(3) 仙術と仙力
帰りたい……
とはいっても、ホームシックになったわけではない。
家事手伝いに戻りたいのではなく、暖かい所ならどこでもよかった。
正確には、引っ越したいってところか。
神様おわびタイプの転生なら、やり直しできるかもしれない。
でも、俺の場合は気づいたら転生だからな。
帰るのはまず無理だろう。
当てが全くないのだから。
前向きにここでがんばるとしよう。
そんな事を考えるくらい、寒かった。
とにかく、寒かった。
そんな中、剣術の稽古が始まる。
じいちゃんに下手な交渉をやったお陰で、剣術の時間が三割増しくらいになった。
今でも後悔してる……
家臣で剣術指南役の多兵衛さんが俺を指導している。
雪景色の中、俺は剣を振るっていた。
剣を持つ手がかじかむ。
手袋プリーズ。
もちろん、そんなのは提供されない。
今度は走らされる。
走るのは基本ということで、ひたすら走らされる。
現代人である俺はその効用を知っているので、賛成するがしんどい。
正しいことだから、他人がやる分には大いに推奨する。
でも、自分でやるのはしんどいという事だ。
身体は温まるので、そう悪くはないんだが。
そうでも思わないと、俺の軟弱な精神では走り続けられなかった。
まわりを白く化粧している雪自体はなんと、十月末には降り始めていた。
でも、積雪量はそう多くない。
盆地で海も遠いのが原因だろう。
そうこう考えているうちにゴールだ。
村内を十町(約一キロ)くらい走って、屋敷に戻ってきた。
俺は息が荒くなる。
「若、見事な走りっぷりでしたぞ。子供とは思えませぬ」
多兵衛さんも一緒に走ってるのに、息があがってない。
中年っぽいけど、すごい鍛えぶりだな。
「……ありがとう」
少し、呼吸がましになってきた。
前世の身体より出来がいいようで、短距離走力も長距離走力も大幅に上昇している。
走っただけ、長く走られるようになってきてるのを実感できてるしな。
まじめに走り続けられるのは、それが大きかった。
努力しただけ、成果がでるんだから。
「若様は武勇にも優れそうですな。武連火家は安泰でうれしいですぞ」
だから、俺は戦いたくないんだよ。
土肥って奴は絶対に戦うなよ。
次は経史の時間だ。
老臣の茂助さんが教師となっている。
今日は地理を習う。
「この国は、五国、本州、八州、六島の島々で成り立っております」
茂助さんが地図を指差しながら、名前をあげていく。
この国の地図を今日初めて見るが、日本列島と実によく似ていた。
博物館で見た江戸時代初期に作られた地図のようだ。
日本でいえば、北海道が五国、本州は本州、九州が八州、四国が六島となる。
「ここは五国の一つ、上毛国ですな」
茂助さんが五国の最北にある上毛国を指差す。
……やっぱりド田舎だった。
日本でいえば京都の位置にある都から一番遠い国だ。
「武連火村は上毛国でも最北に位置しております。この北にある山地を越えて戻ってきた者はおりませぬ」
……まさに最辺境。
戦国時代の蠣崎家よりも地理条件は悪いだろう。
さらに北へ行けば、北極に到達するんじゃないのか?
長所といえば、挟撃をくらうことはないってことだな。
こんなド田舎を攻める物好きはいないと思うが。
日本列島と大きく違う点は二つ。
一つ目は四国の部分だった。
四国は一つの島だが、六島は名前どおり、六つの大きな島からなる。
足し合わせたら、面積は四国より大きいかな。
もっとも、測量がどこまで正しいのか疑問だが。
もう一つの違いは、五国の北だ。
山地が続いてて、地図がきれてる。
誰も行けないので、地図がないのだ。
五国は島ということになってるが、もしかしたら極北で大陸とつながってるかもしれない。
俺が生きている時代だと、誰もたどりつけなさそうだな。
後世の冒険家にはがんばって欲しい。
習い事が終わり、夕食、風呂をすませ、就寝の時間となる。
日が沈むのは早い。
なので、明かりが必要だけども、菜種油かロウソクを使う。
だが、これらも使用量が決められていた。
やむを得ないとは思う。
高いといわれたら、納得せざるを得ない。
なので、夜は早く寝るしかない。
その代わり、早起きする。
昔の人が早寝早起きだった理由がよくわかった。
前世では夜型の生活になっていたため、寝付けない時間だ。
でも今は、子供の身体なので寝つきがよく、苦にはならない。
だが、たまに寝付きにくい時がある。
それが今日だ。
壁の向こうから、嬌声が聞こえてくる。
父ちゃんと母ちゃんがやってるんだ。
俺が寝てからやれ、と言いたい。
三人も子供を産んで、仲がいいのはけっこうだと思う。
『アッ、アッ、アーーン』
……でも、程度があるだろう。
もう一度言う。
俺が寝てからにしてくれ。
壁ドンしたくなるが、こらえた。
しばらくして、どうにか寝るのに成功する……
翌日も経史の時間だ。
茂助さんの講義がすすむ。
俺は寝ることもなく、ずっと聞き続ける。
前世では授業で良く寝たものだが、俺にはマンツーマンの状態で寝る度胸はない。
それに、前世の脳よりも出来がいいようで、記憶力が大幅に上昇してる。
前講義のおさらいということで質問されても、全部答えられるのだ。
「さすがは若様ですな。それがしも教え甲斐がありますぞ」
感心したような茂助さんにそう言われると、俺もうれしい。
勉強嫌いだったが、今では嫌いじゃない。
「最後に仙術と仙力の話をします」
……茂助さん、さっき何て言った?
