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(4) 暖房クエスト

 明朝、母ちゃんが俺を起こしにきた。


「太郎、おはよう。朝ごはんですからね」

 そう言って、そそくさと退出する。


 いつもなら、きちんと起きたかどうか確認するのに、今日はそれがなかった。

 昨夜のことを気にしてるんだろうな。

 それしか心当たりがないし。


 ほっといていいか。

 静かになれば、安眠できる。


 昨夜ほどの狂想はなくなってるが、カップルを祝福できる心境ではない。

 放火魔のような気持ちを抱いてたような気もするが、あれは夢に違いない。

 夢の世界なら仕方ないのさ。

 というわけで、俺から配慮することはないだろう。


 朝食の場につくと、父ちゃんが声をかけてくる。


「おはよう、太郎」

「おはようございます、父上」


 父ちゃんはとりとめのない話をしてくる。

 剣術はどうだだの、習字はすすんでるかだの。

 話を振りながら、俺をチラチラみてくる。


 なんか、家族でテレビ見てたら、エロシーンが流れた時のようだ。

 状況は違うけど、そんな雰囲気が漂ってる。


 ……父ちゃん、頼むからそのチラチラはやめてくれ。

 俺は華麗にスルーすることにした。


 安心させたら、またハッスルするかもしれんしな。

 気まずいままなら、遠慮するだろう。

 というか、部屋を変えればいいんだよ。

 他にも空き部屋はあるんだからさ。


 いつの間にか、じいちゃんの「いただきます」で朝食が始まった。

 今日のメインイベントは、両親と性について語らうことじゃない。

 経史の時間で、仙力発現を報告することだ。

 火の仙術はどんなのが使えるのか、それを聞くのが楽しみだった。


 もうすでに白木の棒を熱くするだけなら、確実にできる。

 準備万端ってわけだ。

 うきうきしながら、俺は朝食を食べた。


 算術、剣術、昼食、習字がさくっと終わって、経史の時間となる。

 俺は講義に使う畳敷きの部屋で正座して待つ。

 茂助さんが入室してくる。

 俺は師に向かって一礼した。


 今日ほど、気持ちのこもった礼はないだろう。

 俺はそれだけ期待しているのだ。


 茂助さんが講義に入ろうとする前に、俺は早速白木の棒を取り出した。


「仙力を発現できました。ご確認下さい」

「何ですとっ!?」


 まず、白木の棒が熱くも冷たくもなってないのを、茂助さんに確認してもらう。

 茂助さんが確認し終えて、俺は棒を受け取る。

 俺はその棒に念をこめた。

 すると、体感で四十℃くらいになったので、茂助さんに棒を渡す。


 棒を受け取った茂助さんは軽く声をもらした。


「若様、これはもしや、火属性の仙力なのでは!?」

「おそらく、そうだと思います」

「ううむ、もっと熱くできますかな」

「可能です。では」


 俺は棒を返してもらい、棒をさらに加熱する。

 六十~七十℃くらいだろうか。

 熱いのでさっさと渡すことにする。


