ゴミの上の世界
それ以外に道があっただろうか。
その自問に対して一瞬の隙もなく答える自信はある。無かった、と。
必死だった。俺も、周りの人間も。皆んな必死だったのだ。
世界は俺達をなんと言うだろう。それはわかっている。きっと世界は口を揃えて俺たちをを悪だと言う。
だが、ならば、そう言うなら、どうすれば良かったと言うのか。
俺はゴミの上に暮らしていた。
ゴミ処分施設の鉄くずの上を、運が良ければ擦れたサンダルをはいて、良くなけりゃ素足で歩きまわって売れそうな物を掻き集めた。
ここでも運が良ければ食べ物が買えた。が、運が悪かった日は埋立地の生ゴミの上をこれまた素足か、ゴミのようなサンダルで歩きまわって食べられそうな物を集めた。そうやって生きてきた。
学校なんていう施設があることを俺は20歳になってから知った。その時には俺は既にこの未来に進み始めていた。腹一杯綺麗でうまい物が食えて何の文句があろうかと、俺は進む先ががけっぷちだなんてちっとも知らずにそう思っていた。
思い当たる節、というのか疑問を抱かなかった訳ではない。神の意思であると言われ、戦った、殺した、壊した。疑問は当然浮かんだ。けれど目の前に食事が並び、隣に仲間が立っていて、そんな疑問は度々浮かんだが、いつもすぐ消えた。
そんな仲間は、友は戦う度に減った。自分の周りにいたやつらが皆んな一度の戦闘で全滅したこともある。でも俺は生き残った。だから特別なのかもしれないと思った。だから神の御意思と言われ、神の加護ありと言われるがままにやった。
そのうちに部隊を任され、指揮を執らされた。暫くそうやっていたらいつだったか自分に神の御意思だと言ってきていた奴らと同じ地位まで登ってきた。
今もまだ、でも前はもっと何も知らなかった。歳を重ね、立場が上がるにつれて視野も広がって...。それで、始めて知った。世界は広かった。世界は大きかった。そして、その広くて大きな世界は、自分たちを敵として見ていた。
文でもって訴えた人は褒め称えらている。ペンは剣よりも強し。人はそう言って武をもって声を上げた俺たちを詰る。
だが俺たちには文でもってどうにかできるような知識はもとより、文でもってどうにかするだなんて考えすらなかった。
「ペンが剣に勝るのは剣と血によって作られた土台の上だけだ」
誰かがそう言っていた事を思い出す。
俺たちにその土台はなかった。あったのはスクラップと生ゴミだった。
銃を撃てば綺麗でうまい飯が手に入った。銃で撃てば女が手に入った。銃で撃てば名誉が手に入った。
でもそれだけじゃない。銃でこのクソッタレなスクラップと生ゴミの世界を変えるのだと本気で思っていた。自分の様な奴らをすくい上げるのだと。金持ちどもに思い知らせてやるのだと。世界を変えるのだと。本気で思っていた。
世界は俺たちではなく文をもって声を上げた少女に注目を向けている。
そして世界は武をもって声を上げた俺たちに銃を向けている。
アメリカだかどこだかの偉いさんがテレビでこう言っていた。
「彼らは道を違えたのだ」と。
だが違う。道を違えたのではない。死ぬまでごみ拾いか戦うかの二択で選びようなどなかった。事実上の一本道だった。
それとも一生ゴミを拾って生きていればよかったのか。
俺たちは世界に勝てない。勝てる道理はない。世界は広くて大きい。世界は俺たちが変えられる程小さくなかった。
自由や、平和や、平等だなんて大層な事は言わない。食事さえ満足に手に入らない生活を、自分の、自分達のちっぽけな世界を変えたかった。
でも、どんなに声を張り上げたつもりでも、自由を叫ぶ声に、平等を歌う声にかき消され、平和を謳歌する者に届かない。
仲間の、友の亡骸の上に立つ事で広い視界を得て、やっとわかった。もう遅かったけれど。もう今更わかってもどうにもならないけれど。他にどうしようもなく進んだ道は崖に繋がっていたのだと。
でもきっと過去に戻っても同じ道を選ぶ。それしかないから。
自分の、自分達の声はかき消されても、少なくとも世界はこちらを向いている。銃口と共にではある。だが確かにごく一部しか見向きもしなかったこちらを世界中が見ている。
俺は死ぬだろう。命の話ではなく、死してなお、この名前は人類の敵として広められ、殺され続けるだろう。だが、そうである限り、世界はこちらに注意を向けている。そうすればいつかきっと俺の後ろにある世界に気づく。
ゴミの上の小さな世界は変わるだろう。自由と平等と平和の名の下に。
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『崖に向かう一本道で』を★で称える
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