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(5) 只管打座

 俺は時間ができたので、父ちゃんの部屋で質問する。


「父上、我が家に鏡はないでしょうか?」

 そう、顔色や白髪を確かめるための鏡が欲しかった。


 火属性の仙力は、けっこうなチートだと思う。

 でも、使えば使うほど寿命が縮むタイプだとたまらんからな……

 今のところ、体調は悪くない。

 仙力を使い切って疲れても、寝て起きたら回復してる。

 しかし、健康チェックは欠かせないだろう。


「鏡か。於藤が持っているはずだがな。武連火村でそれ以外にはないだろうな。かなり高いし」

 この国での鏡はガラスを用いたものではなかった。

 金属鏡だ。

 なので、簡単には製造できない。


 それを経史の時間で習った時、俺はガラス鏡の製作を思い立った。

 大量生産できたら、ぼろ儲けできるだろうからな。


 しかし、ガラス鏡の製造法はおろか、ガラスの作り方すら知らなかった。

 材料がケイ素なのは知ってる。

 多分、熱をかけて溶融させるんだろうなぁ。

 俺が持っているガラスに関する知識はそれだけだった。


 ……こちらに来てから、自分が無知だったのを痛感する。

 Wikipediaもペットか何かとして、転生してくれたらよかったのに。

 俺が今、願っているのはそれだった。

 異世界転生なんてのも実在してたんだし、可能性ゼロじゃないだろう。


「わかりました。母上に聞いてみます」

「ああ、それにしても鏡なんて、何に使うんだ?」

「仙術を多用してるので、身体に影響が出てないか確認したいと思いまして」

「体調が良くないのか?」

「いえ、どうもありません」

「見た目はどうもないぞ」

「それはよかったです。というわけで、自分で確かめたく」

「俺でもそう思うだろうな。父上に言われたことだが、無理はするなよ。体調が悪くなったら、すぐに言うんだ」


 父ちゃんが心配そうな表情を浮かべる。

 何か少し、じーんときた。

 心配してくれるって、うれしいもんなんだな。


「ありがとうございます。何かあれば、父上に相談します」

「ああ、できる限りのことはするからな」


 夜中に声を出して以来、俺と父ちゃんには微妙な雰囲気が漂っていた。

 それがこの会話で消えて、俺は少しほっとする。


 というわけで、父ちゃんの部屋から出て、母ちゃんの部屋に入り、同じ質問をする。

 使い道を聞かれたので、同じ言葉を俺は繰り返した。


「そうね。そういうことなら、鏡をしばらく貸しましょう」

「ありがとうございます、母上」

「でも……」

 母ちゃんの目つきが少しすわったようになった。


「絶対に表面を触ってはだめよ。錆びるんだから」

「はい、それはもう」

「水場に持っていくなんて、絶対にだめ。汚れに気づいたら、すぐに拭き取るのよ」

「わかりました」

「錆びつかせたら、食事を一ヶ月抜くからね」

「……気をつけるようにします」


 おっかねぇ……

 一ヶ月も食事抜いたら、死んでしまうだろ。


「それと、体調が悪くなったらすぐに言いなさい! お義父様の言いつけだから、反対はしませんが、絶対に無理してはだめだからね!」

「はい、母上」


 母ちゃんも心配そうな表情になる。

 俺って愛されてるんだなぁ。

 何だか、胸がほかほかしてきた。


 前世で実家に戻ってからは、誰かが俺を心配してくれるなんてなかったからな。


 よし、まじめにがんばるぞ。

 屋敷全部、暖房完備にしてやる。

 きっと喜んでくれるだろう。

 誰だって寒いのは嫌だろうからな。




 俺はひとまず部屋へ戻って、鏡で自分の顔を見ることにする。

 なんだか、どきどきしてきたな。

 自分の顔を見るの初めてだし。

 母ちゃん似のかわいい系か、じいちゃん似のしぶい系であることを祈る。


 鏡は直径四寸(約十二センチ)くらいだった。

 それほど大きくないけど、これでもかなり高価らしい。

 嫁入りの時に実家から持たされて、母ちゃんがすごく大事にしているそうだ。


 鏡を取り出すと、輝きに驚く。

 金属でも磨けば、これだけの輝きを出せるんだな。

 他の物を映してみたが、十分きれいに映っていた。


 いよいよ、自分の顔を見ることにする。

 ていっ。

 俺は鏡に自分の顔を映した。


 ……前世の顔よりはましだな。

 少々、まろやかな身体だったので、二重顎に近かったし。

 今はもちろん、そんな事はない。


 二重目蓋だった。

 そういや、ほとんどの人が二重目蓋だったな。

 一重の人なんて誰もいなかったような気がする。


 幕末の頃の写真とかネットで見たけど、昔の日本人ってしょうゆ顔が多かったはず。

 でも、こっちだと顔立ちは現代の日本人とほぼ同じだ。

 違いがあっても当然か。

 ここは戦国時代の日本に近い異世界だし。


 顔色は問題なくて、白髪も特にない。

 身体は大丈夫そうでよかったよかった。


 ……顔立ちは父ちゃん似だったがな。

 愛嬌はあるように思える、多分。

 まぁ、男は顔じゃなくて、心意気と器量で決まるんだよ。


 時たま、鏡で体調をチェックするとしよう。

 懸案が一つ片付いた。



 そして、けっこうな大発見を俺は見つける。

 仙力で暖めた石は、囲炉裏で普通に熱した石よりも保温性が高かったのだ。

 同じくらいの温度にしても、仙力で暖めた石は冷えるのに要する時間が倍くらいかかった。


 やっぱり自動温度計測機が欲しい。

 それがあれば、正確なデータが得られるのに。

 ないものねだりか。

 そんなもの、現代日本でも研究所や大学じゃないと持ってないだろう。