「あ、熱いですな」

 ずっと持ってると熱いんだろう。

 茂助さんは机の上に棒を置いた。


「紛れもなく火属性の仙力ですな。驚きましたぞ」

「私も驚きました」

 驚きすぎて、隣の行為をやめさせるくらいの声をあげました。

 とは、言わなかった。


「先生、そういう訳なので、今日の講義内容を変更して、火属性の仙術について教えていただけませぬでしょうか」

 俺は期待で眼をきらきらさせて、茂助さんの答えを待った。


「そうすべきでしょうな。しかし、問題が一つあります」

「……なんでしょう?」

 また、ろくでもない話かよ、と俺はげんなりする。


「火属性の仙術を知りませぬ。昨日申しましたように、五国で火の仙術士はおりませぬゆえに」

「……そういえば、そうでしたね」

 納得する。

 納得するが、納得できねぇ。

 俺の子供心がうなりをあげる。


 やっと、完全チートになりそうだっていうのに。


「まずは、殿に報告して相談いたしましょう。火属性の仙力を持っているだけでも慶事というものですぞ」

「おじい様に用事が入ってなければいいのですが」

「この事を申し上げれば、最優先で時間をいただけるでしょう。それだけの事なのですぞ」


 茂助さんの表情も声も気迫がこもっている。

 とりあえず、頷いておこう。

 じいちゃんとの対面は疲れるんだけども、反駁できそうな雰囲気じゃなかった。


「わかりました」

「では、早速、参りましょう」


 この事をじいちゃんに報告したら、すぐさま、俺と茂助さんは書斎に通された。

 茂助さんの読み通りか。

 仙術に関する講義を聴いて、俺の中で下落していた茂助株は、少し持ち直した。


 じいちゃんは平常時より五割増しくらいの熾烈な眼光を宿している。

 双眸に射すくめられながら、俺は白木の棒で火属性の仙力を披露した。

 俺は敵じゃねぇんだぞ、じいちゃん。


「本当に火属性の仙力のようだな」

 じいちゃんの声はいつ聞いても、渋くていい声だった。


「殿、上瑠かみる様以来の慶事ですぞ!」

「うむ」

「上瑠様以来とは?」

 確か、この地を開拓した祖先が上瑠さんだったな。


「太郎には教えてなかったか。ならば、今、教えよう」

 じいちゃんの口が開いた。


「この武連火村を開拓した上瑠様は、火の仙術を使いこなされていた。この最北の地を開拓できたのは、上瑠様の仙力あってこそだ」

 そうだよな。

 こんな寒いところをどうやって切り開いたのか、すごい謎だったんだよ。

 まともな設備がなければ、冬になったら全滅するよな。


「もともと、武連比ぶれひと名乗っていたのだが、上瑠様以来、武連火ぶれひと名乗るようになったのだ」

 名字にも意味があるんだな。

 俺は少し感心する。


「ならば、火の仙術に関して何か伝来されているものがあるのでは?」

「何も残っておらぬ。上瑠様は記録を残されておらなかったしな。上瑠様には、火の仙術を使える子供や孫がいなかった。もし一人でも火の仙力を受け継いでおれば、話が変わったかもしれぬのにな」


