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第2部 誤魔化しの紅茶と彼女の罪過

明けましておめでとうございます!

「それでね? そいつったらアタシに酷いのよ!」

「その人、かなり変な人だね」

「でしょ! なのに、仕事はアタシに押し付けて来るし! もう、嫌になっちゃう!!」

 私の目の前で憤慨するギャリー。本当にその人のことが嫌いなのか、眉間に皺が寄っている。

「あら、いけない。アタシばかり話していたわ。ごめんなさい」

「ううん、気にしないで。ギャリーの話って面白いから好きだよ?」

 あのワイズ・ゲルテナ展から1か月が過ぎた。その日から私とギャリーは定期的にお茶会を開いている。比較的、私は暇だったし、ギャリーの仕事もそこまで束縛されるようなものではなかったようで週に1~2回ほど会っていた。

「それにしても不思議よね」

「え? 何が?」

「どうしてかわからないけど、アンタになら何でも話せるような気がするの」

 その言葉を聞いて私は――。

「私もそんな気がするよ。会って1か月なのにね」

 ――嘘を吐いた。




 目の前でイヴが微笑んでいる。紅茶がよく似合う女の子だ。いや、もう19歳なので女性というべきか。

(でも、何でかしらね? 女性って思えないのよ……)

 この不思議な感覚は1か月前のワイズ・ゲルテナ展で彼女と会った時からずっと抱いて来たものだ。未だにその原因は不明である。

「ギャリー?」

「え?」

「どうしたの? ぼーっとしてたけど?」

「ううん、何でもないわ。気にしないで」

 アタシはすぐにカップを傾けて紅茶を飲んだ。とても美味しい。でも、何だろう。

(この……もどかしい感じは何?)

 その正体はいつまで経っても私の前には現れてくれなかった。




 この1か月でイヴについて色々なことがわかった。

 イヴはこの近くの美大に通う大学生でワイズ・ゲルテナ展には学校から出された課題のために行ったそうだ。

 やはりと言ったらいいのか生まれはかなり有名な良家だった。本人はそうとは思っていないようだが。

 好きな物はオムライスとマカロン。嫌いな物はピーマン。この前、オムライスにピーマンが入っていて顔を顰めたのをよく覚えている。

 聞き上手で、話し上手。相槌や質問をするタイミングもバッチリ。かなり、人当たりの良い子だった。

(そんな子がどうして、こんなおっさんに懐いてくれたのかしらね?)

 自分で言うのも何だが、こんなおっさんはこんな口調で話しているのだ。不気味に思うのが普通だと思う。しかし、彼女は不気味がるどころか『貴方らしい』って言ってくれた。まるで、“昔からアタシのことを知っている”ような言い方だった。

「……」

「ギャリー?」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと仕事が忙しくて疲れちゃったのかしらね?」

「そんなに大変なの?」

「なんかね。ちょっと、試しに描いてみた絵が同僚から好評で……完成させろってうるさくて」

 アタシは一応、デザイン関係の仕事をしている。まぁ、簡単に言ってしまえば広告だったり、服のデザインだったりと色々な仕事を受けている。

「絵?」

「そう。1週間前に突然、頭に浮かんでね。まだ、下書き段階なんだけど」

 いや、そうじゃない。下書きから先が描けないのだ。あの絵に合う色が思いつかない。ずっと探しているのだが、まだ見つかっていなかった。

「ギャリーってもしかして、すごい人?」

「とんでもないわ。アタシが描いたのってマイナーな物が多いし」

「例えば?」

 パッと思いついた物を教える。

「えっ!? それ、今じゃかなり有名になってる化粧品だよ!?」

「あら、そうなの?」

「そうだよ!」

「知らなかったわ」

 最近、テレビも見ていない。そろそろ、本格的に引き込もりになって来たようだ。

「そんな人とお茶してるんだね、私」

「アタシからしたら逆だけどね」

「逆?」

「イヴ、正直に言って。モテるでしょ?」

「モテッ――」

 アタシの質問が直球過ぎたのかイヴが顔を真っ赤にする。

「だって、こんなに可愛らしくて綺麗な子がいたら男どもは放っておかないでしょ?」

「で、でも……私、暗いし。あまり、友達いないし」

「あら? なら、こんなに元気なイヴを見られるのはアタシだけ?」

「……うん」

 素直に頷くイヴ。すごく嬉しかった。

「ありがとう。でも、いいの?」

「え? 何が?」

「こんなおっさんとお茶会なんて。普通、しないわよ?」

 大学生なら同年代の人と遊びに行ったりするだろう。しかし、イヴと会ってから土日のどちらかは必ず、このようにお茶会を開いている。遊ぶ暇などないはずだ。

「私はギャリーといた方が安心できるから」

「安心? 楽しいじゃなくて?」

「うん、安心する」

 『何か変なこと、言った?』と言いたげにイヴは小首を傾げる。その可愛らしい仕草に思わず、ドキッとしてしまった。

(本当にこの子、可愛いわね)

 そう思いながらアタシはまた、カップを傾けた。




 カップを傾ける彼を見て、私は思う。

(どうして……こんなに近いのに遠いのだろう?)

 理由はもう、わかっている。原因もわかっている。でも、どうすることも出来ない。何も出来ない。

 そんな中、彼の存在だけは確かで。それを見ていたら安心するのもわかり切っていた。

(お願い……お願いだから)


 思い出して、ギャリー。


 あの出来事を。


 あの子を。



 私を。



 何か、きっかけがあれば思い出すのは身を持って経験している。でも、そのきっかけとは?

