第十九話 Aptitude:"S"ynchronize
またまた残心です。
何かに突き動かされて行くに任せ、シュバルトはグラウンドを駆けて一直線に学園の中枢部へと向かう。ちょうどお昼時だからか、力を競わせているような人間たちは多くない。そんな彼らは戦いの手を休め、まっすぐに何かを見据えて駆けていくシュバルトの姿、そしてそれに追いすがる二人の姿を目で追っていた。
「にしても! よくこんなところ通ろうと思ったな! 人で埋め尽くされてたかも知んないのに!」
「一番近道だろ?」
フリードの言葉に、シュバルトは振り向きざまに適当な言葉を返す。
「でも、急がば回れって言葉もあったじゃないですか」
珍しくリヒャルトが茶々を入れた。もう一度振り向くと、一瞬だけシュバルトはリヒャルトのことを睨みつけた。
「うるさい! 鉄は熱いうちに打てって言うだ――あッ!」
シュバルトは急な頭痛を覚えて立ち止まる。絞めつけられるような痛みは一瞬でひどくなっていき、シュバルトに膝を付かせた。親友の異変に気がついたフリード達は、慌てて駆け寄り、うずくまったシュバルトの側にひざまずく。
「どうした?」
「来る……あいつらが来るに違いない……」
頭痛に堪え、シュバルトは何とか身を起こす。その眼の前には、黒いマントを風に流し、黒い鞘の剣を腰に差した男。切れ長の目の中には、血のように赤い瞳が光っている。モーリスだ。その隣に立っていたのは、制服姿とは程遠い、白いブラウス、白いロングスカートの上に白いローブを身にまとった少女。口端には笑み、陽光の元で金にも光る茶髪をなびかせ、イティアはそこに立っていた。モーリスは三人の事を見下ろすと、静かに歩み寄ってくる。
「やあ。ん……余り元気でもなさそうだな。さてシュバルト。そろそろ時間だと思ったけど……」
シュバルトは顔を上げ、精一杯笑ってみせる。
「せっかちだなあ。まだ後一日あるでしょ」
「あら。そうだったかな……」
首を傾げ、イティアの方を向いて肩をすくめている姿を見つめながら、フリードはこっそり耳打ちした。
「あいつ誰なんだ? イティアも、なんであんな格好してる?」
「モーリス。訳のわかんない魔法を使う奴だ。イティア達は『国際魔法連盟』っていう秘密結社に在籍している。……俺は、保護の名目であいつらについてくるよう散々持ちかけられていたんだ」
頭を押さえながら、シュバルトは何とか身を起こす。やはり、モーリスの目は視線を交わしただけで萎縮しそうになる。彼の二者択一に意味はない。彼に選ばせる気など初めから無い。シュバルトはそう確信していた。両手を広げ、モーリスは努めて低い声を上げる。
「まあいいじゃないか。一日で答えが変わるのか? さあ、教えてくれよ。僕達についてくるのか、こないの――」
モーリスの言葉を遮り、小さな光の玉が魔法使い二人の頭上へ雨のように降り注いだ。イティアは防壁を生み出し、モーリスは平然と立ってその出処を探った。そこには、神々しささえのぞかせる、白い竜の姿があった。その足元で、ギオは不敵に微笑んでいる。背後から、悠然と学園長が姿を現した。わざと大げさにうなだれてみせてから、モーリスは二人と一匹の方に振り返る。
「なあ、人が話している途中にそういう事するってどうなの? 礼儀ってものを知らないの?」
「礼儀なんて知らない。そいつに勝手されちゃあ、このオッサンが困るそうでね」
ギオは手をひらひらとさせた。イティアは学園側二人を一瞥し、口角を持ち上げた。
「なあんだ。その竜って、お飾りじゃなかったんだね。あははっ」
イティアのまとわりつくような笑い声に、ギオは笑顔をひそめた。口を噤んだままで『気持ち悪い』と舌を動かしたが、声には出さない。学園長は一歩シュバルトの方に近づき、静かにシュバルトの瞳を覗き込む。
