冒険者として
昨日の疲れのためか遅く起きた俺は、朝日と美少女たちの暖かさに囲まれて目を覚ました。
起きたことに気づくとフィーナがおはようのキスをしてくれる。
唇を強めに押し当て吸うようなキスをする。
俺の疲れを気にしてか舌は入れてこなかった。
「おはようごさいます。ご主人様。昨日の夜はぐっすり寝れたようですね」
「ああ、疲れていた割にはぐっすりと眠れた。フィーナが頑張ってくれたおかげだな」
「もう。意地悪な言い方しないで下さい」
自ら俺の上にまたがった事を思い出したのだろう。
顔を赤らめて恨めしそうに俺を睨むと、胸に顔をうずめてきた。
今度は、リゼットがおはようのキスをしてくる。
いつもの軽いキスではなく、強く押し当て少し長めにキスをすると名残惜しそうに唇を離した。
「ご主人様。おはよう」
「おはよう。昨日はすまなかったな」
リゼットは気を利かせてフィーナと二人っきりにしてくれた。
「ご主人様の疲れが取れたのなら何よりです」
「本当は物足りなかったんじゃないのか?」
そう言ってリゼットにキスをして舌を絡ませ、同時におしりを強めに揉みしだく。
「ご主人様はホント意地悪ね」
口を離して恨めしそうに言ったリゼットの顔は赤く上気しており、悩ましげにもう一度口を合わせた。
そんな、気だるくも甘い幸福な時間を切り裂くように玄関がノックされた。
至福の時間を邪魔された俺は、誰にでもなく文句を言いながらフィーナに服を着せてもらう。
例の領主からの使いかと思いげんなりとした気分でドアを開けた。
しかし、訪れたそれは予想よりも悪いものだった。
「おはようごさいます。ユウキ様」
そこには、にこやかな笑顔のクラリーヌが立っていた。
「おはようございます……一体どうしたんですか?」
「やだわ。この間お約束しだじゃありませんか。昨日も来たのですけどお出かけでしたね」
「昨日は剣の訓練場に行ってたんです」
「常日頃から訓練を怠らないんですね。素晴らしいことです」
「ええ、そうですね。訓練は大切です」
「それで、今日はどうしますか? これから行きますか?」
「な、何のことでしょう?」
クラリーヌは軽やかなステップで近づくと、抱きしめるほどの距離で小声で囁いてきた。
「いやですわ。デートですよ、デート」
うすうすと感づいてはいたが、はっきり言われてしまった。
やっぱりそうなのか。
そう、俺はこの間、約束をしてしまった。
その時は冒険者の集まりに誘われていたのだと思っていた。
女性と付き合ったことも遊んだこともない俺は、女性の回りくどさというか含みを理解することができなかった。
了承してしまった以上、行くしか無いのだろう。
もちろん、クラリーヌはかわいいしデートに誘われるのはまんざらでもない。
しかし、何か異常に緊張するものが有る。
「その、今日は準備が全くできてないので……」
「あたしは気にしませんよ。いつもの格好でも。鎧を着ている姿も素敵ですし」
なんとか断ろうとしても被せ気味に言われてしまう。
悩んだすえに先延ばしにするよりもさっさと終わらせたほうが良いという結論に至った。
「わかりました。ちょっと着替えてきますので、しばらく待ってて下さい」
「まあ、ありがとうございます。ごゆっくり準備なさって下さい」
玄関のドアを閉めると寝室に戻った。
「出かけることになった」
「クラリーヌですか?」
フィーナは明らかに不満気に言った。
「そんなに嫌か?」
「あの人は……なんと言いますか。ご主人様のことを本当に好きだとは思えません」
「そうかもしれん……が、約束してしまった以上、拒否するわけには行くまい」
「そうですが……」
「まあ、今回は仕方ないでしょう。ご主人様は気づいていませんでしたし、次回からは私達が気をつける様にしましょう」
フィーナはなおも不満気だったが、リゼットに窘められてしぶしぶ了承した。
それから、一張羅――本当に一着しか持ってないシャツとズボン――に着替え玄関を出た。
「お待たせしました。こんな服しか持っていなくて申し訳ない」
「そんなことないです。とってもお似合いですわよ」
「では、行きましょう」
クラリーヌは俺の腕を自分の腕に絡ませて体を密着させてきた。
女性らしい爽やかな甘い香りが鼻をくすぐる。
俺は顔を赤くして体を硬直させてしまった。
デートはフィーナとリゼットと行っている。
だが、二人共どこか家族的な意識があり他人という感じはしなかった。
しかし、クラリーヌは明らかに他人の女性だった。
そう意識した瞬間、俺の体は異世界にくる以前に戻っていた。
「そんなに緊張しないで下さい。でも嬉しい。あたしを女性として意識なさっているんですよね?」
そう言って嬉しそうにクスリと笑った。
「大丈夫です。今日はあたしのおすすめのお店に行きますから」
クラリーヌは俺の手を引くとこの間とは違う、こぢんまりとした雰囲気のよいカフェに連れてきてくれた。
「この店は人も多く来ないので、二人っきりになりたい時はいいんですよ」
