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学園ユートピア  作者: リヴァイアサン
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第十七話 ここから始まるユートピア(後編)

 リヒャルトの連れて来た人物というのが、ギオの登場並みにシュバルトを驚かせる程の人だった。

「一年生のシュバルト君だね?」

「……が、学園長?」

 ギオが相変わらずの表情で言う。

「お前に会いたがっていたのは、このおっさんだよ」

 広い肩幅と太い腕。絨毯を踏みしめる足の歩みは、その一歩だけで彼から発せられる威圧感を知らしめる。そのせいもあってか、元々の長身が更に大きく見えてしまう。

 リヒャルトは、両手に持っていた朝食をシュバルトの前に置くと、再びシュバルトの斜め後ろに立った。

 そして学園長はシュバルトの真向かい、ギオの隣にその巨体を降ろした。ソファーが音を立てながら大きく軋むと、ギオは少しだけ顔を顰めつつも座り直した。

「突然のことで申し訳ないね」

 そう切り出した学園長。

「私が君と話をしたいと思っていたら、いきなりギオがこのような場を設けたのさ」

「何だよ、俺が何か悪いことをしたみたいじゃねえか?」

 口を尖らせるギオの文句を聞き流し、学園長は話を続けた。

「いろいろと身の回りが大変だったじゃないか」

「え?」

「キラから襲撃されたことを発端に、サヲングォン、イティア、ジン、リリィ、更には国際魔法連盟の者までもが君に接触。訳も分からぬまま、訳を知ろうとする暇さえもないまま、随分と振り回されているだろう」

 全部知っているのか? シュバルトは唖然として固まった。

 しかし、思い返してみれば納得が出来ない話でもない。確かモーリスが言っていたはずだ。この学園には、MIDの統括システムとして、つまり部品として生徒が集められている、と。だからその学園を支配する学園長が全てを見透かしているのではという考えも、あまり不思議なことではないと思えた。

 だが、それならば彼は、シュバルトの周辺で起きていることをどう思っているのか。そして、リルタイム・チルドレンについても知っているのであろう彼は、シュバルトとの接触によって何を求めているのだろうか。

 気になることは山ほどある。自分はまだこの件に関与すらしていないのだと、シュバルトは思い知った。

 自分はあまりにも知らなさ過ぎるし、何もしていなさ過ぎる。もしここで、少しでも件についての話を学園長から聞くことが出来るのならば、そこからが本当の意味での始まりかもしれないと思った。

「さて、どこから話をするべきか…………君との話を望んでいながら、いざ君を前にするとどうにも、な」

 咳払いを一つしてから、学園長が少しだけ声のトーンを下げて言った。

「…………君は、魔法とはどんなものだと思う?」

「えっと…………」

 突然の質問に少々戸惑ったが、シュバルトは自分なりの率直な意見を思い浮かべた。

 MIDによる魔法は真似事でしかないと思い、精神力による神秘的な力の行使を真実の魔法だと信じていた自分。

 シュバルトの思い描くそれは、目にすればきっと胸を躍らせるような、いつまでも見ていたくなる楽しい夢の世界が現実になったような、そんな素敵なものだと思っていた。 

 追い求めたい。手に入れたい。掴み取りたい。

 そう、それはシュバルトが昔から言っていたものだ。

「“ロマン”…………だと思っていました」

 学園長が笑った。しかし、それはシュバルトの発言を馬鹿にするような笑いではなく、何処と無く嬉しそうな、そして安心したような笑いだった。

「君は正しいよ」

「正しい?」

 ゆっくりと頷く学園長の頭。

「そもそも魔法と言う技術は、人類の憧れや願いが形になったものだ。太古の時代からある(まじな)いに始まり、明るい未来への道を示す占術、暗黒面としての呪術……そういったものがどれ程の力を発揮したのかは分からないが、いずれにしてもそれらは間違いなく“人々のため”であった。そしてそういったものが技術として進歩したものこそが魔法だ…………魔法の根幹にあるものは、やはり“人々のため”なのだよ」

