第三十話 学園の光と闇
続きです。
木造建築のレストランの中で、さらに太い木で壁を造られた隔絶された部屋。唯一上でゆれている豆電球以外の明かりは一切入ってこない。
真ん中に一つ大きな円の机が置いてあり、四人の人間が座っている。隣り合うもの全員を線で繋げると正方形が出来上がる。
一人は壁のように大きな体をちんまりとした椅子に座っている。
その体付きは学園長と同等かそれ以上。生身で体当たりをしあえばトラックさえ吹き飛ばせそうなほど力に満ち溢れている。
右隣の一人は細長い体を丁寧に縮めて椅子に座っている。
組まれた脚をぶらつかせることもなく、組んだ腕はがっちりと胸の前で止まっている。その手の中指には銀色の指輪がはめられいる。
神経質そうに部屋の全体を見渡し、最後に目は対角線上にいる人間を睨んだ。口は開かれない。
また右隣の一人は喪に服したような黒のワンピースを綺麗に整えて椅子に座っている。
病的なまでに白い肌をした脚、浅く座っているためかはみでている太股あたりにはコウモリが際どい辺りまでぶら下がっている。
最後のまた右隣の一人は脚を大きく開き傲岸不遜に椅子に座っている。
イラついた指は机で不協和音を奏でており、学園の皆がいつも見ている表情とは変わって何の表情も読み取れない。
その左手には純白の手袋をしていて、自分を睨む眼を睨み返していた。
無表情のモノ、笑っているモノ、怒っている雰囲気のモノ、イラついているモノ。
その誰もがこの空間を圧迫していた。魔法などを一切使わずに空気を凍らせていた。
「我々がいた頃を思い出す。相も変わらず堂々と不遜に――癇に障る」
壁のような男生徒は左隣に座る純白手袋の男子生徒を睨む。ギオだ。
「まあまあそういうなよ、アイザック。こうでもなきゃ生徒会長なんぞ務まらん」
「踏ん反り返って力を見せびらかせるだけなら馬鹿でもできるものですから」
相当にいらついている声で銀色の指輪をしたリャフィアンがギオを睨む目を離さずに言う。
「陰でこそこそと暗躍するだけなら猿でもできることだがな」
「ほう」
二人の間で火花が散っている。その他のメンバーからはそういう風に見えていた。
「マァマァ、二人ともガキなもんでネ。テメエ様は大人の対応ってモンを願いたいもんですワ」
「貴様も変わらず癇に障る。が、話を進めるには我らがしっかりする他あるまい」
喪に服しているかのような女生徒チロチコとアイザックは、睨みあい続ける二人を無視する。
「しかしこの会合に意味などあるのか? 我々と貴様等は決して相容れないということは知っているであろう」
「その通りだ」
割って入ってきたのはリャフィアンだ。
胸ポケットから例の手紙を取り出し、ギオの前に投げる。
白と黒の竜で封がされた手紙だ。
その表には「風紀委員長へ」という文字と「学園祭警備打ち合わせの件」と書いてある。
つまり学園祭において、二つの学園を守る組織がどのように動くかということを決めるための会議だ。
「この学園を取り仕切る術を一番知っているのは風紀委員だ。本来不必要な警備部隊などと手を組む必要はない」
「ああそうだろうな。だがお前らだけに任せておけば、学園祭としての楽しみが無くなるだろうが。生徒会は生徒のために行動する。そのために警備には遊びをもたせたい」
「き、貴様のそのくだらぬ理念のせいで……! 学園祭における生徒の素行不良が目に余る自体になっているのだぞ!」
「いーじゃねえか! 学園祭なんてそんなもんだろ! ガチガチに固めようとしやがって!」
机から乗り出し今にも掴み合いそうだった二人だったが、目の前をコウモリが通過して出る杭を打たれた。
「警備の打ち合わせをするのは悪くない。我々としてもその方が動きやすい」
「アタクシも同意ですワ」
「貴様もだチロチコ。貴様はそこにいるだけで、周りに悪影響だ」
「それはそこのアイザックにも言えることですワ。悪影響になチマうモンは仕方なし、不平等はヨくないことですワ」
誰も彼もが敵に見えるような会合の中で、誰も相手の意見を受け入れようとはしていない。
「――――意味のない話し合いだが、意味のあるものにしなくてはな」
「最初からそうしろってんだ」
「うるさいぞ、生徒会長。警備の件は例年通りということでいいだろう。それと、今年は一つ懸念材料があるな」
リャフィアンは胸ポケットから紙を取り出し、全員に提示する。
一人の生徒の顔写真付きの書類だ。丁寧に四つ折りにされているのを開いて見せている。
そこにあったのはシュバルトの学生証明書だ。
「アラ? そのツラはさっきソコにいた後輩じゃないデスカ?」
チロチコは人差し指で壁の向こうのシュバルト達をさす。
カタっとギオが座りなおした椅子が音を鳴らす。
「リャフィアン、お前……」
「安心してください。全て知っています、貴様の白竜のことも含めて」
しかし、とリャフィアンは両手を組んでできた輪からギオを睨む。
「学園外の者はあのことを知らないのです」
「その懸念なら大丈夫だ。俺が全力で守り抜くからよ!」
「"今の貴様"にそれができるとは思いませんが?」
チッといらついた舌打ちをするギオにリャフィアンは続けて言う。