「すごく雰囲気の良い店ですね。この街に来たばかりなのであまり街の事を知らないのです」
「そうですか、では折角ですから街を案内しますね。ここの他にも美味しい店はいっぱいありますのよ」
「そうしてくれるとありがたいです」
「ユウキ様は以前はどこの国で暮らしていたんですか?」
「実は、私は昔の記憶が無いのです。ですから自分が何者なのか、どこから来たのかが自分でもわからないんです」
「そうなんですか、それは寂しいでしょう」
「いえ、フィーナに出会えたので寂しくは無いです。私は運がいい」
俺は素直な気持ちを言葉にする。
しかし、すぐに失敗したという気持ちになった。
女性、しかもデートしている相手に言う言葉ではなかった。
空気の読めなさに自己嫌悪に陥る。
クラリーヌは一瞬だけ曇った表情をしたが、すぐに元の笑顔に戻った。
「そういえば、まだ冒険者になったばっかりだそうですね。なぜ冒険者に?」
「村が盗賊団に襲われていたんです。
自分が強いということだけはわかっていたので成り行きで退治して、そのままの流れで冒険者になりました。
他に出来ることはなさそうでしたし」
「そういえば、ユウキ様のレベルはいくつなんでしょうか?」
言うべきかどうか迷う。
自分の年齢で50レベルというのはこの世界では強すぎるらしい。
あまり、多くの人に知られるのは避けたい。
「あの……その……」
「あたしの事を信用してくださらないんですね」
俺が言いよどんでいると、寂しそうにそう言った。
「ユウキ様を信用しているので言いますが、あたしは23レベルですのよ」
「す、すみません。私は普通の人と違うようなのであまり広めたく無いのです」
「剣の腕も達者で、召喚魔法も回復魔法もかなり強力だそうですね。
普通の冒険者としては考えられません。
でも、それだけ強ければ隠していてもいずれ有名になってしまいますわよ。
今でも、冒険者の間では話題になっておりますし」
「そうですよね。自分でもどうしたら良いか悩んでるところでも有るのです」
「悩んでいるなら、いつでも相談して下さい。
レベルはユウキ様の方が高いと思いますが、冒険者としては先輩ですから」
そう言って、ころころと笑った。
「何かあったら相談させて下さい」
「いつでも結構ですよ。では、他の場所に行きましょうか」
クラリーヌは席を立つと会計を済ませた。
俺は後についていくと慌てて言う。
「クラリーヌさんに出してもらうわけには行きません」
「いえ、あたしが誘ったのですから払います。
それから、クラリーヌと呼び捨てで構いませんよ」
「いえ、しかし……」
「では、今度おごって下さい」
「……わかりました。では、今回は甘えさせてもらいます」
それから、クラリーヌに色々な店を教えてもらった。
女性らしく、俺が行きそうもないおしゃれな店を色々教えてもらい素直に感動する。
「クラリーヌはいい店を色々知っているな」
楽しさのあまり、いつも二人にやっている調子で頭をなでてしまった。
「あっ、失礼しました。その、なでやすい位置に頭があったもので……」
確かに背が低くてなでやすいが、自分でもよく分からない言い訳だと思う。
「ユウキ様はズルいです」
クラリーヌは顔を赤くして上目遣いで言う。
「え? ズルい?」
「なんでもないです。歩き疲れましたし、公園で一休みしましょう」
街の中心からやや外れた場所にある公園に案内された。
そこは、中心に噴水のある公園で家族連れや恋人同士が何組もいて賑わっていた。
二人共ベンチに腰掛けると、クラリーヌは少し距離を縮めて座り直した。
「い、いやあ。今日は天気が良くてよかったですね」
「ホントですわ。あたしユウキ様とデートできるのを楽しみにしてたんですよ」
「それは光栄ですね。ハハハハハ」
俺は距離の近さから身を固くして、真正面を向きながらぎこちなく言葉を発した。
「なんであたしの方を向いてくださらないんですか?」
俺は言われてしまったため仕方なく顔を向ける。
クラリーヌは美人だった。
そんな人に迫られていると思うと、どうしても気持ちが引きこまれてしまう。
しばらく見てやはり顔をそむけてしまう。
「クラリーヌさんは美人なので言い寄る男は多そうですね。ハハハハハ」
「そうですね。でも、意中の人はなかなか振り向いてくれないものです」
「意中の人なんているんですか? その人が羨ましい。ハハハハハ」
「もう! ユウキ様、あなたです」
うっ。
今まで一度も女性から迫られた経験のない俺は、はっきりと言われて動揺する。
動揺は思考を混乱させつい素の自分を出してしまう。
「なぜ、私なんかが良いんでしょうか?」
「ユウキ様は命の恩人です。それにお強いです」
「冒険者なら命を助け合うのも強いのも当然ではないですか?」
俺は素直にそう思ってしまう。
冒険者である以上、命を賭けてる以上、強くなけれなならないし、冒険者同士が助け合わなければ生き残るのも難しいだろう。
「そういう所がズルいんです。
なぜ、そんな言葉を簡単に言えるのでしょうか?