 学園長が語る隣では、ギオが退屈そうに大きな欠伸をしていた。

「しかし今の魔法は違う。行き過ぎた技術の進歩によって魔法は本来の意味を失ってしまった。MIDの開発によって魔法はより身近なものとなり、それ故に、使用する者達それぞれの利己的な使用が溢れている。更にMIDを介さない魔法までもが己の価値こそ頂点にあるべきと、力を誇示するばかりで悪い方に向かい続けている」

 彼の話に、シュバルトは衝撃を受けていた。

 その通りだと思った。この数日間で自分の周りに起こった出来事を振り返れば、学園長の話には大いに同意できる。

 キラが自分を失敗作だと言っていた話。リルタイム・チルドレンを手にするために作られた子供は、自分の人生をやり直したいと言った。

 サヲングォンやイティアのように戦闘に特化した魔法を駆使する者達。彼等が生み出すものは、決して人々を喜ばせたりはしない。

 モーリスの魔法。あれは人を消し去ることは出来ても、幸福を生み出せるとは思えない。

 強い力はより強い力に飲み込まれ、そうやって不幸は広がっていく。

 強さに何の意味があるのだろう。魔法の本分は、そんなことではないと信じたい。 

 追い求めたって、手に入れたって、掴み取ったって、それが夢のような力であったって。

 それが不幸を生み出す力なのだとしたら、そんなものは要らない。

「かつての魔法には、間違いなくロマンがあったのだよ。そのロマンに満ちた魔法こそが、“真実の魔法”なんだと思う」

 学園長がそう言った。

 学園長は深く俯いてから、再び話し始めた。

「私はね、人類の選択ミスをやり直したいと考えているんだ。魔法をかつての姿に戻したいんだよ。一体何のためにあるのか分からない魔法なんて…………そんなものは要らないんだ」

 シュバルトはその意見に同意出来た。

 しかし、学園長がそんなことを言っても、この学園ではMIDによる魔法を教育しているし、何よりここの生徒達自身がMIDの統括システムの一部となっている現状がある。更に有能な魔法使いを造り出す実験まで行なわれていると聞いた。

 それだって本来の魔法からかけ離れたものではないのか。

「この学園がやっていることについては、どう思いますか?」

 シュバルトの問い掛けを聞き、学園長はシュバルトの言わんとしていることを理解したようだ。持ち上げた顔の表情が、何処と無く悲しそうだった。

「恥ずかしい話だが、私を含め歴代の学園長達は、積み重ねてきた罪の歴史そのものであると言える」

「…………どういうことですか?」

「結局は我々も、選択ミスをした愚かな人類ということだ。MIDの開発のために学園を設立したことも罪だ。世界に溢れかえっている強力な魔法を淘汰するために、より強い魔法使いを抱え込んだ時期もあったが、結果としては“欠席番号”などを生み出してしまった。それも罪だ。待ちきれずに、有能な者を造りだそうとしてしまった。それも罪だ…………我々は多くの罪を重ねてきてしまった」

「こんなおっさんだ。いくら熱く語ったって、説得力も何もあったもんじゃねえよな」

 ギオが茶々を入れた。

 しかし、学園長はそれすらも受け入れ、静かに目を閉じて深呼吸をした。

 学園長のように、魔法を本来の在り方に戻したいと考えていても、そのための行動が結局は魔法の進歩を迷走させてしまっていたというのは皮肉な話だ。

 シュバルトは学園長の姿をまじまじと見た。ソファーの半分をすっぽりと覆い隠してしまうほどの体は、こんなにも小さく見えるものなのか。

「だから…………」

 学園長が言葉を続けた。

「だから私は君の力を必要としているんだ」

「俺の?」

「“リルタイム・チルドレン”だよ。その能力さえあれば、私達人類は間違った選択をやり直すことが出来る」

 モーリスが言っていた。リルタイム・チルドレンは、特定の事象の時間を巻き戻したり進めたりする能力だ、と。

 “無意味”が氾濫した魔法の在り方。その時間を巻き戻し、一からやり直すことで魔法の在り方を正すことが出来るということか。

 別の在り方、すなわちロマンであった頃の魔法の在り方を、今は失われてしまった魔法の本来の在り方を、この世界に組み込むことが出来る。

 そうした世界には、キラのような子供もいない。サヲングォンやイティアのような魔法も存在しない。モーリスの最強すらも否定される。

 出来上がるのは、“人々のための魔法”が存在する世界。

 それは、何とも。

「なんて……素晴らしい世界?」

「そうだろう!?」

 シュバルトの呟きを聞き、学園長は目を輝かせた。

 そして訴えてくるのだ。こちらに付け。素敵な世界を作るために手を組もう。

 一緒に歩もう、リルタイム・チルドレン。

「ちなみに俺はおっさんの考えには反対派なんだ。選んじまった選択はやり直しなんて利かない。過去をいつまでも悔やむより、現在を満足いくものにしようと苦心するタイプなんでな」

