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友達

 手をひかれながら、しばらく二人でテクテクと歩いていると、彼が振り返り聞いてきた。


「ぼくはミルキって言うんだ。君は?」


 さわっ。


「俺はピョ……、ピョンケルといいます」


 自分で口に出してわかる。とてもひどい名前だ。いつか改名してやりたい。

 

「いい名前だね、ピョンケルくん」


 良くないだろ。気を使ってくれたのか……。なんて良い子なのか。


「ピョンケルでいいですよ。俺もミルキと呼ばせてもらいます」


 さわっ……。


 俺がそう応えると、ミルキは嬉しそうに天使の笑顔でにっこりと微笑んだ。つられてこちらまで笑顔になってしまう。


 この男女比のおかしなホゾの街に来てから早いもので一ヶ月。中身は中年のおじさんとはいえ、同年代で同性の友達なんて居なかった俺に、初めて友達と呼べる人間が出来たのかもしれない。


「ミルキはおいくつなんですか?」


「ぼくは十二歳だよ。ピョ、ピョンケル……は?」


「俺は八歳です。ミルキのほうが少しお兄さんですね」


 さわっ…………。


「ふふふっ、そうだね。ぼくのほうがお兄さんだ」


「ははは、そうですよ」


 さわさわっ。


 ところで、先ほどから会話をする度にミルキが繋いでいる手を撫でてくるのはなんでだろう。

 これが男女同士のデートや何かであればわかるのだが、俺みたいなブサイクな子供の手をサワサワする意味はあるんだろうか。

 まあ、この街は男子供が少ないからもしかするとミルキも同年代の友達が出来て嬉しいのかもしれないな。

 そんなことを考えながらも手をひかれていると、ミルキが変なことを言い始めた。


「ピョンケルはすごいね。お、お、王子さまみたい……」


 ちょっと意味がわからないですね。


 肥え太ってるから毎日いい物でも食ってるんだろこのデブ! ってことだろうか。

 いや、ミルキは良い子だ。決してそんなパンチの効いた皮肉を言うはずはない。


 確かに俺と妹はニプリス山脈からホゾへ来て、今までのような野性味溢れる食生活も変わった。父の作る料理は好きだったが、香辛料というものが存在しないニプリスでの生活よりも、交易のあるホゾのほうがそういった面で食生活に恵まれているとは思う。

 だが基本的に食べ物はフェーリスさんたちと同じ物を食べているわけで、王族が食べるような豪勢な食事ではない。


「ミルキ、それは一体どういう……」


 と、そこまで口に出しかけたところでミルキの変化に気がつく。俺の手を強く握り少し怯えたように、ミルキはある一画を見ていた。

 

 俺達は今、マッチョとデブの男が女豹のポーズをしている看板の掛かった大きな建物の前まで来ていた。

 あの建物はなんだ、非常に気持ちの悪い看板である。入り口が虹色に塗られており、どういった施設なのか想像もつかない。


 それよりも目を引いたのが、気持ち悪い看板の大きな建物の外。結構な人だかりである。


「うおおおおっぉぉ! カーナル様ぁ!」

「ソイヤ! ソイヤ! カーナル様ソイヤッサ!」

「おおおおおおぉぉぉ!」


 人だかりの中心は背が高く、横にも太い一人の女性。カーナル様と呼ばれているその女性に、群がるようにして様々な男が集まっていた。


 おい、なんだあの男!

 女物のネグリジェ着てやがる……。

 あっちははだけたシャツにブーメランパンツだ。上半身を脱いでネクタイだけ付けている男もいる。

 あれはいかんでしょ。

 どうみても公然猥褻罪。おまわりさんこっちです。

 

 あんな光景を見ればそりゃミルキも怯える。

 十二歳の男の子には刺激が強すぎるはず。

 精神年齢の高いはずの俺ですら一歩二歩と引いてしまうほどにドン引きな光景だ。

 

