国境沿いの砦(前編)
「おはようございます。ご主人様」
目をさますと、いつも通りフィーナがおはようのキスをして来た。
ん?
いつもどおり?
「あれ? 隣の部屋で寝てたよね?」
「はい! ご主人様の起きる時間だと思ったので来ました」
「ひょっとして、起きるまで待っていた?」
フィーナは言いにくそうに目線を反らすとコクンと頷いた。
「それはすまなかったな」
「いえ、良いんです。ご主人様との約束ですし。
それに……、今日は……したかったんです」
頬を赤らめて、うつむく。
そうか、今日はクラリーヌがいるからこそ、キスをきちんとしたかったんだな。
フィーナを抱き寄せると、今度はしっかりと、確かめるようにキスをする。
横を見るとリゼットとティアーヌも待っててくれていた。
「リゼットもティアーヌもありがとう」
そう言って、順番にゆっくりとキスをした。
「クラリーヌさんは、すでに準備を終えて居間で待ってますよ」
「そうか、みんなが俺の部屋に来るのを変なふうに思わなかったかな?」
「朝起こすのが、私達の仕事ですって言ったら納得してました」
「『ユウキは自分で起きることも出来ないのか!』って怒ってたけどね」
リゼットが思い出して、おかしそうにふふふと笑う。
……
……
「今日からよろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく」
クラリーヌは、いつもと違う環境だから、ちゃんと眠れるか心配だったが、元気な笑顔を浮かべていた。
冒険を前にしてやる気満々と言った様子だ。
そして、後ろにいるフィーナたちを見ると、頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「ご主人様のご友人が私たちに頭を下げないで下さい」
フィーナが、焦って両手を体の前でばたばたさせている。
「そうですよ。あたし達はご主人様の使用人の様なものですから、クラリーヌさんに頭を下げられると困ります」
リゼットも困惑している。
「でも、これからはパーティーメンバーだし」
いつもと違い控えめな態度のクラリーヌ。
彼女の事だからパーティーに入っても、ぐいぐい引っ張ってくると思ってたから、ちょっと調子が狂う。
「気にしなくていいにゃ。パーティーメンバーなら仲間だにゃ。仲良くするにゃ」
ティアーヌは楽しそうに、クラリーヌの両手をつかむと、勢いよくぶんぶんと振る。
「わわわ、よろしくお願いします」
クラリーヌは圧倒されながらも、笑顔を返した。
とりあえず、女性たちの間に変なわだかまりはなさそうだ。
……
……
領主の館につくと地下室の一室の扉の前に案内された。
そこには、魔術師のシトが待っていが領主は見当たらない。
「おや? 風の射手のクラリーヌさんですよね? 今日はどうしたんですか?」
シトが不思議そうに首をひねっている。
そりゃ、不思議に思うよな。
「ダンジョン攻略の間だけユウキのパーティーに入ることになったんです」
シトはクラリーヌの言葉に、そうですかと答えると、顎に手を当ててしばらく宙を眺めた。
そういえば、領主には何も言ってなかったけど、不味かったかな。
「まあ、特に問題無いでしょう。それでは、砦まで転送します」
ドアを開けると6人ほどが入れる小さい部屋になっていて、床には魔方陣が書かれている。
中央には、腰の高さほどの柱があり、その上には30センチ程の黒いガラス球の様な物がついていた。
「すごい、こんな大きい魔法石は初めて見たわ」
リゼットは駆け寄ると目を輝かせて黒い魔法石を覗きこむ。
「この魔法石の力を魔法陣で制御することによって転送します。
ただ、魔法石の魔力を節約するため、皆様の魔力も使わせてもらいます。
魔法石に手を当ててもらえますか?」
その言葉にしたがって、全員が魔法石を触る。
シトは、全員が部屋に入ったのを確認すると扉を閉めた。
「では行きますよ」
シトも同様に魔法石に触ると、呪文らしきものを小声で囁く。
すると、床の魔方陣の光が段々と強くなっていき、お互いの姿が見えなくなるほど部屋全体を明るくてらした。
「はい、つきました」
光が弾けると、シトは笑顔でドアを開ける。
ドアの外は、先ほどと同じ地下の様だが雰囲気が違った。
そして、鎧を着たがたいの良い男が立っていた。
「シト様よくぞいらっしゃいました」
ビシっと姿勢を正すと、胸の前で拳を作る。
「そんなに畏まらないで下さい。私はただの魔術師ですので」
「いえ、シト様は領主様の重要な右腕ですから」
男の笑顔にシトは、まいったなと困り顔で呟いた。
「まあ、私の役目はユウキさん達を砦に案内することです。
後は、砦の隊長であるガリウムさんに任せます」
そう言い残すと、シトは再び魔方陣の部屋に入っていった。
ドアの隙間から強い光が漏れたので、館に戻ったのだろう。
「あなたがユウキ殿ですね」
角刈りでいかつく強面だが、温和な雰囲気で接してきた。
分厚そうな銀の鎧を着て腰には大きな剣を携えている。
まさに騎士といった出で立ちだ。
「はい。よろしくお願いします」
「おや? 四人と聞いてましたが一人多いようですね」
指で人数を数えて不思議そうに質問していた。
「冒険者チーム、風の射手のクラリーヌです。
ダンジョン攻略の間だけユウキのチームに入りました」
クラリーヌが頭を下げると、なるほどと頷く。
「では、まずは部屋に案内します」
部屋への道中で簡単に砦についての説明を受けた。
砦では、10人ほどの兵士が寝泊まりをしており、国境や街道で問題が起きないか巡回をしている様だ。
道に迷った人の保護や、旅をしている者を、モンスターから守るのも仕事らしい。
砦の外観は、小さな西洋のお城のような感じで、しっかりとした石造りになっていた。
「ユウキ殿はこちらの個室を、女性方はこちらの大部屋を使って下さい。
本来は、貴族に使われる個室と、従者用の部屋なのですが、ユウキ殿のチームは他が女性なのでちょうど良かったです」
ある程度、予想していたが俺だけ別の部屋らしい。
まあ、クラリーヌもいるから一緒の部屋では困るのだが……。
しかし、三人とクラリーヌを一緒の部屋にするのはまずい気がする。
フィーナたちは俺の所有物だからいいが、クラリーヌまで従者用の部屋にするのはどうだろうか?
彼女たちと同じ扱いというのも、問題ありそうだ。
「クラリーヌと三人は別の部屋にして欲しいのですが」
お互いに気を使うし、なにより俺が三人とイチャイチャできない。
しかし、そんな思惑を裏切るようにクラリーヌが言った。
「あたしは大丈夫よ。と言うか、同じメンバーとして仲良くしたいから同じ部屋が良いわ」
うむむ。
そう言われると、無理やり別の部屋にするのは不自然か。
仕方ない。
「クラリーヌが、その方が良いなら同じ部屋でいいか」
俺が了承すると、ガリウムが話を続けた。
「問題無いようですね。荷物を置きましたら、一緒に冒険に行くメンバーを紹介します」