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(8) 太郎の口説き方

 おはつちゃんは、一家が借りている農地で一生懸命働いている。

 雑草を抜いたり、小物を運んでたり。

 子供なのに甲斐甲斐しく働くなぁ。

 休まなくて大丈夫なのかな。

 まじめないい子だ、うんうん。

 そんな風に、俺は少し離れた高台から、お初ちゃんをぽーーっと見ていた。


 俺は何をしてるのか?

 もちろん、仕事をしている。

 視察だ。

 俺が面倒を見ることになった村人達が、武連火村に順応できてるかどうかを調べる重要な任務だった。


「若様、他を見て回らなくてよろしいのですか」

 供の良助りょうすけさんが声をかけてきた。

 俺が目覚めた時、初視察についてきて以来、ほとんど供をしてくれている。

 あの時は名前を知らなかったが、今はさすがに知っていた。

 剣術指南役を務める多兵衛さんの次男だったりする。


「そうだな。だが、私が面倒を見るといった以上、ここは最重点地区だ」

「隣の世帯も見られた方がよいのでは」

 来萬くるまん村からは三世帯が逃げ込んでいた。

 お初ちゃん達はその内の一つだ。

 俺は隣に何の興味もなかった。

 とは、もちろん言えないが。


 良助さんの顔を見ると、「いいかげんストーカーやめろ」と書いているように思える。

 やましさを抱える俺の被害妄想だろう。

 だが、半刻(約一時間)もずっとここにいたので、俺も確かにどうかと思った。


「最後、声をかけられたらどうですか」

 ポーカーフェイスの良助さんにそう促される。

 マジで俺の気持ちを読まれてるんじゃなかろうか。

 ……半刻も居座ったりする時点で、見え見えだとは思うが。


「そうだな。せっかくだから、そうするか」

 とりあえず、提案にのっておこう。


「では参りましょう」

 良助さんがさわやかに微笑む。

 若侍姿の良助さんはけっこう凛々しい。


 比較されたら、俺がぱっとしなくなるのでは。

 供をチェンジした方がいいか。

 ……そんな理由では無理だよな。

 良助さんはまじめにやってくれてるし、供をやめてくれなんて言えば大事になる。


 雑念にまみれながら、俺はお初ちゃん一家の下へ向かう。

 お初ちゃん一家は、おばあさん、ご両親、お初ちゃん、五歳の弟である三太くんの五人家族だ。


 俺が近づくのを見て、一家の皆さんは俺に頭を下げる。

 右手をあげて、俺はそれに応える。

 ちなみに、平伏は一昨年にやめさせた。

 「郷に入れば郷に従え」と思っていたが、視察するたびに平伏されると、気がとがめる。

 領民も面倒だから、こっちに来るなとか思うだろうしな。

 口に出して言われなくても、さすがにそれくらいは想像できた。


 じいちゃん、父ちゃんに了承を得て、俺には平伏しないようにお達しを出してある。

 表向きの理由は、『平伏されると生産性が下がる』ということにした。

 それで、じいちゃんが納得して、父ちゃんはじいちゃんに従う。

 じいちゃんは年取ってるし、しきたりにうるさいのかと思ってたけど、そうでもない。

 収穫が増えるとか、生産量が増えるとか、そういう理由をつけたら、あっさり意見が通る。

 時には、俺が驚くくらいの支援もしてくれた。

 まぁ、俺にとっては、話がしやすくて助かる。


「若様、これはこれは」

 お初ちゃんのお父さんが頭を深く下げてくる。


「何か、問題はないか」

「はい、特にございませぬ。よくして下さり、感謝しております」

「そうか。それは当然のことだからな」

「では早速、お初に相手させますので」

「あ、ああ」


 お父さんが俺を見て少し微笑んだように見えたぞ。

 それにすぐ、お初ちゃんを呼んでくるし。

 うーん、やっぱりばればれなのか。

 よく考えたら、六日連続でここに来てるしな……

 最初はお初ちゃんが来なかったから、俺はいらいらしてたし。


 お初ちゃんが近くにやってきたので、どうでもいい考えを山の向こうへ放り投げた。

 ああ、やっぱり可愛いな。

 でも、九歳なんだよな……

 子供だけど、俺も子供だから問題ない。

 問題ないったら、問題ない。


 時たま、俺の脳内にバットを持った天使がちらちらっしてくる。