「ミ、ミルキ。早く行こう」


 クイクイと手を引っ張りミルキを急かせる。これ以上ここに居てはいけないという本能的な警鈴が頭の中で鳴り響く。


「う、うん……いこう」


 ミルキに手を引かれ歩き出すその瞬間、中心の女性が振り向いた。

 その女性はネクタイの男の対応に切り替えたようだった。

 チラリとしか見ていないが、俺がいうのも失礼な話ではあるが非常に残念なお顔立ちだ。なんであんなに人気があるんだろう。デラックスマツコ的な芸能人なものなのかもしれない。

 まあ、いい。ミルキの教育上この場に留まるのは絶対によくない。さっさと立ち去ろう。


 俺達が足を早めたその時、輪の中心にいた女性が一瞬だけ―――こっちを見た気がした。




 しばらく二人無言で歩く。

 ミルキは先程のショッキングな光景を忘れるかのように、俺の手をサワサワしている。

 よほどショックだったのかもしれない。そんなミルキを慰めるように俺は彼の手を軽く握り返した。


 そうして歩いている内に大きな通りに差し掛かる。


「あ、ここが大通りですか?」


「ううん、ここは違うよ」


 そう言えば……、ミルキと出会った時の説明を思い出す。


『……とみせかけてまだ裏路地がつづくから』


 なるほど、ここは大通りではないんだ。なんていうか、もの凄く複雑な道だな。恐るべし商業区……。

 偽大通りを横断するように、俺達はまた裏路地へと入っていく。


「おい、ミルキじゃねえか」


 裏路地へと足を踏み入れた時に、後ろから声が掛かった。

 振り返ると男が二人立っている。無精髭を汚らしく生やした体格のいい大男と、これまた汚らしく髭を生やした小太りな男。

 小太りな男はなぜか可愛らしいハートマークのついた買い物袋を持っていた。


「あ……、デルドンさんとモゴサルさん……」


 俺達に声をかけてきたのはデルドンと呼ばれた体格のいい男の方。

 モゴサルと呼ばれた小太りな男は気持ち悪い笑みを口元に浮かべながらニヤニヤしている。


「てめえ買い物の途中で何遊んでやがるんだ? あぁ?」


「そうですよぉ。下っ端のアナタが買い物を放って何遊びまわってるんですか?」


 決して大声ではないが、威圧するような物言いでミルキに詰め寄る二人の男。

 そのままズカズカと歩いてきて、デルドンはミルキの胸ぐらを掴んだ。その拍子でミルキの買い物袋から荷物が道へと落ちる。


「何遊んでやがるんだって聞いてるんだよ!」


「ひっ……ご、ごめんなさ―――」


「すいません、俺がミルキに案内を頼んだんです」


 グイっと、ミルキの胸ぐらを掴んでいた腕に俺は少しばかり力を入れながら手をかけて言う。

 ジロリとデルドンが目だけをこちらへと向けた。


「なんだよてめえは……。ほほぉ……こりゃあ……、おうミルキ! こんな上玉どこで捕まえたんだよ? こいつもうちで働くのか? だとしたらてめえは本当のお払い箱になっちまうなあ、おい!」


 そう言いながらデルドンはペチペチとミルキの頬を叩く。


 こいつらとミルキにどういった事情があるかはわからない。同じ職場で働いている先輩後輩なんだろうが……無性に腹が立つ。

 ミルキの頬を叩いたデルドンはもちろんのこと、横でニヤニヤ嫌らしく見ているモゴサルという小太りな男もだ。


「やめてください、それ以上するのなら人を呼びます」


「……アナタはミルキの友達ですか? いやいやまさかねえ。ミルキに友達ができるわけがないですから。いいですか少年、我々は彼の先輩です、謂わば後輩の教育は我々の手にかかっていると言ってもいい。アナタは口を出さないで貰えますか? と、子供に言ったところでわかるわけはないですよね。もっとわかりやすくいいましょう。……生意気な口をきいてんじゃねえぞ糞ガキ」


 イラッとする。

 ミルキがどういう仕事をしているのかはわからないが、こんな人間のいる職場での彼の立場は、きっと過酷なものだということは容易に想像できる。


「デルドンさん! モゴサルさん! ぼくはす、すぐに戻りますから! ピョ、ピョンケル……。ぼ、ぼくはだいじょうぶだから。ここを右に曲がっておおきな看板がみえたらさらに右に進むとつきあたりがあって、右にしかいけないと思いきや左にせまい道があってそこをぬければ大通りだから……、行って。はやく」


 酷い扱いを受けながらも、ものすごい早口で道を案内してるくれている。ミルキは青ざめながらも必死になって俺に気を使ってくれているのがわかった。

 ミルキの言うとおり俺が行けばこの場では丸く収まったことになるのかもしれない。


 だが本当にそれでいいのか?

