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五歳になった

「ジョージ! 乳をくれ! ストレートでだ!」

「メェ~」


 そう言って俺はジョージの小振りな乳首にむしゃぶりついた。


「んぐっ、んぐっ。ぷはーっ! チクショウ! これが飲まずにやってられっか!」

「メェ~」


 口元を乱暴に拭いながら、腕に目を落とす。そこには五歳児には似つかわしくないほどの腕毛。

 そう、腕毛である。


 狩りをしたい。両親に伝えたあの日から三年。

 母に狩りを教えて貰うのと引き換えに、回復魔法を学ぶことになった俺は、生来の才能と、前世の記憶からメキメキと回復魔法の腕をあげた。

 父なんかはとてもとても喜んだものだ。


――回復魔法。本来、それを治癒魔法と呼ぶ。


 魔法を使うために必要なものは二つ。

 ひとつ、己の中に循環する魔力を自覚すること。

 もうひとつは、魔力を現象として顕現させるための強烈なイメージである。


 傷を治す。病気を治す。

 そういった強いイメージが必要になる。


 前世での記憶から、人体の構造やウィルス、細菌などの存在を知っていた俺は、父よりも治癒に対して強いイメージを抱けたようだった。

 魔力に関しては当初戸惑ったものの、SAIYA人達が気と呼んでいたものを参考にしたら割りとすぐに知覚できてしまった。

 恐らく魔力というものをそのまま打ち出せればKAMEHAMEHAのようになるに違いない。

 無論、版権上の理由により試すつもりはない。


 それよりもだ!


 治癒魔法は、己の体内にある魔力を他者と同期、活性化させることにより効果が上がる。

 つまりどういうことか?

 魔力を同期、活性化することにより術者の毛根も活性化され……、毛が生える。


 ワサーッと生える。

 とめどなく生える。


 抜いても抜いても魔法を使う度に生えてくるこの雑草達。

 

 狩りを教えて貰う五歳になるまでの辛抱だ、そう自分に言い聞かせ治癒魔法を父から学んだのに……。


「ジョージ……、父さんも母さんも酷いんだ……。お前には才能があるから狩りを学びながら治癒魔法もまだ勉強しろって言うんだよ……」

「ンメェ~」


 ジョージが横長の目をこちらに向け、哀れむように返事をしてくれた。

 ああ、ジョージ。心の友よ。





「息子よ! 準備はいいかしら?」

「はい母さん!」


 晴れ渡る空。見渡す限りの美しい山々。

 待ちに待った狩りの初日である。


 基本的に狩りは毎日行くわけではない。凡そ三日に一度だ。

 その理由は明白。毎日獲物を狩っても消費できないからに他ならない。

 狩りのない日は、山菜や薪を集めたり、獲物になりそうな巣穴を探したりしているそうだ。


 事前に母から狩りの注意点を聞いていた。足跡や糞を辿り、風下から息を潜め弓を射る。大まかな流れはそういうことらしい。

 獲物は兎、鹿、熊などもあれば、魔物と呼ばれる野性動物よりも危険な存在もいる。

 その際の対処は野性動物とは全く別のものになるので注意が必要とのこと。ちなみにヒトデは魔物に属するらしい。


 ハンティングなど前世でもしたことがないので、俺の中のロマン回路が唸りをあげているのがわかる。

 この日のために母が作ってくれた弓を強く握りしめ、父が織ってくれたマントを羽織リ直し、帽子を深く被った。


「さ、行くわよ息子」


 母がにこりと朝青龍のような笑顔で微笑んだ。

 出発だ。




「あれがニワトリの巣穴よ、あそこに罠を仕掛けるわ」


 母が指す方向を見れば、確かに巣穴のようなものがある。意外とでかい。

 しかしニワトリの巣穴とは一体……。巣穴作るもんだっけ。

 だがまぁ、微妙にズレたこの世界に生まれ落ちて五年余り。大抵のことには慣れ、あまり驚くこともない。


 そんなことを俺が考えている間にも、母は音を立てないように巣穴のすぐ前に行き、縄で何かしらの細工をして、また戻ってくる。


「母さん、今のは何をしていたの?」

「ふふ、罠を張っていたのよ。家に帰ったら罠の作り方も教えてあげるわ。……ところで息子、ニワトリは狩りやすい獲物よ、覚えておきなさい。ああやって巣穴の前に罠を仕掛け、鳴き声を真似して誘き出すの」

