異世界の一日(10:00)
剣の訓練場の中庭に、昨日と同じように人だかりができていた。
その中心ではフィーナとジョゼットが戦っている。
ジョゼットは冒険者チーム『ドラゴンファング』のファイターだ。
昨日は単純に女性同士が戦っているから珍しがっているのかと思ったが、そうでは無いらしい。
二人とも技巧派なため戦いの参考になるとの話だ。
俺とジョジゼルも休憩ついでに戦いを眺めていた。
「見ろ。フィーナは戦い方を変えたみたいだぞ」
ジョジゼルが感心した表情で言ってきた。
昨日のフィーナは動きまわって、ジョゼットを撹乱して隙を作ろうとしていた。
しかし、今日は最小限の動きで剣をかわしてカウンターを狙っている。
俺は剣術の素人だが、『後の先』というやつだろうか?
その作戦が功を奏し、ジョゼットは戦いにくそうだ。
お互い牽制しあうジリジリとした戦いが続いていた。
ジョゼットの上段からの切りつけに対し、フィーナは紙一重でかわしカウンターを取りに行く。
ジョゼットは体制を崩しながらも盾を使ってフィーナのカウンターを弾いた。
紙一重でかわすフィーナの姿に、見ている俺のほうが心臓が痛くなる。
「いつも感心させられる」
自然と言葉が漏れる。
フィーナはシーフだ。
装備はショートソードと皮の防具で、盾は装備せず動きを重視している。
潜入や不意打ち、偵察の能力はものすごく高い。
逆に正面からの戦いでは不利だ。
しかし、生粋のファイターであるジョゼットといい勝負をしている。
これは、フィーナの生まれ持ったセンスと、磨き上げてきた戦いの技術のおかげだろう。
ジョゼットは女性なので、ファイターの中では攻撃力より速度を重視したタイプだ。
装備は片手剣に胸当て、小型の盾を使っていた。
身長も女性としては背が高い方だろうが俺よりは小さい。
「お前と違ってしっかり考えている。戦いに対して真摯である証拠だな」
「ぐっ、俺はどうせ真摯じゃないよ」
くそ。
ジョジゼルの言うとおりだ。
能力が高くても戦い方がお粗末なら宝の持ち腐れだ。
今度フィーナに教えてもらって特訓でもするか。
「ん? 今度はジョゼットが戦い方を変えたな」
ジョジゼルが興味深そうに戦いを食い入って見つめる。
今までは、丁寧で洗練された動きをしていたジョゼットが荒々しい動きに変わった。
剣は振り回すように切りつけ、盾で殴りかかり、鎧の硬さを使ってタックルをしている。
フィーナのショートソードでは急所で受けなければ、ダメージは少ないという判断だろう。
その考えは的確だった。
カウンターを狙っていたフィーナは狙いを外されて、泥沼な消耗戦となった。
消耗戦になれば、防御力も体力も高いファイターが断然有利だ。
しばらくするとフィーナは力尽きて降参した。
「フィーナのセンスには驚かされるな」
戦いで乱れた短めの黒髪を整えながら、美少年にも見える中性的な顔立ちのジョゼットが話しかけてきた。
「しっかり勝ったじゃないか」
「シーフに負けたらファイターとしての立つ瀬がないからね」
ジョゼットは汗をぬぐいながら苦笑した。
「ごめんなさい。今日も負けてしまいました」
フィーナが申し訳なさそうな表情で俺に頭を下げる。
「気にするな。俺もジョジゼルに散々負けたぞ」
俺は笑いながらフィーナを慰める。
「笑い事じゃない!」
ジョゼットは俺がジョジゼルに負けるのが不満らしい。
腰に手を当てて、きつい表情で言ってきた。
「あんな女、魔法でやっつけちゃえばいいんだ」
「おいおい。それじゃ剣の訓練にならないだろ」
「あんな女とはひどいな。これでもユウキをしっかり指導しているんだぞ」
呆れた表情でジョジゼルが言う。
「ところで、だ。フィーナは前衛で強くなりたいならファイターになったほうが早いんじゃないか?」
ジョジゼルは真剣な表情でフィーナに問いかけた。
その言葉に不思議に思った俺はジョジゼルに聞いてみる。
「ジョブを変えるのって、簡単にできるのか?」
そういえば、ジョブが変えられるなんて考えたことなかった。
「はぁ? お前そんなことも知らないのか?」
ジョジゼルはありえないものを見るような目で俺を見つめた。
「ユウキは昔の記憶が無いから、常識を知らない所があるんだ」
なぜか、ジョゼットが勝ち誇った表情で、ジョジゼルに解説する。
冒険者仲間の中では一人だけ教えたとはいえ、そんなに優越感にひたれるものだろうか?