 教えてくれる先生や神様はいないからな。

 自分で頭をひねって、考えるしかない。


 うーん、うーん、うーん。

 便秘できばってるかのように、俺は考え続ける。


 ……頭を酷使した結果、仮説をたててみた。

 普通に火で熱したら、石の中に熱量が加えられ、温度が上がる。

 石は一グラムあたりの比熱が大きいので、熱しにくく冷えにくいわけだ。

 それで熱量が失われると、温度が下がっていく。

 ここまでは理論通りだ。次からは違う。


 仙力で加熱すると、冷めにくいってことはだ。

 石の中に、熱量とは別に仙力という謎パワーが残って、熱し続けているということになる。


 つまり、仙力を大量に込めることができれば、高温を保ち続けるのではなかろうか。

 熱量を込めるんじゃなくて、仙力を込めるんだから、比熱が高い石にこだわる必要もなくなる。


 その考えに到達したとき、俺はぞくっとした。

 本当に全館暖房ができるかもしれない。

 数ヶ月くらい三十℃を保てる木の板かタイルのようなものを屋敷の床や壁に並べれば、現代の床暖房を再現できるだろう。

 しかも、燃料代など一切かからないのだ。


 問題はどうやって仙力を大量に込めるかだった。

 それと、どれくらい保温し続けられるかが重要だ。

 今は仙力を込めると、温度がどんどん上がっていく。

 三十℃くらいに留めたまま、仙力だけを流し込めればいいのだが……

 恐らくその方が少ない仙力消費量になるだろうし、一石二鳥なんだけども。


 ……仙術の理論を知らないから、さっぱりだな。

 ご先祖の上瑠かみるさんも子孫のために、記録くらい残してくれよな。

 『火仙大全』とかって題名でさ。

 『火仙秘奥義』でもいいよ。


 俺は絶対、記録を残しておくね。

 後世の人々のためにさ。


 多分、きっと、おそらく。


 脱線していた思考を本筋に引き戻した。

 仙力って体内にあるんだよな。

 なら、感じ取れるんじゃなかろうか。

 脈拍は一応感じ取れるわけだし。


 ……脈拍と仙力に何の関係もないか。

 それはともかく、仙力が感じ取れたら、それを送り込むってイメージで物へ大量に込められそうだ。


 まずは仙力を感じ取ることから始めるか。

 どうやって?

 ……独学はつらすぎる。

 いきなり、仙人が遊びに来るとかってイベントないかな。


 ないだろうな。

 座禅でもしてみるか。

 精神集中すれば、何か見えてくるっていうのは結構あるし。


 俺は座禅を前世で一回だけやったことがある。

 高校生の体験実習でだ。

 たった一回でも、未経験よりはスムーズにやれる。

 何でも体験しておくことだな。

 まさか、来世で仙力を確認するために座禅するなんて、当時の俺は想像もできなかった。


 そんなの想像できるわけないか。

 俺はそんな風に雑念まみれだったが、胡坐を組んで座禅する。


 雑念を消し去り、俺は精神統一を行う。

 空だ。色即是空なり。


















 身体全体にごくゆっくり流れている何かを感じる。

 血液じゃないよな。

 ……くだらない事を考えて、感覚が消えてしまった。

 雑念を消し去り、俺は再統一を行う。

 空へ。色即是空だ。


















 再び、何かが体内を流れているのを感じ取れた。

 これが仙力だろう。


 俺は右手の仙力を左手へと誘導してみる。

 うむ、成功した。


 同じようにあちこちへ動かしてみる。

 最初はぎこちなかったが、少しずつ慣れてきた。

 とにかく、仙力の流れを把握できるようにしよう。

 座禅を組まなければだめなようだと、効率が悪すぎる。


 とにかく、俺はひたすら仙力を動かし続けた。

 かなり、仙力を把握できるようになったと思う。

 もう少しだ。

 その時だった。


「太郎、夕食よ」


 ……精神統一が完全に崩れた。


「今、行きます。母上」

「早くしてね」


 夕食、風呂をすませた後、俺は座禅を再開する。

 色即是空で仙力をつかめるようになるな。

 色即是空ってそういう意味だったか?

 まぁいいや、うまくいってたら問題ない。


 それから五日ほど続けると、俺は座禅をしなくても仙力の流れを感じ続けられるようになった。

 ネットの誘惑がないのと、本当に必要だってのが大きかった。

 『必要は発明の母』っていうのは正しいんだろう。


 いよいよ、木板に仙力を大量に流す実験を行うことにする。

 今の俺なら、三十℃に保てる仙力を流せるはずだ。


 右手を二尺(約六十センチ)×五尺の木板に当てて、俺は仙力を流し込む。

 仙力が感じ取れるようになったことで、仙力を流す速度も圧倒的に早くなった。

 五秒ほどで終了する。


 木板から手を放す。

 全面、三十℃くらいの温かさだ。


 使用した仙力は大した量ではない。

 よくよく考えたら、ゲームの火球とかってすごい熱量だよな。

 そんなのに比べたら、ごく少量の熱量にすぎない。

 低レベルの術にすぎないってことだ。

 しかし、俺と武連火村にとっては、その低レベルな術が極めて重要であった。


 この木板は約十日、三十℃を保つことに成功する。

 同じような実験をどんどんやっていて、あちこちに板を置いている。

 おおむね、消費仙力と保温期限のデータがそろいつつある。


 実験結果をじいちゃんに報告して支援を受けられれば、俺は本格的な床暖房を試作するつもりだ。

 いつのまにか十二月が終わり、新年を迎えようとしていた。

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