茂助さんがチートの扉を開いてくれるのか。
この世界では魔法や魔術ではなくて、仙術があるんだな。
そうか、わかったぞ。
俺は全属性使えて、常人の千倍くらいの仙力を持ってるってわけだ。
ようやく、楽な生活ができるな。
「仙術を使うには仙力が必要です。仙術の属性には火、氷、雷などがあります。それらの属性の仙力を持っていなければ、仙術は決して使えません。かつて都には仙術士の学校がありましたが、この戦乱で失われてしまい、いくつか伝承がとだえております」
……何やら、暗雲が漂ってきたぞ。
「なので今では、昔ほどの高度な仙術は使えなくなっています。それでも、一部の術は合戦に使えますので、有力な大名家には仙術士が何人か仕えているのが普通です」
「質問よろしいでしょうか」
「どうぞ、若様」
「武連火村に、仙術を使える者はいますか?」
「おりますよ。私が知っている限り、二人ですが」
「……二人とは少ないですね」
「仙力を持っているのが、千人に一人くらいといわれておりますので」
「なるほど、理論通りですね」
「それでは次に、仙力を持っているかどうか調べる方法を伝授いたしましょう」
茂助さんは、持ってきたかばんの中を探り始める。
よっ、待ってました。
水晶玉か何かに手を当てて、色が変わったりするんだろうな。
俺が手を当てたら、色がめちゃくちゃ変わって「こ、これは、かつてないほどの仙力の持ち主ですぞ!」とか、言われるに違いない。
これで、寒さ対策ができそうだな。
やれやれ、だ。
俺が妄想を繰り広げていた間に、茂助さんは目的の品物を見つけたようだ。
茂助さんは右手に一尺(約三十センチ)ほどの白い棒を持っていた。
え、水晶玉じゃないの。
「この白木の棒を両手でこう持って下さい」
茂助さんは棒の両端を両手でぎゅっと握っていた。
「それで、火の属性を調べたければ熱くなれと念じ、氷の属性を調べたければ冷たくなれと念じ、熱くなったり冷たくなれば、仙力があるということです」
……なんだ、それ。
思っていたのより、なんていうか原始的っぽい。
「……雷属性なら、どう念じるわけですか」
「光れって念じて光れば、雷属性を持っていることになりますな」
「……それって光属性なのでは?」
「光属性というのは聞いたことがありません。もっとも、それがしは仙術にそれほど詳しいわけではありませぬが」
「なら、仙術を使えるお二人に話を聞くのがよさそうですね」
「話を聞いても、何もわからないかと思います」
「……どういうことでしょう」
「二人とも、手に触れたものを多少冷やせるだけですので」
……ちょっと待ってくれ。
氷属性の仙術っていうからには、ブリザードとか出せるんじゃないのか。
仙術風なら、「氷雪の嵐よ、我が敵を討ち滅ぼせ」みたいなさ。
「他には何もできないのですか?」
「できませんな。仙術の使い方をよくわかっておりませぬゆえに。厳密には二人とも、氷属性の仙力を持っているだけというべきでしょうな」
最初からそう言えよ。
俺は強く思った。
でもまぁ、やめておこう。
じいちゃんから、家臣といえど師にふさわしい態度をとれ、って言われてるし。
「その冷やす能力を何かに役立てているのですか?」
「いえ、役に立ちませぬ。夏に冷たい飲み物を提供するくらいですな」
「そうですか」
使いようによっては役立ちそうだな。
アイスクリームが作れるかもしれないし。
ここなら、冬だと作れそうだけど、冬に作っても何の意味もないからな。
「もっとも、一杯冷やすだけでかなり疲れるので、めったにやれぬそうですが」
「……そうですか」
前言撤回。使えねぇ。
アイスクリーム作らせるのに疲労させたら、恨まれそうだし陰口叩かれそうだ。
「今日は以上です。その棒は進呈いたしますのでお試し下さい。人によっては四十、六十になってから、仙力が発現いたします。仙術に興味があるのであれば、根気よく続けて下さい。また、人によっては強く長く念じなければ、仙力は発現しづらいとか。とにかく根気が重要です」