『本当はお前、二十三歳なんだぞ』

 そのたびに、俺はお初ちゃんを見て、天使は虐殺されていく。


「それでは、私どもは農作業がありますので。どうぞ、ごゆっくり」

 お父さんがお初ちゃんを連れてきて、自分は仕事に戻っていった。


「あ、ああ」

 なんか、お見合いしてるような気分だ。

 前世でも、お見合いなんかしたことないけど。

 これってやっぱり、お父さんは玉の輿狙ってるのかな。

 側室でも向こうからしたら、最高の縁組だろうし。

 ……うーん、生臭いなぁ。


「太郎様、いつもありがとうございます」

 俺が少し嫌な方向に思考を漂わせてると、お初ちゃんのかわいい声が聞こえてくる。


「いや、当然のことだから。特に困ったことはないかな」

 俺は見合いうんぬんとかさくっと忘れる。


「はい、ありません」

「寺子屋の勉強にはついていけてるかな」

「皆さんがわかるように教えてくれますから、大丈夫です」

「そうか、ならいいんだ」


 領民達は萬授寺まんじゅでらの隣にある寺子屋で、読み書き、計算などを教わっていた。

 識字率は八割こえてるんじゃなかろうか。

 何気に教育体制は整ってる。


「それよりも、太郎様」

 お初ちゃんが少し眉をひそめて、じっと見つめてくる。


「は、はい」

「毎日来て下さいますが、太郎様はお忙しいはずです。気にかけてくれるのはうれしいのですが、大丈夫なのでしょうか?」

 お初ちゃんは困ったような表情になった。


「もちろんだよ。私は面倒を見るのが務めだから」

「半刻くらい、あそこで何をなされてたのですか?」


 ゲッ、ばれてたのかよ。

 俺から見えるんだから、お初ちゃんからも見えるよな。

 視線はあってなかったから、大丈夫だと思ってたんだが。

 何とか、言いつくろわないと。


「ああ、獣が農作物に被害を与えててな。木の柵で周りを囲っているのは見えるだろう?」

「はい、夜に鹿や猪がこないようにするためですね」

「そう。それでも、倒されたり、飛び越えられたり、潜り抜けたりされる」

「来萬村でも困っていました」


 これは逃げ口上じゃなく、本当だった。

 放置してると、農作物にかなりの被害が出る。


「なのであの場所から、新たな柵などをどう設置するか考えていた。見晴らしがいいからな」

「そうだったんですか。太郎様はお仕事に励まれてるんですね」

「これも、当然やるべきことだからな」


 お初ちゃんは感心してくれたようだ。

 ふぅ、危ない。


「さすがは若様です」

 良助さんからも声がかかる。


 ……まじめに対策するか。

 被害が出てるのは確かだしな。

 柵だけだと心もとないから、返しをつけた空堀でも作るかな。

 また、やることが増えたぞ。


 悪代官様みたいに働かず、贅沢な暮らしでもしたいんだけどなぁ。

 酒呑みながら、横にお初ちゃんでも連れて、うひひ。


「太郎様、よろしいでしょうか」

「何かな」

 俺は悪代官を意識の隅に追いやり、きりっとした表情を浮かべた。

 つもりだ。


「……お父さんからは太郎様と仲良くなるように言われております。できる限り、一緒にいるようにと」

 ……やっぱ、玉の輿狙いか。

 良助さんの顔も怖くなってきたような。


「でも、太郎様はみんなのために働かねばならない方です。来萬村の御領主様と違って……」

 俺は重苦しくなってきたので、話題を変えてみる。

 前から聞いてみたかったことではあるけども。


「来萬村の領主ってどういう方?」

「……前の御領主様はよい方だったと聞いています。でも、三年前に亡くなり、跡継ぎ様が領主となりますと、年貢や労役を増やし、生活が苦しくなりました。それで、武連火村に参ったのです」

「それで、今の領主は女はべらせて、酒ばかりのんで贅沢な暮らしでも?」

「……そう聞いています」


 うげっ、リアル悪代官かよ。

 千五百石程度の身代で悪代官やるには、逃散がでるほど課税する必要があるのか。


「なので、太郎様がよくして下さるのはうれしいのですが、お仕事に励んで欲しいのです。お父さんの言いつけにそむきますが……」


 ……この言葉、どう受け取るべきなんだろう。

 とりあえず、俺がお初ちゃんに気があるのは、ほんの少しばれてるような気がする。

 で、来るなっていうことは、嫌われてる……?


