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学園ユートピア  作者: リヴァイアサン
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第十四話 深淵

若竹です。よろしくお願いします。

 


 シュバルトはモーリスに引き摺られるようにしながら男子寮の自室に向かっていた。

「分かった、大人しく送ってもらうから手を放してくれ」

「そう嫌がるなよ。またへこむぞ」

 そう言いながらもモーリスはシュバルツの腕を離す。だが、モーリスの表情は言葉の通りに、堪えているようにはとても見えない。

 シュバルトは痛む腕をさすりながら、横を歩く男をじろりと見た。モーリスの得体の知れ無さやその強さ、強引さに警戒と共に脅威を感じていたのだ。

「少し力が入りすぎたか? まあ、気にするな。それより君は、MID、いや、魔法という力についてどう思う?」

 突如、モーリスはシュバルトに質問を投げかけた。

 突然の質問にシュバルトは少し驚いたが、自分の中で答えを探した。モーリスを見ると、問うたモーリスの顔は笑っていたが、シュバルトに向けた眼は、温かみの欠片も無い冷徹なものだった。

 

 シュバルトは、突如薄氷の上に立っている様な感覚に陥った。この質問には気をつけなければならない。先程モーリスはシュバルトを保護しに来たと言った。しかし、それはどこまで真実であるのだろうか。モーリスの目的も真意も分からない状態で、迂闊には答えられない。答えによっては、モーリスは何をしかけてくるか分からない、そう思わせる物があったからだ。そして、モーリスに襲われれば自分など、ひとたまりも無く死を迎えるだろう。地を這う無力な虫のように。

 シュバルトは自分がいかに何も知らず、無力であるかを実感した。自分とは、一体どの位置に立っているのだろう? 自分の力と学園の思惑、それを知りたいと思った。 

「この学園に入った頃は、ただMIDの力に魅せられた。MIDや真実の魔法の力を実際に見せつけられて、可能性とロマンを感じた。だが……」

 しばらく言葉を切って内容を吟味する。逡巡はほんの少しの間だけだった。

「ここ数日での体験が俺の認識を変えた。強すぎる力は正に凶器だ。強者は弱者をあっけなくねじ伏せる、弱肉強食の有り様。正直、圧倒的な力の前に、俺は無力だ」

 シュバルトは畏怖の念を感じていたのだ。自分の許容量を遙かに上回る事態が連続で起きて、実際の所、器から水が溢れるように、現実に対して限界を感じていた。

「一体何が俺の身の回りで起きているのか、それすら分からない。せめて、それだけでも知りたい」

 モーリスは考えを読ませない表情でシュバルトを見た。

 その胸中には、一体何が蠢いているのだろうか? シュバルトはそれを知りたかったが、眼の前の男は欠片も漏らしてはくれない。

「では、君はこの学園についてどう思う?」

「MID自体は凄い物だと思う。だが、学園に対してはここ数日の行動に不信感を感じている」

 シュバルトの脳裏にはキラの胸にあった手術痕が浮かんだ。その後、サヲングォンに容赦なく攻撃され、宙を飛ぶキラの首。イティアの戦闘、そしてあれ程強かったサヲングォンと赤毛の青年をあっけなく殺したモーリス。

 それは、学園側と国際魔法連盟の情け容赦ない暴力だった。

 シュバルトは、人間をゴミのように手を掛け切り捨てられる両者の行動に、恐怖と不信を感じたのだ。


「そうか、では、この学園について教えてやろう。だが、知ってしまえば後戻りはできない。それでも聞く覚悟はあるか?」

 シュバルトはごくりと唾を飲み込んだ。背中に冷や汗が流れたが、この機会を逃してしまえば二度と知る事はできないだろう。しかも、自分は既に何事かに巻き込まれているのだ。相手は決して見逃してはくれないだろう。ならば、ここで真実を聞いておくべきだった。