ちょっと待て。
仙力が発現しなければ、何十年も棒を握り続けるのかよ。
千人に一人しかいないんじゃなくて、根気が続かないだけじゃないのか。
「そんな大切な棒をもらってもよろしいので?」
「何も特殊なものではありませぬ。そこらに生えている木を削って白木にしたまで。都にあった学校では違う方法で仙力を調べていたようですな。都の方では多少やり方が異なるかもしれませぬが、五国ではこの白木の棒で調べるのが一般的です」
「……そうですか」
そんなことだと思ったよ。
あまりにも原始的過ぎるぞ、このやり方は。
きっと、こんなド田舎でしか使われてない方法だろう。
「五国では氷属性の仙力を持った者が大半です。寒冷の地であるからだといわれております。ゆえに、火属性の仙力を持つ者は現在おそらく、一人もおりませぬ」
せめて、火属性なら暖めるのに冬でも使えそうだっていうのに。
氷属性なんていらねぇぞ。
脱力感にさいなまれながら、俺は今日の習い事を終えた。
夜になって、俺は自由時間が得られる。
俺は早速白木の棒を使って、仙力チェックを行うつもりだ。
なにしろ暗くても、やれるのがいい。
それと、この世界だと暇つぶしとなる娯楽が極めて少ない。
ネット、漫画、ラノベなど当たり前だが、一切ないのだ。
なので、白木の棒を握って念じ続けるだけっていうつまらない作業も行えた。
集中を妨げる誘惑が全くないのだから。
俺は白木の棒を握って、念じ続ける。
火を、氷を、光を。
でも、さっぱりダメだった。
今日は静かだから、集中できるというのに。
実は、父ちゃんには側室が二人もいる。
週に二日ほどは家を出て、側室の家に泊まっているのだ。
腹違いの弟一人、妹二人がいるって知った時、呆れたやら羨ましいやら、なんともいえない気分になった。
でもまぁ、静かなことなのはいいことだ。
翌日の母ちゃんは少し怖かったりするが……
そういう場合、俺はできる限りいい子でいて、近づかないようにする。
で、仙力だが、発現しなかった。
念じるのに疲れて、俺はいつのまにか寝てしまっていた。
習い事、食事、風呂などを終えて、また夜がやってくる。
今夜もがんばるつもりだ。
チートになりそうなのは、この仙術くらいしかないからな。
俺はチートを持っているはずだ。
根拠のないその自信に支えられて、白木の棒を握り、念じ続ける。
今夜は冷え込みがきつかった。
尋常じゃない。
外はマイナス三十℃くらいじゃないのか。
部屋の中は五℃くらいだろう。
木炭はもう使えないし、寒くて泣けてくる。
布団の中で俺は丸まっていた。
おまけに、隣がまたアンアン言い出した。
さかってんじゃねぇ。
と叫びたい。
俺もさかりたいぞ、この野郎。
壁ドンをがまんして、俺は念じ続ける。
いつしか、氷や光を念じるのはやめていた。
熱くなるよう、それだけを念じ続ける。
それくらい今日は寒かった。
隣からはさらなる嬌声が聞こえてくる。
ふざけんな!
学生時代は一人暮らしだったが、隣からギシアン聞こえてきた事を思い出す。
その時は壁ドンしまくったが、今はできねぇ!
チクショウ!
熱くなれ!
『アン、アーーン!!』
クソッタレ!
俺は童貞のまま死んだんだぞ!!
もっと熱くなれ!
『もう、だめぇ!!』
熱くなれよ!!
どんどん熱くなれよ!!
隣を燃やすほどの熱を出せ!!
両親だなんて知るか!!
人間二十年、下天の内をくらぶればっていうだろうが。
お前ら、もう死んでも悔いはないだろ!!
(ウォォォォッ!!)
血管がぶち切れそうなくらい、俺は力を込める。
「うわっ!!」
俺はびっくりして声を出す。
隣に聞こえたようだ。
静かになった。
なぜ、俺が大声を出したのか。
白木の棒が持ってられないくらい、熱くなったからだ。
俺は寒さに促され、カップルを焼き尽くす炎を燃やして、火属性の仙力を発現させた。