 ギオが言う。

 しかし、そんな彼の声をかき消すように、彼の意見を消し去るように、学園長が声を大にして言った。

「君なら解ってくれるだろう!? 本来の魔法はロマンに溢れていた。それは人々を幸せにするものだ。今の世界に溢れているような戦うだけの魔法なんて要らない。必要なのは、人々を救う魔法なのだ」

 シュバルトは揺れていた。

「シュバルト君、私は入学式の時に壇上でこう言ったはずだ。“何のために魔法を使うのか、それを考えろ”と」

 何故揺れているのかが分からなくて、シュバルトは困惑していた。

 シンプルに考えれば、学園長の言うように今の世界を根底から覆すような修正を掛けることが出来れば、もしかしたら自分が求めたロマンだって見つかるかも知れない。

 迷う理由なんて無いはずだ。考える必要なんて無いはずだ。選択肢は一つしかないはずだ。

 それなのに。

「人類の選択ミスを正し、この学園から真実の魔法を発信していこうじゃないか! そうだ、世界は変わる! 学園(ここ)から変わっていくんだ! “理想郷(ユートピア)”へとっ!」

 しかし、シュバルトは答えを出せないでいた。

 本当に、そうなるのか? 

 シュバルトが求めたロマンが、すぐそこにあるかのような話のはずだ。しかし、何か引っ掛かるものを感じる。

 何かに迷っているのだが、何に迷っているのかが分からない。その“何か”の正体が知りたくて、一緒に考えてほしくて、助けを求めるような目でシュバルトはリヒャルトを見た。

 おそらく彼は、シュバルトの持つ特別な力についてを既に聞かされていたのだろう。学園長の話を聞いている間も、リヒャルトは冷静に佇んでいるだけだった。

 縋るようなシュバルトの視線を向けられると、どこか、シュバルトを哀れむような表情を浮かべるリヒャルト。

 しかし、彼は意を決したかのように口を開いた。

「僕は生徒会に属してはいますが、ギオ先輩の意見に必ずしも賛成というわけではありません…………学園長の言うように、混沌としたこの魔法界を清算したのなら、世界が今よりもずっと素敵になるかもしれません。だけどギオ先輩の言うように、過去を反省して、現在を糧として、未来をより良いものへと作り上げていくのも素敵だと思います」

「ずっるい意見だなぁ」

 呆れたように言うギオへ苦笑いを浮かべながら、リヒャルトは続けた。

「全てはシュバルトさん次第のようですから、とてつもない重圧と思うのも無理ありません。ですが、よく考えてほしいのです…………どちらの選択を選ぶにしても、シュバルトさんの持つその能力が強大なものであることは変わりません。あなたの能力を欲しがる人は存在し続けるでしょうし、それに――――」

 言い辛いことなのか、リヒャルトが少しだけシュバルトから視線を逸らした。

「――――あなたの能力が、もしかしたらあなた自身が魔法の在り方を脅かす存在になり得る可能性も…………ゼロではないと思うんです」

 リヒャルトの言葉を、ギオが引き継いだ。

「その通りだ。仮にお前が他の魔法使い達のように力に酔って馬鹿をやらかすのなら、少なくとも俺はお前の敵になる。学園の品格を落とすつもりはねえからな。隣にいるおっさんだって同じだぞ? お前がもし、国際魔法連盟の野郎に付いて行くというのなら、このおっさんは間違いなく力を行使するだろう」