「はー、そうだったのか。
剣の技術は高いのに、戦い方がお粗末な理由がわかった気がしたよ。
剣の振り方なんかは体で覚えてたんだろうな」
実際には気がついた時には剣を使えるようになっていた。
理由なんてわからないが、転生したなんて説明しても混乱させるだけだろう。
「で? どうやったらジョブを変えられるんだ?」
俺が改めて問いかけると、フィーナが丁寧に説明してくれる。
「基本ジョブならば手数料を払えば、冒険者ギルドで変えられます」
お金さえ払えば変えるのは簡単ってわけだ。
「基本ジョブということは、上級のジョブもあるのか?」
「はい。基本ジョブで経験を積むと、ギルドや魔法のアイテムなどで上位ジョブになれます」
ジョブの考え方はゲームみたいだな。
「ちなみに、俺みたいな特別なジョブもあったりするのか?」
「有名なのは王族が生まれながらに持っている『ロード』というジョブですね。
レベルが上がりやすかったりパーティーメンバーの能力をあげるジョブスキルをもってるようです」
「それはまた、随分とチートなスキルだな」
俺が言えた義理ではないが、レベルが上がりやすいというのは随分と強力なスキルだ。
「チート?」
フィーナが不思議そうな顔で小首をかしげて聞いてきた。
そうか、チートって言葉はこの世界には無いのか。
「ああ、すごく強いって意味だ」
「勉強になります」
「前世の世界の言葉だからな。覚えても意味ないぞ」
「ご主人様の知っている言葉なら私も知りたいです」
フィーナが嬉しそうに『チート』という言葉を何度も小声で繰り返した。
「やっぱり、シーフとファイターでは戦いの能力は違うのか?」
夢中になっているフィーナから視線を外し、ジョゼットに問いかける。
「力や防御力、HPは上がるし武器や防具の能力を十分に発揮できる。
前衛で戦うならはっきりとファイターの方が有利だ」
「でも、俊敏さ、器用さの他に、隠密、罠解除などのスキルが使い物にならなくなってしまいます」
フィーナは焦った様子で俺に言ってきた。
「ダンジョンに潜る予定もないし。今は必要ないんじゃないか?」
「違います。シーフの素早さと警戒スキルが無ければ、ご主人様を守る事が出来なくなってしまうのです」
「いや、それほどまでに、俺を守らなくても大丈夫だと思うが」
ジョジゼルに剣の勝負で負けるとしても魔法を使えば勝つ自信はあるし、そこらのファイターやモンスターに負ける気はしない。
そこまでして守って貰う必要はないように思う。
「ダメです。それだけは駄目です」
フィーナは、俺にすがりついて必死に訴えてきた。
朝に言っていた俺を守るという事を、それほどまでに大切にしているとは思わなかった。
「わかった、わかった。フィーナが言うなら無理やり変えろとは言わないよ」
フィーナは心底安堵した様子で、大きくため息を付いた。
ジョジゼルが不思議そうな表情で俺たちを見ながらも、強くなる方法を真剣に話す。
「だったら、シーフの上位ジョブになることを考えたほうがいいかもな。
シーフでも戦闘に特化した上位ジョブがあったはずだ。
あとは、シーフの独自スキルを覚えるのもいいかもな。
もしかしたら、盗賊ギルドに行ったほうがフィーナは強くなるかもしれないぞ」
そういえば、盗賊ギルドには一度も行ったことがなかったな。
「フィーナは盗賊ギルドに行ったことあるのか?」
「私は、違法な盗賊団にいたので盗賊ギルドには行ったことが無いです」
「そうか、なら盗賊ギルドで得られる物も多いかもしれないな。今度行ってみよう」
「さて、一休みはもう良いな? 剣の訓練を続けるぞ」
フィーナの新たに強くなるきっかけを手に入れた俺は揚々としたのもつかの間、ジョジゼルと剣の訓練を続け、自分が強くなるための苦悩は続くのだった。