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(6) そして八歳へ

 大晦日に特別なイベントはなかった。

 でも、一月一日にはいくつかの催しがある。


 朝、じいちゃんが武連火家当主として、家族、主だった家臣を集めて挨拶。

 続いて、全員で倉御勝くらおかつ神社に参拝。

 倉御勝神は五穀豊穣の神らしい。

 鳥居やら賽銭箱やら、日本の神社とほとんど同じだった。

 その後、萬授寺まんじゅでらにて、祖先の成仏を祈る。

 大導宗だいどうしゅうという教えの寺らしい。

 簡単に言うと、人間全員を極楽に連れていけるよう努力する教えだとか。


 あれだな。

 異世界といえども、同じ人間だから、似たような神様や宗教ができるんだろう。

 まぁ、本当に同じ人間かどうかはわからんが。

 内臓の位置くらいは、ずれてるかもしれん。

 確かめようがないし、確かめるつもりもない。

 特に問題ないから、気にする必要はないだろう。


 その後、メインイベントとして、お汁粉やおせち料理を食べる。

 料理の中身は煮豆、栗きんとん、肉や魚の燻製などだが、これでもすごいご馳走だ。

 お汁粉では、一人一個お餅が食べられる。

 肉や魚の燻製もぜいたく品に近い。


 何しろ、この真冬だと川は凍結してるし、山には獲物がほとんどいないというか、入るのは危ない。

 保存食が重要になってくるわけだ。

 戦国時代の日本に燻製があったのかどうか知らないけど、ここでは必要だから燻製技術が発展したんだろう。

 俺としては甘い汁粉も食えたし、うまい物で腹がふくれたから満足満足大満足。


 いよいよ、じいちゃん、父ちゃん、茂助さん、多兵衛さんの前で成果を発表することになった。

 茂助さんも多兵衛さんも、武連火家では重臣だったりする。

 俺への指南や講義は兼務みたいなものだ。

 武連火家は身代二千石なので、そう何人も雇えるわけがなかった。


 母ちゃんが気さくなのはそのせいだろうな。

 家風もあるだろうけど、二十万石の大名の正室なら、食事ごとに自分で呼びにこなさそうだ。


 発表場所は習い事に使ってる一室だ。

 プロジェクターはおろか、黒板もないんだよな。

 だから、俺は紙に大きめに書いたのを指し示して、暖めた木板を触ってもらう。

 一対一ならともかく、多人数に物を教えるのは、実に不便だった。


 現代知識でプロジェクターは無理でも黒板くらい作りたい。

 でも、黒板すら材質知らないや。

 それ以前にチョークの材質って何だったかな。

 白いしカルシウムっぽいな。カルシウムの一種?

 まぁ、いいや。

 本当に作りたくなれば、概念を教えて誰かに作ってもらおう。


 発表してると、大学時代を思い出す。

 よく考えたら、俺、五歳なんだよな。

 不気味に思われるんじゃ。


 じいちゃん達の顔を見ても不審がるどころか、熱心に聴いてるから問題ないか。

 当主候補だし、魔女扱いされて殺されることはないだろう。

 五歳で仙力をこめた暖房を発表するって、よくあることだよな。

 とにかく暖まることができれば、俺は問題なかった。


 シベリアは言い過ぎかもしれないが、ここは旭川以上に寒いぞ。

 まともな暖房をとっとと設置しないとたまらんからな。

 もっとも、俺はシベリアも旭川も行った事はないが。


 頭の中は雑念だらけだったが、俺は語り終えた。

 俺が木板に仙力をこめ、それを屋敷内全部に設置して行う暖房について。


 しかし、誰も声を出さない。

 どうしたんだろうな。

 荒唐無稽すぎたかな。

 暖かい木板ばらまいたら、効果実証できるから、それを見せ付けて一気にやるか。

 俺が不審がってると、じいちゃんが口を開いた。


「太郎、すごいぞ。よくやったな」

「あ、ありがとうございます、おじい様」

 じいちゃんに褒められたのは初めてじゃないか?