「風紀委員には彼を守り抜くだけの力がある。彼を、私達に引き渡してくれませんかね?」
「断る!」
机の足を蹴りつけていう。
それに反応してアイザックは立ち上がり、全ての指にいくつも指輪をつけた右手を突き出す。
いつの間にか天井にいるコウモリが飛び回った。
「あれはお前には任せられない! そこにいるアイザック同様"欠席番号"を何人戻そうとだ!」
「やれやれ貴様は強情だな。アイザック、抑えろ」
リャフィアンが手でアイザックを制すると、彼も手を下ろした。
同時にコウモリも天井の暗闇に戻り、そのまま姿を消す。
組んでいた脚を戻し、リャフィアンは立ち上がる。
「まあいい、これで立場は明確になっただろう。私達は風紀委員として、学園の風紀を乱すものを例外なく正す。貴様達は生徒会として学園の生徒を守る。そういうことだろ」
「いつも通りだな」
「立場を明確にするのはいい。これで言い訳もいろいろと用意ができる」
そういって、アイザックを連れ立ってこの部屋を出て行く。
その姿がドアから出る寸前、リャフィアンの目がギオを射抜きそのままいなくなった。
アイザックが大きく体を丸めるようにして出て行く姿は、さながら熊が歩いて獲物をとるために巣穴から出て行くようであった。
「じゃあアタクシも用済みですかネ?」
「ああ、助かった。あいつと二人だと話が進まなくなるもんでな」
「テメエとあのスカシ野郎はムカシっからアアですものネ。デハ、アタクシはカワイイ後輩にチョッカイだして帰りますワ」
「俺はそのまま帰る。歩きだと遠いんだよ、ここは」
「普段のタイダが垣間見えますワ」
笑いながら出て行ったチロチコを見送ってから、ギオは一度深く椅子に座りなおす。
生徒会室にあるものに比べれば幾分にも安物であるが、それでも十分に上質なものである。
この店にあるものはすべてある程度上質なもので揃えられている。
ギオはそのまま宙空を見上げる。豆電球を使ったみすぼらしい明かりが揺れているのを眺める。
豆電球の白い光が円を描くように揺れているのを見ると、白い竜が飛んでいるように見える。
後を引く光が尻尾で光が翼のように見える。
「早く直さねえとなあ」
そう呟いてギオも他の三人と同様、その部屋を出て行った。
出たところで、シュバルト達のほうをみると案の定コウモリを二三匹飛ばせて、驚かせているチロチコがいた。
「ナンの話しテンですか?」
シュバルト達三人が食事を終えたところで、いきなりチロチコが割って入った。
その中でもリャフィアンが出て行ったところをよく見ており、話が終わったことを知っていたフリードは冷静だった。
一番奥の部屋で何を話されていたのかを気にしていたからだ。
「MIDの容量を追加する装置を見てたんです」
「フリードって最近言葉遣い変わったか?」
「そ、そんなことないって!」
両手をばたばたと前で振りながら大げさに否定するフリード。
「フーン、ジャア先輩からカワイイ後輩にアドバイスしますけど、こんなキセイヒンよりオリジナルで作った方が使えますワ」
胸元から自分のMIDであるロザリアを取り出したチロチコは、それを無造作に机に置いた。
「アタクシのコレもオリジナルですワ。上級生の大半は自分でMIDを組み上げますノ」
「え、じゃあなんでこんな装置があるんだ?」
「使いガッテのモンダイですワ。アタクシの見たところ、テメエはオリジナルの方がヨさそうですノ」
「じゃあ俺は!?」
「僕も知りたいです!」
フリードとリヒャルトもチロチコに向かって身を乗り出して手を上げる。
「テメエラはキセイヒンがイイんじゃないですかネ?」
「どこでそんなこと判断して、って!」
「あんまし教えるなよー、この時期の一年はまだ授業でやってないんだから。下手すりゃチンチクリンなもんができちまう」
「ココマデですノ」
片手で口を隠しはみ出した口で、「お・あ・ず・け」と器用に動かす。
チロチコはそのまま反転し、コウモリをいくつも出しながら、店から出て行った。
やれやれと頭をかきながら、ギオもその後を追うように出口へ向かう。
「お前ら、さっきあいつが言ってたことはそのうち習う。変に弄ると直すのが手間だぞ」
はーいと残念そうな三重奏を確認してから、ギオも去っていった。
後に残った三人は、机の上に出しっぱなしの装置を片付けてシュバルトに渡す。
「ま、使えるかもしれないしな! 一応持っとけよ」
「そうですね」
「そうするわ。買った意味が半減しただけだし」
そう言って、容量追加の装置を大事にポケットにしまう。
これだけ小さいものでもかなりの容量があるのだ。
「半減ですか?」
「そ、これ分解して解析してみたかったんだー」
目を輝かせながらリヒャルトのことを見たシュバルト。
その姿を一歩離れてフリードが見ていた。自分が風紀委員にはいったのはもしかしたらとりこし苦労だったのかもしれない、そう思いながら。
だが、三人はまだ学園祭がどのようなものかを知らない。
ゆえに今はまだ楽しい学園祭を夢見ながら、帰路についたのだった。
はい! ちょっと分割の尺がおかしくないですか?と思いますでしょうが、大体こんなところで。
それではお次はまたまた虹鮫連牙さんです!
二人三脚上等です!(笑)