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名無しのデブ

 ミームさんと俺の家へ向かう途中のところである。

 そう言えば、彼女と会うまで気にしたこともなかったことだが、とても重要なことに気がついた。


 さすがに相手方にだけ名乗らせるのもまずいだろうと、俺もミームさんに自己紹介をしようとした時のことだ。


「ミームさん、ところで俺の自己紹介がまだでしたね。俺の名前は……」


「はい!」


 大きな目をキラキラ輝かせて、俺の名前を待つスーパー美少女。


「名前は……、名前……は……」


 ……俺の名前ってなんだっけ?


 俺……、両親に一度も名前で呼ばれたことがないわこれ。

 大問題だわこれ。


「天使様……?」


 そうだ。いつも息子か坊やとしか呼ばれたことがない。

 なんてこった……。俺、名前あるのか?


 と言うか母も父もハニー、ダーリンと呼び合うばかりで一度も名前を呼び合ってるのを聞いたことがない。

 家族しかいなかったからそれで通じ合ってたけど大問題だろこれ。

 って言うか名前あるのジョージしかいなくね?


「と……」


「と……?」


「年は八歳です!」


 とりあえずゴリ押しで誤魔化した。完全に滑ってるわ。

 帰ったら両親に問い詰めるわこれ。





「見えてきました、あれが俺達の家です」


「すごい……、神々しさを感じます……」


 いやどう見てもただの掘っ建て小屋なんだが……。

 

 どうやらエスナンの効果にも個人差が大きく関係しているようだ。ミームさんにはこの魔法はあまり合っていないのかもしれない。

 まあ、すぐにでもエスナンの効果時間も切れるだろう。もう数十秒程度で三十分だ。


 ミームさんを観察するように見ていると、徐々に挙動不審になっていくのがわかる。

 淀みなく俺を見つめていた視線は、急に落ち着きがなくなり左右へと踊り出す。

 綺麗な立ち姿は、背中の支えを失ったかのように猫背になり、指先まで伸びていた手を途端バタつかせ始めた。


「あ、あれ……。あた、あたし」


 エスナン効果時の記憶はもちろんあるはずだが、これだけアタフタし始めるのは少しおかしい。

 もしかするとまた混乱してあらぬ方向に走りだしてしまうんだろうかと思い、声を掛ける。


「だ、大丈夫ですか? ミームさん」


「だっ! 大丈夫! 大丈夫です!」


 落ち着きなく体を揺するミームさん。逃げ出す心配がなさそうなのを確認する。


 なるほど、この人はあれか。

 もともと挙動不審なんだな。


 その仕草は前世で女の子と話すときの俺のようだった。





「ただいまー」


「おかえりお兄ちゃん!!!」


 家のドアを開けるなり、パタパタと可愛らしい擬音ではなく、ドスドスと貫禄ある足音で走り寄ってきたのは三歳になる俺の妹だ。

 幼女にあるまじきその肉体は、熊とすら素手で殺り合えそうなほど、鋼のような強靭な筋肉に覆われている。そして顔は父そっくり。顔だけ見ればまるで父の小型版ってくらいそっくり。

 長い髪を父お手製のリボンで結っていなかったら……、ともすれば近所のおばさんに「あらお坊ちゃん、その肉体……お父さん勇次郎(オーガ)?」と聞かれてしまうかもしれないくらい、男の子にしか見えない。


 近所なんてないし、お父さんは勇次郎でもないのだが。


 我が妹ながら不憫な容姿だ。人のことは言えないが俺は男だからまだしも……、女の子でこれはひどいと思う。

 思春期に入る頃は目一杯サポートしてあげようと心に固く誓った。


「ミームさんも中へどうぞ」


 ドア付近で挙動不審な動きをしているミームさんに声を掛け中へと催すと、奥から父の足音も聞こえてきた。


「坊やおかえり、怪我はなかった? ……おや、珍しい! 横にいるのは誰だ? お客さんか?」


「ただいま父さん、この方はそこで会ったミームさん。困ってることがあって連れてきたんだ」


「は、は、はい! あ、あたしミーム・チェインっていいます!!」


 父も他人が珍しかったようで、目を見開いて驚いていた。妹に至っては初めてみる家族以外に状況が飲み込めずキョトンとしている。

 ミームさんの仲間の安否も気になるため、そこまでノンビリしている暇はない。


「とりあえず家の中で事情を話したいと思うんだけど、母さんはまだ戻ってない?」


 そんな俺の気配を察したのか、父がすぐさま見開いていた目をスッと細め真面目な顔をした。


「ミームさんと言ったか? まあこんなところで立ち話もアレなので、どうぞ中へ」


「は、はっい!!」


 中へと入り、テーブルを囲み座る。

 家に椅子は四つしかない。

 これはもちろん家族しか住んでないこともあるし、来客なんて考えもしなかった為なのだが、ミームさんには俺の椅子へと座ってもらい、俺は妹を抱えながら妹の椅子へと座り事情を説明し始めた。


「というわけで父さん、カクガクシカジカなんだ」


「そ、そ、そうなんです! あたしのな、仲間がカクガkジカジガなんです!」


 言えてないぞミームさん。


「ははぁ、なるほどなぁ。一角鹿に狙われて散り散りにか。ミームさんはすぐに気絶してしまい仲間がどの方向へ逃げたかもわからない上、荷物は崖の下へか」


「はっ、はい……」


 ふむ、と毛むくじゃらな顎に手をあて、少しだけ考えこむ父。


「そういうことなら、仲間の捜索は明日、陽が登ってからにしたほうがいい。すぐに暗くなる。捜索は俺達も手伝おう。それと、食料もないんだろう? 仲間が見つかるまでは家に泊まって行きなさい」


