第二十九話 決断の時
はいはーい!
またまた中津ロイが書きましたです!
今回はちょっと長くなったので二分割でお送りしますです。
「まだ約束の時間には早いような気がするのだが、早めの判断が助かるよ。これはもう本当に」
リャフィアン風紀委員長は目の前で頭を下げるフリードに対して笑顔で迎え入れた。
現時刻は三時前。リャフィアンは先に待っていた。
「やることがあるなら早めにお願いします。早くしないとあいつらの打ち合わせが終わっちまう」
「ああそうだったね。フリード君にしてもらうことは三つだけ。まずはこれ」
まず差し出されたのは難しい文字がびっしりと書いてあり、どれだけ読んでも『私は素行不良ではありません、皆の規律を正します』という風にしか読み取れない文章になっていた。
「ああ、それは風紀委員になるための誓約書。ゲームを始める前の規約同意書みたいなものだから深く読む必要はないよ」
くくっとリャフィアンは笑う。今までの笑いとは違い心のそこから笑っているようだ。
「君はあれだな、携帯とか貰ったら説明書を隅から隅まで読まないと気がすまない性質か! 君らしくないな」
「う、うるせー! これサインすりゃいいんだな!」
殴り書きで書かれた書類をリャフィアンは受け取った。
それを確認してから、もう一度書類を出す。
「今度はこれ。こっちは君に約束したことを僕が守るという誓約書だ」
その書類にはすでにリャフィアンの名前が記されていた。
ここについてからリャフィアンがそれをしているところを見ていない。つまりこれは最初から書かれていたものということだ。
意味するところは二つ。
リャフィアンはフリードがここに戻ってきて風紀委員になるということを知っていた。
そしていきなりきたフリードに対して必要なものを揃えて待っていたということはこの時間にフリードがくると知っていた。
「あんたはどこまで知ってるんだよ」
「どれのことか分かりませんが、一つ訂正を。風紀委員たるもの人の名前はちゃんと呼びましょう」
「リャ、リャフィアン……先輩」
「よろしい。今後そう呼ぶように」
うれしそうにフリードに対して書類のサインを促し、彼はそれを受けた。
二枚の書類をこれまた嬉しそうにリャフィアンは机に置いた。
そして内ポケットから何の変哲もない青色の箱を取り出した。
「最後はこれ、風紀委員として認める指輪だ」
箱の中身は先ほど見た指輪だ。
最後には真っ青になっていて、とても風紀委員として機能できているか疑問が残るものだったが。
「さっき、それを持った奴らがいたんだけど、自分より強い奴が相手ならどうすればいいんだ……ですか?」
「あぁ、チロチコ君のことか。彼女の他にもいろいろいるんだけど、基本的には僕に通してくれればいい」
「え? でもリャフィアン……先輩って適正Fですよね? どうするんですか?」
「私がどうこうするわけではないよ。相手より強くなろうとするのは難しいんだけどね、個々に対して必ず有利になる魔法を用意するのは、それほど難しくないということだよ。手はある」
リャフィアンは相変わらず楽しそうな笑顔であるが、今度は目が笑っていなかった。
白い指輪を受け取ったフリードはソレを眺めてから、指にはめる。
だが、それをみたリャフィアンは、
「言い忘れるところだった。どうやら生徒会長は風紀委員についてのことを二人に話していたみたいだから、その指輪は隠しておいたほうがいいね。怪しまれたら君達の仲にも影響するかもしれないよ?」
最初は君が気にしそうだけどすぐ慣れるさ、そう言ってフリードの指から指輪をとり、持っていた鎖に通してフリードの首へかける。
どうやらこれは通信用のMIDとしても使用できるようであった。
そしてこれはその中でも特別製、風紀委員長との直接極秘回線も使用できるというものだ。
「約束、ちゃんと守ってくれるんですよね?」
「ああ、君が彼らを監視していてくれるなら」
絶対ですよ、と言い残してフリードは去っていった。
時間がないと言っていたのだから、あの二人のところにでもいったのだろう。
