頷く。
そして、ティアーヌは少し考える素振りを見せると。
「んー、大丈夫だと思うにゃ。
ティアーヌはご主人様のこと大好きだにゃ。
にゃー達もご主人様の事が大好きだにゃ。
ご主人様も、にゃー達とクラリーヌが大好きだにゃ。
きちんと話せばわかってもらえるにゃ」
「簡単に言ってくれるな……」
「あたしは、恋愛とか疎いからわからないけど、多分大丈夫よ」
「はい。ご主人様の事を好きにならない人なんていません。
それに……。もし振られても、私達がいます。
一生懸命、ご主人様を慰めます!」
慰めると聞いて、どんなエッチな事をしてくれるのだろうと考えた俺は重症だな。
いや、フィーナなら望めばしてくれるとは思うが。
「その様子なら心配しなくても大丈夫そうね」
リゼットに呆れられてしまった。
だけど、ありがたい。
彼女たちに勇気づけられた。
「わかったよ。頑張って言ってみるよ」
そう決意した。