「して、お前は答えを出したのか」
シュバルトは顔をしかめて立ち上がる。頭痛のひどさはさらに増していたが、それでも何とか立ち上がり、二組の姿を見渡す。頭の中には父の顔が浮かんでいる。口酸っぱく言われ続けてきたその言葉は、今ようやくシュバルトの中に溶け込もうとしていた。懐に収めていたビショップの駒を取り出し、シュバルトはそれを目の前に突き出す。
「ええ。僕の答えは、『チェスに待ったはない』、です」
シュバルトの言葉を一瞬で理解できず、イティアを始め、学園長までもが訝しい顔をした。ただ、フリードとリヒャルトは意を理解して頷いた。シュバルトは大きく息を吸い込み、心に刻み込まれた言葉を読み上げ始めた。
「この後も含めて父に言われ続けてきた言葉ですが……ようやく納得が行きました。やり直しが出来ないのは、人に後悔させるためだと。もう取り返しが付かないということを心に、歴史に刻ませ、二度とは繰り返すまいという誓いを後世まで残すためなんです。過去はどうしようもない。けれど、未来をよくしようとすることはいくらでも出来る。過去に後悔した分、絶望した分、未来を切り拓く力が生まれる。二度と悪い道には進むまい。そういう意志を持つんです」
チェスの駒を見つめながら話すその姿に、学長は昔の『彼』を思い出した。あの時も、同じくグラウンドの真ん中に一人の少女と並んで立って、彼はただただ残念そうな眼差しを自分に向けていた。爽やかな秋風を思わせるシュバルトの声が、段々飄々とした春風に聞こえてくる。
――待ったぁ! なんて間違っても存在しちゃいけないよ、ヴァレリア。アンタも血迷ったねえ……世界を巻き戻す? 俺達の力を発展させて? ゴメンだね。やり直しは人間を堕落させる。失敗しても、また選択し直せばいいと思わせる。どうだ? この世界も、もしかしたら二、三度やり直した世界かもな。やり直しという最悪の選択肢を手に入れた時点で、人の進歩は無くなるんだ。同じことをバカの一つ覚えのように繰り返す、どうしようもない生き物に成り下がっちまう――
学園長――ヴァレリアに、秋風と春風が一気に吹き込んだ。
「進歩をなくしたら、ロマンが生まれなくなる。そんな世界なんか、俺は真っ平だ」
一気に言い切ったシュバルトの瞳には、確かにあの青年と少女の面影が混在していた。ヴァレリアがその力を羨み、渇望した二人の面影だ。学園長は目を伏せる。
「そうか。君はやはり、あのエルハルトとミーティアの子。思えば、面立ちがミーティアの顔によく似ている……だがその目。エルハルトの子は、エルハルトというわけか……ようやく合点がいった……それでは、何を言っても無駄だ」
頭痛に耐えかねてふらついているシュバルトに、モーリスが笑みを浮かべて歩み寄る。
「そうか。じゃあ、俺達に付いて……」
「それも違う!」
頭痛を振り払うかのような大声を上げ、シュバルトはモーリス達を睨みつけた。その脳裏には、今までの慈悲なき残酷な戦いが甦る。時は巻き戻らない。一分一秒を、シュバルトは後悔せず生きていくことに決めたのだ。そこに、暴力的に力を誇示するような男達のもとについていくという選択肢は存在しなかった。
「どうして二者択一なんだ! 俺は違うぞ。お前達のようにはならない。確かに、ここは魔法が暴走した、人を道具のように扱う場所になっているのかもしれない! でも、ここには確かに人が生きているんだ! お前達はここを潰すと言ったな? 俺は戦うぞ。学園のためじゃない、ここに住んでいる、人々のために!」
学園長は顔をはっと持ち上げ、ギオは満足げな表情で手を叩く。モーリスは微かに笑っただけだ。そんな周囲の反応など意にも介さず、シュバルトはMIDを突き出して、凛と叫んだ。