「あ、ありっありがとうございます!」


「大丈夫、きっとお仲間の方は見つかりますよ」


 少しだけ、不安そうな顔をするミームさんに俺はフォローを入れる。


 父が「お茶を淹れてくる」と言い残し席を立ったのと入れ替えに、外から聞き慣れたズシンズシンという足音が聞こえてきた。

 母が帰ってきたのだ。






「じゃあ明日は私は北側を探してみるわ。ダーリンと娘は南をお願い。息子とミームさんは東側を探してみて」


 帰ってきた母は、ミームさんを見るなり父と同じように目を見開き……、と思ったが見開くほどのない糸目だ。殆ど見開けてなかった。

 しかし来客にびっくりしている雰囲気は伝わってきた。

 

 母にも仲間が行方不明という事情を説明すると、すぐさま明日の指示を出す母。こういう面では本当に頼りになる。


 そのまま我が家は夕食になり、俺は妹を抱えたまま疑問に思ったことを聞いてみた。


「そう言えば母さん父さん、俺の名前って何?」


「えっ?」「えっ?」


 おい待てなんだその反応は。

 なぜハモった。


「いや、そう言えば俺、自分の名前も母さん父さんの名前も妹の名前も知らなかったなって思って」


「……」「……」

 

 なぜ顔を見合わせる。

 おい待てなんだその「かっー! っべぇー! 何も考えてなかったわぁー! かっー!」みたな表情は。

 

 母に至ってはあちゃーみたいに額を手で叩き、父は吹き出る汗を拭っている。


 否が応にも察してしまう。

 名前……、なかったんだ俺……。


「そ、そうだ。息子! 今日狩ってきた一角鹿! すごいじゃないか!」


 無理やり話題を変える母。


「ミ、ミームさん、おかわりはどうだ?」


 目を泳がせおかわりを勧める父。


「お兄ちゃん! なまえってなぁに?」


 名前という言葉すら知らない妹。

 そして悲しそうな目でこっちを見るミームさん。


 くそう。


「そ、そうだ! ミームさん。我が家は狭くて子供部屋で子供達と一緒に寝てもらうことになるけどいいかしら? 良ければ子供たちに街の話なんかを聞かせてやってほしいの」


「あ、は、はい! あたしは全然それで構いません!」


 妹もいるとはいえミームさんと相部屋だと!

 まさかの展開に、凹んでいた気持ちが一気に湧きだつのを感じる。

 ナイスだ母!


 あ、そうだ。

 仲間の捜索以外にもミームさん達自身の目的を両親に伝えるのを忘れていたな。

 性格的なものなのか、ミームさんはあまり自分から口を開かない。聞かれれば答えるのだろうが、そもそも人と話すこと自体が苦手なのだろう。


「ミームさん達はええっと……、人を探しているんでしたっけ?」


「そ、そうです! 命を受けて、え、え、英雄ミミーナ様と慈父オーガル様を探してるんです!」


 瞬間、ピクリと動いた両親の姿を俺は見逃さなかった。




 その夜。

 子供部屋にミームさんを案内し、粗末すぎる掛ふとんを手渡した。ベッドはないので床で寝てもらうことになる。

 

「狭くてすいません」


「い、いえ! とんでもないです!」


 大げさにぶんぶんと手を横に振り、気にしてないと意思表示する。

 ミームさんが家に泊まってくれるのはありがたい。

 美少女だからではない。


 ……ゴメン嘘、ちょっとだけそれもある。


 だが残りの大半は無論、色々な話が聞けるからだ。国や街、それぞれの情勢、商売や魔法、そしてこの世界のこと。

 八年もこんな山奥で生活していると、情報に対しての飢えは非常に高い。前世の記憶があるから尚更そうだろう。


 前世ではありとあらゆる情報が、まるで惑星を覆い尽くす血流の如く流れていたのだ。地球の裏側で起こったことが物の数秒で世界中に受信され、あるいは発信し、莫大且つ膨大な量の情報を世界中で共有をしていたのだから。

 玉石混淆。そんな情報の坩堝でエロ情報を漁り、どのエロゲがいい。どのエロゲが地雷だと語り合ったあの頃を懐かしくも思う。


 うん、ロクでもないわ俺の前世。


『しかし名前かぁ……、ねえダーリン。どんな名前がいいかしら?』


 ん?

 隣の部屋から両親の声が漏れてきた。どうやら名前の話をしているらしい。


『そうだな、あの子は賢い。教育の神ファバンの弟子から名前を取ってピョンケルなんてどうだ?』


 おいやめろ。そんな気の抜けるような発音はやめてくれ。


『あらいいわね。……ファバンに準えるのならシロコダインもいいんじゃないかしら』


 ぐわああぁ!


 っておい!

 本当にやめてくれ!


 隣の部屋であーでもないこーでもないと言い合う両親の会話。

 横を見れば、それに一喜一憂する俺を少しだけ悲しそうな目で見るミームさんがいた。

なかなかあべこべ要素が出てこず申し訳ありません。

一〇話までには色々話が進む予定でいます。気長に待って頂けると幸いです。

感想ありがとうございます。

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