 じいちゃんは沈痛な面持ちだ。

 俺も似たり寄ったりの表情になってると思うが。

 これで、完全にあてがなくなった。


「太郎よ、独力で工夫して火の仙術を開発してみよ。うまくいけば、木炭を使わなくても、暖がとれるぞ。その為には、習い事の時間を減らしてもかまわん」

「わかりました! では、剣術の時間を減らします」


 ひとまずはこれでいいか。

 勢いに乗じて、くそ寒い剣術の時間を削るぞ。

 一気に押し切る。


「剣術は増やしていたのを元に戻すとしよう。それと、習字と算術を削るか」

「いえ、剣術だけを……」

 じいちゃんの目玉がぎろっと動いて、俺はこれ以上の要求を諦めた。


「火事にだけは気をつけよ。土壁で燃えるものが何もない部屋を用意させておく。炎を使う時はその部屋を使うがよい」

「ご配慮、ありがとうございます」

「うむ。何か進展があれば知らせよ。新しい報告を待っておるぞ」

「はい、おじい様」


 上々の成果をあげて、俺と茂助さんは書斎から退室する。

 火の仙術は何もわからなかったが、剣術の時間を減らせた。

 くそ寒い思いをするのが、短くなっただけでもいい。


「若様、それがしも期待しておりますぞ」

「ご期待にそうべく、努力いたします」


 一礼して、茂助さんとも別れる。

 まだ講義の時間は残っていたが、仙術工夫にあてることになった。

 自習ってことだな。


 かくして、今日から俺は暖房完備を目指すことになる。

 戦闘用の仙術など、開発する気はない。

 火球とか使えても、暖房に使えないしな。

 というか、戦いたくないし。


 俺は部屋の中で研究をどうすすめるか考える。

 暖房で最も重要なのは、物にこめた熱をどれだけの時間、保てるかだな。


 うんうん頭をひねって、俺は石の利用を思いつく。

 確か、金属が熱しやすく冷めやすく、石が熱しにくく冷めにくかったはずだ。

 石焼き芋って、それを利用してたと思う。

 多分、そうだろう。


 というわけで、俺は早速、十センチ四方くらいの石をいくつか拾ってきた。

 石を握って、熱をこめ始める。

 数分で暖かくなってきた。

 五十℃をこえたくらいで、石を手放す。


 後は、石を自動測定温度計にセットして、石の温度変化を記録したら出来上がりだな。

 ……それは俺の妄想だった。


 自動測定温度計なんぞ、あるわけがない。

 この世界の不便さはたまらんな。


 また、俺は考え続ける。

 ロダンか、一休さんか、武連火太郎かってくらいだ。


 科学的な計測は諦めることにした。

 温度計がない。

 温度計を作る知識なんてない。


 俺は現代知識最強をやりたかったが、そもそも詳細に覚えている知識などほとんどない。

 例えば、製紙工業を興したいとする。

 俺が覚えているのは、和紙はみつまた、こうぞを使う。

 洋紙はパルプを使う。こす工程がある。

 それくらいしか覚えてないのだ。


 こんな知識だけじゃ、役に立たなかった。

 俺は不勉強の自分を悔しく思う。

 それもあって、今はまじめに勉強してるのだが。


 そういうわけで、俺は原始的な方法で実践していく。

 疲れきるまで石を暖めて、暖めた石を部屋に並べ、暖房効果を見るって方法だ。


 茂助さんいわく、一杯冷やすだけでかなり疲れるそうだから、俺にも限界があるだろう。

 俺はチートで、どれだけやっても疲れないかもしれないがな!


 どんどん俺は石を暖め、体感で五十℃くらいになれば、次の石を手に取る。

 それをえんえんと繰り返す。


 百個くらいやると、さすがに疲れてきた。

 地味だが、百個もやれたんだ。

 一杯で疲れるのと比べたら、チートかもしれんな。

 微妙だが、俺はそれなりに手ごたえを感じる。


 しんどい作業だったが、俺はやりきった。

 寒さをしのぐため。

 寒いのはもう嫌。


 その一心が俺を支えたんだ。


 その夜は間違いなく、いつもより暖かかった。

 部屋の温度は十三~十五℃くらいあるかな。

 隣も静かで俺は安眠できた。


 朝となり、母ちゃんが起こしに来た。


「太郎、これは何ですか!」

 母ちゃんの大声で俺はたたき起こされる。

 ああ、そうか。

 部屋に並んだ石三昧を見たんだろう。

 説明するかな。


 それから、さらに二日ほど続ける。

 途中で囲炉裏に石をぶちこんで焼け石にする方法を思いつく。

 これなら、仙術なんていらない。


 でも、焼け石を囲炉裏から出すのは危なかった。

 火事になったらたまらん。

 というわけで断念。

 でもまぁ、囲炉裏に石を入れておくだけならいいか。

 囲炉裏の中だけでも熱が残れば、多少暖房効果があるだろうし。


 仙術の方だが、暖める速度が速くなり、暖められる石の数が百二十くらいまで増えた。

 いい鍛錬になってるようだ。


 使えば使うほど能力が増すっていう王道だな。

 読んでいたラノベの設定を思い出す。

 俺はニンマリしてきた。


 もう一つのラノベでなくてよかった。

 そっちは、使えば使うほど寿命が縮むって奴だ。


 ……鏡が欲しいな。

 顔が老けてないか、毎日チェックしたい。


 二日後には、両親は部屋を変えていた。


 俺はついに夜の静穏と石製暖房を手に入れたのだ。

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