旅立ちの前(前編)
昨日、領主との話が終わった後、剣の訓練場、魔法院、盗賊ギルドに寄った。
ダンジョンに行くから、しばらく通えない事を報告するためだ。
剣の訓練場では、ジョジゼルから毎日の訓練を怠るなと釘を刺され、ジョゼットには「一緒に訓練してくれるって言ってたのに、全然訓練してくれなかった」と口をとがられせて文句を言われた。
魔法院では、ローリアナが寂しいからついて行くと言い、ランセットはダンジョンに興味があるからついて行くと言い、断るのが大変だった。
せっかく強化するための準備をしていたのに、お預けになるとは。
そして、今はクラリーヌと共にマフムード大森林近くの草原に来ている。
「ほら、もっと肩の力を抜いて。
っていうか、モンスターを探そうとしないで」
クラリーヌが小声で囁く。
「だから、意識しないで、モンスターに伝わるから」
二人とも草むらでうつぶせになって、狩りの相手が来るのを待っている。
しかし、どうにも落ち着かなく自然体になることができない。
「意外と難しいな」
「だいたい、なんでそんな音が出る重装備してるの?」
「こんな風に狩りをするなんて聞いてないぞ」
ジョゼットとモンスター狩りに行った時とはやり方が全く違う。
まるで、動物を狩るハンターだ。
「おっ、キタキタ」
現れたのは、イノシシを更に大きくした様なモンスター。
名前は確か、ビートスタンプだったか。
のんきに、草を食んでいる。
クラリーヌは、嬉しそうな声を出しながらも気配を消す。
「あんたは見ていて」
そう言い残して、音を出さないように匍匐前進でジリジリと近づいていく。
隠密のスキルはフィーナには及ばないもののかなりの技術だ。
そして、100mほどの距離で一呼吸置く。
次の瞬間には、ブッシュボアがゆらゆらと歩くとバタリと倒れた。
一瞬何が起こったのか理解できなかった。
クラリーヌを見ると、片膝をついた姿勢で左腕をまっすぐに伸ばし弓を持っている。
意識と意識の間、まるで記憶が飛んだかの様な感覚。
その隙をついて矢を放ったのだ。
モンスターは自分が射られたことを気づくことなく天に召されたであろう。
「ざっとこんなもんね」
立ち上がったクラリーヌが得意げな表情で俺を見てくる。
「さっ、ユウキもやってみて」
遅れて立ち上がった俺に向かって、弓を突き出してきた。
「は? 無理に決まってるだろ。弓に触ったことすら無いんだぞ」
「そんなんじゃ、草原での戦闘なんてできないわよ」
その言葉に、含みを持たせた笑みを浮かべる。
「いいんだ。明日からダンジョンに行くから」
「ダンジョン?」
「ああ、国境近くにダンジョンが出来ただろ?」
「そういえば、冒険者ギルドに大きく募集されてたわね」
「そのダンジョンに挑戦することになった」
「『なった』ってどういうことよ?」
怪訝な表情を向けてくる。
「領主から依頼されたんだ。
低級の悪魔が出てきてデーモンロードがいるかもしれないから行ってほしいってね」
「デーモンロード!?
それをユウキ達だけでなんとかしろっていうの?
いくらなんでも無茶だわ!
ひどすぎる!!」
興奮した顔で迫ってきた。
「落ち着けよ。可能性の話だから。
まずは、デーモンロードがいるか調査するだけだよ。
ダンジョンに詳しい人もつけてくるって言うし、本当に居たなら対策チームを作るって話だから大丈夫。
それに……」
なだめるように体を押し戻す。
「それに?」
「デーモンロードは俺がいないと封印できないみたいだし、他の人を危険にさらしたくない」
「なに生意気な事言ってるのよ!
あんた一人でなんでもできると思ってない?」
「そんなこと思ってないさ。
ただ、自分がやれる事をやりたいだけだ」
「人が良すぎるわ。
領主に良いように扱われているわね」
「俺は自分の意思でやってるんだ。
言われた通りにしているわけじゃない」
「どーだか。領主は強引に話をすすめることで有名だからね」
「確かに、領主は強引な人だけど、決して考え無しじゃないよ。
ちゃんと相手のことも考えてる。
たぶん……」
クラリーヌは大きくため息をつくと、草むらに座った。
俺も隣に座る。
「なんか心配だけど、アンタがそう思うならそれでいいわ。
で? 国境って事は片道で5日以上かかるわよね?