リャフィアンはまた嬉しそうに笑う。品行方正とは到底言い難い笑みであるが、それを咎める人物はこの部屋にはいない。
「約束しただろう? 監視を続行するか?」
だが声だけは聞こえた。
「もちろんだとも。あの二人への監視は解くが、フリード君への監視を続けてくれ」
「了解した」
声と一緒に気配が消える。
不気味に笑うリャフィアンだけがその部屋に残された。
その瞬間、笑みが消えた。
おもむろに机の中に腕をいれ、そこから一枚の手紙を取り出す。
どんな時でも笑みを消さないリャフィアンに笑みを消させるほどのもの、差出人のところは明記されていない。
ただ裏面にある手紙の封に使われているもの、それがリャフィアンの癇に障っていた。
主張するほど大きくなく、分からないほど小さくない封。
黒と白が混ざり合った竜の封。
それを破り捨て、部屋を出ていった。
* * *
「じゃあこれから警備部隊のミーティングするけど、来てないやつとかいるかー?」
警備部隊のために用意された一室にはギオとチロチコを一番奥に数十人の生徒とシュバルトとリヒャルトが揃っていた。
学園数万人の生徒を守るために必要な人数であるかと言われれば、実はまったく足りていない。
毎年この人数で問題ないらしい。
「カイチョー、アタクシが来ちゃいませんワ」
「お前は昼に出れねえだろ、その姿でも毎年来てなかったんだぞ」
「この学園が広すぎるのが悪いってモンです」
「チロチコ様! 今年は来てくださったんですね! いつ見ても美しい!」
丁度チロチコの隣にいた男子生徒が目をキラキラと輝かせながら、チロチコのことを見ていた。
まぶしいといわんばかりに両手を交差させて自分とチロチコとの間に壁を作っているのは滑稽の極まりだ。途中は悶絶や自分を抱きしめたりしている。
そんな光景を見ていながらも誰一人その様子に見向きもしていない。いや、シュバルトとリフィアンだけはこのおかしな空間に取り残されていた。
「おいアベル、その辺にしとけ、新人が驚いてる」
「おっと、これは失礼」
ごほんと一つ咳払いをした後、アベルは立ち上がって頭をさげる。
そのまま、ギオとチロチコの後ろに設置されてある黒板の前に行った。
彼が黒板をコンコンと叩くと、その黒板一面に学園の見取り図が映し出された。
「これは会長の権限の一部を借りて、学園の構造を映しているものです。で、こうすれば」
コンコンともう一度叩くと、その見取り図に赤い点と白い点がぽつぽつと浮かび上がる。
白い点の方は映し出された後も少しずつ動いている。
「赤い点が本校で攻撃的に魔法を使ってる箇所。白い点は学園外から正当な手続きを踏んで入ってきた部外者です。私達警備部隊の主な仕事はこれらの監視になります」
「監視でいいんですか?」
リヒャルトの質問に対して、アベルはうなづくだけで応じる。
学園内のいくつかの要監視地点をあげていく中で、一つだけある大聖堂の付近にある赤い点をさしていう。
「ここにだけはいかなくていい。この点は少なくとも問題を起こすようなものではない」
「そんなモンはどうだってイイってモンですよ。話はコレで終わりで良いですネ」
「はい! チロチコ様! もう終わりでいいです!」
「キモチワルイですワ」
チロチコが立つと、そこに揃っていたメンバーが立ち上がっていく。
それを見て急いでシュバルトとリヒャルトも立ち上がる。
会議は解散の体を示していた。
ゾロゾロとメンバーが帰っていく。チロチコは二人の横を通りすぎるとき、
「アタクシ、味方には優しいんデスノヨ。一年ボウズは学園祭を気兼ねなく楽しんじまいな、ですワ」
手で隠しきれないほど吊り上った口のままチロチコは出ていった。
「チロチコ先輩って不気味だけど」
「なんか優しいですね」
全員が出た後にシュバルト達も外にでた。
「そんなに時間かからなかったみたいだな」
そんな二人の前にフリードが現れる。壁にもたれかかって、ずっと待ってたぜみたいな雰囲気はなかなか様になっている。
