ダンジョンへの道
「こちらで、お待ちください」
侍女が応接室から出ていった後、ソファーに座り頭を抱える。
ううむ。
なんでこうなってしまうのだ。
今日こそは冒険者らしい事をしようと、準備万端で家から出た。
しかし、玄関の外には領主の使者が立っており、逃げることも出ずに応接室まで連行されてしまったのだ。
「待たせたな」
フィーナ達に心配されながらも応接室で待っていると、領主カシードと魔術師シトが部屋に入って来た。
少し疲れた顔で席に座る。
「今日は二つ話がある」
カシードは侍女が持ってきた水を一気にあおると、表情を緩ませた。
「まずは、デーモンロードが封印されていたサークレットについてだ。……シト」
短く名前を呼ばれた魔術師は、持っていた木のトレイを、テーブルの上に置く。
トレイには、例のサークレットが乗っていた。
「このサークレットですが、徐々に封印が弱まっているようです。
調べていた魔術師がデーモンロードの声を聞いたらしく、だんだんと声が大きくなってると言ってました」
「そうなんですか」
「それで、ユウキ様に持っていただいてもよろしいですか?」
「はい」
言われるままに、サークレットを持つと、サークレットが淡い光を放つ。
それは、初めてサークレットを持った時と同じような光だ。
シトに返すと、しばらく眺めて再びトレイの上に置いた。
「ユウキ様が持つと封印の力が復活するようですね」
「やはりか……。
どうやら、放っておくといずれ封印は解けてしまうらしい。
これでは、安心して調べることができん。
もし、調べているうちに封印が解けたら一大事だからな」
「そうですね」
「そこで、だ。このサークレットはお前に管理してほしい」
「ええ!? 私なんかでいいんですか?」
「魔法院や教会では封印の維持は難しい様だ。
強力な儀式が必要で、それを継続しなければならない。
それならば、おぬしが持っていたほうが良かろう」
「はぁ、私が持っていても大丈夫でしょうか?」
デーモンロードが封印されている物なんて怖い気がするけど。
「封印されている限りは問題ない。
それどころか、それは強力なマジックアイテムだ。
装備すれば防御力が上がり体力が自然と回復するぞ。
封印の問題がなければオレが欲しいぐらいだ」
そんな良いアイテムなのか。
まあ、今の俺には必要なさそうだが、フィーナかティアーヌに装備させるか?
いや、二人共デーモンロードに乗っ取られそうになってたから怖がるかもしれない。
やっぱり俺か?
いやいや、男がサークレット装備するなんてかっこ悪すぎか。
「まあ、そんなに難しく考えるな。
管理が難しそうなら、またオレに渡せばよい」
悩んでいたのを、危険だからだと勘違いしたようだ。
俺はそれならと、躊躇するふりをしながら受け取った。
これからの冒険に役に立つなら貰っておいたほうが良いだろう。
「引き続き調査は続けるが、今のところ何も成果は無いからな、あまり期待せんでくれ」
「はい」
「それから、ふたつ目だが……」
話し始めたのは、盗賊ギルドで聞いた国境付近のダンジョンの事だった。
「というわけで、おぬしにダンジョンの攻略を手伝ってもらいたい」
「なぜ私なんでしょうか?」
「実は出てきているモンスターに、インプなどの低級デーモンが混ざっていた」
「二体目の『デーモンロード』の可能性があるということですか?」
カシードは無言で大きく頷く。
なるほど、封印できるのが俺だけならば、結局俺が行くしか無いということか。
デーモンロードか……。
前の様に、大量のデーモンが出る前に抑えておきたいという気持ちはある。
国境とはいえ、規模が大きくなれば街に被害が出るだろうし、冒険者達も借り出されるだろう。
ダンジョン攻略もちょっと興味あるし、報酬が良いならチャレンジしたくもある。
「しかし、私はまともなダンジョン攻略の経験がありません。
ダンジョン攻略が得意な冒険者にまかせたほうが良いのではないでしょうか?」
「心配するな。砦からダンジョン攻略に詳しい者を何人か選出して同行させる。
おぬしのパーティーはメンバーが少ないし、オレの方でも状況を把握したいのでな。
それに、今回の目的はあくまで調査だ。
もし、本当にデーモンロードがいた場合には、別に対策チームを作るから安心してくれ」
ふむ。
ダンジョン攻略のテクニックを教えてもらうには、いい機会かもしれない。
「国境ということは遠いんでしょうか?」
「馬車を使えば5日くらいだな」
遠いな。家から通うのは無理か。
そうなると、野営をしなきゃいけないのか。
うーむ、フィーナ達とスキンシップが出来なくなってしまう。
毎週のお風呂も我慢しなきゃいけない。
どうするか……。
「大丈夫だ。特別に転移の魔法陣を使わせてやる。
国境近くの砦まで一瞬だぞ。
部屋も用意するから心配するな」
え?
部屋を用意するってことは、そこで寝泊まりをしろってことか?
「来客用の部屋だからギルドで借りた部屋より快適だぞ」
カシードは自慢気な表情だ。
「早速、部屋の準備をさせよう」
まてまて、俺は行くなんて一言も言ってないぞ。
「いえ、まだ行くとは……」
俺の言葉を無視して、カシードは俺とフィーナ達を一瞥する。
「冒険の用意もしているみたいだし、今から砦に行っても問題ないな」
カシードは、再び大きく頷くと立ち上がろうとした。
急展開にあっけにとられていると、リゼットが気づかれないように俺の背中をつつく。
ああ、ヤバイな。
このままでは今すぐ行く事になってしまう。
「いえ、ちょっと待って下さい」
呼び止めると、カシードは渋い顔で椅子に座り直す。
「なんだ?」
「準備もありますし、明日は用事があるので明後日からになりませんか?」
明日は、クラリーヌと狩りに行く約束をしてしまった。
約束をすっぽかせば、面倒なことになることは容易に想像できる。
「明後日か……」
カシードは少しの間、顎に手を当てて悩んだ後、膝をポンと叩いた。
「よかろう。デーモンロードの事を考えるとすぐにでも出発して欲しいが明後日でも問題あるまい」
俺が安心すると、カシードはニヤッと笑う。
「では、オレは忙しいのでな、明後日の早朝、この館まで来てくれ」
そう言い残すと、シトを連れてさっさと部屋から出て行ってしまった。
俺はすぐに出発する事はなくなったので、ホッと一息付きながらソファーに身を委ねた。
「上手いこと乗せられちゃったわね」
リゼットが、呆れた声を出した。
「どういうことだ?」
「ダンジョンに行くことが決まっちゃったじゃない」
「あっ! しまった! くそー、やられた」
報酬の交渉をするまでもなく決められてしまった。
まあ、領主は太っ腹だから余り心配はしてないが。
それより、俺のらぶらぶなハーレム生活が危ぶまれる。
俺は再び、ソファーの上で頭を抱えた。