幕間 はじめての同窓会
サイは四十代だ。
若い頃に異世界転移してしまったが、日本の小・中学校にはもちろん通っていた。
異世界でも人付き合いがあったように、もちろん日本でも人付き合いはある。
そういったわけで、四十代のおじさん山浪彩人。
人生で初めての同窓会に参加する事になった。
会場はサイの暮らす町から少し離れた町の居酒屋。
全員同じ小学校を卒業したメンツで、中には中学校も同じだった人もいる。
そんな同級生と再会する事となった。
サイは少しドキドキしながら通された居酒屋の個室に向かう。
同窓会メンバーは十数人程度。
男女比率は、男子がちょっと多い程度だろうか。
幹事曰く、普段より今回は人の集まりが多いらしい。
「よ、久しぶり」
サイが声をかけると、既に集まっていた元クラスメイトたちが声をかけてくる。
「おお、ほんとに山ちゃんだ!」
「うーわ。懐かしい! 俺のこと覚えてる!?」
「つか、ごつくね? こんなムキムキだったけ、山ちゃん」
「俺の知ってる山ちゃんは、もうちょっと……でも、顔は山ちゃんか……」
同窓会として集まった居酒屋の個室は、既に大騒ぎとなっていた。
ちなみに『山ちゃん』とは、サイの小中学校の頃のあだ名だ。
「いや~~~、三十年以上ぶり。再会できてほんとよかったよ」
ビール片手に、涙を流し、サイに抱きつく男がいた
その顔は既に赤く、吐息は酒臭い。
「なんで、もうできあがってんだよ。同窓会の集合時間って十七時だったよな」
「今日は暇だったから、何人か声かけて先にやってた」
よくよく見れば、既に酔っ払いが数名いた。
「そうか。とりあえず久しぶりだな」
サイは絡んできた同級生を適当に座らせる。
改めて、元クラスメイトたちを眺めるのだが、三十年ぶりの同窓会となると、名前と顔が一致する人間の方が少ない。
正直に言えば、名前すら怪しい。
元クラスメイトに、そんな名前の奴いたっけ? とすら思ってしまう。
あだ名呼びを続けた結果、余計に上か下の名前が出てこなくなる現象だ。
なので、素直に白状する。
「……すまん。正直、三十年ぶりで誰が誰なんだか、わからないんだが……」
そうなってくると元クラスメイトたちは「うわ、俺のこと忘れたの!?」から始まり「私だよ、ほら図工の時に隣の席だった……」だの「小学校の時、一緒に駄菓子屋に行った……」だの「あれ、あん時一緒に行ったのって……」「うーわ、懐かしい! 山ちゃんちの角曲がったところにあった駄菓子屋でしょ。あそこは……」と会話があらぬ方向へ連綿と繋がり、あちらこちらで会話の花が咲き乱れる。
良くも悪くも同窓会らしい雰囲気だ。
三十年ぶりに再会するおじさんに優しくないが、そんなものである。
サイは、この混沌とした状況を見つつ、一番仲の良かった幹事に声をかける。
幹事は小学校どころか幼稚園から一緒の友人であり、同じ中学校を通った仲だ。
サイの両親経由でサイの帰還を知り、同窓会に呼び出した張本人とも言える。
「これ、どうするのがいいんだ……」
「ほっとけ。で、何飲む?」
「とりあえずビールで」
「あいよ」
幹事は手早く、スマホをポチポチする。
最近の居酒屋はスマホでQRコードを読み込んで、スマホから注文できるお店も多い。このお店もそういったスタイルなのだが、普段あまり居酒屋に行くことのないサイからすると物珍しく映ってしまう。
改めて、日本の未来化に驚くばかりだ。
そうしてサイの元へビールが届き、改めて乾杯が始まる。
会社員をやっている人間が多いが、個人経営のお店をやっていたり、中にはクリエイター系の職業をやっている人間などもいる。
サイとしてありがたかったのは、行方不明の三十年間、何をやっていたかを誰も聞いてこなかった事だろう。
これについては幹事が理由を話してくれた。
「いや気にはなるけどさ、言いたくなさそうだし。大体、山ちゃんのおじさん、おばちゃんが落ち込んでる姿見てるしな」
「そうだそうだ! お前は親孝行しろー!」
「山ちゃんちのおじさんおばさんが、うちの店に来てくれた時、見つかったこと嬉しそうに話してくれたよ」
さすが地元と言うべきなのか、小中学校と長い付き合いをした結果と言うべきか。
良くも悪くも、サイ個人だけを見ずに家族も含めて意見してくる。
サイの両親が、サイの行方を探すために努力していた姿を、ある意味一番に見ていたのが元クラスメイトたちなのだ。
「親孝行は……まあぼちぼちだな」
ヘクサリアのことは紹介したが、異世界にいる子どもたちの件は話せていない。
両親への恩返しは、まだまだできていない。足りていない。
「そういえば、山ちゃんって今何やってるの?」
ふと女子のひとりが、そう声をかけてきた。
「ああ、今は冒険者だよ。それと冒険者の指導官」
「あ! やっぱり、たまにテレビに出てるサイって冒険者、山ちゃんだよね!?」
「お、おう」
新宿の冒険者ギルドに行くと、冒険者への指導やヘクサリアの件もあって、まあまあ注目を浴びるのだが、世間ではサイという冒険者はそこまで認知されていないようだ。
業界が変われば、場所が変われば、サイの知名度など、こんなものである。
