きっかけ
「や、やぁ……、お坊っちゃん……。飴とかいらない? おいしいよ……? ほ、ほら……、あっちへ行けばもっとあげるよ」
「いえ、すいません。お使い中なので」
……。
「坊主! 大変よ! お前の両親が怪我をしたみたいなんだ、ついてきてくれないかしら!!」
「いえ、今両親はここにいないので」
……。
ホゾの街では、一人で買い物へ出ると似たようなパターンで声を掛けられることが多い。
「知らない女の人には付いて行ってはいけない、絶対にだ」との、厳命をフェーリスさんから受けているため断るしかないのだが、こうして綺麗なお姉さま方が声を掛けて俺を気にしてくれている、と言う今の状況はすごく新鮮に感じられた。
この街は男女比がおかしい。男と子供が異常に少ないのだ。
そのせいもあるのか、街の人々はとにかく俺を甘やかし、一人で歩いているところを見るとこうして声を掛けてくれることが多かった。
恐らくは両親や同年代の友達がいないことに同情してくれているのだろう。
さて、実はホゾについてから既に一ヶ月が経過している。
俺も着いた当初は早く王都に向かわなくては。
……なんて思ったものだが。
「フェーリスさん、今戻りました」
「おかえりピョンケル。怪我はなかったか? 変な女に声は掛けられなかったか? 今はミームが護衛についてないからな、変な女に着いて行くんじゃないぞ。ワタシが一緒に行ければよかったのだが」
「はは、すぐそこまでインクを買いに行ってきただけじゃないですか。心配しすぎです」
庁舎へ戻るなり、駆け寄ってきては俺の肩に両手を置き心配そうに聞いてくるフェーリスさん。
俺がニコリと笑って返すと、ほっとしたかのように顔を蕩けさせ微笑んでくる。
この人は見た目はクールビューティーなのに、性格はその真逆でとても過保護だ。
以前に何も言わずに備品を買いに言った時なんかは、いつの間にか街の警備隊に俺の捜索願が出ていた。
今、俺はホゾの庁舎でフェーリスさんの仕事を手伝いながら暮らしている。
読み書きは父に習っていたし、四則演算はもちろんのことエアそろばんという前世のアーティファクトを駆使するので暗算は早い。
そのため庁舎の空き部屋を間借りさせてもらいつつ、彼女の仕事の補佐をしたり、仕事の合間を縫って彼女から剣術なんかを学んだり日々充実した生活を送っている。
ちなみに妹のシロコダインは近所の元格闘家のおばさんにその才能を見出され、昼間はそのおばさんの家で修行をして過ごしている。
きっとそのうちホワイトハウスに乗り込んだり、戦車にも徒手空拳で勝てるようになるに違いない。ホワイトハウスも戦車もないけど。
そしてミームさん。彼女は今、ホゾの街の南東にある小さな農村に行っている。
というのもミームさんの仲間である調査団のメンバー二名が、自力でその農村に辿り着いたというのだ。衰弱しており、養生中ではあるものの命に別状はないらしい。本当によかった。
「ピョンケル、これが終われば一段落つくのだが……また剣でも付き合うか?」
「そうですね、ぜひお願いします」
日々強くなる妹を尻目に、兄が遅れをとっていいはずがない。
俺にだって兄として、そして男としての意地というものがある。
「――ふっ!」
引き締め、鋭く吐いた息に合わせ木剣を振り抜く。
剣道とは違い、あくまで叩き潰すことに重点を置いたこの世界の剣術はとにかく力が第一に必要である。
如何に鎧を着込んだ相手にダメージを与えるか。そういう方向に進化しているようにも思えた。
木剣と言えどそれは変わらず、俺の知っている竹刀や木刀とは違い相応に重く、素振りをするだけでも手首や腕への負担が凄い。
これを女性であるフェーリスさんが軽々と振り回すのだから逞しいものである。
「待たせたなピョンケル。始めようか」
何度目かの素振りの後。
仕事を終え、動きやすい格好に着替えたフェーリスさんが後ろから声を掛けてきた。
