第二十七話 新たなる策謀
またまたgodaccel、現在中津ロイです!
いきまーす!
朝の日差しが目蓋の向こう側から差してくる。
学園に入ってから怒涛の勢いで進んでいた日常も今や落ち着き、平穏な生活に戻っていた。
出会った人達の中にはもう会えなくなってしまった人もいる。それを気にしないということはないが、それでも今こうして生きている以上、未来を求めた以上振り返ることはできない。
シュバルトはプリマテリアライズ・オーバードライブの一件から何度目かの朝を迎えた。
あの日、喚くモーリスの周りに黒装束の集団が現れ、彼を連れ去っていった。学園長は何かを言いたそうな目線を向け、しかし何も言わなかった。もしかしたら言えなかったのかもしれない。
大聖堂を出たところでギオに出会い、その傷ついた姿から自分の知らないところで何かをしていたことはわかった。それをきくのは野暮だと思い何も聴かなかったが、今こうして平穏な生活ができるのは本当は彼のおかげなのかもしれない。
「おはようございます」
不意に声をかけられた。
学園が用意する生徒の一室、ここはシュバルトの部屋であるが、そもそも多くの生徒を持つ学園で一人一室はいくら世界最大の学園とはいえ狭すぎる。それゆえに一部屋に数人が生活することになり、この部屋にはもう一人の住人がいる。だが、その住人とは別の人間がそこにいた。
リヒャルトはベッドの横で寝ぼけているシュバルトを見下ろしていた。その手には純白の手袋。
「おはよう……最近生徒会に行くのが多いな、リヒャルト」
「そうですね、もうすぐ大きなイベントがありますから、その準備に借り出されているのですよ。生徒会長の推薦で入ったとはいえ私は入ったばかりの新米ですから」
「そんなもんか」
「ええ、そんなもんです」
ゆっくりと体をおこす。そこで気がついた。いつもはシュバルトが起きるまで待つようなことはなかったリヒャルトが今こうして待っていた。そこにどのような意味があるというのだろうか。
なにやら想像したくないことを考えてしまった、シュバルトはもう一度寝ようと布団をかぶりなおそうとして、その布団をリヒャルトに止められた。
「気づいたようですが無駄です。反応した時点で付き合ってもらいますよ」
「お前に付き合うと碌なとこに行かないんだよ!」
「人を疫病神みたいに! ええい、おきなさい!」
結局叩き起こされて付き合うはめになる。
どこに向かうかはリヒャルト自身言わなかったが、一度歩いたことある道を歩いているとどこに向かっているのかはわかるものだ。あの時は帰り道だったが。
向かった先にあったのはやはりというべきか、シュバルトにとってあまり行きたいと思っていた場所ではなかった。そうではないと思いたかった場所だ。
部屋の入り口からして豪奢な造りになっているそこは、紛れもなく生徒会室だった。
「やっぱりか……」
「ご期待にそえて何よりです」
「ぜんっぜん期待してねぇよ!」
中に入ると学園内のどこよりも豪華な部屋だ。中央にあるソファーに寝かされた記憶もまだ古いものではない。
そして、
「よぉ、待ってたぜ」
その向こう側に座る男も。
「ギオ会長、連れてきました」
「おお、助かった! 俺が行くと逃げ出しちまいそうだったからな。やっぱりお前を生徒会に入れて正解だったぜ。まぁ座れよお二人さん」
相変わらずのギオ。だが、その横に彼の代名詞ともいえる白竜の姿はない。
あれからギオが白竜をつれているところを見たことがない。何かあったのかと聞くに聞けずにいた。
シュバルト達は言われたとおりにソファーに座る。
「何の話だ?」
「さぁ? 連れてこいと言われただけですし。危ないことじゃないとしか聞いてません」
リヒャルトにも教えられていないこと。想像するだけで嫌になりそうだ。
「それで、用件なんだがよ」
ギオがそれを口にだそうとしたとき、生徒会室の扉が開いた。
驚いてそちらに目を向ける三人の前にまたも驚かせる事態が起きた。
「――――シュバルト君にリヒャルト君も来ていたのか」
「今日は用事アリだっつたろおっさん、帰れ」
入ってきたのは学園長だった。ギオが露骨に嫌な顔をして手でシッシと追い返すように合図する。
しかし学園長はそのまま入ってきて、ギオの隣に腰を落とした。ソファーが軋み、ギオは嫌な顔をしたまま座りなおす。
