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海へ  作者: 禾那
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01

 彼女が撮影のために家を空けることは間々あったことなので、家事は出来ると思っていたけれど、そう思っていただけだったみたいだ。

 なに一つとっても彼女のようにはいかない。どうにも要領が悪く、どうしても時間がかかる。あたふたと手間取る私の姿を見て、娘はしっかりしなくてはと思ったらしい。彼女のことを思って泣くことをやめた。目を赤くして部屋から出てくることはあっても、私の前で泣くことはなかった。

 娘にとってひどく辛いことであっただろうに、私は娘にかける言葉がなかった。私も私で毎日を繋げることに懸命になってしまっていたから。だからそんな娘の態度を哀れに思いつつも、多分心のどこかで、有難く思っていた。

 娘はそのうちに学校に行かなくなってしまった。私はかける言葉を考え、けれどそんな言葉は見つからなかった。一個人として、親として、父として。かける言葉は色々あっただろうに。

 娘は学校こそ行かなかったが通信教育で勉強は続けていた。テストはとても良い点で、余計にかける言葉が見つからなかった。そのうち、学校に行くことがそんなに大事なことだろうか?と思うようになっていった。だから、そのままで良しとした。

 幸いだったのは、彼女の親族がおおらかで人が良かったことだろうか。彼らはなにも咎めなかった。

 それは有難くも、居心地が悪かった。


 彼女の四十九日。はじめてのことで、いったい何を準備したらいいのだろうと半ば途方にくれながら彼女の郷里に向かうと準備はほぼ終わっていた。あなたも大変でしょう、お節介を焼いてしまってごめんなさいね。

 彼女を失ったのは皆同じだというのに。

せめてもの礼として茶を淹れてふるまったが、別段美味しいものではなかったろう。それでもありがとう、と笑顔で受け取ってくれた。

 彼女もいつもこうだった。なんでもないことでも笑顔でお礼を言ってくれたのだ。

 私は彼女に何度お礼を言えただろうか?


 お茶とお菓子、そして彼女が出した一冊の写真集を囲み、彼女の思い出話がはじまった。あぁここはどこそこだね、なつかしい、今はもうここのお店はないんだっけ、ここのアイスクリームが絶品だったんだけれど覚えてる?、そうそうここは猫が多くって。

 ぽんぽんと飛び交う会話を静かに聞いていた娘がぽつりと私も行ってみたいと漏らした。

 そうか、そういえば行ったことがなかったんだっけ、じゃあ行ってみたらどうかな、この写真とはちょっと景色が違うかもしれないけれど、そうだ!折角だから新しい洋服も買いましょっか駅前に新しいお店ができたのよ、そうだじゃあ行きましょうか!

 と、次から次に話が膨らみ、あっという間に次の休みに旅行に行くことになってしまった。

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