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ものっそい美少女

「おっふぉぉぉぉぉ! 怖かったあ……、ひゅんってなった! ひゅんって!」


 ぜぇぜぇと荒い息をつきながら俺は、腰に巻いた縄を取り外し、肩に抱いた女性を落とさないよう慎重に下ろした。

 大きな怪我はないようだ。あっても精々かすり傷程度だろう。呼吸、脈拍、瞳孔反応も正常。単に気を失っているだけのようだった。


 徐々に股間も大きさも正常に戻ってきた俺は、男性特有のバランスを取るためポジショニングを直し、一息ついてから改めて女性をよく見た。


 ……うわ、すっげえ美少女。


 ものすごい美少女である。美の女神というのがこの世に存在するのならば、この少女のことを言うに違いない。


 滑らかで艶やかなシルクを思わせる金の髪。紡ぐ呼吸にすらサラサラと揺れる長い睫毛。完璧に整った鼻梁と雪のようにまっ更な白い肌。瑞々しいフルーツを思わせるような小振りな唇。


 ……ハッ!


 危ない。

 思わず無意味に人工呼吸をしそうになってしまった。

 美しさは罪と言うが、これほどとは…。


 気を失っているこの美少女を、これ以上見ているとおじさんいけない気持ちになっちゃいそうだよ。

 しかし今の俺は八歳児だからこの美少女のほうがお姉さんだ。

 

 おねショタいいよね……。

 いい……。

 

 そんな妄想は置いといて、とにかく治癒をしてから起こそうか。

 あまり使いたくはないが仕方ない。

 俺は彼女の額に手をおいて魔力を同調させた。


「……ヒーリング」


 ファサー


 いつものように急激に伸び、風に(なび)く腕毛にイラッとする。

 あとで剃ってやる、覚悟しろ腕毛。

 

 みるみるうちにかすり傷も治り、血色も先ほどよりもだいぶ良くなっているのがわかる。

 治癒魔法は体毛さえ伸びなければ本当に素晴らしいものなのに……。


「もしもし、大丈夫ですか? もしもーし」



………

……

 


 真っ暗だった視界に一筋の光が差すのがわかった。


 泥沼に沈み込んだように暗く重たかった身体が、不思議と暖かなその光に包まれるようにして楽になる。


 いつもドジなあたしは、逃げる方向を間違えてこんことになってしまったけど、レディガン隊長とロロー副隊長はしっかり逃げれただろうか……。


 先ほどよりも光が強くなり、温い水に浮いているような心地よさが気持ちいい。

 

 ああ、あたし……これで死んじゃうんだ。


 そう思うと、今までの記憶が浮かんでは消え浮かんでは消え、少しだけ悲しくなってしまう。


 思えば短いとは言え、この名前と容姿のせいで散々な人生だった。でも名前を付けてくれた両親を恨んだことなんて一度もない。


『……ーし……しもーし』


 誰かがあたしを呼ぶ声が聞こえる……。

 目を開けなくちゃ……。


 瞼を少しだけ開ければ、そこに見えるのは絵画に描かれたような、とても……、とても可愛らしい天使だった。



……

………



 薄っすらと目を明けた美少女が、覗きこむ俺の頬に手を伸ばしてきた。

 思わずビクリと仰け反りそうになるものの、こんなチャンスは滅多にないぞと自分に言い聞かせ堪える。


 そもそも家族以外の人間に会うのも初めてだ。

 美少女というアドバンテージを抜きにしても、初めての他人との触れ合いに胸が高鳴ってしまうのは仕方ないだろう。


 彼女はそっと俺の頬に触れ呟いた。


「……て、天使様が、あ、あ、あたしを迎えにきてくれたんだ……」


 魔物系ならまだしも、俺のどこをどう見間違えたら天使に見えるんだ。

 恐らくではあるが、治癒魔法で体の怪我は治っても精神的ショックのせいで意識がまだ混濁しているのかもしれない。


「天使でもなければここは天国でもありませんよ、起きてください」


 彼女が落ち着けるよう、出来うる限り優しい声色でそう語りかける。

 相手が美少女だからではない、怪我人だからだ。

 ないったらない。


「あ、あ、あれ……。あた、あたし……?」


「気づきましたか? 痛いところはありますか?」


 ようやく意識がはっきりとしてきたようだ。

 南国の海を思わせるコバルトブルーの大きな瞳が、キョロキョロと辺りを見回してから俺を見る。


「い、い、痛いところは……、ない……です。あ、あ、あの! 天使様!」


 だめだ!