あたしは、これでも風の射手のリーダーです。
でも、仲間を守るために他の冒険者を見捨てることや、場合によっては仲間を見捨てることすらありえます」
彼女の顔を横目で伺う。
先程までの気取ったり媚びたりする女性の顔ではなく、冒険者としての顔になっていた。
冒険者の強さを持つとともに、リーダーとしての責任、そして女性としての弱さ。
そんなものが垣間見える表情だ。
俺は強いから一人でもなんとかなるけど、普通の冒険者であればそうは行かない。
ドラゴンファングが危機におちいった時、クラリーヌは逃げる判断を素早くした。
その選択は間違っていないと思う。
無理に救おうとして全滅するのは愚か者の判断だ。
「クラリーヌさんは素晴らしいリーダーだと思います。
冒険者として考えるなら私の判断のほうが避難されるのが当然です。
私はなんというか……わがままなんです」
「わがままですか?」
「その……人を見捨てることができないんです。
たぶん、自分が危機的状況になってもそうでしょう」
これは、俺が安全な世界で生きていたからこそ、自分なんていつ死んでもいいと思っていたからこその思考だろう。
本当の恐怖や死を見ていないから言える言葉だ。
でも、俺がこの異世界で『強い冒険者』である限りはできるだけ目の前の人を救いたいとも考える。
「私は記憶がありません。そして、その……前世の記憶があるんです。普通と違うのは、多分そのせいでしょう」
「前世?」
おかしな人と思われるかな?
そう考えもしたが、変に取り繕うよりは正直に話して嫌われたほうがすっきりするだろう。
そんな思いから素直に話すことにした。
「ええ。多分、私が生まれるより前の記憶です」
「不思議な魅力はそのせいかもしれませんね。
ユウキ様は他の冒険者と違って粗野ではなく、貴族たちのように横柄でもありません。
すごく誠実で優しい方だと思います」
「いや、私はそんなに褒められるほど大層な人間ではないんですよ」
「そうやって謙遜するところが『そうだ』と言っているんです」
そう言われて返す言葉が思いつかず頭を掻いてごまかす。
「あたし、ユウキ様を一段と好きになってしまいました。
これは冗談でもお世辞でもなく本当の気持ちです」
俺は正面を向いていた顔をクラリーヌに向けた。
素直な言葉を言ってくれた人に対して礼儀正しく答えないといけないと思ったからだ。
しかし、それは危険な行為だと冷静な思考が警告を発する。
そして、その警告は的中した。
作った笑顔ではなく、素を出したクラリーヌの表情はとても魅力的だった。
真っ直ぐで正直な目に吸い込まれそうになる。
そして、無意識のうちにクラリーヌの両肩を掴んでいた。
クラリーヌは一瞬びっくりして躊躇するも、目を閉じて顎を上げた。
その顔はほんのりと赤くなっており微かだが震えているようにも感じた。
俺の冷静な部分は『それ以上はいけない』と言っているが、無意識の俺は顔を近づけてしまう。
その時、何かが飛んで行くのが目の端に写り、飛んで行った先に目線をやって固まる。
固まった俺を不思議に思い目を開けたクラリーヌは、俺の目線に気づきその先にあるものを見て同様に固まった。
目線の先にあったのは、風の射手とドラゴンファングの女性達であった。
一応、隠れているようでは有る。
植木に身を潜ませているつもりなんだろう。
しかし、人数は多いし、大きな体のベルナンドは明らかにはみ出ていた。
他人から見れば不審者そのものだ。
実際、公園にいる他の人たちからは奇異の目線が送られている。
「ちょっと失礼します」
クラリーヌはにこやかに言ってから、すっくと立ち上がると女性冒険者達の元にまっすぐ歩いて行った。
助かった。
俺はギリギリのところで回避できた運のよさを神に感謝した。
別にクラリーヌが嫌いなわけではない。
むしろ、美人だし素晴らしい女性だと思う。
だが、所有物になっているフィーナやリゼットとは明らかに意味が変わってくる、と思う。
だから、少なくとも、その結果を理解してからじゃないと、おいそれと手を出す訳にはいかない。
クラリーヌは女性冒険者達を蹴散らして戻ってきた。
まさに、その光景は蹴散らすというのが似合っていた。
