第三話 紅一点
三番手柚乃 詩音、いざ出陣です。
「お前らに、ロマンはあるのかな?」
バウは意味が分からないというような表情を見せていたが、さっきの犬が彼にとってはとっておきのものだったらしくありがちな捨て台詞を吐いて立ち去ってしまった。
野次馬精神で一連の様子を見ていた人間の中に、シュバルトの言った言葉に胸をときめかせていた少女がいた。
ひょこひょこと跳ねて新入生が騒ぎを起こしているというのを聞きつけて集まっていた人の壁の隙間から必死に様子を見ようとしている。
低い身長、肩にかかって跳ねている色素が極端に薄い髪、同色の瞳は大きく薄い唇には先ほどからこの子に緊張感なんてものは存在しないんじゃないかと思わせられる笑みが浮かんでいる。
群集が少しづつ引いていく中で少女は跳ねるような足取りで騒ぎの元のシュバルトたちのほうに近づいていく。
「ねぇねぇ、君たちも新入生だよね。さっきの台詞、かっこよかったー。なんていうんだろう。きめ台詞? 周りと違うって感じ? うーん、なんか違う。うまく言えなんだけど、なんかすっごく“おぉ!”って思ったの」
まくし立てるように次々と言葉が紡がれていく。一同その勢いに唖然としていたが、それにやっと割って入る形でフリードが声をかけた。
「ちょっと待って。いろいろ一気に話し過ぎ。まず君誰? そこから」
「え、あれれ。あたし自己紹介していなかった? ごめんごめん。あたしはイティア。君たちとおんなじ新入生で、MID適正Cランク。好きな食べ物はミルクレープとチーズケーキ。レアチーズじゃなくてベイクドのほう。嫌いなものは辛いものね。よろしくね」
何故か食べ物の好みも一緒につけて名乗り、花が咲くような笑顔――といってもずっとその表情なのだが――で三人の顔を順に見る。フリード以上の低身長とこの笑顔でどうもリヒャルトとは別の意味で同学年とは思えない。
「えっと、僕は「知ってるよ」え?」
「リヒャルト君だよね。あと、シュバルト君とフリード君」
「なんで知ってるんだ?」
するとイティアは右手の人差し指を立てて口元に添える。
「秘密だよっ。まぁ、おいおい分かるかもね」
意味ありげな発言に首をかしげる三人だったが考える暇もなしにイティアの質問攻めにあうこととなった。
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翌日は、朝から新入生たちは落ち着きが無い騒がしさだった。仕方が無い。今日からMIDの扱いを学ぶことが出来るのだ。
この学園はMIDを適用しているため他の国々からの注目もいい意味でも悪い意味でも大きいため生徒数は一般的な学校とは比べ物にならないほどに多い。おのずと学園も大きくなり、生徒が多いということはその中にいる優秀なものもそれなりの数が出るといういい循環が成り立っていた。
生徒数に比例してもちろん一学年でのクラス数も多いのだが、何の因果かシュバルト、フリード、リヒャルト、加えてイティアまでもが同じクラスで生活を共にすることとなった。
「ここまでそろうと偶然も偶然じゃない気がしてくるから不思議だな」
「なーに意味わかんない事言ってるんだよ。偶然には変わりないじゃん」
授業が始まる前の10分程度の時間、三人は窓際で話をしていた。
イティアは他の生徒たちのところであいも変わらないテンションで騒いでいる。
「いいじゃないですか。せっかくの縁ですし、純粋に喜びましょう」
授業開始の予鈴がなり生徒たちは各々席に着き始めてた。
ちなみに席は特に決まっておらず、各自好きなように座る形になっている。三人は真ん中よりも少し後ろの席の窓側の端にシュバルト、フリード、リヒャルトの順で腰を下ろした。
そこにさっきまでは教室の真逆の端にいたイティアがやってきた。
「リヒャルト君、隣いいかな?」
やはり相変わらず表情は緊張感無く緩んでいる。
「どうぞ」
「えへへ、皆同じクラスなんて凄いよねー」
「さっきのやつらと一緒に座ればいいだろ」
シュバルトはすでに前方を見て無視を決め込んでいる。イティアと一番相性の悪い――たぶんキャラがかぶりすぎてだろう――フリードは不満げに文句を言っている。
「だって、君たちが一番一緒にいて面白そうなんだもの」
褒めているとも貶しているとも付かない言葉を吐いて様子を伺うような表情を一瞬だけ見せた。こどもっぱい笑顔でなく、妙に大人びたすべて見透かしているとでも言うような表情。
それに一人気づいたシュバルトがイティアを一瞥したとき、本鈴がなり、担当の教員が入室した。
教師はまず自己紹介をして簡単なMIDの操作を説明すると、実際にやったほうがわかりやすいからとグラウンドに出で実習をするという形になった。
使う魔法は昨日フリードが失敗した火を出すものだ。起死回生、汚名返上。フリードは人一倍やる気を出してMIDをいじりだした。
「えーっと、こうやって……ファイア!」
するとポワッと小さな火の玉が出た。
「うわ、規模小さい。これってもしかしてMID適正関係あったりするのか?」
独り言のようにぶつぶつ言っていると脇で通常サイズの火の玉と、それよりも少し大きいものがヒュンと飛ぶ。
「割とうまくいくものですね」
「あぁ」
それを出したのはシュバルトとリヒャルトだった。
「おい、シュバルトはともかくリヒャルトはMID適正俺と同じBだろ。なんで!」
「MID適正もだけど後はセンスだな。イティア見てみろよ」
指差されたほうを見るとイティアが折りたたみ式のMID――形状はMID適性によって違うらしい――に向かって叫んでいた。
「ファイア!!」
しかしプスンと音を立てて煙が出るだけで火は一向に出る気配がない。
「なんでー。ファイア! ファイア、ファイアー」
「確かにあれはねーな。あいつ俺と一個しか違わないCだよな」
「そういうことだ」
淡々と告げるシュバルトの脇で、リヒャルトは苦笑いを浮かべている。
「でもやっぱ納得いかねー。よっし、もう一回――」
フリードがもう一度MIDを顔の前にかざしたとき――
ドゴォォォオオオオオン
グラウンドの隅のほうで轟音が響いた。
次の作者は妄音ルゥさんです。