「どうする? 準備期間中は授業には自由出席だろ。久しぶりに街にでも出てみるか?」
街とはブロッドサム学園の敷地内にあるショッピングモールのとこだ。学生達は大体ここで生活必需品や、MIDの改造に必要な資材を整える。
もちろん学園の敷地内ということで、学園祭の準備はそこでも行われており、準備期間中は繁盛するということで品揃えもよくなっている。
「そうだな、折角だから行ってみるか!」
「そうですね、僕もいくつか欲しいものがありましたし」
「よっしゃ! 決まりだな!」
学園内は広いが、その移動のほとんどは徒歩である。生徒によっては移動するために必要な魔法を組み込むものも多いが、移動系の魔法は取り扱いが難しくなかなか使っている生徒はいない。
三人も例には漏れず用意していなかった。手段は歩くのみ。
何人かの生徒達とすれ違いながら歩いて生徒会や各委員会の部屋がある建物から抜けた。唯一助かることは道のりが一本道であるということだ。これならば迷うこともない。
「でも朝はびっくりしたよなー、チロチコ先輩。コウモリで霍乱してる間に逃げちゃったし」
「ええ。それにちょっとスカッとしましたしね」
「それのことなんだけどよ……」
言いにくそうにフリードは言う。
「ああいうことになっても、喧嘩腰にいくのは良くないと思うんだ」
「まぁ……確かにそうなんだけどな……」
シュバルトとリヒャルトの二人は顔を見合わせる。
フリードだけはギオと話されたときにいなかったのだ、今ここでその話をして巻き込んでいいものか。
眼を見合わせた後、頷いた。
「確かにフリードの言う通りだな。今度から気をつける」
「僕も、今日はちょっと熱くなりすぎました……すいません」
「あ、いや、俺も怒りそうだったというかなんというかで! 今度は問答無用で止めてやるからな!」
そういって二人の間に入って、肩に手を回す。
「やっぱりお前何か隠してないか?」
「な、何も隠してねぇし! それより腹減らねえか!?」
「……やっぱりこういう馬鹿騒ぎは馬鹿っぽくていいですね」
「馬鹿って言うな!」
並んで歩いて、ちょっと小突きあうなどしながらして進むと街にはすぐに着いた。
煉瓦で作られたものが多く、一昔前の街並みを見ているかのようだ。だが、所々に木で造られたもの、機械のような外見をもつもの、コンクリートで造られたもの、様々なものがあった。
三人が来た道を振り返ると、この学園ともいえる大樹がよく見える。
「俺はMIDの部品でも買おうかなー」
「えー、先に飯にしようぜ! 腹減った!」
「そういえば僕もいろいろあってお腹がすきましたね」
「じゃあ先に行っててくれ! すぐにすむからさ!」
そういって、シュバルトは機械の外見の建物の中に入っていった。見にくいが看板らしきものに『パーツショップ』と書いてある。
さっさと行ってしまったので、後を追うにも遅く、リヒャルトとフリードの二人は顔を見合わせて笑う。
「でも、ま、元気でてよかったよ。一時期は魔法も見たくないって面してたしな」
「そうですね。鈍感な幼馴染にも見抜かれるくらいでしたし」
「俺のこと馬鹿にしてる? ねえ馬鹿にしてる?」
ふざけて涙目ですがりつくフリードを、リヒャルトは真剣に鬱陶しそうに引きはがす。
「でも、フリードも同じですよ」
「え? 俺の何が?」
「朝にシュバルトが言ってたこと思い出してみればいいですよ」
頭を捻って思い出す。
「フリード、何か隠しているんじゃ」
気遣うように聞いてきたシュバルトのことが浮かんだ。
「シュバルトは正直で不器用ですから、馬鹿で不器用よりも性質が悪い。それがいいところなんですけど」
「何も言い返せねえ……」
「でも言えないことなんでしょう?」
「う……今は言えない、ごめん」
「いいですよ、その言葉なら待ってもいいかなって思いました……よ、っとどうしましたか?」
リヒャルトがフリードの方を振り向くと、そこにあったのはにやにやといやらしい笑みだった。
ぽんと肩に手が置かれる。
「まーさーかー……仲間外れにされて拗ねてる?」