リーダーの名は伊達でなく、怒りによって三倍は強くなったであろう彼女は、背が高く力の強そうなベルナンドでさえも素早い動きで翻弄して倒してしまった。
行った時と同じようににこやかな表情で戻ってくる。
「仲間たちが失礼しました。好奇心旺盛で困ってしまいますわね」
オホホホホ、という感じで笑うと俺に密着するように座った。
そして、先ほどの続きと言わんばかりに、こっちを向くと目をつぶり顎を上げた。
俺は同じミスは繰り返さないと決意を固くして強引に話題を反らす。
「そういえば、クラリーヌさんは冒険者の知り合いが多そうですね。
私は冒険者になったばかりなのでぜひ紹介などをしていただきたいのですが」
クラリーヌは明らかに残念そうな顔をすると、諦めてため息をついた。
ため息とともに小声で出た「あいつら後でぶちのめす」という言葉は聞かなかったことにしておく。
「そうですね。他の冒険者からもユウキ様を紹介してくれと言われますし、今度集まる時があったらお呼びしますね。
もし、すぐに情報が欲しいのであれば酒場に行けば向こうから声をかけてくると思いますよ」
冒険者で仲間を集める定番といえば酒場だ。
俺は普段は酒を飲まないため、その存在を忘れていた。
「酒場ですか、そういえば行くのを忘れてました。今度、顔を出してみますね」
クラリーヌはしばらく考えると赤い顔をして遠慮がちに言ってきた。
「その……やっぱり、してくれないんでしょうか?」
してくれないとは何か?
この状況なら決まっている。
キスのことだろう。
「いやあ、何のことでしょうか? ハハハハハ」
俺は笑ってごまかしてしまう。
クラリーヌが小さい声で「ズルい」と言った。
自分でもズルいと思う。
「お昼時ですし、お昼を食べてから街にある施設を案内しましょう」
諦めたクラリーヌは勢い良く立ち上がった。
クラリーヌが案内してくれた定食屋は、冒険者におすすめの安くて量があり美味しいお店だった。
その後は街を案内してくれる。
午前中とは違い冒険者達が利用する施設だ。
魔法院や教会、弓の訓練場や盗賊ギルドなど冒険者にとっては必須の場所だろう。
丁寧に説明しながら案内してくれたため一通り回った後は、もう日が傾いていた。
「冒険者が使う施設は一通り案内できたと思います」
「すごく勉強になりました。今日は本当にありがとうございました」
俺はお礼を言うと頭を下げた。
「あら? もう帰ってしまうのですか?」
「もう日が暮れる時間ですし暗くなる前に家に帰ったほうが良いでしょう」
「お食事をしてからお酒を楽しむのもいいと思いますよ」
さすがの俺もクラリーヌの魂胆はわかる。
酒で潰してしまうか、そこまで行かないにしても陽気になって気が緩んだ隙に何かをしようと言うのだろう。
「今日は急に出かけてしまいましたし、二人共心配していると思いますので帰ります」
クラリーヌは朝と同じような軽やかなステップで俺に近づくと今度は抱きついてきた。
胸は結構あるな。
そんなことを考えてしまうのは男の性だろう。
クラリーヌは顔をあげると目を閉じた。
俺は固まってしまう。
キスをする訳にはいかないが、抱擁を無理やり剥がすのは気が引ける。
俺がなにもしないでいると、目を開けて質問をしてきた。
「公園ではキスしようとしましたよね?」
「はい」
「では、今はなぜしてくれないのですか?」
「その……知り合ったばっかりだし、あまりお互いの事を知らずにそういうことをするのは気が早過ぎるじゃないかと思いまして」
フィーナとリゼットの初めてを出会ってすぐに奪ったくせにと、心のなかで自分にツッコミを入れてしまう。
「では、公園ではなぜですか?」
「美しかったから、つい……。
その……クラリーヌは今みたいに上品を装うより、冒険者としての素を出すほうが魅力的だと思いますよ」
「ユウキ様はやっぱりズルい人ですね。そういうことも正直に話してしまう」
クラリーヌは目をうるませた後、俺の胸に顔を押し付けた。
そして、しばらく抱きしめた後、勢い良く俺から離れた。
「わかった。今日はおとなしく帰ってあげる。
今度は冒険者としての魅力を見せてあげるわ」
冒険者としての凛々しくも美しい顔になったクラリーヌはそう宣言した。
