(1) 転生
完結できた時、気が向いたら、読んでみて下さい。
俺が目覚めると、見知らぬ部屋だった。
パソコンや漫画、ラノベ満載の本棚が並んでいる俺の部屋じゃない。
囲炉裏、木製の小机、花がいけられた花瓶。
全体的に古めかしい。
布団がざらざらしている。
いつも使ってる木綿の布団じゃなくて、ウールのような毛織物っぽい。
着ているのも洋服じゃなくて着物だ。
それよりなにより、両手や両足を見ると、子供の身体になっていた。
俺は二十三歳だぞ……
そこで、はっと思い出す。
俺は死んだんだ……
俺は新卒就職に失敗して、実家に戻っていた。
何もしなければ叩き出すと言われ、農作業を手伝ってたんだ。
で、あの日、台風が来て、俺は田んぼ近くにある用水路の堰を開放するよう命令された。
俺は断ったが、鬼のような形相の両親に負けたんだよな……
土砂降りの中、レインコートを着て、自転車で現地に向かう哀れな俺。
実はもうすでに用水路どころか、川すら決壊していた。
俺はもっと哀れになる。
洪水に巻き込まれたんだ。
甘い物が好きだった俺は、まろやかにかろやかでふっくらした身体だった。
決して、デブではない。
そんな俺の身体は少々体重があるというのに、激流は瞬く間に俺を押し流す。
泥水をがぶがぶのみこんだ俺は意識を失った……
おそらく、そこで俺は死んだはずだ。
でも、俺はこうして子供の身体で生きている。
ってことは、もしかして転生か。
何かのチートを持ってて、ハーレム作れたりするのか。
現代知識で内政できたりするのか。
それって、最高じゃねぇか。
転生物のラノベは俺の大好物だ。
まさか、実体験できるなんてな。
前世に全く未練はない。
あのまま生きてても、ろくな人生じゃなかっただろうしな。
両親は……
うん、俺を死地に追いやったのはあいつらだ。
全然気にしなくていい。
せっかくの転生だ。
やってやろうじゃないか。
この人生では成功してみせるぞ。
そんな意気込んでいた俺に、部屋に入ってきた女性から声がかけられる。
「太郎、朝ごはんよ」
その声を聞いた途端、こちらの世界での記憶が流れ込む。
記憶の奔流に圧倒される俺。
「どうしたの、太郎?」
「今、行きます。母上」
「早くしなさいね」
「はい」
この世界で見聞きしてきたことを、俺は思い出した。
この女の人は俺の母ちゃんで於藤。
目がくりっとした美人だと思う。
俺が五歳で母ちゃんが二十五歳。
二十歳で俺を産んでくれたんだなぁ。
家族が待っているだろうから、俺は感慨にふけるのをやめ、居間へ向かう。
居間に入ると、四人が座布団に座っていた。
全員、黒髪黒目だ。
皆の前には朝食の膳が置かれている。
俺は空いている座布団に座った。
「遅かったな、太郎」
「申し訳ありません、父上」
俺に声をかけたのは俺の父ちゃんだ。
武連火大介、二十五歳。
がっしりした体つきで顔は……ごく普通だろう。
鏡がないので俺は自分の顔を確かめてないが、母ちゃん似であることを祈る。
名字が武連火で、変わってると思った。
なので、俺のフルネームは武連火太郎となる。
小さいのでここには来ていないが、俺には弟が二人いる。
三歳の次郎に、一歳の三郎だ。
……このネーミングは手抜きとしか思えん。
「では、朝食を食べるとしよう。いただきます」
「いただきます」
威厳のある声に皆が唱和する。
声の主は、俺の父ちゃんの父ちゃん、つまりじいちゃんで武連火家の当主だ。
武連火権蔵、四十九歳。
威厳に満ち溢れ、眼光鋭く、苦みばしったいい男だ。
……父ちゃんは本当に実子なんだろうな。
ばあちゃんはもう亡くなってるらしい。
俺が子供っぽくない言葉遣いなのは、この人のせいだった。
武連火家は武連火村の領主で土豪、豪族だ。
じいちゃんの嫡男の嫡男である俺は、死ななければ武連火家当主となる。
なので、しつけがとても厳しかった。
言葉遣いも矯正されたのだ。
残り二人は、父ちゃんの弟で宗次郎叔父さんと奥さんの千代菊さんだ。
叔父さんは父ちゃんと似たり寄ったりの容姿だった。
千代菊さんはけっこう美人だけど、母ちゃんのが美人だな、うんうん。
俺達は静かに朝食をとる。
一汁一菜って奴だ。
麦混じりの玄米、薄あげが入った味噌汁、鹿肉の煮付け、大根の漬物。
そんな献立の食事を静かに食べる。
どれもけっこうおいしかった。
白米の方がいいけど、栄養バランスも重要だしな。
この世界だとサプリメントをのむわけにもいかないし。
あえて、足りないものをあげるなら、食後のデザートだ。
アイスクリームが欲しいが、この世界にきたらもう食べられないだろうな……
皆が食事を終え、「ごちそうさま」と唱和し、解散となる。
俺はこれから習い事だ。
習字、算術、剣術。
少し難しい字があるけど、この世界の文字が漢字でよかった。
ひらがなにカタカナもあり、数字は漢数字。
異世界特有の文字とかだったら、覚えるのに死ねる。
きわめつけに、言葉は日本語だった。
これだけ似通ってても、この世界は昔の日本じゃないんだよな。
