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学園ユートピア  作者: リヴァイアサン
17/33

第十六話 ここから始まるユートピア(前編)

 十六番手、虹鮫連牙が書かせていただきました。

 一万文字オーバーのため、前後編に分けました。

 長くてすいません……。

「おはようございます、シュバルトさん」

 覚醒していくシュバルトの意識が捉えたのは、聞き覚えのある男の声だった。普段の彼がどういった男なのか、瞬時にイメージ出来るような柔らかい声。

 シュバルトが思い浮かべたのは、自分がよく知る友人の顔だった。

「…………リヒャルトか?」

 視界に飛び込んでくる光を徐々に受け入れながら、シュバルトは横たわっていた体を起こした。

 自分のことを覗き込むようにしている声の主は、思ったとおりリヒャルトで間違いない。

 しかし。

「お目覚めの気分はいかがですか?」

「悪くはないよって…………おい、ここはどこだよ?」

 シュバルトは、自分の今いる場所が自室ではないことに困惑した。

 昨晩、シュバルトはこっそりと部屋を抜け出した。そして夜が明けるよりも早く部屋に戻り、傷だらけの体を癒すためにすぐ眠ったはずだった。

 だが、今こうして目を覚ました自分がいる場所は、明らかに自室ではない。更に言うならば、学園の生徒達が住まう学生寮とは似ても似つかないような、豪華な部屋だ。

 形が掴めなくなりそうな柔らかさの、濃緑色のソファーの上。高い天井を見上げれば、天窓から差し込む日光を浴びたシャンデリアが眩しく光る。窓の外には学園の西側に広がる森の木々が景色一面に見えて、この部屋がまるで緑の海に浮かぶ箱舟のように思えた。

 ソファーの隣にはガラス造りのローテーブルがあって、その反対側にも同じ濃緑のソファーがある。

 この部屋が何処なのかを、そして何故自分がここにいるのかを、おそらくリヒャルトは知っている。

 そう思ったシュバルトは、ソファーから足を下ろして座り直した。座り心地の良さに感動しつつも、今はリヒャルトの返事の方が気になるところだ。

「ここは生徒会室です」

「生徒会室? こんなに良い所なのか?」

 「そうですね」と言って微笑むリヒャルトは、あらかじめ用意しておいた紅茶をシュバルトに出した。

「就寝中のところを運ばせていただきました。ごめんなさい」

「本当だよ。最近疲れてるんだから、寝る時くらいは休ませてほしいんだけど」

「でも、今は疲労もそんなにないでしょう? 寝ている間に快復魔法を施しましたから」

 言われてみて気がついた。ここ最近は朝の目覚めと共に体中が軋むようだったが、今ではすっかりと調子が良くなっている。久しく味わっていない、随分と良い目覚めだ。

 リヒャルトのよこした紅茶を口に含むと、途端に空腹感が襲ってきた。

 しかし、他にも気にしなくてはいけないことがあることを思い出し、シュバルトは紅茶を再び啜り出した。

 リヒャルトが「あとで朝食も持ってきますね」と言ったので、すっかり安心したシュバルトは空になったカップを受け皿に置いてから言った。

「朝飯もいいけどさ……」

「ここに連れて来た理由ですよね? もちろん説明しますけど…………意外と冷静ですね」

「もう何があってもそう簡単には驚かねえよ」

「そりゃあ残念だな」

 突然聞こえた三人目の声に、シュバルトは両肩を大きく跳ねさせて身を仰け反らせた。

 そして視線はあるところに釘付けとなってしまった。

 自分が座るソファーの正面。向かい側にある同じソファーの上。そしてその更に後ろ。

「な…………いつの間に!?」

 そこにいた男にも、シュバルトは見覚えがあった。

 左手に嵌めた白い手袋と、短い黒髪を散らした頭。強気な態度を感じさせる鋭い目。歯を見せて満面の笑みを浮かべる彼の顔は、シュバルトの記憶の中に色濃く残っている人物。

 ブロッドサム学園の生徒会長、ギオ・ガルシア。

 そして彼の後ろでシュバルトのことをじっと見つめる巨躯の主は、ギオが使役する白い竜だった。

 驚くシュバルトの姿を見て、ニヤついた顔を絶やさないままギオが言う。

「リヒャルトに言ってお前をここに連れて来させたのは俺だ。と言っても、本当に会いたがってる奴はまた別なんだがな」

 思惑の見えないギオの言葉を聞き、シュバルトはただ固まるしかなかった。

 シュバルトがここに連れて来られたのは誰かの意思だと言う。その“誰か”が誰なのかを訊こうとしたところ、それよりも先にはっきりとさせておきたい事があると知った。

「…………リヒャルト?」

「いやぁすいません、黙っていて」

 頭を掻きながら笑うリヒャルトの左手には、生徒会役員の証でもある白い手袋が見えた。

 生徒会と言えば、学園に在籍する生徒の多くがその座を狙うポジションだ。聞いた話では、より強い魔法使いが生徒会に籍を置くことが出来るとされていて、MIDの強化や魔法の習得に躍起になっている生徒が学園には溢れかえっている。

