第七話 十三年前からの来訪者
♯ペンシルです。大久保 唯さんに便乗して、超展開第二段にしてみました。後続の方々、どうもすみません。
同時刻。応接室としても使われる、学園理事長室内にて。
そこには入学式にいた、ボディビルダーのような体を持った学園理事長と、長い銀髪の青年が二人。片方は血筋からきた透き通るような色に黒縁のメガネをかけている。もう一人は老化によって見られる白髪に黒いものが少し混じっていて、その長い髪の毛を後ろのほうでまとめていた。
学園理事長が椅子に座って、机の上で手を組んで仏頂面でいるのに対し、青年二人はたったまま、どちらもどこかの店の店員のような、愛想笑いをしている。
「風紀委員長よ。このたび入ってきた新入生徒で、問題のある者がいるようだが?」
学園理事長が口を開き、メガネの青年のほうに顔を向けた。風紀委員長と呼ばれたその男は、感情のともらない冷たい笑みを崩さないままに、口を開く。
「えぇ。私どもで何とかしようと思っている。できなければ、それは我々の、この学園の培ってきたシステムそのものに、終わりが告げられる。それは重々に理解しているつもりだ」
この学園で、学園理事長に近い権限を持つのが生徒会長と、風紀委員長だ。生徒会長はもちろんのこと、学園理事長と風紀委員長も実力を兼ね備えているのが、その理由であった。
しかし、この風紀委員長――名をリャフィアンという――は違う。リャフィアンはMID適正Fでありながらにして、猛者どもをまとめる風紀委員長に成り上がったのだ。
また、件の問題のある生徒とは違い、真実の魔法が使えるわけでもない。
そのカリスマ性と知識のみで最高学年まで上り詰めた元「問題のある生徒」、それがリャフィアンである。
「ふむ…………そうなれば、この学園はついに壊滅。そういうことだな?」
「そう。だから私は、彼を連れてきたのだよ」
リャフィアンに「彼」と呼ばれたもう一人の青年が、やはり笑みを絶やさず、学園理事長に向かって礼をする。しかし、青年の笑みはリャフィアンのものとは違い、おもちゃ屋で玩具を買ってもらった子供のような、楽しみが待ちきれないといった表情をしていた。
「どうも。始めましてになるのだろうね。きっと名前は聞いているのでしょうが、どうです? キミは僕を楽しませてくれるのかな?」
そういって学園理事長をなめるように見回す青年。リャフィアンはそれを気持ち悪そうに眺め、若干笑みを歪める。そうして、再び口を開いた。
「先々代学園理事長の遺産、サヲングォンという名の生徒だよ。MID適正能力は……当時ではAAAまでしかなかったために何とも言えないが、おそらくギオに匹敵する能力だっただろうね。先々代学園理事長との契約で留年し続けた上に、山ごもりをして修行をしていたようだから、今じゃあどうか知らないが」
頭の中に浮かべていたことをすらすらと述べるリャフィアンの横で、サヲングォンは期待に胸を躍らせている。
サヲングォンにとっては当たり前の話でもある。先々代学園理事長との契約の内容は大きく四つあり、その全てがサヲングォンを縛るためのものだったのだ。加えて、今のブロッドサム学園には昔の自分に匹敵する実力者がいて、さらに「真実の魔法」を扱うことのできる新入生もいると聞き、自分の潜在能力をさらに高めることのできるチャンスがそこにあるのだから。
サヲングォンの求める強さを表すことができる。その可能性があることでも、サヲングォンにとってはたまらなく嬉しいことだ。
先々代学園長の治めていたブロッドサム学園を壊滅状態にし、国の機能の一部を停止させたものの、本人は罪を宣告されず、ブロッドサム学園に廃校が言い渡される寸前までに追い込んだ者。それ以後、異例の「欠席番号」を与えられ、契約の一つである「肉体の老化を抑え留年し続け」た者。それがサヲングォンだ。
「それで、その遺産をどう運用するつもりだ?」
「決まっている。この学園の秩序を正すのが我々、風紀委員会の役割なのでね。『欠席番号』一番を取り下げ、最高学年の『出席番号』を彼に与えてもらいにきた」
淡々と目的を告げるリャフィアン。諦めたかのように首を振り、ため息をつく学園理事長を見下ろして、サヲングォンが思うことは、一つ。
早く戦いたい!
