カーナル・グライ
「フェーリスさん、これってどういうことなんですか?」
「ん、どれだ?」
翌日、いつもの仕事中。
ふと気付いたことを質問してみた。
「この、魔石の産出量と実際の輸出量なんですが、週の産出量は大木箱五箱に対して神聖プライセス国への輸出は大木箱一箱。王都への輸送は大木箱三箱になってるんですよ。残りの一箱はどこにいったんです?」
神聖プライセス国というのは、このアレオラ王国の隣国に位置する国で、魔法や学問に特化した国だそうだ。
値崩れをしないよう制限しつつも、ホゾ産の原石をそのまま輸出しているとのこと。
「ああ、それはだな。この街で原石から削りだす分もあるからだ。魔石のカッティングは職人の秘匿する技術なのでな、削りだしを行ってから輸出するんだ。削り方次第では魔石はその性質も性能も大きく姿を変えるんだ。ほら、この耳についている魔石もこの街の職人の技の結晶だったりもするんだぞ」
なるほど。
カッティング次第で魔石というものは、大きさや安定性などが全くと言っていいほど異なってくるらしい。
「……だが、そうだな。ここの数字は少しおかしい」
「どれですか?」
「これだ、この街で加工された魔石の原石は削り出したあとの削りカス……そういうのを含めて三等品と言うんだが、それも細かく管理している。三等品とは言えホゾ産の魔石は純度が高いからな。この数字を見る限り月に二袋ほど足りなくなる」
「ああ、本当ですね」
「……あとで管理者に問い合わせておこう」
ちなみに以前チラリと魔石について質問したところ、魔石とは魔力を安定させる媒体としてとても重要な役割を担っているということを聞いた。
俺が治癒魔法を使う時は相手に対してまずは魔力同調を行う。その際に毛根が活性化されて毛が生えてくるわけだが、もしかしたら魔石を使えば毛が生えないんだろうか。いつか試してみよう。
この街に来て一ヶ月。目まぐるしく変わる生活の中、あまり魔法に関しては情報を集めてこなかった。
フェーリスさんがこうして魔石を身に着けている以上、何かしらの魔法を使うことは明白。だがそれすら知らないのだ。
興味がないわけではなく、ただ単に今までと違う生活に没頭していただけ。仕事にも生活にも余裕が出てきたからこそこうした疑問が湧いてきたのかもしれない、というのが半分。
普通、剣と魔法の世界に転生なんて言えば真っ先に魔法に関しての情報を集めるのだろうが……、俺はフェーリスさんが魔法を使って毛がワサー生えるところなんぞ見とうない。
こんな美女が、父のように乳首にも毛が生えてきたらどうするんだ。誰が責任を取ると言うんだ、という気持ちも半分。
そんなこともあり、魔法に関しては消極的なのである。
フェーリスさんの耳先で輝く小さな魔石。これくらいの大きさでもフェーリスさんの魔力に合わせた特注のカッティングのため給料三ヶ月分の値段がするとかしないとか。
それを見ながらこんな小さな石にそんな価値が、とも思う。
宝石とはまた違う、単純に必需品としての価値。
ふとフェーリスさんを見ると長い耳がピコピコと動いている。
彼女の横顔を見ていると、まるで一枚の美しい絵画を見ているような―――。
「……―――っ?! ―――っ!!」
「う、うわ! すいません!」
思わずフェーリスさんの耳に手が伸びてしまった。
飛び跳ねるフェーリスさんの反応にビクリとしてしまい、手を離しながら謝る。
き、嫌われすぎだろ俺……。ショックすぎる……。
■
「では"奴"はあと十数分で戻るのだな?」
「ええ、なのでその間ピョンケル君にはお使いを頼んであります」
「よし、ではいつものように"奴"とピョンケルを合わせないよう監視を怠るな」
「はい」
庁舎の受付嬢、名をオーリン・ガリナと言う。
父親譲りの、陽に当たると薄く緑に見える髪が自慢の十八歳。彼女がこの庁舎で働き始めてはや一年。
つい先月、二人の兄妹が来てからこの庁舎は変わり始めた。今やこの職場のマスコットと化している幼い二人の兄妹は、日々仕事に追われる職員達の癒やしとして可愛がられる存在になっている。
兄の方は数字にも強く、フェーリスの補佐を。妹はその才能と肉体を買われ、幼くして師に従事する。
そんな二人を悪い大人の手から見守ること。それはこの庁舎の職員達の暗黙の了解ともなっていた。
――悪い大人。そう聞けば職員達が思い浮かべる人物は一人。"奴"である。
無類の男好きで名を馳せる"奴"。
特技は目を合わせるだけでの想像妊娠。
仕事は出来るものの、輸送レートが安定、軌道に乗ったこともあり、現在仕事はフェーリスにほぼ任せきりでフラフラと遊び歩いている事が多い。
そのストライクゾーンは非常に広く、『生まれて三ヶ月から老衰で死ぬ三ヶ月前までが私のストライクゾーンだ』と本人は豪語する。
そんな女にピョンケルを見せたらどうなるか、火を見るよりも明らかだろう。
目と目が合う瞬間、好きだと気付き。出会って三秒後に想像妊娠をして五秒後には挙式。そして一週間の間ハネムーンを称してどこかに遊びにいくのだ。