 きっとまだ意識が混濁している。

 

 実はこういった状態異常の回復に特化した治癒魔法というものもある。魔力同調を学ぶ上で、俺が独自に開発したエスナンという魔法。

 と言うのは口実で、体毛の伸びない魔法はないものか色々実験しているときにたまたまできちゃった魔法なんだが。


 ちなみにエスナじゃない。

 エスナンだぞ。

 版権には触れないから安心してほしい。


 エスナンは細胞を活性化させ外傷を癒やすヒーリングとは違い、体内の自然治癒能力を活性化して解毒、解熱、肩こり、腰痛、リウマチ、食べ過ぎ、胃のもたれ、足の消臭、果てはリラックス作用に効果がある独自魔法である。


 効果時間は約三十分程度。


 一度羊のジョージに掛けてやったら癖になったらしく、よく擦り寄ってきてはエスナンをねだるのでその効果は折り紙付き。

 

 しかも!

 身体中のどこを見ても体毛が伸びない治癒魔法なのだ!


 この魔法が偶然出来た時は本当に、本当に喜んだ。

 毛を剃る手間がかからない素晴らしい治癒魔法だと!


 しかしジョージにこの魔法を掛けるたび、自分の身体……、というより精神的な変化に気付く。

 どんどんと自分の性格が図太くなっていくような気がしているのだ。


 そこで一つの仮説が思い浮かんだ。


 確かめる術もないし、確かめたくもないが、よもやこのエスナンという魔法は……、『心臓に毛が生えてきている』のではないのか?

 それから怖くなりジョージにエスナンをねだられても使用を控えるようになった。

 そんな曰くつきの魔法だ。


 そのようなこともあって、出来ればエスナンは使いたくないのだが……。


「いえ、俺は天使様じゃありませんよ。それよりお体は大丈夫ですか? お姉さんは崖に落ちそうになっていて……」


「そ、そうだ! あたし!! ……お、おお、思い出した!」


「よかった、思い出しましたか!」


 ホッとした。

 これならエスナンを掛ける必要はなさそうだ。


「あ、あ、あたし! あたし達……、一角鹿に! ちょうどそこにいるような一角鹿……に……? はあああああああああああああああ! 一角鹿だああああああああ!!」


「ちょっ、まっ!」


「はおああああああぁぁぁぁ! 一角鹿だああああああああああぁぁぁぁ!」


「お姉さん! これは死骸でそっちは崖ぇぇ!」


「ふぁあああああー!! 一角鹿あああああああ!!」


「エスナン!」







「落ち着きましたか?」


「とても落ち着いた」


 それはよかった。

 俺も以前より図太くなった甲斐があるというものだ。


 今、俺とお姉さんは、狭い獣道で向い合って正座をしている。

 うむ、見れば見るほど美少女だ。素晴らしい。


 錯乱していた時とは打って変わり、パッチリした瞳で俺の目をまっすぐ見つめてくるお姉さん。エスナンの効果すごい。


「それで、色々聞きたいことはあるのですが……」


「まずは助けてくれたことに感謝を……、ありがとうございました。……あたしの名前はミーム・チェイン。英雄ミミーナ様と慈父オーガル様を捜索している途中です天使様」


 英雄ミミーナと慈父オーガル。

 聞いたこともないな。両親なら何か知ってるだろうか?

 

 ところで彼女の天使様呼びが抜けてない。

 まだ錯乱してるのかこれ?

 出来ればもうエスナンの使用は控えたいんだけど……。


 しかしミームか。

 父が俺を寝かしつけるときに色々と語ってくれる神話でそんな名前の神様が出てきたな。

 確か知と美を司る神だっけ。

 そんなことを思い出しつつも、目の前のミームさんをよく見る。


 名前通りの美しさだ……。

 こんな綺麗な人、前世ですら見たことないぞ。


「そうですか。ところでミームさん。さっきあたし達って言ってましたけど、他にお仲間の方が?」


「はい、そこの……」


 お姉さんがスッと指を刺したのは俺の狩ってきた一角鹿。


「……そこの一角鹿に襲われて散り散りになりました」


 なるほど……。

 事情はなんとなくわかった。

 俺が手助けしてあげられることも限られているだろうし、ここは一つうちの両親に頼ってみよう。


 そう思い、俺は彼女へと提案する。


「それは……、大変な思いをされましたね。あの、ミームさんを助けるので精一杯でミームさんの荷物は崖下に落ちたままなんですよ。なもので、もしミームさんさえよかったら一度、俺の家に来ませんか? 家族もいるので他の方を探すにしても、多少お力になれると思うんですが」


「天使様のおうちにご招待頂けるなんて願ってもない幸運です天使様」


「あの……、本当に落ち着いてます?」


「とても落ち着いている」


 ……。

 まぁ、いいか……。

 とりあえず家へ向かおう……。


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