わくわくさせる戦場がすぐそこにある。自分が存分に力を振るえる戦場がある。自らの力を高めていたとはいえ、つまらなかった数年間の果てに、「真実の魔法」と「かつての自分に匹敵する力」がある! その二人と、もし、同時に戦えることがあるならば……!
「ダメだ。『欠席番号』一番のみを取り下げればどうなる、確実に暴動が起こるぞ。忘れたのか? 『欠席番号』が今では、十三番まであることを。彼らがいっせいに動き出せば職員だけではない、現一般生徒にまで被害が――」
学園理事長はそこで言葉を止めた。サヲングォンの無言の笑みが襲い掛かる。プレッシャーが学園理事長に重くのしかかり、ずぶずぶと、心が飲まれていく感覚に襲われていく。
山陰千奥義・鬱。サヲングォンが山ごもりをしていたうちに、独自に身に着けていった「真実の魔法」と同質の技。名前は、サヲングォンが名づけ、山陰千奥義という。
リャフィアンの「やめたまえ」という言葉とともに、そのプレッシャーは引いていく。サヲングォンは「失礼」とリャフィアンに軽く謝り、今度は学園理事長に言葉を向ける。
「構いませんよ。彼らごとき、どうせ小さな塵の山だ。僕はねぇ、基本的に一個体と戦いたいのですよ。その意味では、戦えないリャフィアンさんの代わりとして、あなたに期待していたのだけれど、どうにもつまらない。あなたの可愛い生徒たちが僕を裏切らないように願うといい。もし裏切れば、今度こそこの学園を――」
「やめたまえと言ったはずだ、サヲングォン? それ以上の発言は私が許さない。何か文句があれば、何なりと私に言いたまえ。ただ、この学校を守るものとして、それ以上は言わせるわけにはいかない」
「ではどうします? 僕と全面戦争でもしますか? 『欠席番号』生徒は、おそらく零番の彼女以外役に立つとは思えないしねぇ。現生徒会長や、『真実の魔法』の生徒まで何とか仲間にして、僕と戦うかい? それもまた、楽しい戦場になりそうだね」
サヲングォンは本気で言っていない。
(この程度の挑発に乗るような人間ならば、風紀委員長になれるはずがないのだから、この挑発は受け流してくれますよねぇ)
サヲングォンは戦場に生き、戦闘に狂うことが目標だが、その過程をおろそかにするほど愚かではなかった。
「さぁ、しばらく一般生徒を装うためにも、現代式のMIDを頂けますか? 改造は僕が自分でしますので、一番基礎の状態のものをいただけると嬉しいのですが」
「真実の魔法」に近い山陰千奥義を習得しているサヲングォンにとって、MIDは必ずしも必要な道具ではない。ただ、少なくとも現生徒会長のギオはMIDを使っているので、相手と同等の条件で戦うためには必要だと判断したまでである。
「後日、職員に届けさせるから、今日はもう帰りなさい。キミはもう、一般生徒なのだからね」
学園理事長の言葉を受けて、サヲングォンは満足そうにうなずく。それを冷ややかな目で見つめるリャフィアンもまた、うなずいた。
●
シュバルトは笑っていた。自分でも気持ち悪いと思うほどに、笑みをこぼし歩いていた。
シュバルトは「一番」に興味がない。それは真実。今日を生き抜くことに精一杯努めようと決めている彼にとって、夢を追い続け、理想を現実に帰ることを楽しみにしている彼にとって、「一番」に興味があるわけではなかった。
爪を当てられた首筋を指でなぞり、再びにやつく。夜風では興奮を冷ますこともできず、かといって、煽るようなことはない。
これ以上の喜びを、感じられるのはいつだろうか。
「真実の魔法」が突きつけたものは、シュバルトの求めるロマン溢れたものとは違い、冷たい現実だった。しかし、それでもシュバルトにとってはやはり、未知のものなのだ。