「サンダー! ソード!」
手元に現れた、雷を帯びたレイピア。ゆっくりと切っ先をモーリスに向ける。モーリスはそれを鼻で笑い、剣を抜いて振り薙いだ。強い風が吹き、シュバルトの手からレイピアをもぎ取る。シュバルトは舌打ちをし、背後の二人は自分の居場所がおぞましく感じられて一歩退く。
「殊勝な言葉だね。だけど、気は狂ってるよ……せっかくこの世で最強の力をその身に宿しているっていうのに、一切使わないなんて……だけど、洗脳かなんかで利用されたら困るからね。さあイティア。仕方ないから、最後通牒は君から渡してやってよ」
イティアは相も変わらず気味が悪いほどの笑顔を貼り付け、モーリスが引き下がるのとすれ違いながらシュバルトの前に立つ。控えめながら、彼女は笑い声を抑えない。
「はははっ。あたし、シュバルトの事すっごく好みだったんだけどなあ……? どうしても私達の事を拒絶するつもり? へへっ?」
「ああ。力に狂うより、ロマンに狂うほうがずっといい」
「あはっ。そうなんだ。じゃあ、せめてあたしが殺してあげる。そしたらさ、この世にはいなくなってもあたしの中では生き続けるからね! あははははッ!」
力を手にすると、こうも人は狂うのか。自分が追い求めたもののおぞましさを知り、フリードはただ首を振った。
「正気じゃない……」
「あははっ!」
イティアの手に、あの時と同じく雷の玉が生み出される。徐々に大きさを増していくその雷を見つめた瞬間、最大の波がシュバルトの頭を襲った。
「ぅあああッ!」
シュバルトは意識を喪失しかけた。手の中で、甲高い音が鳴り響き、シュバルトは震える手でMIDを見つめる。そこには、今まで見たこともない文字が現れていた。
――Aptitude:Synchronize――
同時に、いかにも耳障りで割れ鐘のようになった、女性とも男性ともつかない声が響き渡る。
『アカシック・レコード』
目から光を失い、シュバルトは膝をついてうつむいた。
気づくと、シュバルトは何も無い空間に立ち尽くしていた。見渡すかぎり真っ白で、霧に包まれ足元が見えない。思わず周囲を見回していると、段々とおぼろげな白い影が次から次へと現れる。それは、いずれも野獣の姿をしていた。ライオン、虎、チーター、ピューマに豹までいる。その奥には、少年の姿をかたどった白い影が立っていた。
「シュバルト……君の『誇り』には敬服するよ。だから、“僕達”も協力する……」
「誰なんだ? それに、ここは……」
シュバルトが顔を傾げているうちに、いきなり猛獣たちが飛び掛ってきた。避ける暇もなく、シュバルトにピューマが跳びかかる。恐怖を感じるまもなく、シュバルトの胸の中にピューマが入り込んだ。心臓が一際大きく跳ねる。目を瞬かせて胸に手を当てた所を、背後から虎が跳びかかる。虎もまた、シュバルトの中へと入り込む。さらにチーターが躍り込み、豹まで飛び込んでくる。鼓動がにわかに早まっていくのを感じながら、シュバルトはゆっくりと少年の影を見つめた。表情は分からない。だが、微かに笑ったように見えた。
「僕は誰でもない。だけど、誰でもあるんだ。君も僕だし、今君の目の前にいる、身に余る力に飲み込まれた哀れな女の子も、また僕なんだ……さあ。戻りなよ。目の前にいる女の子、本当は泣きたいと思ってるよ……」
シュバルトは口を閉ざした。閉ざして、目の前の獅子と向かい合う。
「“ここ”を守るために、戦ってくれ」
シュバルトは手を差し伸べる。獅子は勢い良くシュバルトの中に飛び込んだ。
「ははっ! 死ーね!」
