第三十一話 責任
大変遅くなりました。
すいません、虹鮫連牙です。
ごめんなさい。
※2016/7/7……サブタイトルにエピソード数入れ忘れてました! お騒がせしました!
「ごめんなフリード。学園祭一緒に回ることができなくて」
シュバルトは顔の前で両手を合わせると、目の前で穏やかにほほ笑む親友へ向けて詫びた。
そんなシュバルトに倣うように、リヒャルトも同じく頭を下げる。
「いいって、仕方ねーよ。それよりも、警備部隊って言っても休憩時間くらいはあるだろ? そん時に連絡をくれよな。飯ぐらいは一緒に食べたいじゃん?」
「ああ、必ず!」
「本当にごめんなさい、フリード」
シュバルトとリヒャルトは、改めて頭を下げてから踵を返して歩き出した。
今日から学園祭が始まる。
六学年の学園生活の中において、唯一、入学一年目は学園祭の観客として楽しめる年。次年度からは学園祭を盛り上げる側になるからこそ、何にも縛られないで学園祭を楽しむことができる大事な時期となる。
しかし、一部の生徒においてはその限りではない。そしてその一部の生徒とは、学園祭の警備部隊に抜擢された一年生のこと。
シュバルトとリヒャルトは、なんの因果か警備部隊の部隊長を務めるギオ=ガルシアに見定められ、学園祭開催期間中の警備部隊に任命されてしまった。
そしてその務めは、学園祭初日から課せられていた。
「学園祭って言ったら学生こそが一番楽しまないでどうするんだよなー。何が悲しくてこんな役回りなんだか」
シュバルトの口からこぼれる愚痴を聞き、リヒャルトは苦笑とともに彼を宥めた。
「仕方がないですよ、選ばれちゃったんだし。警備部隊員は、飲食の屋台を含めて学園中の出し物が全て無料で利用できるって特典があるじゃないですか」
リヒャルトが左腕に巻いた腕章を指さして言う。研磨された鉱石とシルバー細工が施された金環の腕章は、警備部隊員に着用が義務付けられている身分証であると同時に、学園祭の出し物を全て無料で利用可能とするチケットでもある。
シュバルトは「そうだけどさー」と唇を尖らせながら、携帯電話型MIDを取り出した。
画面を開き、ある一つのアプリケーションを起動する。すると、MIDの画面には学園のマップが表示された。
マップには、いくつかの白い点が映っていた。
マップに映る白い点は、この学園の外より来訪している者たちの位置を示しており、今はシュバルトが見渡す景色の中でまばらに姿を見せる人物達のことを知らせていた。
「こんなのを監視するだけの任務、別に遊びながらでもよくないか?」
「え、いくら監視だけでいいと言っても、問題行動などを発見したらその場での判断が必要ではないですか?」
「んー、やっぱりそうなのか? でも、アベル先輩は監視だけでいいと言ってたぞ?」
「見てるだけってやつですか。んー、気になりますね」
学園祭のスケジュールとして、初日の午前中は全校生徒が集会ホールに集まり、オープニングセレモニーが行われている。
したがって学園内にはまだ生徒達の姿はなく、外部からの来客もわずかだった。
学園祭が盛り上がりを見せるのは初日の午後からで、セレモニー期間中は学園祭開催期間の中で最も暇な時間帯となる。
「しかし、まさかオープニングセレモニーさえも出してもらえないとは思わなかったな」
「こんな時間帯に監視をする意味ってなんなんでしょうかね?」
げんなりとした表情で校舎内を徘徊するシュバルトとリヒャルトは、階段を上がって四年生の教室があるフロアにやってきた。
廊下に面してずらりと並ぶ教室は、それぞれのクラスが催す出し物の舞台として飾り付けられており、いつもの見知った長い廊下という景色を一変させていた。一つとして同じ教室がないこの光景は、まさに祭りならではのものだろう。
監視用アプリの地図を頼りにしたパトロールなので、基本的には白い点がない限り教室の中を覗きこむようなこともしないし、ただ廊下を歩き続けるだけ。いくら各教室が面白そうな飾り付けで並んでいても、今は生徒の姿もなければ喧噪もないので、二人にとっては至極退屈で仕方がなかった。
「おいリヒャルト! この教室はお化け屋敷をやるんだな!」
「この学園で見てきた魔法の数々以上に怖いものなんて、無さそうですけどね…………」
「なんだよこの教室は! 召喚獣を使ったサーカスだとよ!」
「基本的には契約関係にあるはずの召喚獣ですから、彼らにしてみたらバイト感覚で、調教も何もないでしょうけどね…………」