 そんな生徒会に友人がいると知り、シュバルトは思わず息を呑んだ。

「お前、そんなに強いのか?」

 蘇る記憶は、入学式の日にギオが見せた白竜を使ってのデモンストレーション。そしてキラやアヤナの魔法、サヲングォンとイティアの激闘、リリィの治癒にジンの死、モーリスの力。

 立て続けに見てきた圧倒的な力を持つ魔法使い達を思い浮かべてしまえば、リヒャルトに秘密が隠されていることを疑う心理も当然のことだった。

 イティアの例もあるから、MID適性なんてもう当てにはできない。

 シュバルトが懐疑的な視線をリヒャルトに向けた。

 しかし、リヒャルトは恥ずかしそうにしながら再び笑った。

「いいえ、僕はそんなすごい者ではありませんよ」

「でも、生徒会の一員なんだろう?」

 シュバルトが返すと、それを聞いていたギオが鼻で笑いながら答えた。

「おいおい、確かに俺は自分のことを“生徒最強だから会長だ”と言ったけれど、“強けりゃ生徒会に入れる”とまでは言ってねえよ」

「ええ?」

「生徒会長が一般生徒に嘗められるわけにはいかないだろ? だから俺は嘗められないように最強でいるだけだ。別に生徒会に入れる奴は強い奴ってわけじゃない」

 シュバルトが素早くリヒャルトを見ると、彼は大きく頷いた。

「じゃあどういう理由なんだ?」

「俺の独断と偏見と損得勘定で」

 またもやギオが笑う。

 何だかおかしな話だ。

「そして彼、リヒャルトは、俺の損得勘定によって有益な人材であると判断したから生徒会に引き込んだのさ」

 それこそおかしな話だ。一体どういう理屈によってリヒャルトが生徒会に必要だと判断されたのか。確かに彼は座学も得意だし、魔法もそつなくこなす。リヒャルトならば何でも器用にやってのけてしまうのだろうが。

「リヒャルトが俺にもたらす利点は…………お前だよ、シュバルト」

 またもやシュバルトの視線がギオに向けられる。シュバルトの正面に座るギオと、背後に佇むリヒャルト。双方を交互に見やるのは、どうも首が痛くなってしまう。

「お前と親しいリヒャルトなら、容易にお前と接触することが出来るだろう?」

「それが狙いだってのか? …………じゃあ、リヒャルトが俺やフリードと出会ったのも仕組まれていた?」

「いいえ! あれは僕がお二人と本当に親しくなりたかったからです!」

 リヒャルトが慌てて訂正した。ギオも頷きながら、「俺が誘ったのはその後だよ」と付け加える。

 ギオが言うには、元々シュバルトのことはギオ自身もマークしていたと言う。そんな時にリヒャルトがシュバルト達と親しくなったことから、彼を生徒会に引き込もうと決めたそうだ。

 元々MID適性というものが判定された時点で、学園はシュバルトにも注目をしていたと言う。リルタイム・チルドレンの素質を持つ者は、比較的MID適性が高い傾向にあるらしく、シュバルトやアヤナ、それにロイも、入学時点からマークされる対象だったそうだ。

 話を聞けば聞くほどに分からないことが多くなる。

 ギオの言い分から察するに、やはり彼自身もシュバルトに注目していた一人であるようだし、まだ姿を見ていない“シュバルトに会いたがっている人物”の正体も気になるところだ。

 しかし、モーリスから受けた誘いのことも合わせて考えると、予想は出来た。シュバルトが注目されている理由というのは、やはり例の能力についてなのだろう。

「俺をここに連れて来た理由って、リルタイム・チルドレンに関係することか?」

「察しが良いじゃねえかよ。話が早くて助かる…………リヒャルト、呼んできてくれないか?」

 ギオに言われたリヒャルトは、一度返事をしてから生徒会室の出口へと向かっていった。

 そしてシュバルトの側には、ギオと、彼の操る白竜がいるのみとなった。

 そうなった途端に、緊張感が高まった気がして言葉が出てこない。何だか息苦しくさえある。目の前の男は自分に用があるはずだ。まさかいきなり消されるようなことは無いだろう。しかし、リヒャルトが戻ってくるよりも早く、後ろの白竜に喰われてしまうんじゃないだろうかという恐怖心だって大きくなる。

 そういった不安が次々と湧き起こってきて、思わず拳を握り締めた。額には汗が浮かんでくるし、喉の乾きも感じる。

「別にとって喰おうってつもりもないんだけど」

 まるでシュバルトの様子を見て楽しんでいるかのように、ギオが意地悪っぽく言った。そういった言葉が余計にシュバルトを追い詰めるのだ。

 こいつ、人の考えていることを見抜きやがって。しかもそれを面白がっている。

 向き合っているだけなのに油断が出来なかった。 

 そんな時。

「お待たせしました」

 リヒャルトの声が、清涼な風となってシュバルトに届いた。思わず微笑んでしまう。

 しかし、シュバルトの微笑をすぐさま打ち消す光景があった。

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