しばらくは、戻ってこないの?」
「転移魔法陣を使わせてくれるから行きは一瞬らしい。
でも、国境の砦に部屋を用意すると言っていたから、攻略するまでは戻ってこれないかな」
しばらく街から離れるのは好都合かも知れない。
このままクラリーヌと、ずるずるデートし続けるのはよくないし。
「そう……」
クラリーヌは少し暗い顔をしてうつむいた。
「やっぱりダンジョンの攻略って期間がかかるのか?」
「リゼットの時みたいな短いダンジョンなら1日で済むわ。
でも、迷宮が大きかったり、敵が強かったり、罠がいっぱいあったり、難易度が高いほど期間はかかる。
数週間から数ヶ月かかる場合もあるわ。
今回はギルドに大々的に募集をかけるくらいだから、簡単な調査はしているだろうし、すぐに攻略できない事は確実ね」
「そんなにかかるのか……」
数ヶ月はさすがに考えてなかった。
「ちょっとは大変なのがわかった?」
「ああ、せっかく仲良くなった人たちと、長期間会えなくなるのは寂しいな」
「誰と会えなくなるのが寂しいの?」
打って変わって、ニヤニヤした顔で聞いてくる。
「魔法院のランセットにローリアナ、剣の訓練場のジョジゼル、後はドラゴンファングのジョゼット達に逢えないのも寂しいな」
「それだけ?」
「?」
俺が不思議そうな顔を向けると、ニヤニヤした顔が一瞬で凍りつき怒りだした。
「ほんとに、それだけなの!?」
「どうしたんだ? 急に怒って」
「うるさい!」
そっぽを向かれてしまった。
「なあ」
「話しかけんな」
「何だよ急に……」
「そんな事もわからないの!」
なんで怒ってんだ?
わけわからん……。
あ!
「もちろん、クラリーヌと会えないのも寂しいよ」
「なによ、思い出したように言って……」
「別に忘れてたわけじゃないよ。本人を前に言うのは恥ずかしいだろ」
「ほんとに?」
首をかしげて覗きこむように俺の目を見つめる。
「ああ、もちろんだよ」
「わかった。許してあげる。
それにしても、経験の少ないユウキ達だけでダンジョンに行かすのは不安ね。
あたし達もついていければ良いんだけど、ダンジョンには挑戦しないってみんなと約束したから」
「心配してくれるだけで十分だよ」
「ユウキとしばらく会えなくなるのか……」
そう言って、抱えた膝に顔を埋めた。
「クラリーヌも俺と会えなくなるのが寂しいのか?」
「あたしは、寂しくなんて無い。
冒険者やってるとよくあることだもの。
ダンジョンに潜ってそのまま帰ってこないなんて珍しくもないわ」
そう言いながらも、声は少し震えているように感じる。
「大丈夫だよ。すぐ戻ってくるから」
「そう言う無責任なセリフもさんざん聞いてきた」
クラリーヌは、勢い良く立ち上がる。
「あたし帰る」
「え? しばらく会えなくなるんだからもっと遊ぼうよ」
「いい。長くいるほど寂しさが増すから」
そう言うと、振り返りもせずにまっすぐと街の方に歩いて行った。
無理やりデートに誘われて仕方なくつきあってる感じではあった。
でも、今はすごく複雑な気分だ。
……
……
「おかえりなさいご主人様!
早かったですね……何か嫌な事でもあったのですか?」
笑顔で迎えてくれたフィーナが、俺の顔を見て心配そうに聞いてきた。
リゼットとティアーヌも心配そうな顔を俺に向ける。
「いや、ダンジョン攻略には何ヶ月もかかるという話を聞いて、ちょっと寂しくなっただけだ」
「そうね。 確かに難しいダンジョンならそれくらいかかる場合もあるわね」
「大丈夫です。私達がいます」
フィーナの屈託のない笑顔はいつも救われる。
「そうだな。フィーナとリゼットとティアーヌ、三人と一緒なら何処に言っても寂しくないな」
「そんなに素直に言われると照れるにゃ」
ティアーヌが恥ずかしそうに耳を撫でながらニャハハと笑った。
「俺はしばらく寝室で休んでいる」
「大丈夫? あたし達も一緒にいたほうが良い?」
リゼットが心配そうにしながら後ろからついてくる。
「ありがとう。でも、少し一人でいたい気分なんだ」
そう言い残して、寝室のベットに寝転んだ。
なんだかわからない。
さっきまでは、ダンジョンに行くのに少しウキウキしてたけど。
今はイライラしている。
なんでだろう……。
……
俺がイライラの原因を考えながらベッドでゴロゴロしていると、玄関のドアが叩かれた。
誰だろう?
領主の使者とかな?
面倒臭げにドアを開くと、そこには大きなリュックを背負ったクラリーヌが立っていた。
「ねえ。あたしも一緒について行っていい?」