「何を馬鹿な! 置いていきますよ!」
ずかずかと歩き、その後を笑ったままのフリードが追いかける。
到着したのは生徒達の中でも人気の木造レストラン。大樹の根が時折出ている部分を穴抜きにして作られた場所。
常に満員で待つことが多いこの店だが、お昼時も少し過ぎたこの時間だからか、空席が目立っていた。
というより、客といえる人が一人もいなかった。店は確かに開店とされていたのだが。
「いらっしゃいませー! こちらへどうぞー」
席に案内されたところを見ると入ってはいけないということはないようだ。
とりあえず安心して、シュバルトに場所を通信する。
静かなときにだけ聞こえるほど小さな鐘の音と一緒に扉が開く。
シュバルトが来たのかと思ってリフィアンとフリードの二人は出入り口を見た。
予想していた人物とは違う人がそこにはいたのだが。
この学園の誰もが知っている男、ギオ=ガルシア。
そして最近出会った正体不明の謎の先輩、チロチコ。
別れたばかりでもあるが、こちらを気にせずに二人並んで歩いている所はなかなか、――怖い。
チロチコがこちらに気づき、始めて無表情から朝のように片手で隠しきれない口がニコリと割れた。
だがギオのほうはこちらに一瞥しただけで表情はいつもはありえないほど、表情が読み取れない。
二人は店員に連れられて奥の部屋に入っていった。
いつの間にか張り詰めていた緊張がなくなり、止めていた息を吐き出す。
「な、なんだったんだ、今の……」
「さぁ……二人でお茶会って雰囲気ではありませんでしたけど」
もう一度鐘が鳴る。
また二人の生徒が入ってきた。
顔をしらないリヒャルトは何の気なしに二人をみていたが、フリードは二人の内一人は知っていた。
学園を暗闇から支配している男、リャフィアン。
もう一人は二人とも知らないが異様に背が高く体格が大きい壁のような男。
リャフィアンは一度だけこちらに一瞥をくれたが、すぐに部屋の奥に進んでいく。
大きな男もその後に続いた。
フリードだけがゆっくりと長く息を吐く。
「知り合いですか?」
「あ、ああちょっとな」
やはり隠し切れずに言葉を濁したフリードにやれやれとリヒャルトは首を振る。
「隠したいことがあるなら、もう少し卑怯にならないといけませんね」
「う、俺には難しい。お前に隠し事あっても分かりそうにないなー」
「そうですか? 確かにフリードやシュバルトにだけはばれたくないですが。そうなるとちょっとショックです」
沈黙が流れ、ぽんとフリードが手を打った。
「それは隠し事があるということだな! 何でもいえよ、親友!」
「いえ、残念ながらそのようなことはありませんよ。心配してくださってありがとうございます、親友」
「そうか?」
「はい。でもあったとしても私は言いますね、ありませんって。フリードやシュバルトのように」
うっと怯み、フリードは頭を乱雑に掻いた。
おそらく頭の中でいろいろなことを考えているのだろう。
最後に一度ギオやリャフィアンが入っていった方を見てから、首を横にふった。
「ま、一人じゃどうしょうもないなら、言ってくれ。俺もそのときは相談する。約束だ」
「そうですね、そうさせてもらいます」
そこにもう一度鐘が鳴った。入ってきたのは二人がよく知る人物だった。
シュバルトは自分を見る二人のことを見つけて、おうと手を上げた。
二人も釣られて手を上げる。
店員が気づいてシュバルトを二人のいるところまで案内する。
「よ、おまたせ」
「遅かったな! 買いたいものは買えたか?」
「ああ見つかった。待たせて悪かったな」
「いえいえ、じゃあ何か食べてからすこしぶらつきましょうか」
「そうだな、俺もう腹と背がくっついちまいそうだー」
三人はそれぞれに思い思いの料理を頼み、静かな店内で談笑した。
それぞれ口には出さなかったが、この静かな時が嵐の前の静けさではなければいいと、思っていた。
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