 ミルキがこんな扱いを受けていても、何もせずに逃げるように去るのが友達なのか?

 そんなはずあるわけがない。


「てめえミルキ! 誰に許可とって口開いてんだおい!」


 デルドンが、ミルキの頭に拳を振り下ろすのが見えた。怯えた顔でミルキはギュッと目を瞑る。


―――スコン。


 一瞬。

 小気味のいい音を立て、デルドンの顎が横にずれた。

 そのままデルドンは、ミルキの胸ぐらを掴んでいた手を離し、白目を剥いて力なくその場にずるずると倒れこむ。


「なっ……!」


 俺がデルドンの顎に拳を撃ち込んだのだ。

 怒りが限界に達していた俺は、考える間もなくデルドンを殴ってしまっていた。

 ……正直やってしまった感が半端ない。だがやってしまったことには変わりなく、俺は開き直ることを決めた。


 まさか年端もいかぬ子供に体格の良いデルドンが一撃で倒されるとは思わなかったのだろう。驚きに目を見開くモゴサルに静かに告げた。


「モゴサルさんもやりますか?」


 出来る限りの眼力でモゴサルを睨みつけながら腕を組んで仁王立ちをする。


「か、かっこいい……ピョンケルお姫さまみたい……」


 お姫さまはこんなことしないよミルキ。

 訳の分からないことを呟くミルキをスルーし、俺はモゴサルを睨み続ける。


 見た目はこんなでも、この体は大人にだって負けない超高スペックなんだ。デルドンには不意打ちだったが、モゴサルと正面からやりあっても負ける気はしない。

 負ける気はしないが、不意打ちとは言え思わず手を出してしまったことに自分でも内心動揺していたりする。

 

 負けることはなくてもこんな体格差でやりあったとして勝てるんだろうか。

 不安になってきたぞ。


 それを悟られないためにも高圧的な態度を取ることにした。

 そもそも喧嘩なんてしたことないし……。出来れば殴り合いなんてしたくないし。ちょっと膝震えてますし。


「どうします? それともそこに倒れている男を背負って逃げ帰りますか?」


「うっ……」


 こんなことをしても、俺がいなくなればミルキは今まで以上に職場でイジメられる。

 やってしまった感、それは殴ってしまったことへの後悔ではなく。ミルキの状況を考えずに行動してしまったこと。


 だから俺は責任を持たなくてはならない。


「泡を吐いて痙攣していますよ、早く連れて帰って処置しないと大変なことになるかもしれません」


「……く、糞ガキ」


 ミルキを助けたこと。

 今後、彼が職場で更なるイジメに合う前に手を回す必要がある。


「さぁ、どうするんですか?」


 力とは何も暴力だけではない。

 権力、財力、知力。力と一言に言っても様々な力がある。子供である俺には、例え高スペックな体があっても暴力だけでは決して解決できない問題だって存在する。

 ボロボロの服を着ているのも、デルドンとモゴサルの威圧的な態度もミルキの置かれている状況をはっきりと示している。

 例えこの場だけは暴力で解決できたとしても、ミルキの状況はきっと暴力だけではだめなのではないだろうか。

 初めて出来たこの友達を助けたい。そんな思いが募る。

 

「行かないのなら、貴方も同じ目に合わせます」


「糞ガキが……、不意打ちでやったからと言っていい気にならないでください」


 退こうとしないモゴサルは、抱えていたハート柄の買い物袋を置き、懐から何かを取り出そうとした―――その時だった。


「こっちにいたぞぉーーーーーー! 確保だ確保ーーーーー!」


 警備隊のお姉さんがこちらへ走り寄る姿が見えた。




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