「自主製作映画の上映会かよ! 大ヒットファンタジー小説を自分たちで映像化とかすげーな!」
「でもこの学園の生徒たちこそ、よっぽどファンタジーなんですけどね…………」
シュバルトは、開いた口が塞がらないままリヒャルトを見た。
「…………お前、学園祭おもしろくないだろ」
「い、いや! そんなことは! でもこの学園にいたらそんじょそこらのもんでは驚けないというか!」
リヒャルトの言いたいことはもっともな話である。
ふと、監視用アプリに視線を向けたシュバルトは、自分たちの前方に見える白い点が気になった。
「おい、リヒャルト」
「はい?」
「この点、教室の中にいないか?」
シュバルトのMIDをリヒャルトが覗き込むと、彼も「確かに」と頷いた。
「ここは四年G組の教室ですね」
「白い点って部外者だろ? なんで教室なんかに?」
それ以上の言葉は交わさなくとも、二人の足は自然と早歩きになり、G組の教室へと向かっていった。
辿り着いたそこは、教室入り口の上部に大きな看板を掲げていた。
「ここって…………」
「“自作MID制作講座”? へぇー、面白そうな出し物ですね」
教室の扉は閉じられており、中は明かりもつけられていない様子だ。
しかし、マップには間違いなく教室の中の白い点が映されている。
そして、教室の扉にかけられていたのであろう南京錠が、外れてぶら下がっている。
事態を察したシュバルトは物音を立てないようにゆっくりとした動きで教室の扉に手をかけた。自然と呼吸を殺した瞬間から、緊張感も高まる。
リヒャルトも同じように構え、教室の扉が開かれるのをじっと待った。
そして、わずかに開いた扉の隙間から、二人が片目だけを覗かせる。
教室の中には、中央に作業台が三つ並んでおり、それとは別に教室の周囲をクラス全員の一人用机がずらりと並んでいた。おそらく中央の作業台は講座の受講者用だろう。
では周囲の机は何かというと、その上には様々な形状の機械やアクセサリー、日用品などが並べられていた。
なんとなく分かった。周囲の机は、おそらく完成品や製作過程段階のMIDのサンプル品だ。
MIDは学園生徒達の専用ツールであり、重要機密。故にこの教室の出し物は、学園生徒達向けをメインターゲットとしたもの。部外者にとっては、普段は見られないMIDを見物できる場となるかもしれないが、生徒達の許可なくして見て回ってよいものではない。
そもそも、かけてあったはずの鍵が外されている時点で、部外者には言い訳の余地もないだろう。
突入するか。シュバルトが扉を勢いよく開けようと力んだその時。
「早まらないでくださいねー」
そっと囁く声が聞こえ、シュバルトとリヒャルトは全身を固くした。
驚きのあまり声が出そうになったが、それはなかった。むしろ、声が出せなかった。
「君たちは監視で充分。これより先は僕の仕事です」
息苦しく、汗が噴き出る。しかし、そんな状態でありながらも認識できたことがある。その声には聞き覚えがあるということだ。
「下がってください。僕が行きますので」
彼の言葉通りに、シュバルトとリヒャルトの足が勝手に動いた。
強制後退させられた二人の視界に、声の主の姿が映る。
この人物は、確か。
「二人とも、今動けるようにして差し上げますので、決して物音を立てないように」
そういうと、彼は両手で持つ黒いリモコンのようなものをガチャガチャと操作した。
「毎年学園祭には、あの手の輩が必ず紛れ込んでくるんですよねー。当学園で使われているMIDの秘密を奪おうとするやつが」
その言葉が聞こえた次の瞬間には、体が自由に動かせるようになっていた。小さく喉を鳴らしてみると、確かに声も出せるようになっているのが分かる。
「えっと…………アベル先輩、ですよね」
リヒャルトが小声で聞くと、不敵な笑みを浮かべながら頷いた。
銀色フレームの眼鏡をかけた顔つきは、文句無しの美男子だった。そしてスマートな体で着こなすのは、学園の制服と真っ白な白衣。一見すれば化学教師のようでもある。
「中の者は私に任せてください」
そう言って彼は白衣を翻し、二人に背を向けた。
アベルは、腰まで伸びた後ろ髪を一本で結わえており、それが彼の背中で左右に揺れた。
しかし、その長髪で見え隠れする白衣の背中には、大きな文字で『千露血娘・愛』の文字が書かれていた。
「リヒャルト、あの極東文字読めるか」
「不思議ですね。分からなくないってのがなんとも」