 自分がサヲングォンやイティアのような魔法使いに? そんなことは考えたことも無かったから、ギオの発言には反論しそうになった。

 しかし、そういう可能性があることも、否定できない事実だ。

 敵は多い。能力を狙う者達や、自分を監視する者達。そして、弱い自分自身。

 シュバルトが先程まで迷っていたものは、これだったのだ。

 リヒャルトやギオの意見は、かえってシュバルトを悩ませた。しかし、少しだけ気楽に構えられるようになったのも事実だ。

 リヒャルトの言うとおり、どちらを選んでも良いのなら、尚の事より良い方を選びたいと思ってしまうのは必然だ。だから答えが簡単に出ない。

 ただし、シュバルトはようやく悩める時間を貰えた気がした。自分に課せられたものを理解し、それを必要とする人物ともこうして対話することが出来たのだ。考え事をするための材料は、今、揃ったのだ。

 これは大きな一歩だった。このような機会を設けてくれたギオには、少し感謝したいと思った。

「…………少し考えてみてもいいですか?」

 シュバルトの答えを聞き、学園長は顔を顰め、ギオは「情けねえ」と笑い、リヒャルトは、

「僕も協力出来ることはしますから」

 と言って、シュバルトの肩に手を乗せた。




 生徒会室を出てから、シュバルトとリヒャルトは肩を並べて廊下を歩いていた。

 結局生徒会室で出された朝食には手を付けることもせずに出てきてしまったため、異常なまでの空腹を感じる。

 腹を押さえるようにしてシュバルトがため息をつくと、リヒャルトが笑顔を見せた。

「とりあえず腹ごしらえを済ませないと、考え事も出来ませんね」

「本当にそうだよ」

 シュバルトがそう返すと、「ところで」と言ってリヒャルトが話を続けた。声色はいきなり真剣みを帯びている。

「シュバルトさんにお願いがあります」

「なに?」

「フリードさんにあまり心配をかけないでください」

 何を言っているのか分からないというような顔で、シュバルトはリヒャルトを見た。

「フリードさんは、あなたが何か問題を抱えていると、見抜いていますよ」

「あいつが? それは無いだろう。いつも能天気な奴だし、勘付いているとは思えないぜ」

 その答えを聞いたリヒャルトの顔が、今までに見たことのないくらい怖い表情を浮かべていた。普段の彼からは想像もつかないような憤怒の態度に、シュバルトは少しだけ身を引く。

「能天気なのはどっちですか? フリードさんとは随分と縁の深い親友なのでしょう? だったら彼のことをもっと解っていてもいいと思いますけど」

「…………え、えっと」

「昨日、フリードさんに食堂で頼まれたんです。シュバルトさんの様子が最近おかしいから、それとなく聞き出してくれって」

「え、何でお前に頼むんだよ?」

「元々悩み事とかは一人で抱え込む奴だけれど、俺が訊いたって余計に塞ぎ込んじまうだけだから。その点、頭の良いお前ならあいつも安心して相談が出来るだろう……って言ってましたけど?」

 言われてみればと、シュバルトは頷いた。おそらくフリードに気遣われていたら、自分は何も教えようとは思わなかっただろう。長年ずっと親友でいたフリードのことを信用していないわけではないが、長年連れ添った友人だからこそ、自分の弱々しい姿は見せたくないと思う。恥ずかしいのだ。

 だが、結局は気を遣わせていたということか。シュバルトは苦笑した。たぶん、これから正直に打ち明けたとしたら、「何で相談しねえんだバカ!」と言われて喧嘩になるだろうことが予想できたからだ。

「僕はその時、ちょうどギオ先輩から、シュバルトさんを生徒会室に招待するよう命令されていました。だからフリードさんの頼みを受けるには、タイミングが良かったんです」

 招待? 寝ている人間を勝手に持ち運ぶのは、世間では“誘拐”と言うのだ。シュバルトは心の中でつっこんでおいた。

 それにしても、何とも心温まる問題を抱えてしまったものだと、シュバルトは微笑んでため息をまたついた。

 近いうちに、フリードにもきちんと謝って全てを話さないといけないみたいだ。そうすれば、きっと彼もリヒャルトと共にシュバルトの悩みを共有してくれるだろう。

 一発ぐらい殴られるかもしれないと、今のうちに覚悟を決めながら、シュバルトはリヒャルトと共に食堂へと向かっていった。

 リレー参加者の順番がようやく一周しました。

 次回からは二周目です。

 ということで、二周目一番手の♯ペンシルさん、よろしくお願いします!

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