イティアが雷の玉を投げつける。運命に絶望し、フリード達はただただ目を伏せた。しかし、シュバルトは勢い良く立ち上がった。それと同時に、雷の玉は霧散する。いきなりの急転に、イティアはおろか、その場にいた人間全員が驚愕の眼差しを送る。知ってか知らずか、シュバルトは目を吊り上げ、まるで獣が爪を立てるかのような手つきで構えを取った。
「何だ……何がどうなった?」
ギオが竜の隣でシュバルトの姿を睨む。竜も唸りを上げ、歯をむき出しにしてシュバルトの姿を睥睨した。彼は、獣そのものの目付きでイティアのことを睨みつけていた。
「どうして? どうして!」
イティアはあまりの衝撃に、笑うことを忘れて取り乱した。サヲングォンも、モーリスも、自分の身を守るときは何らかの防御動作を取る。それが、今の彼はただ立ち上がっただけ、何もしていない。彼女が叩き込まれてきた魔法の常識をいとも簡単にねじ伏せる出来事に、彼女が出来たのはただただ首を振ることだけだった。
『チーター・フィート』
再び割れ鐘のような声が響き、それと同時にシュバルトの足元を光が包み、荒々しい棘のある外見へと変えた。身の危険を察知したイティアはすぐさまその場を蹴って上空に飛び上がり、大きく間合いをとろうとする。シュバルトはその姿を見据え、全力で駆け出した。
「そんなまさか!」
もうもう立ち込める土煙を残して、シュバルトは全速力で駆け抜ける。そのあまりの速さに、リヒャルトの目には残像さえも映った。イティアは息が早くなるのを感じながら独り言を呟く。
「いくら速くたって……ここまで来られるはずが……」
『ピューマ・レッグ』
シュバルトの脛も、獣の荒々しさを模した光で包み込まれる。左脚に全力を乗せ、シュバルトはイティアに向かって飛び上がった。
「はあ!?」
フリードは開いた口が塞がらない。五メートルは上空にいたはずのイティアに、シュバルトは猛追しているのだ。脳裏によぎったのは入学式の日、空を飛んでいた一人の生徒だったが、そんなのは比にならない。イティアは背筋の冷えをおぼえ、慌てて雷の剣を取り出した。僅かに残していた冷静さもかなぐり捨て、イティアは捨て身で斬りかかる。
「さっきのは偶然なんでしょ! ねえ!」
『レオパルド・ジョイント』
シュバルトの肩、肘、膝、足首を、鎧のように光が包み込む。そして、イティアの薙ぎ払いをシュバルトはいきなり空中で反ってかわしてみせた。そのまま上空へと逃れようとするイティアの足を蹴り、バランスを崩させる。そのまま、シュバルトとイティアは地に落ちる。
「嘘だ! 嘘だぁ!」
起き上がったイティアは、黙してこちらを見つめているシュバルトの胸元目がけ、再び雷の剣を構えて飛びかかる。
『タイガー・クロー』
シュバルトの手が光に包まれ、鋭い四本の爪を模した篭手の形となる。それを以て勢い良くイティアの剣をかち上げ、そのまま左手でイティアの腹に裏拳を見舞う。彼女が息を詰まらせたところに、シュバルトは肩口、腕、胸元を素早く三回切り裂く。ふらついたイティアは、力なく飛び上がった。遺伝子レベルで刻まれた、猛獣への根源的な恐怖に怯え、イティアは自分の肩や胸元をかばって呻くことしか出来なかった。
「痛いよ……痛いよぉ……」
周囲が覚醒したシュバルトに気圧されて動けなくなっている中、シュバルトは自分の足、そして手を見つめる。シュバルトはようやくわかった。これは『記憶』なのだ。今までこの世界が記憶してきた、猛獣たちが生きた『記憶』なのだ。それが情報となって自分に取り込まれ、こうして力になっている。微かに、かの世界の不思議な存在が話した言葉を思い出した。
――目の前の女の子も、本当は泣きたいと思ってるよ――
……イティアは苦しんでいる? この力で、イティアを救えるのか……?
