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開かずの森・2

 翌朝、4人は日の出とともに目覚めた。光則も昨夜のことはすでに忘れていた。

「さあ、今日でお別れだ。俺は車を返しに行くが、おまえらはどうする? どこまでか一緒に連れてってやるか?」

 滋は陽気に尋ねたが、誰も一緒に行くとは言わなかった。すでに昨夜のうちに金は分けられている。目的を達した今、誰一人として一緒に行動しようとは思っていない。

 いつ誰が捕まるかわからないからだ。

「俺は昼過ぎにここを出て山を越える」

 興奮で眠れなかったのか、ほんの少し血走った眠そうな目をこすりながら昭弘は言った。

「俺は東京に戻るが、それでも麓まで歩いてそれからバスで帰る」

 啓介の言葉に3人は振り返った。

「東京に戻る? 大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。むしろ事件直後にはいつもと違う行動を取らないほうがいい。俺は東京に戻っていつも通りの生活を続ける。光則、おまえはどうするんだ?」

「俺は明日までここにいる」

「明日?」

「東京はしばらく離れるつもりだが、それでもすぐに動きたくはない」

「それも手かもしれないな」

「そうかい、それじゃ俺はもう行くぜ。もう2度と会うことはねえだろう」

 滋は軽い足取りで山小屋を出た。すぐにスカイラインのエンジン音が山に響き、走り去って行くのが感じられた。

「二人とも頭悪いんじゃねえか。あいつが捕まりゃすぐに吐いちまうぞ。そしたら、東京もここも警察に囲まれる」

 昭弘は呆れたような声で言った。昭弘が滋を嫌っていることは光則も知っていた。

「そうなったら逃げても同じだろう」

「ふん、そうかもな。だとしたらここでバラしちまったほうが良かったかもな」

 昭弘の言葉に光則も啓介もハッとして昭弘の顔を見た。

「おいおい、そんな心配そうな顔で見るなよ。おまえらをバラすつもりなんかねえよ」

「当たり前だ」

 ほんの少しむっとした口調で光則はつぶやき、再び寝袋のなかに潜り込んだ。

 その時、再び車のエンジン音が大きくなってくるのが聞こえてきた。

「なんだ?」

 3人とも耳をそばだてる。

(滋か?)

 だが、音は麓の方角からではなくまるで逆方向から聞こえてくるようだ。エンジン音はやがて山小屋の前で止まった。

 3人は寝袋から飛び出し、壁に隠れるようにして窓から外を覗いた。

 滋だった。

「おい、どうしたんだ?」

 3人はドアを開けて外へ出た。だが、もっと奇妙な顔をしていたのは滋自身だった。

「おい、光則。おまえ昨夜どうやってここまで来た?」

「何だって?」

「どうやってここへ来たんだ?」

 滋はなおも真剣な顔で訊いた。

「まさか道がわからなくなったんじゃないだろうな。町からここまでは一本道で脇道なんか一本もなかったぜ」

「そうだ……そうだったよな」

「どうしたんだ?」

「……」

 滋は答えようもとせずすぐに車に飛び乗った。再びエンジン音が山一杯に響き、すぐに滋を乗せたスカイラインは木々の陰に見えなくなった。

「なんだあいつ……」

 昭弘は呆れたようにつぶやいた。だが、その顔は笑っていない。滋の奇妙な行動が3人を不安にさせていた。

 3人はそのままじっと山小屋の前に立ち、車の走り去ったほうを見つめていた。

 風が静かに木々の葉を揺らす音だけが聞こえている。

 しかし、やがて車のエンジン音がその静寂を破った。しかもそれは走り去った方向ではなかった。

 すぐにスカイラインの黒いボディが逆方向から姿を見せた。

「おまえ、何してやがる!」

 滋が車を止め、出てきた瞬間昭弘は滋を捕まえて怒鳴った。

「……わからない」

「何?」

「俺はただ真っ直ぐに走っただけだ。それなのに……それなのに……ここに戻ってきちまうんだ!」

 不安な滋の声。それは得体の知れない恐怖として他の3人にも襲いかかった。滋に冗談を言っている様子はなかった。

「どけ! 俺が行ってやる!」

 滋を放り投げるようにして、昭弘が車に乗りこむ。そして、町へ向かって車を走らせた。しかし、結果は同じだった。

 それから3度、同じことが繰り返された。

「どうなってやがる!」

 昭弘は怒鳴り散らしながら車を蹴った。

「……そういやあ――」

 啓介がぽつりとつぶやいた。

「何か言ったか?」

「この前、この山小屋を見によったことなんだが……」

「何かあったのか?」

「一人の爺さんがいたんだ。そして、『暗闇に虹が見える時にはここにきちゃあいけない。来るとこの山に住む精霊を呼びさますことになる』って言ってたんだ。俺は昨夜ここに来る途中虹を見たような気がする」