 それがわかればもうとっくに行動に移している。

 こうやって、何度も会っているけれど、突破口なんか見つからない。

 それはあの子が最期に残した罠で、悪戯で、復讐で――。

 もし、そうならば成功している。だって、私はこんなにも辛い思いをしているのだから。

 そんなもどかしい中、彼は笑っている。私も笑っている。

 けれど、それらは決して、同じ笑みではなかった。

 思わず、眉間に皺が寄りそうになって慌ててマカロンを口にする。

 好きなはずなのに今は……あまり、美味しく感じられなかった。






 その翌週。

「はぁ……はぁ……」

 アタシは雪降る中、必死に走っていた。もちろん、イヴと待ち合わせしているからである。しかし、仕事があって約束の時間を大幅に過ぎていた。遅れることをメールで伝えてあるがこんな寒い中、待っていたら風邪を引いてしまう。

(メールに『先に入ってて』って書いたから大丈夫だと思うけど……)

「はぁ……ふぅ……」

 待ち合わせ場所が見えて来たので息を整えるために一度、止まった。

「あ……」

 前を見るとコートをイヴが街灯に背中を預けて俯いている。

「イヴ!」

 メールを見ていなかったのかわからないが寒い思いをしているのは間違いない。大声で呼ぶが聞こえていないのか、反応なし。

(急がなきゃ)

 どうして、そこまで焦っているのか自分自身、わからない。でも、彼女を独りにしてしまったら駄目な気がしてならないのだ。もし、独りにしてしまったら――。

「くっ……」

 運悪く、赤信号。仕方なく、立ち止まる。

「……」

 それとほぼ同時にイヴがこちらに向かって歩き始めた。顔を相変わらず、下を向いているのでアタシには気付いていないようだ。

(ちょ、ちょっと待って……待って!!)

 イヴは止まらない。歩き続けている。こちらに向かって。そして、その先には横断歩道。信号は――――――――――赤。

「イヴ!」

「……え?」

 アタシの絶叫で顔を上げたイヴだったが、遅かった。そこはすでに道路の真ん中で、そこに通りかかる1台のトラック。

「イヴッ!!」

 気付いた頃には飛び出していた。

「ギャリー――」

 ドン、という衝撃。そして、冷たい感覚。

「……イヴ?」

 体を起こして目の前に倒れている少女を見る。振り返るとトラックが通り過ぎた後だった。間に合ったらしい。雪が降っていたので全身、びちゃびちゃになってしまったが。

「ギャリー?」

 安堵のため息を吐いているとか細い声でイヴがアタシを呼んだ。

「何やってるの!! 危ないじゃない! もし、アタシがいなかったら――」

「ギャリー!!」

 説教している途中でイヴがアタシに抱き着いて来た。

「い、イヴ!?」

「ギャリー……ギャリー!」

 ぎゅうううううっとすごい力で抱きしめられる。ちょっと苦しい。

(この子、意外に力あるのね……)

「……じゃなくて、どうしたの?」

「もう、会えないかと思った」

「え?」

「また、いなくなっちゃうんじゃないかって……私の前からスッと消えてもう、何も出来なくなっちゃうんじゃないかって……もう、あんな思いは嫌ぁ」

 アタシは訳がわからなかった。だって、アタシとイヴがあったのは1か月ほど前で。あんな思いとはどんな思いなのか。疑問が頭を支配し、体が硬直してしまう。

「イヴ、とりあえず離れましょうか?」

「嫌だ」

「いや、だって……皆、こっち見てるのよ?」

 そりゃ、道の真ん中で抱き合っている男女がいたら何事かと見るに決まっている。

「嫌だ」

「あら、それは困ったわね……」

 アタシの腕ごとイヴに抱きしめられているので引き剥がすこともできない。

「なら、どこかに入りましょう。そして、落ち着いたら詳しく話して頂戴」

「嫌だ」

 まさかこの提案を否定されるとは思わなかったので面を喰らってしまった。

「本格的にどうすることもできないわね……イヴはどうしたいの?」

「ギャリーの傍にいたい」

「もう、いるじゃない」

「もっと」

「これ以上は厳しいわね……」

 だって、すでに距離は零なのだから。

「そうじゃない」

「え?」

「ギャリーと私には壁がある……その壁を失くしたい」

「壁?」

 そんな物あるのだろうか? アタシたちはすでに親友と言っていいほどお互いに信頼しきっているのだから。

「……とりあえず、移動しない?」

「嫌だ」

「もう、困った子ね……じゃあ、行きたい場所は?」

「……ギャリーの家に行きたい」

 このタイミングでそれを言いますか。

「それは厳しいわね……」

「嫌だ」

「今日は本当にどうしちゃったの?」

「……」

 最後の質問には何も答えなかった。

「……仕方ないわね。じゃあ、今日だけ特別よ」

「いいの?」

「言わせたのはアンタよ」

「……ありがとう」

「いいのよ。でも、途中で何か買って行きましょ? 家に買い置きのお菓子はないのよ」

 アタシの提案に頷くイヴ。

「それじゃ、移動するわよ……って、いい加減離れなさいよ!」

 何とか立ち上がることは出来たが、動き辛い。

「嫌だ!」

 今日一番の否定をいただいた。

「……はいはい。しばらく、くっついてなさい。でも、さすがに店の中では離れなさいよ」

「嫌だ!」

「もう、何なのよおおおおおお!!」

 雪降る中、アタシの絶叫が町中に響き渡った。


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