シュバルトは、息も絶え絶えな少女の姿を見つめた。まだ傷つけてしまったわけではない。痛みこそ覚えているものの、この力で本質的に人を傷つけることは無いらしい。シュバルトはきっと顔を持ち上げ、イティアの姿を見据えた。彼女は最後の力を振り絞り、再び雷をその手に集め始めた。
『ライオン・スロート』
光が、その喉元をたてがみをもした襟飾りが形作る。込み上げてくる意識のまま、シュバルトは咆哮した。その叫びは空気を震わせ、そこにいた人間たちを縛り付ける。
「く……体が動かん……」
ヴァレリアは全身が彫像のように動かなくなったことに気がついた。どこをどう動かそうとしても、痙攣のようにひくつかせることしか出来ない。背後におぞましいものを感じる。しかし、振り向いてそれが何であるかを確認することが出来ない。命の危機を覚える根源的な恐怖を押しとどめながら、眼前で起きる奇跡を見つめることしか出来なかった。
「どうして! どうして!」
雷球は消え去り、腕を天に突き上げた無防備な姿勢でイティアは固まってしまった。流れ落ちる涙を、イティアは拭うことが出来ない。恐怖、苦しみ、悲しみ。今まで忘れてきた何かを、イティアは引き摺り出されようとしていた。
シュバルトは駆け出す。全身の力を込めて飛び上がる。空中で身を捻る。シュバルトの体を包む光が広がり、巨大な獅子の頭を模した。足を大きく広げるとともに、獅子は口蓋を押し広げる。
体が開放されるのを感じたが、もう助からない。イティアの中に、記憶が走馬灯のように駆け巡る。学校に行っている間に、両親や弟は火事で死んだ。叔父に連れられて来た中世の城のような建物。その中で、イティアは毎日水薬を飲んだ。そして、勉強もする傍ら、魔法の訓練を受け続けた。ある時、薬を飲むと、魔法を使うと気分が良くなることに気が付いた。モーリスに初めての恋をした。そして今――
「はああッ!」
雄叫びと共に、シュバルトは足で空を切り裂いた。それと同時に、光の獅子はイティアを喰らった。くぐもった悲鳴が聞こえたと同時に、獅子は激しい光となって消え去る。後には、気を失ったイティアが取り残されていた。シュバルトは慣性を活かして落ちゆくイティアを受け止め、そのまま地に降り立った。同じくして心の臓が激しく脈打ち、汗が噴き出てくるのを感じる。しかし、落ち着いても居られなかった。彼女を地面に寝かせ、すぐさまシュバルトはモーリスの方に振り返る。
「お前とも……戦う」
さすがのモーリスも、この時ばかりは手がじっとりと濡れてきたのを感じざるを得なかった。どんな魔法でも、ちょっと念じれば解けたはずだった。しかし、今の哮りは防ぐことが出来なかった。否、最早魔法かどうかも疑わしい。とにかく得体が知れない存在と化したシュバルトに、モーリスは緊張した。イティアの存在は気がかりだったが、相手が魔法をいとも簡単に打ち消し、こちらは全く対処を知らない今、突っ込んで勝てるかどうかも疑わしい。舌打ちをして、モーリスは飛び上がった。
「イティアは心配だけどね……彼女は預けておくよ。丁重に扱わなかったら、今度は全力でお前を殺す……ロイ!」
モーリスがそう呼んだとたん、魔法陣がその場に現れ、そこからロイが姿を現した。あまりに久々な出会いに、フリードは思わず大声を上げる。
「あ! キラの噛ませ!」
「黙れ! お前らなんか、最早虫けら同然だ!」