首だけで振り返る。
体のラインが浮き出るような肌着の上に、簡易的な革の篭手。伸縮性に富んだスパッツのようなものから伸びる長い生足。
……でへ。
危ない。
顔に出るところだった。
俺は男性自身のポジショニングを整えてから木剣を構えてフェーリスさんへと向き直る。
「お願いします! この前のようには行きませんよ!」
「ふふっ、その粋だ。でも男の子なんだから無理はするなよ」
男の子は美人の前じゃ無理をしちゃうもんなんですよ。
この一ヶ月で俺は剣術もそこそこの腕前になってきているのが実感できていた。この体は見た目に反して本当にスペックが高い。
木剣を正面に構え、フェーリスさんのおっぱ……、じゃなくて目を見据える。
「いきます……」
「よし、来い」
彼女との距離は二メートルほど。
握り込んだ手の力を少しだけ抜き、息を整え全身を力み過ぎない程度に弛緩させた。
弛緩させていた右足に一瞬で力を込め、思い切り踏み出す。
それに合わせて贅肉が躍動し、俺は風を纏ったかのように一気に距離を詰めた。
「――せぃ!」
身長差のある相手には、薙ぎ払うよりも突きが有効。
出来うる限り体勢を低くし、鳩尾へと木剣を突き出す――が、フェーリスさんの木剣が横から薙ぎ払いそれを阻む。
だが予想していた俺は、払われた木剣が飛ばされないよう固く握りしめ、踏み込んだ左足を軸に慣性に逆らわずそのままグルリと一回転しながらの払い抜きを試みる。
狙うは膝だ。
「むっ!」
直ぐ様察知したフェーリスさんは俺の払いをジャンプして躱す。俺の木剣はそのまま空を切る。しかし。
――ここだ。
瞬間、俺は全身に力を込め、グッと踏みとどまる。右足を広げるように地を蹴り、体の重心を左にずらして無理やり剣の軌道を上方向へと変化させた。
「うぉぉぉぉっ!」
空中で姿勢制御が出来ない中でのおっぱ……、胸を狙った突き。
これはいくらフェーリスさんでも躱せないだろう。
「むんっ!」
――カンッ!
甲高い音。
驚いたことに俺の渾身の攻撃は、木剣の切っ先と切っ先が突き合うことで止められていた。
彼女は空中で正確に俺の木剣の切っ先に、己の木剣を突き出してきたのだ。
慌てて、一旦後ろへ飛び、体勢を立て直す。
「……今のはなかなかいい攻撃だったぞ」
「ハァ……ハァ……、まさか止められるとは思いませんでした……」
時間にして一分も経過していない攻防なのに、既に俺は汗だくである。
対してフェーリスさんは汗一つかいていない。
俺は今一度木剣を固く握りなおし、フェーリスさんへと踏み込んだ。
「ぜぇ……ぜぇ……」
終わる頃には全身汗だくで、肉汁の染みたチャーシューのようになった無様な俺がいた。
「いや本当に……、その上達ぶりには驚かされる」
「ぜぇ……結局……一本も取れなかったですし……ぜぇ……」
結局一度も俺の木剣は彼女に触れることはなかった。
自分では上達してるつもりだったのだが、全然まだまだだと実感させられてしまう。
「ピョンケルがこのまま頑張って稽古すれば、すぐにワタシから一本取ってしまうかもしれないぞ? 今日もヒヤリとさせられた場面が何度かあったからな……。ほら、汗を拭かないと風邪をひいてしまう」
――……きたっ!
ここからが本当のお楽しみタイムだ。
座り込んで息を整えている俺の目の前にフェーリスさんがやってきた。
そのまま布を頭に被せ、ゴシゴシと拭いてくれる。
……自然と眼前にフェーリスさんのおっぱいが来るのだ。
すううううううううううっはあああああああああああ!
思い切り鼻から息を吸い込み、運動後の濃厚なフェーリスさんの甘い香りを吸う。
兄として、男としての意地があると言ったな?
――あれは嘘だ。
すううううううううううううっはあああああああああああああ!
もはやこの瞬間のために剣技を教わっているといっても過言ではない。
兄の威厳なんぞ透かしっ屁と一緒にどこかへ捨ててきてやったぜ。
変態?