いつかの光景を再現しているようだ。違うところといえば、シュバルトの隣にリヒャルトが座っていること、それと白竜がいないというところだろうか。
生徒会室の中に沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのはシュバルトだ。
「学園長、あの時俺に何を言おうとしてたんですか?」
あの時がいつなのか、その心配は無用だ。
シュバルトは知りたかった。自分の選択を、それをおそらく対立することになるだろう学園長がどう思っているのか。
学園長はシュバルトをみつめ、そして腕を組む。その巨躯と鍛え抜かれた肉体からの威圧感は、今ここで殺されてもおかしくないような雰囲気をかもし出していた。
だが、
「何故、と問おうとした」
学園長は静かに言う。
「しかし、あれから考える時間はいくらもあった。私も私なりに考えた。リルタイム・チルドレン、時を巻き戻す真実の魔法。それを失い気づいたことがある」
「それは」
「君は変わらなかった。時を巻き戻し、その力を失ってさえ変わらなかった。時を巻き戻すとは所詮その程度のことだったのだと、私は思う。なら私がしようとしてきたこともその程度のことなのだ」
だから、と学園長はシュバルト達を見渡して言う。
「私はそれ以上のことをしようと決意した。そんなものに頼らずとも学園を変えて見せるとそう誓ったのだ。私は、楽な方法に頼ろうとしすぎて自分がとれる手段を限定し続けていたのかもしれない。すまなかった、シュバルト君」
深々と頭を下げる学園長。シュバルトはその姿を見て少しだけ自分のしたことが意味のあるものだと思えた。
「俺も、勝手なことをしてすいません。でも、あれが俺の選択だったんです」
「その是非を私に言う資格はもうない。言えることがあるとすればそれは一つだけだ。"何のために魔法を使うか"それを考え選択した君は紛れもないこの学園の生徒であるということだ」
厳つい顔がくしゃりと綻び、シュバルトを受け入れた。
こそばゆい感覚があるが、それもまた結果の一つだろう。
ありがとうございます、小さな声でお礼を言うだけしかできなかった。
リヒャルトはそんな親友の方をぽんと叩いて微笑む。
「終わったか?」
茶々を入れるようにして会話に入ってきたのはギオだ。話に入ることもできずに暇を持て余していたのだろう、大きな欠伸を一つして座りなおした。
学園長もすまないとだけ言って、組んだ腕を解いた。
そして服の裏に手を伸ばして、小さな機械を一つ取り出した。
――腕輪型のMIDだ。
「君が頼んでいたものができたから届けにきたんだ。試作段階でもあるのだが、使ってみて感想がほしい」
「それくらいだったら呼べよ、行くから。ありがとさん」
ギオはそれを受け取り、装着する。
MIDの中身、それがどういうものなのかを知る二人は、これでは今までと何一つ変わらないのではと思ったが、学園長は次にシュバルト達を見た。
「私も何もせずにのうのうと過ごしていた訳ではないのだよ。君の存在を知る前に進めていた計画に目処がたったということだ」
「どんな計画なんですか?」
「MIDの完全な機械化。人間の脳を分析し、その成長過程を記録したAIによる代用。これが私の今のMID魔法に対する答えだと受け取ってくれていい」
つまり、これ以上犠牲になる人がいなくなるということを意味していた。
大きな進歩である。
学園長は立ち上がる。その強靭な体に秘めた思いは優しいものであった。
「私の用件はこれだけなので失礼するよ」
「次は呼べよ、行くから」
「君は相変わらずだな、次はそうさせてもらおう」
学園長が立ち去った後、ギオは自分の腕を動かして新しいMIDを見ていたが、目の前にいるシュバルト達を見て、何かを思い出したように二人を見た。
「おっと、用件を忘れるとこだったぜ。急で悪いんだけどよ、こいつを見てくれ」
ギオは手を伸ばして本来の机の上にある一枚の書類を二人の前に持ってきた。
書類の一枚目には血のように赤い文字で極秘と書かれているが、ギオはそんなものが見えていないかのように気軽にページをめくる。
そして、目的のページを見つけると二人に見るように促した。
一番上に"要注意素行監視者一覧"と書かれている。
「これは……?」