 いや、待て、俺。

 お初ちゃんは玉の輿とか考えてないほど純真ってことだろう。

 悪代官になってもらいたくないから、そう言ってるんだ。

 だから、俺が嫌いだとは限らない。


 ……俺が好きか嫌いかずばっと聞いてみるか。

 でも、気をつかって、俺が嫌いでも嫌いじゃないって言いそうだな。

 それに、もし嫌いなんて言われたら、俺は星濡せいぬ川に身投げするだろう。


 くそっ!

 前世から、女の子を口説いたことなんて一度もねぇからやり方がわからねぇんだよ!

 ネットがあれば、ギャルゲやエロゲの攻略wikiが役に立ったのに。

 漫画やラノベも教本にできたんだ。


 ……がっつきすぎたかな。

 顔を見せるのは二日に一回くらいにしておけばよかった。


「太郎様、お加減でも悪いのですか?」


 おっと、お初ちゃんがそう思うくらい、俺は苦悩にゆがんだ顔をしてたのか。


「……いや、大丈夫」


 だが、どう答えていいか、わからん。

 火属性じゃなくて、恋愛属性の仙力が欲しい。

 エロヒムエッサイム、神よ、仏よ、魔王よ、誰でもいいから俺に正解を教えてくれ。


 もだえ苦しんでいた俺に助けが入る。


「お姉ちゃん、遊んで」

 お初ちゃんの弟、五歳の三太くんが近づいてきた。


「あ、三太。もう少し待ってね」

「やだやだ、遊んでよ!」

「もう、わがまま言わないの」


 これは天機!


「お初ちゃんを独り占めにはできないな。三太くんと遊んであげるといい。では、私はこれで。いくぞ」

「はっ、若様」

 俺は良助さんを供に戦術的撤退をした。

 後ろでお初ちゃんが何か言ってるような気がするが、早足で逃げる。

 問題は何も解決してないが、これからどうするか戻って考えよう。




 俺は自分の部屋で昼食後、転げ回る。

 お初ちゃんに何て言えばいいのか、わからないのだ。

 ネットや本がない以上、誰かに相談すべきか。


 うーん、父ちゃんはどうだろう。

 側室二人いるくらいだしな。

 あの顔で女三人もひっかけて、大きな喧嘩もないようだし、相談相手にはいいか。


 ……何かひっかかるな。

 中身が二十三+八=永遠の十五歳の俺が二十八歳の父親に、九歳の女の子との付き合い方を教わる。


 ……却下。

 一見、微笑ましい相談かもしれんが、中の俺が耐えられん。


 誰にも相談できんな。

 独力で打破しよう。


 習い事、剣術、夕食などを終えて、自由時間となる。

 俺は引き続き考え続けていたが、次郎と三郎が入ってきた。


「兄上、将棋とリバーシをやりませんか」

「あにうえー、リバーシやろう」

「そうだな、やろうか」


 次郎は六歳、三郎は四歳になっていた。

 外見だが、次郎は母ちゃん似だ。

 間違いなくイケメンになるだろうな、チッ。

 三郎は父ちゃんや俺に似ている。かわいい弟よ。


 将棋は前世にあったのと同じだ。

 ただ、駒の形は○だ。

 中に、王とか飛とか金とか書いてある。


 リバーシは俺がこの世界に持ち込んだ。

 俺は木の円板を六十四個用意し、表を白、裏を黒く塗った。

 ルールは白番、黒番、交互に打ち、挟んだ敵の円板をひっくり返す。

 最後に自分の色の板が多ければ勝ちというシンプルなものだ。

 遊びに上瑠かみる様を持ち出す必要もないと思い、俺が考案したことにしている。


 三郎が八×八で六十四の升目があるリバーシの盤をおいた。


「あにうえー、勝負だ!」

「手加減しないからな」

「どうぞ、兄上」

「ああ」

 俺は神童とか呼ばれてるけど、中身が二十三歳だから当たり前なんだよな。

 本当の神童は次郎だろう。

 やたらと頭がいいし、今でも気をつかって三郎に譲ってる。

 ……中身は転生人じゃないだろうな?