「ああ、覚悟はできている。教えてくれ」

 その返事を聞いたモーリスは眼を細めた。シュバルトの眼にはその表情が、罠に掛かった獲物を見る、猫科の動物のようだと思った。


「ブロッドサム学園の保有する国家規模の高科学技術、つまりMIDはなぜ、この学園のみで独占できていると思う? なぜこれ程の突出した力を保有でき、結果、権力と技術力、富が集中しているのか? 他の国家はこの国程豊かでも技術力が優れている訳でもない。学園はその圧倒的な力をもって、他国を事実上支配していると言ってもいいだろう」

 シュバルトは話の内容に茫然とするしかなかった。あまりの規模の大きさに、思考が動かなくなっていた。

 モーリスは言葉を続ける。

「これ程の力を持つMIDは勿論端末だけでは成り立たない。端末を制御するスーパーコンピュータがある。その情報処理能力は端末の比ではない。それはそうだろう、自然の摂理を捻じ曲げ、驚異の現象を引き起こすMID。その全てを管理しこの学園の全機能、ライフラインさえ負担しているのだ。それを成しうるだけの能力は、他の国では持ち得ない超技術を使っているからだ」

 モーリスは言葉を切った。一呼吸置くと、重々しく禁断の事実を明かす。

「人間の脳だよ。情報処理能力の優れた者達の脳を集めて造られた物。それがMIDの根源であり、力の正体だ」

 シュバルトの思考は完全に白く染まった。ありえない、それしか浮かばなかった。

 しかし、突然気付く。情報処理能力に優れた者の脳とは。まさか。

 シュバルトの表情を見てモーリスは思考を読んだように言葉を放った。

「そうだ、その脳とはこの学園の生徒の物だ。この学園の生徒は治安を維持する兵士であり、実験動物であり、部品でもある」

「馬鹿な、そんな……」 

「さらに学園は有力な能力を持つ者達を集める場所でもあり、裏ではそういった能力者を作り出す研究もしている」


 自分達は都合のよいモルモットだったのか?

 シュバルトは衝撃に打ちのめされた。何のためにこの学園に入学したのか。自分もこの学園の生徒達も。その内容は、生命の尊厳も人権も無く、全てを踏みにじるものだった。

 モーリスの語った事は真実であるのか? 学園側に自分達は騙されているのだろうか? 

 ……分からない。しかし、真実であるのならばこれを知った自分は学園側に消されてしまうだろう。なんと深い闇か。その深淵はどこまでも広がっているかのように思えた。

 シュバルトはただただ、モーリスの言葉と現実に翻弄されていた。


「もう一度聞く。僕と来るか? 僕達ならこの学園からお前を守ってやれるぞ」

 モーリスは穏やかに問うた。

 シュバルトは是と頷きそうになったが、何かが自分を引きとめた。不意に、鈍くなっていた思考が徐々に戻ってくる。

 そうだ、だからと言って国際魔法連盟とは一体どういう組織なのだ。組織は信用できるのだろうか?

「だからと言って、あんた達の組織が信用できるというのか?」

「我々の組織の目的は、魔法という力の秩序を守り、魔法が使える者の保護と教育を施す事だ」

 

 シュバルトはモーリスの言葉を、そのまま素直には受け止められなかった。

 学園と同様に情け容赦ない暴力を見せつけた、モーリスとイティア。そのあり方は、学園と同じなのではないか?

 それにリルタイム・チルドレン。事象の時間を戻したり、早めたりする力。それは、禁断の力ではないか。

「一週間後までに返事をするから。少し考える時間がほしい」

「いいだろう」

 

 シュバルトは、自分すらも信用できなくなっていた。

 

 男子寮の自室に戻ると、フリードは幸せそうにいびきをかいて眠っていた。それを見たシュバルトは、とてつもなくフリードが羨ましくなった。何も知らず、呑気に眠っていれるのだから。

 この、どこか憎めない幼馴染には、今までの事を相談するなどとても出来ない。彼を危険な事態に巻き込んでしまうからだ。

 シュバルトは深く溜息を吐くと、重たい身体をベットに横たえ、眠れないまま夜を過ごした。

 

 彼を取り巻く環境は、考える時間を与えてくれない事など予想もつかずに。






次の作者は雨音ヨルさんです。よろしくお願いします。

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