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裏路地にて

 美少年と判断できたのはその髪型と服装故だった。

 声をかけられ振り向いた先にいたのは、みずほらしく所々破けた麻の上着と裾がボロボロになったズボンを、紐で腰に縛り付けているだけの少年。右手には買い物袋と思わしきものを抱えている。

 サラサラの金髪を後ろで纏めていなければ美少女にしか見えなかったかもしれない。大きな黒い瞳と高い鼻梁。

 顔には汚れと思わしきものが付着しているが、それを差し引いても尚、美しさは欠片も損なわれていない正真正銘の美少年。


 おお……、後光が見える。


 もし俺がネット小説によくあるような美少年設定で転生していたのならこうでありたい、そう思わせるほどの容姿だ。


「あ、あの……」


 言葉のでない俺を、伏せ見がちに見つつ美少年は再度はおずおずと声をかけてきた。


「は、はい! なんでしょう!」


 あかんでえ!

 緊張するでえ!


 ミームさんやフェーリスさんを初めて見た時もその美しさに目を奪われてしまったが、ある意味、こうなりたいという理想の同性のほうが会話をするのに緊張してしまうのかもしれない。


 しかしこんな裏路地で一体何の用だろう。

 前世ではよく駅前で「手相占いの練習をしてるんですがー」と声をかけられた俺だが、ホイホイと手相を見せると、いい出会いがある、これからいいことが起こると熱心に説明され、耳を傾ければ宗教の勧誘だったなんてことがあったのを思い出す。

 ちなみに三回あった。

 それとは別にイルカの絵を売りつけられたことは二回あった。

 スキューバーダイビングセットなんてこともあった……。


 そんなこともあり少年に対し少しばかり警戒心強めた俺は、固い表情で少年の言葉を待つ。


「……さっきから同じ所をぐるぐるしてから……、もしかしたら迷ってるのかなと思って……」


 なんということだ。

 この美少年は手相を見るわけでもなく、イルカの絵を売りつけるわけでもなくスキューバーの良さを語るわけでもなく、ただただ善意で俺に声をかけてくれたのだ。

 良からぬ考えを巡らせていた俺は、自分を恥じて少しだけ警戒心を解く。


「ええ、ええ、そうなんです! 実はこの辺りにくるのは初めてで……、ぼうっと歩いてたら迷い込んでしまったみたいで大通りにでる道を探してるんです」


「ふふっ」


 俺が自分の状況を身振り手振りで説明すると、美少年は口元に手を添えてクスリと笑った。


「え、あ、……なにか?」


「あっ! ごめんなさい! なんかおとなみたいなしゃべり方だったから」


「なるほど、すみません。この喋り方は俺の癖みたいなものでして」


 確かに自分と同じくらいの年の子が敬語で話してたらおかしいかも知れない。

 そして美少年と視線が合い。


「ふふふっ、やっぱりおかしい」


「ははは、そっか。おかしいですよね」


 笑いあった。


 この少年相手だとすごく話しやすい。

 屈託のない笑顔に、落ち着いたボーイソプラノの声。少し話せばわかる温和な雰囲気のせいで、いくつか言葉を交わしただけで俺の警戒心はほとんどなくなっていた。


「あ、道おしえようか?」


「ありがとうございます。途方に暮れていたので助かります」


「大通りにもどるなら、そこのかどを右にまがってつきあたりを左。左にいくと大きなたてものが見えるからそこを右にいってつきあたりを左にいってすぐ大通り……」


 えーっと、……角を右に曲がって突き当りを左に行って大きな建物を右に行って突き当たったら左……いや右? あれ?

 そんな俺をよそに少年の説明は続く。


「……とみせかけてまだ裏路地がつづくからそこを右にまがると、おおきな看板がみえるからそこをさらに右にすすんでつきあたりがあるんだけど、つきあたりは右にしか曲がれないと見せかけて左にせまい道があって……」


「あ、あの」


 複雑すぎるんですけど。

 もはや説明の半分も理解できてないんですけど。

 このまま大通りに戻れずここで一生遭難しそうな気配がするんですけど。


「む、むずかしい道だから、ぼ、ぼくが案内する……ね?」


 ギュッ。

 

 少年がうつむいたまま近寄ってきて、空いている左手で俺の手を取る。案内してくれるとは非常にありがたい。

 

「案内していただけるんですか? ありがとうございます。かなり複雑な道みたいなのでそうしていただけるとすごく助かります」


「う、うん。こっちだよ……」


 なぜか少しだけ顔を赤らめた美少年。そんな彼に引っ張られながら迷路のような裏路地を後にした。





「まだピョンケルは見つからないのか!」


 フェーリスの怒号が庁舎に響く。

 職員達は慌ただしく動いており、フェーリスの怒号よりも己の仕事を優先していた。職員達とて気持ちはフェーリスと同じ。


「監視員が途中で娼夫に絡まれまして。その時見失ったようですね。ただ商業区にいることだけでは確かなようで現在人員を増やして捜索にあたっています」


 オーリスが落ち着いたまま対応する。

 各員より入ってくる情報を統括、報告するのがオーリスの役目でもある。


「商業区といっても広いだろう、更に人員を増やせるか? なんとしても奴がピョンケルに接触する前に保護しろ! 警備隊への連絡は?」


「人員はこれ以上増やせませんが、警備隊のほうは既に手配済みです。ピョンケル君を最後に監視員が目撃した場所は娼館近くだったようですのでそちらを重点的に。ただしカーナル様に気付かれないよう動かなくてはいけないせいで少し動きにくそうですね」


 落ち着きを取り戻すかのように、フェーリスは長く細く息を吐く。戦場で心を落ち着かせるための呼吸法。


「そうか……、あの辺りは入り組んでいるからな。奴の動向は?」


「いつもの娼館に向かっているようです」


「クソ……商業区か。奴をピョンケルと絶対に会わせるな、絶対にだ。いかに年端もいかぬ子供だとはいえ、ピョンケルほどの美少年。もし出会ってしまえば奴は一瞬で妊娠するはずだ、それだけは避けねばならない」


「……はい」


――そう、二人を絶対に合わせてはいけない。


 カーナル・グレイ子爵。彼女に掛かれば並の男などひとたまりもないだろう。

 まだたった八歳のピョンケルを、彼女の毒牙にかけてはいけない。


 それは職員が心を一つにするには充分な動機だった。


リハビリ

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