「学園の風紀委員会が作成したやつだ。そこに名前があるやつは常に風紀委員に監視され、万が一の場合は拘束されて指導されることになってる。――で、お前らが注意すんのはここだ」
ギオはページの中央、一覧の最下段を指で示した。
そこに書いてあるものは、紛れもない、
"シュバルト"、"リヒャルト"。
「お前らの名前だ」
「うそだろ! なんで!?」
「どういうことでしょう……?」
更新日はあの事件の日になっている。つまり、あの事件を知る人間がこの学園にいるということだ。
あれだけ大きな事件であったのだから、見ている人間がいてもおかしくはないが、それでも秘密裏に進んでいたはずの事柄を知る人間、そんな存在が果たしているのだろうか。
「この学園で、学園すべてを監視する権限を持つ役職は三つある。一つ目は学園長、二つ目は生徒会長」
それからもう一つは、と腕組みしたギオは忌々しそうに言った。
「――風紀委員長。あいつは策士だ、気をつけろ」
「風紀委員長……」
「ここは安全なんですかね……」
学園すべてを監視できるということは今ここにいてこの話を聞いているということも知られているのではないかという不安がある。
だがギオは首を横に振って否定した。
「ここは安全だ。生徒会室、風紀委員室はそれぞれの責任で管理されることになっているからな」
ま、とにかくだ、と書類を引き下げ、ギオは言う。
「体のどこかに白い指輪をしてるやつがいたら、そいつは風紀委員だ。素行不良にとられるような行動には気をつけろよ」
「……ありがとうございます。でもどうしてそれを教えてくださるのですか?」
リヒャルトはギオを不審げに見る。シュバルトも同様の目を向けた。
「俺は生徒全員の味方だからな。そのリストにあるやつには全員注意勧告してある」
それにだ、と今度は面白いことを考えている笑顔で言う。
「ここに呼んだのはお前らに頼みたいことがあったからだ!」
げ、と二人して嫌な顔をしたのを確認して、
「もうすぐ行われるブロッドサム学園祭、その警備を頼む。嫌とは、言わせないぞ」
こうして、二人は半ば強制的にその役目を引き受けることになるのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「俺にこの役目を引きうけろと……?」
明るいはずの部屋が暗く錯覚するような重苦しい雰囲気で、出入り口の前で立つ男子生徒は苛立たしげな声を出していた。
事実として拳を硬く握り、足先はひっきりなしに床を叩いていた。
だが、そんな様子すらも面白いとでもいうように、そこから長い机を挟んで反対側に座る顔が笑っている男子生徒は彼を見ていた。
「どちらでもかまわないよ、でも私は君が引き受けてくれるだろうと思ってるけど」
「引き受けねぇ!」
苛立った返事に対しても顔色一つ変わらない彼の前には厳かな字で"風紀委員長"と書かれたプレートが置いてある。
風紀委員長の名前をリャフィアンという。
「困ったね、君が入らないとなると私も方針を変えねばいけなくなる」
「じゃあ変えてください。俺にこの役目は引き受けられません」
「そうか、本当に残念だ」
リャフィアンは大して残念そうでもなく困った様子もない。
そのことが男子生徒をより苛立たせている。
ここは嫌な場所だ、そう思うには十分すぎた。
「もう帰っていいっすか?」
「まあまあ、待って。私は君を説得しようと思う」
「結構です。何を言われても"親友二人を監視する役目"なんて御免です」
「ああ、そうだね。私が君の立場だとしたら嫌かもしれない。その立場になったことがないからわからないのだけど」
思ってもないことを口にしている感じがある。
本当に思ってもいないのだろう。
「でもこれは君にとっても悪い条件ではないと思うのだよ」
生徒は何も答えずに次の言葉を待った。
それを見て、より一層楽しそうにリャフィアンは言う。
「君がこの申し出を断っても、別の誰かがする。意味がわかるかい?」
「それは……」
「そうだ。まったくの赤の他人に君の親友達は監視される。彼らと仲が良い君も無論その監視を受けることになる。君達の行動は風紀委員全体で監視されることになるのだが、仲の良い君が引き受けてくれるならこちらもその意を汲んで、君に一つの決定権を譲渡してもいい」