 俺は少しびくっとした。


「それで、屋敷に設置する木板全部に仙力を込めるのは、どれくらいかかる?」

「二、三日あればいけると思います」


 屋敷全部は広いけど、仙力を込めるのそんなに疲れなくなってきたからな。

 使えば使うほど、仙力が増してるってのもあるだろう。

 でもそれだけじゃなくて、身体全体の仙力を有効利用できてる感じだ。

 仙力の体内移動を覚えてから、仙力を使う際の疲労感が激減した。


 恐らく、仙力を込めたい物に接触してる部分に近い仙力だけが、急激に消費されてたんだろうな。

 例えば、右手を当ててたら、右腕、右胸あたりの仙力が抜かれていく。

 そんな状態で物に仙力を込めようとしたら、右腕や右胸あたりの仙力がゼロなのに、無理やり仙力を送ろうとするから疲れるってわけだ。

 ただの仮説だけども。

 多分、あたってるような気がする今日この頃だ。


「そんなに早いのか」

 じいちゃんにしては珍しく、感心してくれてるようだ。


「太郎、身体は問題ないのか?」

「全く問題ありません、父上」


 父ちゃんが心配してくれる。

 やっぱり、何度でもうれしいもんだな。

 俺は鏡で顔や髪をちょくちょく調べてるが、異常はなかった。

 抜け毛もない。

 体調も逆によくなってるくらいだ。

 だから、鏡はもう母ちゃんに返してある。

 異変があれば、誰か教えてくれるだろう。


「本当だな?」

「はい、顔色なども問題ないかと思います」

「どうもないようだな。それならいいんだが」

「お気遣い、ありがとうございます」

 父ちゃんが苦笑する。


「若様の仙力はすごいですな! この村ではもちろん、五国の中でも最大の仙力ではありますまいか」

 茂助さんが興奮したように言う。


「そうなんですか?」

 正直、よくわからないな。

 それに、茂助さんの知識は、はなはだあやしい。

 他の歴史や地理などはともかく、仙術に関してはなぁ。


「土肥にいる氷術士でも、これだけ物を冷やすのは難しいでしょう」

 多兵衛さんが情報を教えてくれたので、俺は早速質問する。


「土肥家には、氷属性の仙術を使う者が仕えているのですか?」

「はい。合戦で時折、見かけます」

 なるほど、土肥の奴らに動員された時、剣術指南役の多兵衛さんは出陣することが多いんだろうな。


「仙術で戦ったりするんですか?」

 わくわくしながら、俺は聞いてみた。


「いえ、本陣にいるので、戦っている姿は見たことがありませぬ。仙術士は貴重ですから、簡単に失うわけにはいかないのでしょう」

「確かにそうですね」

 残念だ。

 ブリザードが使えるのかどうかだけでも知りたい。

 夏にカキ氷が作れるかどうかも重要だ。


「土肥の仙術士ともあれば、コップ一杯を冷やすだけではありますまいな」

 茂助さんが頷きながら言う。


 当たり前だ。

 コップ一杯冷やすだけで疲れるとか、そんなの夢もロマンもなさすぎるぞ。

 土肥ってのは上司で敵じゃないんだから、それなりに強い方がいいな。


「太郎、直接、土壁を暖めるのも可能か?」

 じいちゃんが急所をついた質問をする。

 さすが、じいちゃんだ。


「はい。ですが、物を暖めると、多少寸法がふくらみます。この程度の暖かさであれば、大丈夫かもしれませんが」


 これがポイントだった。

 確かに直接暖めれば、木板を使う手間がはぶける。

 しかし、家屋敷にがたがきたら、しゃれにならない。

 三十℃くらいなら大丈夫だと思う。

 夏にはそれくらいになるし。

 でも、無理は避けたかった。


「ならば、いくつかの小屋で試すことにしよう」

「よろしいのですか、父上?」

 これまた珍しい。

 父ちゃんがじいちゃんの言葉に疑問を呈するとは。


「構わぬ。壊れても大して問題ない小屋で実験すればいい。太郎が言うとおり、夏にはこの程度の暖かさになる。大丈夫な可能性は極めて高い。大介だいすけ、この試みがうまくいけば、他の家にも応用できるだろう。そうなれば、武連火村は大きく発展できるのだぞ。小屋の一つや二つ、惜しくはないわ」

