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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

貴の一族

理想的な悪魔

作者: 工藤るう子








「第三の願いは叶えた」


 傲然と男が言い放つ。人間にはありえない、ねっとりとした金色の眸が、オレを見据えて、離れない。


 次は、私の願いをかなえてもらう番だな。


 太い笑いが、オレに現実を思い出させる。




 一晩かけたはずの決意は、脆くも崩れかけていた。




 なんで―――――




 背中を流れ落ちるのは、冷たい汗だ。




 なんで、こんなヤツと知り合っちまったんだろう。




 男が、一歩近づいてくる。


 ヤツのまとう雰囲気に気圧されるようにして、オレは、背中に部屋の壁を感じていた。


 この男が何者か――――など、どうだっていい。


 もし仮に、こいつが他人にとって、天使だろうと神だろうと、オレにとって、は、悪魔だ。


 ずっと、そう思っていた。


 これからも、変わらないと思う。


「ま、まだ、叶ったかどうか、わからない」


 頬に伸びてきた手を、払いのける。


 男の片頬が、引き攣れるようにして、笑いを描いた。


「悪あがきだな」


 そんなこと、わかってる。


「助けて――と、おまえが言った」


 そう。


 これまで、そのひとことが、叶えられなかったことは、ない。


 でも、叶えてくれたのもこいつだけど、すべての元凶もまた、こいつなんだ。


 オレは、イヤだと、首を振った。


「忘れたとは、言わせない」


 男が、耳もとでささやく。


「言ったところで、無駄だがな」


 オレを凝視する男の瞳に、ゾッとするほどの欲望を見た――と、思った。


 視線を逸らせば終わりだと、本能が、告げる。


 けど、オレには、オレを欲望の対象にしている目を見返しつづけることが、できなかった。


 顔を背けたオレの頬をつつみこむように向き直らさせて、ヤツは、貪るようにくちづけてきた。


 イヤだ。


 抗うオレを壁に縫いとめて、ヤツはオレの息すら奪うかのよう激しくちづける。


 ヤツの熱が、鼓動が、滾るような情欲が、オレを、どことも知れない深い穴へと突き落とす。


 不意にくちづけから解放された。苦しさに朦朧となっている視線の先で、ヤツは、堪能するような眸でオレを見下ろして、


「辛抱強く待ったとは思わないか」


 そう言った。


 そうして、再び、噛みつくように、くちびるをおとしてきた。


 イヤだ。


 どうして、出会ったのか。


 オレは、酸欠でかすみかけた意識で、そう思っていた。






 とんだ、三つの願い――――だ。


 童話と違うのは、ひとつ叶うごとに代償を求められるという点だった。




 一つ目の願いで、キスを。




 二つ目の願いで、それ以上を。




 三つ目の願いで、オレはあいつのものに。




 無茶苦茶だ。


 冗談じゃない。


 そう思った。思いはしたさ。けど、あの時、オレは、切羽詰ってたんだ。


 怖かったんだ。


 雑踏を歩いていてひとにぶつかるなんてよくあることだろう。


 たいてい、謝ればそれまでだ。


 なのに、よりによって、相手が、鬼なんて、ベタな小説だってもう少し手が込んだ設定にするはずだ。


 治療代をふんだくられるか、殴られる。もしかしたら、両方か。それとも、最悪の場合は、喰われてしまうかもしれない。でも、話に聞いた限りでは、鬼が喰らうのは、好


きな相手という話だから、多分、大丈夫だと思いたい。鬼にとって、喰らうという行為は、愛情表現の最上級なんだそうだ。だから、滅多なことでは犠牲者は現われない――


――って話なんだけどさ。


 絡まれて、オレは、震えていた。


 誰も足を止めやしない。関わりたくないのは、よくわかる。だって、オレだってそうするだろうから。


 オレは、オレの身に降ってきた災難が、早く通り過ぎることを願って、覚悟を決めた。


 そうするよりなかったから。


 怖くてたまらなかったから、目を閉じて、震えていた。


 だから、


「助けて欲しいか?」


 突然の思いもよらないことばに、オレは、声の主を確認もしないで、うなづいていた。


 いったい誰だ―――と、縋るように見上げた先には、言葉の主が、端然と立っている。


 オレは、状況も何もかも忘れて、ただ、その、高そうなスーツを着こなした四十くらいの渋い男を、凝視していた。


 貴――だと、直感したんだ。




 世界には、貴、鬼、奇――の異種が、存在する。人間の隣人として、普通にまじって暮らしている。もっとも、そうなったのは、ここ数十年くらいのことだそうだ。ある時


突然現われて、あれよあれよという間に、いて普通の存在になった。けど、貴なんて、異種のなかでも特別な存在は、たまにテレビのニュースで見る以外には、滅多におがむ


ことはできないんだ。オレだって、普通に十七年生きてきて、直に見るのは初めてだった。




 男はオレを見下ろしたままで、


「なら、取引をしよう」


と、時と場合を考えない提案をしてきたのだ。




 ―――――そうして、オレは、一つ目の代償を支払ったのだった。




 平凡な高二の男が、鬼と鉢合わせする確率がどれくらいか、オレは知らない。絡んできた鬼とは比べ物にならないくらいの貴に助けられるとなると、ほんと、滅茶苦茶低い


確率になるはずだ。


 その上、取引に、三つの願いモドキを提案されるだなど、童話の荒唐無稽さすらぶっ飛ばすものに違いない。


 いったい、オレがなにをしたって言うんだろう。


 オレがヤツに嵌められた可能性に気付いたのは、オレがヤツから逃げられないと、思い知らされた後だった。


 そう。


 二つ目の代償を支払わされた後だったんだ。


 どこで、ヤツがオレを見たのか。そうして、いったいなんだってオレを気に入ったのか。そんなことは、知らない。知りたいとも思わない。


 オレにできる抵抗はといえば、せめて、三つ目の願いをしない―――ということだった。


 なのに…………ヤツと知り合ってから、オレの運は傾く一方で、回復の兆しすら見えやしない。


 その上、オレのどうにもならない悪運に、親父とおふくろまで巻き込んじまった日には、最悪すぎる。


 連帯保証人とか何とか。よくある手なんだろう。


 ヤツが裏で糸を引いているに違いないんだ。けど、それがわかっていたからって、目の前の現実は変わらない。


 朱肉の跡が、今更消えるわけじゃない。


 あんなヤツと知り合ったばかりに。


 いや、違う。目をつけられたばかりに―――だ。


 オレが、覚悟を決めるのに、一晩かかった。




 三番目の願いだ。


 代償が何か、嫌というほど理解している。


 ヤツのところに行ったら、帰れるかどうかもわからない。


 それでも。


 それでも―――――――だ。






 最後の抵抗が打ち砕かれる。


「あくまっ」


 どうにかオレは、それだけを、吐き捨てた。


「褒めことばだと受け取っておこう」


 闇に呑み込まれてゆく寸前、オレは、ヤツの嘯くような笑いを聞いたような気がした。





 このところ『呼ぶ声』が滞っているので、お目汚しにアップです。

 少しでも楽しんでくださると嬉しいです。

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