「ええ、期待しています」
俺は、その魅力に素直に受け入れ。
こんな彼女なら一緒に過ごしたいと思えた。
俺の率直な言葉にクラリーヌは困った顔をした。
「ユウキにはかなわないわね」
そう言うと、さっと身を翻し颯爽と帰っていった。
しばらく、その美しい後ろ姿を見送る。
何も起こらずに済んでよかったという安堵とともに、惜しいことをしたかなというどうしょうもない事も考えてしまう。
彼女が見えなくなると、俺もやや早足で帰途につく。
家に着くと夕食の支度をした二人が待っていた。
「お待ちしておりました。ご主人様」
「ああ、今日は急にすまなかったな」
いつもの場所に戻ってきた安堵感に包まれ、夕食を食べながら考える。
クラリーヌの事で何か言われると思っていたが二人共触れてこない。
悪い雰囲気も感じない。
その予想外の反応に違和感を感じ考えこんでしまう。
「ご主人様? どうかしましたか?」
フィーナは朝の態度とは全く違うのがもっとも大きい違和感だった。
むしろ吹っ切れたというかスッキリした表情だ。
「フィーナこそ何かあったのか? 朝出かけた時とは随分態度が違うようだが」
「そっ、そうですか? 私はいつもと変わらないと思いますが」
フィーナはウソを付くのが下手なのだろろう。
明らかに動揺が態度に出てしまっている。
公園で俺達を見ていた女性冒険者達を思い出して、一つ思い立った。
「フィーナ、今日はずっと家にいたのか?」
「もっ、もちろんです。家でずっと家事をしてました」
フィーナはあからさまに動揺しており、俺の目を見ようとせず目線がさまよっている。
リゼットを見るとすました顔で何も言ってこない。
「ほほぅ、知らなかった。フィーナにとっては、俺の後をつける事が家事をすることだったのか?」
「ごっ、ご主人様は気づいてらしたんですか!」
やっぱりか。
リゼットはあーあという感じの呆れた表情をしている。
「フィーナの名誉のために言っておくが、俺はつけられていることに全く気づかなかった。尾行の技術は大したものだな」
「そうですか、バレてなかったんですね。よかったです」
褒められて素直に喜んでいる。
ちょっとアホの子なのかもしれない。
「それでどうだった? クラリーヌの印象は?」
「思ったよりもいい人みたいですね。あれでしたらご主人様と仲良くしても問題ないと思いました」
「リゼットはどうだ? フィーナから聞いているんだろ?」
「あたしもフィーナと同意見よ。ただ、完全に気を許すのは危ないかもしれないですが。
聞いた話では、ご主人様も理解しているみたいなので大丈夫でしょう。少し危ない場面もあったようですがね」
「うっ、公園での事だな。あれは確かに危なかったと思う。神に感謝したよ」
そこで気づく。
何かが目の端で飛んでいったからこそキスを止めることができた。
では、それを投げたのは誰なのか?
状況を考えれば一人しかいない。
「そうか! 助かったのは神様のおかげではなくてフィーナのおかげだったのか!」
「気づいたんですか? さすがご主人様」
リゼットは俺が気づいたことに驚いている。
フィーナは、自分のおかげと言われて得意げな顔をしている。
「フィーナが尾行したのは俺のためだ。公園の件も感謝する。ありがとう」
「いえ、私が勝手にやったことですから」
「どうせ、リゼットの入れ知恵だろ? リゼットのことだ、俺が気づいても怒らない事も予想の範囲だろう」
「あら、全部バレちゃったわね」
リゼットはばれても問題ないといった表情だ。
むしろ、全てばれたことを喜んでいるようにも感じる。
「ただし、だ。フィーナが俺にウソを付いたことは許せない。二人共あとでお仕置きをするからな」
「えっ! おしおきですか? お手柔らかにお願いします……」
「あたしもなの?」
「当然だろう。リゼットは知っていながら黙ってたんだからな。心配するな別に痛くしたりはしない」
「まあ、ご主人様のことだからエッチなことを考えているんでしょうけど……」
リゼットがジト目で鋭いツッコミを入れる。
俺は乾いた笑いをしてごまかす。
その夜は宣言通り二人共にたっぷりとお仕置きをした。
お仕置きと言いつつ二人とも喜んでいたように思えるが、それはそれで良いだろう。