街を歩く。歩いて目に付くのは、未知ではない。すでに知られた、シュバルトにとってはつまらない世界だ。
シュバルトが「一番であること」にこだわらないのには、「一番から見下ろす景色」が結局のところ、自分の屠ってきたものでしかなく、それは決して未知の世界を開いてくれるものではないのが大きな原因といえる。また、一番にならなくとも、その景色は見ることができるという現実が哀れで仕方がなかったのだ。
とすれば、今の楽しみは何か。それは自分より下位の存在にありながら自分と別のものを表したリヒャルト。「真実の魔法」を扱うキラ。それについているアヤナぐらいか。
歩き続けているうちに、もともと少ない人通りがさらに少なくなってきた。時計の針がいったいいつを指しているかは知らないが、ここら一帯の地図は頭に入っている。寮まで戻ることは容易だろう。
「真実の魔法」を自分の目で見た。その余韻を失いたくはないが、万が一フリードが起きてシュバルトがいないことに気づかれると、面倒なことになる。
シュバルトが歩を戻そうと振り返る。
「あ」
声が聞こえ、顔を上げる。すると、シュバルトたちの中で唯一の女子である、イティアが立っていた。
「……イティア? 何でこんなところにいるんだよ」
フリードが就寝前、「女子寮って警備厳しいらしいから、忍び込むなら今度一緒に行こうぜ」とバカなことをぬかしていたが、その厳しい警備をかいくぐってまで、なぜイティアがここにいるのか。
「えっと、歩いてたらシュバルト君がいたから、ついていって脅かそうかなー……と思って」
「いや、そういうことを言いたいんじゃないんだけど。何で、寮を抜け出してこんなところにいるんだ?」
「え? だって、シュバルト君も抜け出してるじゃん。あたしも抜け出していいんじゃないの?」
本気で首をかしげるイティア。シュバルトは盛大にため息をつき、おかしな論点を軌道修正させるべく畳み掛ける。
「だってほら、深夜だぞ? 女子が出ていたら危ねぇだろ?」
「うん? シュバルト君だって、格好いいんだから危ないんじゃないの?」
「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてな……」
シュバルトがさらに論点をブレさせてしまう。そうして、周りの通行人から視線を浴びていることに気づくまで話は続き、結局「でも、危ないんだったら、あたし、もうここから動けないじゃん」「だったら俺が送ってってやるから、早く寝ろよ」「うん、わかった」で決着する。
決着するのは良かったのだが。冷静に自分の言ったことを脳で咀嚼する。
思い出されるのはフリードの言葉。「女子寮って警備厳しいから…………」
「………………………………………………………………」
「どうしたの? 行かないの?」
確かに、女子寮は未知だけども。だけれども、踏み越えてはならない一線って、あるはずだ。
シュバルトは戦慄する。「真実の魔法」も怖いけども、それでいて魅力的だった。なのに、女子寮って、魅力的だけども、非常に怖いところだろう。フリードならばきっとそれを承知で飛び込むだろうが。
……やっぱり、イティアは一人で帰させるか? いや、そういうわけにも行くまい。自ら送ろうと言ってしまったのだ。
「ねぇ、行こうよ。ちょっと寒くなってきたよぉ」
置いて行くわけにもいくまい。
恐ろしく重い一歩を踏み出したシュバルトは、ついてくるイティアを見てさらにげんなりとする。
シュバルトの前に立ちはだかる最初の壁は、まさしく、平和そのものだ。
♯ペンシルでお送りしました。次は、ふぇにもーるさんです。