ここは上毛国だそうだけど、昔の日本にそんな国はなかった。
上野なら、あったけど。
約百年前に都の大君が力を失い、今は戦乱に明け暮れているそうだ。
天皇って言葉も、征夷大将軍って言葉も、ここでは聞いたことがない。
ここは昔の日本によく似た異世界。
それでいいだろう。
考えてもわからないしな。
そんな事よりも、当主候補ともなると、遊べないのが少しつらいかも……
習字が終わって、ようやく俺に自由な時間ができる。
せっかくだから、村の中を見て回りたいと思い、母ちゃんに申し出る。
すると、護衛として若侍を一人つけられ、外出が認められた。
門を出て、まずは武連火家の屋敷を外から見る。
立派な屋敷だった。
漆喰の白い壁、瓦葺、広大な間取り。
領主が住むにふさわしいだろう。
軽く見終えると、俺は星濡川目指して、歩き始める。
舗装されてない土の道だ。
現代知識を使って金が稼げるようになったら、その金を使って石か何かで舗装したいな。
アスファルトより歩きづらいし、雨になったらたまらない。
領主屋敷の近くにある家はどれもそこそこ立派だった。
恐らく、重臣や金持ちが住んでる家だろうな。
歩き続けると、みすぼらしい家が増えてくる。
木材と萱で作られてるのかな。
わからなければ、聞いてみよう。
「あの家は木と萱で出来ているのか?」
「はい、若様」
おお、やはり萱だったか。
推測があたって、俺は満足する。
その隣には屋根しかなく、壁がない家を俺は見つける。
もしかして、あれって竪穴式住居。
あんなのって、石器時代で住むものじゃないのか。
疑問は正しておかないとな。
「あの屋根しかない家は、穴を掘ってその中に住んでいるのか?」
「そうです。もうすぐ冬になりますが、木材と萱で出来た家では寒さに耐えられませぬ。ゆえに、冬になると、穴の家に移り住むのです。土の中だと暖かいですから」
「そうか。ずっと、その中には住んでないのだな?」
「はい。あの中は暮らしづらいゆえに、暖かくなると木材づくりの家に移ります」
「よくわかった。ありがとう」
「いえ、若様」
そんなに寒くなるのか。
若侍の話を聞いて、俺はぞっとする。
寒いのは苦手だ。
さらに歩き続けると、稲刈りを終えた田んぼが見えてきた。
ところどころ、畑もあるようだ。
野菜でも栽培してるのだろう。
何人かの村人が作業しており、こちらを見て頭を下げる。
せっかくだ。話を聞いてみるか。
俺は村人に近づいていく。
「少しいいか」
「はい、若様」
村人は平伏していた。
中身が現代人の俺は違和感を感じるが、この世界ではこうなんだろう。
郷に入れば郷に従えっていうし、このままいこう。
「作付けはどうであった?」
「まずまずでございました。夏の日照りが足りて、ほっとしました」
「それはよかった。腹いっぱい食べられそうだな」
「お陰さまでございます」
「日頃は何を食べておる」
「稗、黍、麦、山芋などを食べております」
「米はなかなか食べられぬか?」
「祭りの日など、年に数回食べるのがやっとです」
「……すまぬことを聞いたな」
「いえ、とんでもございませぬ」
この世界でも農民だと米はなかなか食べられないのか。
俺はいまや、領主候補なんだ。
領民を少しでも豊かにしてやりたいな。
「そなたらが米を毎日食べられるよう、我らは励むとしよう」
「あ、ありがとうございます」
農民は頭を深く下げる。
「いや、領主の家に生まれた者として当然心がけるべきことだ」
「若様は幼少にして、そのようなお気持ちを持たれているとは、おみそれしましたぞ」
供の若侍が少し興奮したように語りかけてきた。
「大したことではないさ」
実際、大したことではない。
稗や黍なんて、俺からしたら鳥の餌だからな。
旨い物を食べさせてやりたいじゃないか。
それにしても、俺は領主の家に転生できてよかったな。
深く強くそう思う。
稗や黍がのどを通るか、かなり疑問だ。
よく考えたら、チートを持ってるかどうかわからないんだよな。
でも、領主の家に生まれただけで十分チートか。
前世の生まれは貧乏農家だったし。
いや、身体をよく調べたら、チートを持っているはずだ。
根拠もなく、俺はそう感じる。
そう思いたいだけかもしれないが、きっとあるはずだ。
俺は話を終え、再び歩き始めた。
なんだか、いい香りがする。
森の木々が発する香りだろうか。
前世の日本では、なかなか味わえないだろう。
のどかな田園風景が俺の心を安らがせる。
村人達の顔も疲弊しきった感じではない。
笑顔もちらほら見える。
じいちゃんの統治は悪くないんだろう。
「いい村だな」
ふとつぶやいたら、若侍から返事が返ってきた。
「はい、武連火村はいいところです」
「そうだな」
木々がところどころ紅葉し、絵心があれば題材にしてみたくなるほどの景色だ。
前世では〇.一しかなかった視力だが、今は一.二はありそうだ。
俺はそれがとてもうれしい。
美しい風景を仔細に見ることができるのだから。
俺は川へ向かって、歩み続けた。