「かしこまりました、父上」

 父ちゃんがじいちゃんに頭を下げた。


 それにしても、じいちゃんは大きく出たなぁ。

 確かにこれがうまくいけば、寒さはかなり軽減できるだろう。

 でも、ここは周りが全部山で、南にほとんど山道の街道が一本通ってるだけだぞ。

 しかも、武連火村は行き詰まりのどん詰まりで、人の往来は全くないのだ。

 周りが山と森でどこにも行けないんだから、人なんて来るわけないよな。


 平野はかなり広がってるようだけど、森だらけで広さがよくわからないんだよな。

 こんな超ド田舎が大きく発展できるのか。

 いや、いい村だとは思うけども。


「太郎を全面的に支援することとする、よいな」

 じいちゃんの言葉に皆が頭を下げる。

 とりあえず、俺も頭を下げた。


 結果から先に言うと、屋敷の暖房は大成功に終わった。

 俺は木板に仙力を込めるだけで、設置とかは大人がやってくれる。

 子供の俺が手伝っても邪魔になるだけだしな。

 大人になっても、不器用だから邪魔になるだけかもしれんが。


 小屋の方も特にがたはこなかった。

 外と中の温度差が気になったんだけどな。

 俺にはよくわからないけど、厳寒を見越した建物の作りがよかったんだろう。

 大工の人達が作業しているのをたまに見たけど、支えやら木材の組み方やら細かくやってたからなぁ。


 というわけで、屋敷が終わったので、重臣の家、家臣の家、商家、神社など、作りがしっかりした建物から、どんどん暖房化をすすめていく。


「太郎様、ありがとうございます!」

「若様こそ、上瑠かみる様の再来じゃ!」

 などと、みんな、喜んでくれるので、俺は気分がよかった。


 初めてみる女の子もいたけど、けっこうかわいい子がいたなぁ。

 色白で目がぱっちりしてて。

 でも、同い年だとロリコンだし、年頃の子だと俺が五歳だから年上すぎるんだよな。

 まぁ、五歳ってのもあって、今の俺には性欲は大してない。

 そういう気持ちになったら、考えるとしよう。


 というわけで、二月になると、庶民の家を手がけるようになる。

 これはなかなか難しかった。

 直接、建物を暖めても、風が通り過ぎるんだよな。

 暖めた木板を持ち込んだり、かなり補強が必要だった。


 じいちゃんが資金を提供してくれたので、少しずつだが暖房化がすすんでいく。

 庶民の人がいきなりだせる金額じゃないので、資金提供がなければ頓挫してただろう。

 日頃はケチなだけかと思ってたけど、使うべき時には使ってくれるんだなぁ。

 木炭やら油やら節約してたのも意味があったので、俺はじいちゃんを少し尊敬する。




 そんなこんなで、あっという間に三年がたち、俺は八歳になった。

 もうすでに武連火村は冬になると、完全暖房となり、家の中では寒さに震えることもない。


 三年の間に暖房システムがかなり洗練された。

 家屋敷など直接仙力をこめる建物は四月半ばまでもつように、秋になると俺がどんどん処理していく。

 で、春や夏の間には木板を暖めておき、秋になると庶民が住む木と萱の家に大工達がはめこむ。


 つまり、俺の仙力は、春と夏は庶民の建物、秋にはしっかりした家屋敷に消費される。

 それでも、仙力が余るようになってきた。

 特に、冬になるとまるまる余るのだ。


 自分でも仙力の成長ぶりに驚く。

 余った仙力で火球とか開発しようかと思ったけど、やめた。

 火事になっても、自分が丸焼けになっても困るし。


 困った挙句、貧乏性の俺は畑を余った仙力で暖めるのを試みた。

 たまった仙力を使わないともったいないからな。

 冬の間も作物がとれたら、生産性があがるだろうし。

 というわけで、約三千坪(約一万平方メートル)ほど、一年中、暖かい畑が出来上がる。


 冬は日照量が少ないのもあって、急激に生産量が増えたわけではない。

 しかし、じいちゃん指揮の下で、確実に収穫高は増えていた。


 俺は肥料もどうにかしたかった。

 土地が痩せたら、暖かくても意味がないからな。

 アルファルファやレンゲソウを植えたら、土が肥えるんだよな、確か。

 問題は、近くに生えているかどうかわからないし、俺が現物を見たこともないってことだ。


 ……前世で農家を名乗らず、家事手伝いを名乗ってるのも理由があるんだよな。

 嫌々手伝ってただけで、農業なんてさっぱりわかってないんだよ、俺。


 ……できることからやればいいや。

 今でも、十分役立ってるだろう。


 とりあえず、千歯扱きの導入には成功した。

 これで、脱穀が一気に楽になった。

 これは概念を伝えたら、製作できたのだ。


「若様、さすがですな! どうやって思いつかれましたか」

 茂助さんにそう聞かれたから、俺は


上瑠かみる様が夢枕に立たれて、そう教わりました」

 と、咄嗟に言ってしまった。


 茂助さんは興奮し、「若様ならありえますな!」と言って、納得してくれた。

 俺は今、「上瑠かみる様の再来」と言われている。

 一部には、神様仏様扱いされてそうな気もする。

 農家のおばあさんに一回、拝まれたからな……


 まぁ、納得してもらったらいいや。

 新しいアイデアは全部、上瑠かみる様が夢枕にたったことにしよう。

 上瑠かみる様の顔なんて、当然知らないんだけどな。


 俺は腐葉土が肥料になることを思い出した。

 なので、上瑠様が腐葉土を使うよう、教えてくれたことにして導入する。

 実験したら、そこそこ成果があったのでよかった。


 というわけで、八歳の俺は寒さから逃れて、平和で快適な暮らしを過していた。

 甘い物が欲しいとか、ネットや漫画やラノベが見たいとかはたまに思うが。


 だが、その平穏は関所に十数人の人々が訪れるまでだった。

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