二人は学園祭前の部隊ミーティングで見たアベルの様子と、その隣で迷惑そうにしていたチロチコの姿を思い浮かべた。
二人の白い眼を気にしていないのか、そもそも気が付いていないのか、アベルは得意げな表情で振り向きながら、手元のリモコンを再び動かし始めた。
すると。
「そうだ、こっちに来い! こっちだ! よしいいぞ!」
アベルの声に交じって、教室の中から足跡が聞こえてきた。
そしてどんどんこちらに近づいている。
姿は見えなくとも、その足音は教室の中にいるであろう不審人物のものであることなど、想像に難くはなかった。
しかし、アベルの挙動は一体なんなのか。
「ア、アベル先輩? 一体何を?」
「僕の傀儡を呼び戻しているのです」
「ドローン?」
その時、教室のドアが突然開くと、先ほどまで教室にいたはずの不審人物が教室から出てきた。
足取りこそ普通に歩いて出てきた様子だが、眼は白目を向いて何も見えていないかのようで、半開きの口からもだらしなく涎が垂れていた。
「僕のMIDです! この操縦器を使って、傀儡を意のままに操ることができる」
アベルの言葉を聞いて、シュバルトとリヒャルトは先ほどの自分たちを襲った不自然な硬直の謎が解けた。
「君たちは監視をしてくれるだけでいい。その腕輪をつけている限り、君たちもドローンとして学園中をくまなくパトロールしてくれるのですからね!」
「な、なんかおっかない魔法だな…………だってこれ、警備部隊のみんながつけてるんだろう?」
「チロチコ先輩や生徒会長も?」
「いや、僕の魔法を知る人達はなぜかみんな、ただの腕章に付け替えてしまうんだよね」
気持ちは分からなくないと思った。
「それにしても、この不審者は一体何者なんですかね?」
「この学園のMIDを狙ってきたんだろうってのは想像つくけど、学園祭開始早々からやってくれるよな」
アベルの魔法に捕らわれたまま動かない不審者を見て、シュバルト達は各々に考えを巡らせていた。
そんな彼らの疑問に答えを出すかのように、アベルは軽い口調であっさりと言い放つ。
「君たちは随分と呑気に考えているんですね…………はっきり言いましょう。この学園は、いついかなる時でも狙われているのですよ。近隣諸国の敵対する魔法研究機関はもちろん国際魔法連盟をはじめとした公的機関ですらこの学園の有する財産ともいえる魔法技術を狙っている」
二人の背筋に冷たい汗が流れた。そして気が付いたのだ。
この学園に在籍する生徒であり、そしてこの警備部隊に入ったことで生まれる責任の重さを。
「毎年そうです。普段は厳重なセキュリティーに守られている学園も、この学園祭の期間だけは外部の人間を招き入れる時。すなわちセキュリティーシステムが最も弱い時。警備部隊が結成される理由、分かりますね?」
「こいつみたいな侵入者が、学園祭の終わりまでうじゃうじゃ出てくるってことか」
「僕たちが思っている以上に、敵は多いってことなんですね」
「その通りです。そもそも学園祭の一年生に催し物を出させない理由もそこにあります。要するに入学間もない新入生は部外者も同然。スタッフとして学園行事の裏方をさせるわけにはいかないからです。当然、警備部隊に選ばれた一年生とて疑念の対象であることには変わりありません。くれぐれも気を付けてくださいね」
そう言ったアベルの目は、どことなく冷たいものだった。
ならば生徒会長がシュバルト達を選んだ理由はなんなのか。信用がされていないのだとしたら、なぜ警備部隊に引き込んだのか。
小さな疑問は、わずかな不安と憤りを二人に抱かせた。
「…………アベル先輩、その侵入者はどうするんですか?」
生まれたばかりの感情を誤魔化すように、シュバルトは尋ねた。
「こういう輩は毎年現れますので、捕まえたら毎年のように拘留します。学園祭が終わるまでね。二人には拘留所の位置を教えておきましょう。
アベルが手元のプロポをまた操作し始めると、シュバルトとリヒャルト、それに不審者の三名は、自分の意思とは関係なく体が歩き始めてしまい、その場からどんどん離れていった。
「ちょ、ちょっと! 案内してくれるんじゃないのかよ!?」
「大丈夫ですよ、無事連れて行ってあげますから。道順、覚えてくださいね」
アベルの不気味な笑いに見送られながら、三人は校舎の中を歩き続けていった。
次の筆者は中津ロイさんです!
あとがきも書き送れるとは…………私やばいね…………。