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とりまく環境

 2歳になった。

 両親から貰う大きな大きな愛を糧に、俺はスクスクと育っていった。

 縦に育つのはもちろん、横にも……。遺伝という呪いはこの異世界でも健在らしい。

 食べる量は子供なりのはずなのに、どういうことかブクブクブクブクと横に育っていっていく俺の小さな身体。

 両親はそれを見て、母親似だと大いに喜んだ。

 そんな喜ぶ両親の顔を見て、ヒクつきながらも笑顔を返したものだ。


 さて、2年立って色々わかったこともある。

 

 まずは俺達家族の暮らすこの家のことだ。

 家を出れば山。見渡す限りの山岳地帯。

 ご近所さんはどこに……? 

 あ、熊とか鹿とかそういう野生動物がご近所さんなんですね。

 初めて外をみた瞬間、そう理解した。


 絶壁にある少しばかりの安全な土地を利用し出来た我が家だが、主な食料は母親が狩猟で捕ってくる謎生物と、父親がしている小さな家庭菜園。そして新鮮な乳を出してくれる羊のジョージ。

 なぜこんなところに家を……。そう思ったことは一度や二度じゃない。

 この点について何度か両親に聞いてみたものの、その度にはぐらかされてしまい、結論は出ていない。しかし両親の表情から察するに何かしらの理由があるのだろう。


 そしてこの世界には元の世界……。いや、前世と言ったほうがしっくりくるが、前世では見たことがなかった魔法という存在がある。

 はじめて魔法を見たのは一歳になる少し前の頃。

 俺はハイハイを四ヶ月でマスターし、そこから約四ヶ月。つまり生まれて八ヶ月目にして掴み歩きを覚えようとした。

 父の見ていないところで小鹿のように足をぷるぷるさせ、椅子に掴まりながら立ち上がろうとしたのだ。


 結果は惨敗。

 幼児の頭の重さを舐めていた俺は掴まっていた椅子と共に倒れこんでしまった。


 運悪く椅子の角が頭に当たり、ぱっかりと割れた傷から血が吹き出た。


 『坊や!!』


 物音を聴いて慌てて駆けつけてくる父は、すぐさま俺を抱き抱えた。

 柔らかな胸毛に包まれる俺。

 痛みはあるが、それよりも胸毛の不快感でムスっとした顔になっている俺の傷口に父は手をかざし。


『聖父マリオよ、彼の傷を癒して……ヒーリング』


 驚いたことに、父がかざした手から光が漏れ、毛が溢れる。


 え?毛?

 なんで毛……?


 何を言ってるのかわからないと思う。

 俺もわからない。

 光が漏れるのはどうでもいい。魔法の存在自体は俺が転生してからあるかもなーくらいには考えてた。


 毛が溢れる意味がわからない。

 意味はわからないが実際に溢れてくるのだから仕方ない。そういう説明しか出来ないのだ。


 柔らかな父の毛は俺の傷を包み込み、不思議と痛みが消えた。


『治ったな……。たいした傷じゃなくてよかった……』


 どうやら回復魔法と体毛には密接な関係があるらしい。

 それが俺の、この世界で始めて目にした魔法だった。


 



 母は強い。

 物理的に強い。

 稀にどうやって仕留めたんだ、というくらいの獲物を狩ってくる。


 母の巨体からは想像もつかぬほどの器用さで弓を射、これまた想像もつかぬほどの機敏さで獲物の首を掻き切る。

 母の狩りを見た日は、興奮して眠れなかった。

 かっこよかったのだ。とてつもなく。

 ぶるりと武者震いをしたほどだ。それに合わせて俺の贅肉も揺れる。


 俺も立派な男の子の端くれ。

 裁縫や家庭菜園、ジョージの乳絞りに励む父よりも、母の狩りの技術や剣術、弓術に惹かれてしまうのは当たり前と言えば当たり前。


 魔法?

 あんな毛がワサーッ生える魔法の何に魅力を感じろって?


 そんなこともあり、夕飯の席で母にこんなことを聞いてみた。


「ねぇ、母さん。おれもかりをしてみたい」

「えっ?」


 母の手から木彫りのフォークが滑り落ちた。


「む、息子よ……、今なんて……?」

「かりをしてみたい」


――バンッ!


 母がテーブルを叩く。

 そしてなぜかプルプルと震えている。なんだこの雰囲気は……。


「む、む、息子は男の子でしょ! ダーリン! あなた何を教え込んだの!!」


 男の子だからこそ狩りをしたい。そう思うのが普通だった。

 が、完全に失念していた。うちは母が狩りを。父が家の仕事をする少し変わった家庭なのだ。


「いやハニー、俺は何も……。でもこの子は確かにおままごとよりも外で遊ぶほうを好んでたな……」

「男の子が狩りだなんて! 怪我をして傷が残ったらどうするのよ!」


 母よ、怪我は男の勲章だ。

 などとは、この雰囲気の中、口が裂けても言えない。母の取り乱しようから考えて、俺はどうやら相当な地雷を踏んでしまったらしい。

 しかし思わぬところから救いが入った。


「でもハニー、俺も子供のころは女の子達が騎士ごっこや狩りごっこをするのを羨ましくみてたもんだよ。それにこんな僻地だ。むしろ身を守る術を覚えておいたほうがこの子の為にもなるんじゃないか?」

「で、でもダーリン……」

「それにほら、この子は俺たちの子だ。きっと才能もある。狩りも、……そして魔法もね?」

「……そうかもしれないわ……でも」


 父の言葉に少しだけ悲しそうにうつむく母。肉がぶるんと揺れる。

 俺はと言えば父と母のやり取りを冷や汗をかきながら見守るしかない。


「ハニー、ならこうしよう。君が狩りを教え、俺が回復魔法を教える。そうすれば例え怪我をしても大丈夫だ。それにハニーはただ守られるだけの男に惚れたのかい? 今の時代、男だって強くなきゃ」

「う……、そ、そうね。ダーリンの言う通りだけど……」


 母がやりくるめられ、父がこちらに向いてパチリとウインクをした。ありがとう父よ!


「でも坊や、狩りはまだ早い! 坊やが五歳になったらハニーから狩りを教えて貰うんだ。狩りを学びたいのならそれまで俺からしっかり回復魔法を学ぶんだ、いいね?」


 狩りをしてみたい。

 たったそれだけの一言だったはずなのに、俺はなし崩し的に育毛魔法を学ぶことになった……。




 その夜。色々な考えが頭を巡り、俺は寝付けないでいた。


『うおおおおおおああああああああっっ!!!』


 今の俺はまだ二歳だ。狩りを学べる五歳まではあと三年もある。


『はあああああっ! せいっ! せいっ! ハニー!! はあああああおおおおおおせいっ!』


 育毛……もとい回復魔法を学ぶにしても、あんなに毛がワサーッと生えるのはご勘弁願いたいところ。

 ただ、父が言っていたようにこんな山岳地帯で、不慮の怪我でもしたときには育毛……ではなく回復魔法というものは大いに役立つことになるだろう。

 見た目は置いておいても学ぶ価値はある。狩りや剣術、弓術などは魔法を覚えてからでも遅くはない。

 五歳になるまでは出来る限り母の動きだけでも盗めればいい。


『ダーリン! シェイシェイハ!! シェイハッ!! シェシェイ!! ハァーッシェイ!! 』


 ん?

 さっきから聞こえる奇声はなんだって?


 気にしないでくれ、家が地震のように揺れているが、決して怪獣大決戦でもなければ修行の掛け声でもない。


 うちの両親が愛を囁いている声だよ。


 俺に弟か妹が出来る日も近いかもな。



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