 俺は気分転換に三郎とリバーシに興じる。

 三戦三勝だ。

 ハッハッハッ。

 有言実行。

 俺は手加減などしないのだ。


 三郎が涙目になる。

 やばい、やりすぎたか。

 謝るかな。


「三郎、兄上はね。本気で相手してくれてるんだよ。武士として勝つためにはがんばるしかないんだ。そう教えてくれてるんだ」

 次郎がフォローする。

 ……俺よりしっかりしてるような気がしてきた。


「……うー、がんばる!」

「がんばろう。勝ち方を教えてあげるからね」

「うん! 次郎兄ちゃん!」


 おい、ちょっと待て。

 実を言うと、俺は次郎が四歳の時、リバーシを教えた。

 俺は三郎相手と同じように勝ち続けた。


 だが、一ヶ月後、初敗北を喫した。

 カドをとる勝ち方を次郎に見切られてしまったのだ。

 それからは、徐々に負けが込み、ついに連戦連敗となる。


 俺はもう次郎とリバーシをやっていない。

 リバーシをせがむ次郎に、


「これからは将棋の時代だ」


 と、俺は言い放った。


「覚えておくがいい。戦わねば、敗北はないのだ」

「……はい、兄上」


 俺ってかっこいいよな。

 次郎は真剣に聞いてくれてたし。


 ……でも、恨んでるような気がする。

 三郎を俺への刺客に育て上げるつもりか。

 この策士め。


「では、将棋をやりましょう、兄上」

「ああ」


 俺と次郎は駒を並べていく。

 今のところ、棋力は五分五分だ。


 ……俺は二十三+八歳で、次郎は六歳で互角。

 子供は成長力がすごいから伸びるんだよ。

 これが普通なんだ。

 俺は自分をそう説得している。


 次郎が真剣な目で俺を見つめる。

 勝負になると、こいつ、まじめになるよな。


「兄上、がんばれー、次郎兄ちゃん、がんばれー」

 三郎はかわいいな。

 その純真さを保っていて欲しい。

 できる限り、リバーシでも負け続けてくれ。


 俺と次郎の勝負は白熱していた。

 ほぼ互角だろう。

 俺は熟考して、神の一手を放つ。


「てぇいっ!」


 ビシッと駒の音が響いた。

 次郎が俺を見る。

 フフン、これで勝ったはずだ。

 次郎が次の一手を指した。


「…………」


 なんだ、これ。

 さっきまで勝ってたよな。

 あれは神の一手だったはず。

 俺はうなり続ける。

 次郎をちらっと見る。


 次郎はにっこり微笑んだ。


 うきーーー!!


「兄上、地震はなしですよ」

「……よくわからんな」


 一週間前、俺は逆転負けを喫しそうになった。

 その時、俺は手をすべらせて、駒を飛ばしてしまったのだ。

 俺は地震といいきったが、根にもっていたのか。


「……参りました」

「ありがとうございます、兄上」


 チクショウ!!

 ああ、負けた負けた。

 次郎はうれしそうだ。


「負けたよ、次郎。次は勝つからな」

「次もがんばります、兄上」

「お前は大したもんだ」

「兄上には到底、及びません」


 俺達は目があって、少し笑った。


 俺は前世一人っ子だったけど、弟っていいもんだな。


 あ、待てよ。

 今度は、次郎と一緒に出かけるか。

 お初ちゃんだけじゃなく、三太くんも一緒にして、四人で遊ぶことにしよう。

 「友達を連れてきた」作戦だ。

 これでいこう!

 場をほぐすのにちょうどいい。

 明日はまずいだろうから、我慢して明後日だな。


 次郎だけに声をかけて連れて行くか。

 今声をかけると、三郎がうるさいからな。

 三郎を連れて行って何かあると困るしな。


 俺は意気揚々となる。

 明後日が楽しみだ。


 ちなみに、母ちゃんはさらに一人、弟を産んでいた。

 仲がよいことだと思う。


 産まれた時、俺は父ちゃんに名前を聞いた。


「父上、おめでとうございます。名前はどうされますか?」

「太郎、ありがとう。名前はな……」

 俺は先手をとる。


「まさか、四郎しろうではないですよね」

 この安直ネーミングはやめろ。


「……もちろんだとも。名前はもう決めてある」


 父ちゃんは紙と筆を持ってきた。

 筆が弟の名前を描き出す。


士郎しろうだ。兄として面倒を見るんだぞ」

「……わかりました。父上」


 俺は反論する気力もなくす。

 現在、士郎は一歳だった。

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