何とでも言え。
俺は脳細胞を活性化させ目の前の魔乳と香りを脳の奥深くへと焼き付ける作業で忙しい。
ほっといてくれ。
「ほら綺麗になったぞ」
「ありがとうございますフェーリスさん」
クソ、もう終わりか。
次はもっともっと汗をかかねば。
■
部屋に戻ってきた俺はベッドへと寝転ぶ。
……今日も素晴らしい一日だった。
もう王都とかゴードンとかどうでもいいや。フェーリスさんの香りでおっぱい浴をし、ミームさんを見て癒されて、このまま一生ここで暮らしたい。
俺は脳内にしっかりと焼き付けた『フェーリスわがままボディーフォルダ』を開き、今日の日付分の画像ファイルを読み込んだ。
無論電脳化なんてしていないが、人間なんでもやれば出来ると思う。
ああ、やっぱりこの乳は反則だ。
シミひとつない褐色の双丘。その質量は驚くべきものなのに、重力に反発しツンと上を向いているわがままっぷりである。
……ん?
"それ"に気付いた俺は、古い日付からサムネイル表示して脳内画像を並べて表示する。
やはりそうだ。
思い出せば最初の頃は息一つ切らさなかったフェーリスさんが、最近は剣術を教え終わったあとすこしだけ息が荒いことに気がついた。
本日分をもう一度思い出す……、胸の谷間に一筋の汗。
もしかして、俺がこのまま剣を上達してフェーリスさんに汗をかかせることが出来るようになれば。
――透けるのでは?
天啓を得た気がした。
しかもだ、汗をかかせれば俺が彼女の汗を拭いてあげることが出来る。
――触れるのでは?
神を見た気がした。
柔らかいんだろうか。
いや、重力に逆らうくらいだからそれなりに弾力はあるはずだ。
ふと俺は自分のでっぷり肥えた腹の肉に視線を落とす。
特に何も考えずに手が伸びた。
揉んでみる。
おお……?
これは。
柔らかすぎず、かと言って硬すぎもせず弾力がある。
あの魔乳もこんな感じなんだろうか。
あれ……なんか興奮してきたぞ。
こ、これは新しいかもしれない……。こ、これは新しいかもしれないぃぃぃ! おぉぉん!
この感触は! 声が……、声が押さえきれない!
「おっ……おお! ゴッド……ゴッドイズヒアー!! おおぉん!」
――ガチャ。
「ただいまお兄ちゃん! ……ポンポンもんでなにしてるの? ……ポンポンいたいの?」
「 」
…
……
………
自室に戻った女は、緩慢な動きでクローゼットを開けた。
そこに掛けられている服はどれも似たようなデザインばかり。普通の仕事で着る服か、或いは上等な仕事で着る服しかない。
なんの変哲もないクローゼットの中身。だが女はそんな服などはどうでもいいかのように掻き分けた。
奥の奥へと隠された一つの箱。決して大きくはないその箱を、慎重な動きで取り出した。
美しさには魅了の魔が宿ると言われる。
美しさで人を虜にし、意のままに従える。
実際にそんな魔法などはないのだが、人類が社会を作り生きていく中で得た知識の一つではあった。
魅了の魔は例えば景色にも、鉱物にも、芸術にも、そして人間にも宿る。
「ワタシは少児愛好者じゃない……」
祈りのような呟き。
箱を置いて、ポケットに手を入れた。その手には一切れの布が掴まれている。
ゆっくりと箱を開く、その中には女の手に握られている布と同じものが綺麗に折りたたまれ収納されていた。
「少児愛好者じゃない……、彼を保護したいだけ。成長を見守りたいだけ。これはきっと母性」
女は布を箱から取り出し、ベッドへ一枚一枚丁寧に広げていく。
全ての布を広げきったところで、ずっと手に握られていた一枚を鼻へ押し付けた。
「スンスンッ……。これは母性」
女がベッドへと飛び込む。
「スッ!! ハー!! ふあああぁぁぁ! これは母性だから!」
――ゴロゴロゴロゴロ。
「ふぁぁぁぁぁ……! これは母性だからあああ! スーハー! ズゾッ! ズズズズズハーーーー!!」
――ゴロゴロゴロゴロゴロ。
こうして夜は更けていく。