開かずの森・4
「いったいどうしたんだ」
次の日の夕方になっても滋は戻っては来なかった。万一のことを考え買っておいた缶詰を口にしながら光則は言った。
「さあ……」
昭弘はうつろな声を出した。昨日、あの後3人によって昭弘の金を捜してみたが、結局見つけることは出来なかった。滋が本当にどこかに隠したのか、あるいは滋ではないのかそれは今でもわからない。それでも昭弘は滋が寝袋にしまっておいた金を取り出し、自分の分だと主張した。光則も啓介も止める気にはならなかった。昭弘が金を失ったのは事実のように思えたし、滋が戻ってこなければ真偽ははっきりしないからだ。
「まさか町に降りられたんだろうか」
「まさか!」
昭弘が強い口調で否定した。「俺たちだって昨日もやってみたけどだめだったじゃないか」
車で降りることは先日と同じで駄目だったし、歩いて森を抜けようとも試みたが、それでもどうやってもこの山小屋へたどり着いてしまう。
「この食料がなくなったら……」
光則がふと口にした一言が3人の不安を呼び、再び暗い雰囲気に包まれた。
「水を汲んでくる」
沈黙に耐えかねたように昭弘がヤカンを持って小屋を出て行った。小屋の脇には小さな井戸があって水には不自由しない。
光則は黙って昭弘を見送った。
(滋はどこに行ったんだろう)
無理だろうと思ってみても、滋が町へ降りることが出来たのではないかという気持ちが残っていた。
(金……?)
滋は金を残していった。
まさか精霊は4人の悪事を見抜き、罰を与えたんだろうか。そして、金を持たずに逃げた滋だけが山を降りることが出来たのではないだろうか。
そんな考えが一瞬頭をかすめた。
(馬鹿馬鹿しい。それじゃまるで童話の世界じゃないか)
あまりの馬鹿馬鹿しさにおかしさがこみ上げた。
「ギャァァァァァァ!」
悲鳴が小屋の外から響いてきた。
(昭弘?)
光則も啓介も弾かれたように、小屋から飛び出した。
「昭弘! どうしたんだ?」
二人は井戸の脇に倒れ、震えている昭弘に近づいた。
昭弘はなおも悲鳴に似た声をわめき続けた。何か一点を見つめている。
光則も昭弘の視線を追った。そして、光則もまたハッと息を飲んだ。
小屋の脇に立った杉の大木の遥か上のほうに人の姿が見える。それはまるで木に食われたように上半身だけが幹から突き出し、下半身がなくなっている。
「し……滋?」
滋の体から流れた血が幹を伝って落ちている。
「どうなってるんだ? 昭弘、なんで滋がこんなところに……」
「知るか! 俺は知らない!」
「だが、最後に追って行ったのはおまえだろう!」
「俺が殺したとでも言うのか!」
恐怖心が怒りを誘う。
「誰がそんなこと言った!」
「やめろよ!」
いつもは黙っている啓介が二人の間に割って入った。「今そんな言い合いしてても始まらないだろう」
「だが――」
「おそらく昭弘だってなぜ滋がこんなことになったかわかるはずがないだろう。それよりもこれからどうするべきか考えるほうが先だろう」
相変わらず冷静な口ぶりに光則は怒りを忘れた。
「そ……そうだな。確かにこんなことやっててもしょうがない」
滋の死体を見上げながら光則は答えた。
「……木を切り倒そう」
突然、そう言って昭弘が立ち上がった。
「木を切る?」
「ああ、こいつは間違いなく滋の体を食ってるんだ。こんな木をこのまま残しておけるか!」
小屋の脇に立てかけてある斧を手にして昭弘は木の根元に立った。
「よせ!」
啓介が慌てて止めにはいる。
「止めるな!」
「馬鹿馬鹿しい! やめろ!」
「馬鹿馬鹿しい? なんでこれが馬鹿ばかしいんだ? 見ろよ。おまえにだって見えるだろう」
「ああ、俺にだって見えてる。けど、この木を切ったって何の解決になる?」
「解決だと? じゃあおまえはこの木に食われても平気なのか?」
「そんなこと言ってるんじゃないだろう。とにかくもう遅い。今日はこのまま小屋に戻ろう」
「啓介の言う通りだ。木を切るとしても明日になってからのほうがいい」
光則も啓介に賛同した。切ってしまいたいという気持ちは当然あったが、今すぐ切ろうという気持ちにはなれなかった。
昭弘はしぶしぶ承知し、おとなしく小屋に戻った。ざわざわと揺らぐ木々の影がやけに不気味に思えた。