愛想笑いが変わらないまま立ち上がり、一枚の書類をその生徒の前に提示した。
「これは君の判断で彼らが素行不良であるかどうかを決定することを許可するものだ。これがあれば君は彼らの味方をすることもできる。もっと言えば、彼らが素行不良であってもそれを見逃す権利であると考えてくれていい」
リャフィアンは書類を目の前の机に置き、生徒の肩に手をおく。
そして耳元でささやいた。
「大聖堂のアレ、本来は退学ものだよ」
生徒は腕でリャフィアンを振り払い、数歩後ずさり距離をとった。
その顔からは驚愕の色が現れているが、それすらもリャフィアンにとっては楽しそうである。
どこでそれを知ったのか、どこまで知っているのか、様々な考えが彼の中でめぐった。
しかし、それを口に出すよりも早く、リャフィアンが言う。
「君にそれを見逃す権利を、私から譲ろうというんだ。悪くない申し出だと思うのだが」
「考える時間を……ください」
「もちろんだとも! 友達思いの君だ、そういうと思っていた。でも"時間は惜しむもの"でね、猶予を決めておく」
その言葉が、自分はすべて知っているぞと、そう言っているような雰囲気をさらけだしている。
リャフィアンは部屋にかけてある時計を指で示す。
針は丁度八時をさしている。
「そうだね、明日のこの時間までにしよう。それを過ぎれば君は私の申し出を断ったことにして、この役目は別の誰かにしよう」
楽しそうに笑う顔の目だけは笑っていない。
その生徒にはその制限を受けるしかなかった。
「わかりました。それまでには決めます」
「理解が早くて助かるよ。あぁそれともう一つ」
リャフィアンは人差し指をたて、そのままの表情でいう。
「その親友二人は今生徒会室にいる。生徒会長は二人に何の用があるんだろうねぇ?」
また危ないことでも頼まれているのかねぇ、と続けようとしたが、最初のほうにはもう動き出した生徒は、その言葉を聞く前にそこを立ち去っていた。
後に残ったのはリャフィアンだけだ。
それ以外誰一人として室内に人影は見えない。
が、
「奴は使えるのか?」
リャフィアン以外の声が響いた。
そして次の瞬間には、まるで絵具を落とすかのように景色が書き換わり、一人の男を浮かび上がらせた。
虹のように輝く長髪、顔以外はすっぽりと黒いコートでおおわれていてわからないが、声色からして男のようである。
突然現れたその男に対してもリャフィアンは驚くことはない。最初からそこにいることを知っていたかのように受け入れた。
「使えるとも、使えるからこそ勧誘している。それにあいつだけにシュバルトとの接点を持たれるのは癪だからな」
「相変わらず、生徒会長への対抗心が強いな。それがお前の面白いところでもあるのだが」
「そんなことより調子は戻っているか、"欠席番号"十三番」
「今はベリアルと呼んでくれ。でなければ魔法の効果が半減する」
「ではベリアル。先ほどの質問の答えはどうだ?」
ベリアルと呼ばれた男は全身を適当にうごかす。
本来ならありえない方向に体中を動かしている。顔を真後ろに向けてみたり、肘を外に曲げてみたり、体を二百七十度腰だけで回してみたり、体がゴムのように動かしつつ、全身から骨が折れる音が響き渡る。
だが、どんなに骨折音を響かせてみても二本足で立ち、体を戻すとどこにも異常がないように感じさせている。
「良好だ。今ならば"欠席番号"一番とさえ張り合える自信がある」
「それは上々。――――一番のサヲングォンは死亡しているが、知っているな?」
「お前が知っていることで我が知らぬことはない」
「よし。生き残る"欠席番号"のうち、私につくものを連れてこい。もうすぐ始まる学園祭であいつを生徒会長から引きずりおろしてやる」
「心得た」
「あいつが自分の魔法を発動してから次に魔法を使えるようになるまでは相応の期間を要する。特殊なMIDを使っているのが仇になっている。今が絶好のチャンスだ。いかなる手段を使ってもあいつをあの立場から引きずり降ろすぞ」
「まったく、これだからお前といると飽きないわけだ」
ベリアルはククッと楽しそうに笑うと、景色に溶けるように消えた。
後に残されたリャフィアンは不敵な笑みを浮かべながら、来るべき学園祭を心待ちにするのであった。
またまた次は虹鮫連牙さんです!
よろしくおねがいしますです!