「えええ、山ちゃんが冒険者のサイだったの!?」
「あのハイエルフの人と一緒に冒険してる人だよね?」
「やっぱ言った通りじゃん! 山ちゃんだって言ったじゃん!」
「え、でもネットの記事と顔違くね?」
「うわ、なんで今まで気づかなかったんだ……」
……そうでもなかった。
元クラスメイトたちの中で、同級生の山浪彩人と冒険者のサイがイコールで結ばれてなかっただけのようだ。
サイが有名になったのは、ここ数ヶ月の話であるし、冒険者や新宿タワーについて興味を持って見ていなければ気づけないものなのかもしれない。
ただ、こうなってくると話題はどうしてもサイに集中してしまう。
「だからか、こんなにガッチリしてんの」「てっきり消防士か何かかと……」
「とりま、ちょっと上着脱ごうか」「ええぇ……」「ちげぇって。俺らと同じ年齢で、この身体だぜ? 見てみたいだろうが、参考までに……!」
という話題に始まり……。
「実は俺、今冒険者向けの企業で……」「ぶっちゃけ、どれぐらい稼いでるの?」「山ちゃん。私と夜明けのコーヒー飲もっか」なんて会話が入り、そうなると、どうしても出てくる話題もある。
「で、お前とあのハイエルフさんとの関係について……」
とヘクサリアとの関係も問われる。
が、サイからしたら想定済の質問だ。
「言うか、バカタレ。NDAだ」
「うわ、やっぱそうなってるんだ」
そう言って、聞いてきた男子は「やっぱりな」という顔をしている。
現代社会には魔法の言葉がある。
それがNDAだ。いわゆる秘密保持契約。
いい大人(四十代)であれば、この言葉を聞くと大体の人が「じゃあ話せないか」と大人しくなる。一部、それでも聞き出そうとしてくる人もいるが、どれだけ追求されても「だから喋れないって言ってるだろ」と返せる。
最近、覚えたての言葉であり、もちろん実際にヘクサリアとの関係に対して秘密保持契約書を取り交わしてはいないが、文章としてまとめていないだけで、当面の間は秘密にすると関係者間で決めている。
そのためNDAと言っても差し支えないだろう。
とはいえ、いつまでもこちらに水を向けられ続けても困ってしまう。
話題をそらすために、サイは別の話題をふることにした。
「そういや、今日来てない奴らって……」
同窓会で、この手の話題は四十代になってくると、ナイーブな問題が絡んでくる。
サイは東京都内の生まれであり、地元が東京だ。
そのため、小中学校の人間も全員東京住まいかというと、存外そうでもない。
なにがしかの理由で引っ越しをする者も多いし、全員が全員地元にいられるわけでもない。あいつは今北海道だ、あの子今海外にいるよ、だのそんな反応になる。
この辺りまでは良かった。
問題は……。
「え、死んだ?」
「うん。結構前に交通事故で……」
「そっか。山ちゃん知らないよな。それと病気で死んだやつが……」
サイは、小中学校の同級生のうち、結構な人数が亡くなっている事を、このタイミングで知る事となった。
まだ四十代。死ぬには早すぎる年齢のはずだ。
……サイは、異世界で冒険者という死と隣合わせの人生を送ってきた。
あと少しで死んでいた……なんて思いは、散々してきている。
努力が、運が、状況が、ひとつでもピースが欠けていたら死んでいただろう。
そんな人生を送っていた。
サイは若かりし頃、いつか日本に帰ってみんなと再会するなんて夢を見ていた頃、日本に帰れば安全に暮らせる。安心で安全な日々に帰れる。そう夢見ていた。
そう短絡的に考えていた。
だが、現実は日本でも平然と死んでしまう。
もちろん確率の話だとか、何人中何人が……みたいな話をしたら、異世界の方がリスキーではあるのだろう。きっと。
けれど、日本でもサイが予想していた以上に亡くなっている。
知っている誰かが。
サイは、自身が思う以上にショックを受けた。
その顔を見た元クラスメイトたちは、話を続けるように喋る。
「まあそりゃしょうがねえよ」
「病気の話もあるしな」
「そうだねぇ……」
「俺らも年だしな……」
そう言って、みんなグラスを少しだけ掲げ、飲む。
わざわざ献杯だとかそう言ったことは言わない。
ただ、今このタイミングだけ、故人を偲び、哀悼の意を掲げているのだ。
「みんな、長生きできるといいな」
サイはそうやって呟く。
「いや、一番危ないのはお前だからな?」
「お、おう……」
冒険者をやっている人間が、一番にそれを言うのかと指摘を受ける。
「山ちゃん、やっぱり変わってねえや」
「とっぽいというか、なんというか……」
そうして、また昔話やら最近の話題を肴に同窓会の席は盛り上がっていく。
ふと、そうやって賑わう元クラスメイトたちを見て、サイは気付いた。
ああ、これはあれだ。
冒険者の酒場と同じノリだ。
異世界であろうと日本であろうと、人の営みは変わらない。
すきずきに笑い合い、でも故人を偲ぶ時は静かに。
異世界と通じる――変わらない部分を見つけて、ひとり嬉しくなるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。