「馬鹿な……そんな馬鹿な話があってたまるか!」

 啓介の話に昭弘は怒鳴った。光則も滋も同じ気持ちだった。だが、この山から出られなくなったことも事実だった。

 陽が落ちるまで、4人は代わる代わる時には4人全員で山を降りようと試みた。しかし、全ては失敗に終わった。


 ランプに照らされた4人の顔は昨夜とはうってかわって疲れ果てていた。

 昭弘はいらだち、滋はすっかり気落ちし、啓介は黙ったまま口を開こうとしない。光則もまた、暗い気持ちは同様だった。

 ラジオではいぜんとして光則たち4人を捜しているニュースが続いている。相変わらず警察は逆方向を捜してはいるようだったが、今はそんなことは何の救いにもならない。

「明日、もう一度やってみよう」

 暗い沈黙のなか、3人を励ますように光則は言った。それは自分自信を励ます意味もあった。だが、3人はちらりと光則を見ただけで表情は相変わらず暗かった。

「明日になったからどうなるって言うんだ。ここから逃げられるとでも言うのか?」

「わからない。だが、ここでじっとしているわけにはいかないだろう」

「もう……だめだ」

 滋が頭を抱えた。「計画はもう狂っちまったんだ」

「馬鹿言うな。警察はまだ俺たちのことなどわかっちゃいない。まだ逆方向を捜しているじゃないか」

「マスコミの言うことなんかアテになるもんか。警察とぐるになってるだけで、とっくに俺たちのことだってばれてるかもしれないじゃないか」

「そんなことあるもんか」

「どっちにしてもここから出られなきゃどうにもならないさ。死ぬまでここから出られなきゃ捕まらなくても意味なんかない。俺たちはここに住む精霊に捕まったんだ」

「馬鹿なこと言うな。精霊なんているわけがないだろう!」

 突然、昭弘が怒鳴った。「そんなもの信じてたまるか! せっかく金を手に入れたっていうのに、こんなところでむざむざ朽ち果てるもんか。道が駄目なら森のなかを歩いてでも俺は逃げ出してやる。俺は誰にも捕まらないぞ。誰にもな!」

「だが――」

「やかましい!」

 なおも言い返そうとする滋に昭弘は突然拳銃を向けた。その目にいら立ちが見える。

「昭弘!」

 3人がさっと昭弘に対するように向かい合う。拳銃を抜く暇はなかった。今、拳銃に手をかければ昭弘は容赦なく撃つことだろう。

「やめろ昭弘!」

「うるせえ! さっきからつまらねえこと喋りやがって! 精霊だと? 精霊でも警察でもとっ捕まるんならてめえ一人で捕まりやがれ!」

「やめろ! 仲間同士でやりあって何の得になるっていうんだ!」

 光則は慌てて止めに入った。啓介は相変わらず冷静な目でじっと見ている。

「仲間? ふん、どうせにわか仲間じゃないか。それにそいつは足手まといだ」

「足手まといだと?」

 さっきまでびくついていた滋も昭弘の言葉にさすがに怒りの表情に変る。

「ああ、足手まといだ。この4人のなかで警察に捕まるやつがいるとすればおまえだろうな」

「そいつはどうかな。少なくとも俺はおまえほどは欲深くないぜ。その程度の金、おまえならすぐに使っちまってすぐに犯罪に走って捕まっちまうんじゃねえのか。その時に俺たちを売らないって保証がどこにあるんだ」

「何だと!」

「止せ! 今、ここでやりあったってどうなるわけでもないだろう! とにかく明日、もう1度やってみよう!」

 光則が間に入り、昭弘もいまいましそうに拳銃をしまった。滋ももう何も言おうとはせず寝袋に潜り込んだ。

(明日……)

 明日になれば、とは言ったものの光則も自分の言葉に自信を持つことは出来なかった。窓から見える暗闇がいつもよりもずっと暗く見えていた。


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