「なるほど」


 巣穴の入口に縄と枝を利用した罠を仕掛け、鳴き声を真似て巣穴から誘き出す。巣穴から出てきたニワトリは罠にかかり縄に一本釣りにされるという寸法か。


「いくわよ、コケッコッコオオオオオオオオオオオオオオ! コケエーッケー!」

「……ふぉ!」


 び、びびった。

 唐突に奇声をあげる母にびくりとする。

 父と夜のプロレスをしているときとは全く違う甲高い声(夜のプロレスはもっと鬼気迫る声)だった。

 急にやるなと言いたい。


「コッケエエエエコッコオオオオオ! コッコッコッコ! こんな感じよ、やってみなさい」


 え、俺もやるの。

 ちょっと恥ずかしい。


「コホン……、んっん! コ、コッケコッコー……」

「声が小さい!」

「コケッコッコ! コケー!」

「まだ小さい! もっとよ!」

「コッコッコッコッコケエエエエエエエエ!」

「いいわ! その調子で!」

「コケコッコオオオオオオオオオオオオオ!」


 しばらく全力でニワトリの物真似をしていると巣穴のほうに動きがあった。


「ニワトリが出てきたわ、もう鳴き真似はやめてもいいわよ」


 ぐっ、全力をだしたせいか喉が痛い。喉のイガイガを堪え、獲物に気付かれないように咳を我慢しながら巣穴の方を見ると、何やらもぞもぞ動く物体が見えた。

 あれがニワトリだろうか。


「私は罠に掛かったらすぐ仕留められるように近くまでいくわ、息子はここで息を潜めて待ってなさい。いいわね?」


 こくりと頷く。

 母は音もなく巣穴に近づいていった。完全にプロの動きだ。あれほどの巨体にも関わらず、するすると蛇のような動きで近づいていく。

 

 獲物を仕留めるまでの緊張感が辺りを包む。既に母は巣穴のだいぶ近くまで移動していた。


 母は何も言わなかったが恐らく、普段は罠など仕掛けずにああやって巣穴の近くで直接獲物を誘き出し仕留めるのだろう。

 初めての息子の狩りということもあって、罠という正攻法を教えたかったのだと思う。獲物と直接やりあうよりも、罠を仕掛けての狩りのほうが圧倒的に危険度が少ないのは例え素人だとしてもわかるのだから。


 おっ?


 入口付近で警戒していたニワトリがゆっくりと頭だけを出し辺り見渡している。

 黄色の嘴。鋭い眼光はまさに野性動物と言った感じだ。トサカは見当たらない。雌だろうか。

 

 ふと母のほうへと目をやると、こちらも鋭い眼光でニワトリを凝視していた。正直怖い。


 罠はもはやニワトリの目と鼻の先。


 ゆっくりと、そして警戒しながらもニワトリがその全貌を現す。

 

 あれ?なんかでかくないか?

 いや驚くまい。この世界の微妙なズレにも、もう慣れたはずだ。


 しかし。

 羽毛の薄い頭。細長い首に黒い羽。そして長い長い足……。

 どうみてもニワトリには……。あれは。


「ってダチョウじゃねえか!!!」


 ダチョウじゃねえかー(エコー)

 じゃねえかー(エコー)

 かー(エコー)


 バンッ!

 被っていた帽子を地面へ叩きつけ、我に戻ったときはもう遅い。


 ……しまった。


 俺のツッコミにびっくりしたニワトリという名のダチョウは、罠を掻い潜り一目散に逃げ出してしまった。

 やっちまった、この世界に慣れたと思っていたのに……。

 

 しかし次の瞬間。


――ストンッ。


 逃げ出したダチョウに矢が深く突き刺さった。

 矢が刺さったダチョウはそのままヨタヨタと走り、そして力尽きた。


 弓を射ったのはもちろん母。獲物を逃がさずホッとした気持ちと、初狩りでの大失敗の陰鬱な気持ちが混じり何とも言えない気分である。




「ははは、そんなことがあったのか!」

「うぅ……、反省してます」


 初狩りでの成果と事の顛末を聞いた父が、笑いながらダチョウを捌いている。


「こっちまでびっくりしてニワトリを逃がすところだったわよ」


 困り顔をしつつも母は俺に笑いかけてくれた。

 

「か、母さん。つ、次は失敗しないからまた……」

「ふふふ、仕方ないわねー、教えることがたくさんだわ」


 よかった。もう狩りに連れていかないなんて言われたらどうしようかと思った。


「よかったな坊や。でも狩りだけじゃなく魔法もちゃんと勉強するんだぞ。今日は坊やの初狩り祝いだ、豪勢にニワトリの唐揚げだぞ!」


 ドンとテーブルに置かれた大皿には山盛りの唐揚げ。うまそうだ。

 こんな僻地だと揚げ物ができるほどの油自体が稀少だ。動物から採るにしてもかなりの手間が掛かっただろう。


「ダーリン、それと息子。お祝いはもうひとつあるの。……あなたお兄ちゃんになるのよ」

「ハニー! それって!」

「ええ、六ヶ月目よ」


 思わず母のお腹をみた。

 うん、多分生まれる直前になってもわからないなきっと。

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