そして干物のようにボロボロの姿になったピョンケルの姿。
職員の間にそのような不安が広がるのに時間はかからなかった。
「……来ましたっ!」
――その一言に緊張が走る。
「総員第一種警戒体勢、時間調整と誘導は慎重に! ピョンケルの動向にも注意を払え、くるぞ!」
指示を飛ばすフェーリスと、慣れた動作で配置についていく職員達。
如何なる精鋭部隊と言えど、ここまでの練度を要する部隊はいないのではないか。そう思わせるほどの連携。
誤解なきよう言っておくがここは軍でもなければ騎士団でもない。ただの一庁舎である。
「おっはー! 皆元気だったかしらん? フェーリス、仕事の方は変わりなく?」
「ええ、順調です。ところでもう午後ですが、カーナル様」
カーナル・グライ子爵。
ホゾの街の責任者であり、有事の際は統括の立場にもある人物。
メス豚のような甘いマスクと性豪さで知られ、その能力も非常に高い。
「あはっ、耳が痛いわぁ~」
フェーリスの皮肉を込めた一言に、カーナルは軽く返すがこれは二人のいつもの掛け合い。謂わば挨拶のようなものである。
そんな二人のやり取りを視線を合わさないように、しかしその気配には細心の注意を払い、ごく自然に職務をこなす職員達。
「ところで今日は珍しいですねカーナル様。仕事用の服では?」
カーナルの服装は、普段の派手な街着とは違い、青を基調とした生地に赤い装飾を施した礼服に身を包んでいた。フェーリスの背筋に嫌な予感が過る。
すぐさまフェーリスはオーリンを一瞥すると、人指し指と小指を立てた。
"緊急時に備えよ"のサインを見たオーリンは各員にボディーランゲージで通信を始める。
もし、ここにピョンケルが居て今のオーリンの姿を見たのならこう言っただろう。なんでコマネチ……と。
「いやねぇ、たまにはちゃんと仕事しようかと思ってぇ。私ほら、最近ちょっとサボリ気味だったでしょ? もちろん、外回りも私の仕事の内なんだけど書類仕事は全部フェーリスに任せきりだったしぃ」
「はぁ……、確かにそうですが、いつものことでは? カーナル様はお気になさらずとも、民との親睦を深めていただくのも仕事ですし、ワタシとしてもそれが望ましいと思いますが」
「そうなんだけどぉ。ただちょっと小耳に挟んだことが気になって? 最近ここに子供が出入りしてるとか」
緊急!
緊急!
荒ぶるフェーリスの右手とオーリンのボディーランゲージ。
あまりにストレートなカーナルの言葉に、内心の動揺を隠しつつもフェーリスはポーカーフェイスで応じる。
「確かに子供を二名保護しましたが……、どこでお聞きに?」
「ん~、ちょっとねぇ。その子供ってどんな子達なの?」
「ふ、普通の子供達ですが……」
まずい。これはまずい。
フェーリスの額に汗が滲み、ボディーランゲージ通信を行っているオーリンの汗が飛び散る。
その反応を見て、カーナルは「ふぅん」と口元を歪めた。
「なるほどなるほど、フェーリスちゃんはわかりやすいわねぇ。ふふ、私ちょぉっと出掛ける用事ができちゃったぁ、また来るわねぇ! バァイ~!」
踵を返し、足早に出口へ向かうカーナルを引き留めようとするも時既に遅し。
「まずい! まずいぞ! ピョンケルの位置はどこだ、至急確認しろ! あの女と絶対に会わせるな!」
■
フェーリスさんには優しくしてもらっている。
だがあの反応はないよな……。やっぱりあれか、子供だから優しくしているだけで俺だけに優しいわけじゃないんだよな。
俺に触られればそりゃ気持ち悪くも思うさ。
あまりにも残酷な現実にネガティブな思考を引きずったまま、俺は受付嬢であるオーリンさんに頼まれた品物を買いに商業区を歩いている。
頼まれたものは、羊皮紙と鈴。羊皮紙はわかるが鈴は何に使うのかさっぱりわからない。
「……あれ、ここどこだ」
ボーっと歩いていたせいか、いつもの商会の支店へ行く道を逸れ、脇道へ入ってしまったようだ。大通りよりも薄暗く、細い道はそれだけで不気味さを際立たせている。
前へ見ても後ろを見ても大通りへはどうやって出ればいいのかもわからない。完全に迷ってしまったようだ。
…
……
………
……しばらくそのまま歩くも、さっぱり道がわからない。むしろドツボにハマっているようにも思える。
ホゾはまだ新しい街のためかスラム自体はなく、治安も比較的安全なのだが、だとしても人気のない裏通りの不穏な空気というものはどこの街でもどこの国でも同じだろう。
既にだいぶ時間も経過した。
もしかするとフェーリスさんが街の警備隊に連絡を入れている頃かもしれない。……だがあの過保護さも所詮子供だからという前提があってのことだと思うと、俺の胸の奥がこうキューっと絞まるような感じになる。何この気持ち!
「あ、あの……」
「うふぁい!」
俺が自分の左乳を揉んでいると後ろから声がした。言っておくがいやらしい気持ちで揉んでいたわけではない。
思わぬところから声が掛かり、ちょっとだけセクシーな感じの返事をしてしまう俺。
振り向くと、そこには神々しいほどのオーラを纏った美少年がいた。