黒いローブに身を包んだロイ。それは、明らかにイティアに似た服装だった。フリードの言葉を侮蔑と受け取ったロイは、胸元からMIDを取り出し、大声で叫ぶ。
「現れろ! 漆黒の使徒よ!」
地面に闇の渦が現れ、その中から、ギオとは対照的な、消し炭のように黒いドラゴンが姿を現した。モーリスはロイを見下ろし、剣でシュバルトを指差した。
「初仕事だ。イティアを救って戻ってこい」
「それくらい朝飯前だ」
「頼もしい言い方だ。後は任せたぞ」
モーリスは闇の中に姿を消し、後には闇のドラゴンを従えたロイが残った。当然シュバルトはロイに対して構えようとした。
『バースト』
その瞬間に光が消えた。脈拍が急に弱まり、シュバルトは頭から血の気が引いた。立っていられなくなったシュバルトは、イティアの隣に倒れこむ。その耳に、蚊が鳴くような声が聞こえてきた。
「ここ……どこ? どうして、倒れてるんだろ……?」
シュバルトは目を閉じた。これでイティアのことを助けられたというのだろうか。確かに彼女は無事のようだ。だが、口調が変貌している。何があったかはおいおい確かめなければ。そう心に決めながら、シュバルトはそのまま意識を失った。
「おいおい。戦う前に戦意喪失か? 情けない……」
ロイはのけぞりシュバルトを見下す。最早彼の命を消すことは、蚊を潰すよりも簡単だ。ロイは、もったい付けてシュバルトを指差す。
「さあ、殺せ」
口を押し開いた闇竜だったが、突然光の玉がその竜を襲った。闇竜が呻く中、ロイは顔を上げる。そこに立っていたのは、この学園で最強と謳われる、ギオの姿だった。
「感心しないな。倒れている奴を襲うなんて、人の風上に置けない。……ここは、俺が相手だ」
「待ってください」
今まで固まっていたリヒャルトが立ち上がる。フリードもそれに倣った。フリードはイティアとシュバルトの姿を一瞥し、それからロイの姿を眺める。
「似合わねえな。お前には、キラに負けたときの負け犬っぷりが一番似合ってるぜ」
「ええ。あなたなんかには手出しをさせませんよ」
ロイは鼻で笑った。たかが適性Bの二人に、一体何が出来るというのか。
「笑わせるなよ。今の俺と戦おうってか?」
二人は精一杯の笑顔で頷いてみせた。先程のシュバルトの勢いに比べれば、最早子供だましだ。MIDを取り出したフリードとリヒャルトは、背中合わせにそれを構える。不敵に笑い、フリードはロイに向かって、即興で考えた決め台詞を叩き込む。
「なあロイ。知らないのか? ダブルのBはエクストリームなんだぜ」
「なんだそれ?」「何ですかそれ?」
図らずも、ロイとリヒャルトの言葉がシンクロする。軽く舌打ちし、フリードは叫んだ。
「リヒャルトまで突っ込むな! いいか! リヒャルトは『アイアン』を使え!」
「アイアンですか! 了解です!」
MIDの横についたボタンを押して、素早く二人はMIDを展開させる。深く息を吸い込んだ二人は、『シュバルトを守る』という共通の思いを乗せて叫んだ。
「ファイア!」「アイアン!」
ロイとフリード達の間に、熱でどろどろに溶けた鉄が湧き出してくる。フリードはリヒャルトに目配せする。彼は頷くと、持ち前のコントロール力でその熔鉄を竜の形に持ち上げた。その目はまるで生きているかのように光り、ロイのドラゴンを睨みつける。二人は息を合わせ、ロイに向かって叫んだ。
「お前にロマンはあるのか!」
次回はコノハさんです。こんなにしちゃってゴメンナサイ……