第50話 影幽奇譚②
幽世に転移したサイたちは探索を始めた。
最初にその違和感に気づいたのは澪だった。
「なんでしょう。なんだか魔力がみなぎる感じがします」
「ああ、それは大気の魔力……マナが多いからな」
「そうなんですか?」
「ああ、証拠というわけじゃないが、ちょっとあの木を見てみな」
サイが指さした方向には、変わった木が生えていた。
ありふれた広葉樹のようシルエットだが、色合いに赤みがさしている。
とはいえ、紅葉の赤という感じでもない。
一般人の澪からすると不気味に感じる赤だ。
「あれな。魔素が多いと、植物も変化するんだよ」
「魔素?」
「大気のマナにある成分ぐらいに思っておけばいい。魔素が多いと、変質が進むんだよ」
実のところ、覚醒とモンスター化というのは、この魔素が原因だ。
物理科学の壁を『魔』が変質させてしまうのだ。
「ヘクサリア、魔力の感じはどうだ。多少は力を出せそうか?」
「現世と比べるなら悪くない。力も出せよう。魔素が多く鬱陶しいのが癪だがな。……どちらにせよ影喰い相手なら問題なかろうよ」
ヘクサリアはハイエルフだけあって、大量の魔力を保有しているが、反面大気の魔力が少ないとその力を発揮しれきない。
異世界に比べると、実力の半分程度しか力を出せない。
ヘクサリアは地球では力を出しきれないと、澪も話は聞いていたが、どうやら単純に大気の魔力……マナが多ければ力を発揮できる、というわけでもなさそうだ。
ふと、澪は以前授業だか何かの時に教わったエンジンの話を思い出していた。
エンジンとは、端的に言えばガソリンなどの燃料と空気を混合圧縮して燃焼させることで発生する力を動力に変えたものだ。
今回の場合であれば、ヘクサリアというエンジンがあり、魔力という燃料があり、大気のマナが空気となる……みたいなイメージだろうか。
この空気内に魔素という邪魔なものがあるせいで、混合圧縮がうまくいかない……あるいは効率が悪い、といった理屈か。燃焼自体に問題があるのか、それともヘクサリアというエンジンに傷がつくのか、その辺りはなんとも言えないが。
そんな事を考えていると、空から周囲を調べていたカラスの銀嶺坊が戻ってきた。
「サイ殿、ヘクサリア様。場所がわかりましたぞ!」
「どうだった?」
「どうやら……現世でいうところの港区か品川あたりですな」
「なるほど。北か北西の方に向かえば、新宿タワーがあるあたりか」
サイは、頭の中でなんとなく地図をまとめていく。
現世と幽世では地形もある程度似ているが、全てが一致するわけではない。
現世には想像以上に埋め立て地がある。
サイの記憶では中央区や江東区あたりは埋め立て地が多く、荒川あたりも今と昔で川道が違う。
現世で埋め立てた場所が、幽世でも埋め立てられるわけではない。
だが、そんな幽世にあって、現世と同じものがある。
それが新宿タワーだ。
幽世にいながら、以前戦った禁雅たちは『新宿タワーを調べるために』現世に来たと話していた。ならば、その証左とも言えるものがあるはずだと睨んでいる。
「サリア、影喰いの位置はわかるか?」
「魔素が多いゆえ正確ではないが、北の方であろうな」
サイの探知能力の範囲は狭いが、その範囲内であれば、かなり精密にアレコレと把握できる。 反面、ヘクサリアの探知能力は、サイに比べておおざっぱだが、探索範囲がサイの倍以上に広い。
ゆえに彼女が北を指すのであれば、現在は北の方にいるのだろう。
「とはいえ、アレが影に隠れたら、我の探知もきかん。随時探知するが、あまり期待するなよ」
「もちろんだ」
そう。影喰いの魔王は影に潜んでいる間、探知系が一切利かなくなる。
現在は食事のためか起きているようだが、満腹になったら影に潜むだろう。
「それじゃ新宿タワーをチェックして、そこから北を目指すか」
サイの指針に、全員首肯する。
「ところで、ひとつ確認なのだが……その《《今のまま》》進むのか?」
そんな中、ひとりびくびくと語る銀嶺坊。
対してサイもヘクサリアも、どこ吹く風だ。
「そのつもりだ」
今、彼らは転移するため、世界を騙す必要があり『精霊』のフリをしている。
近づけば精霊ではないとわかるのだが、存在は精霊と思わせる状況なのだ。
「だが、低級の妖魔にとって精霊は食料……極上のエサですぞ!?」
銀嶺坊の叫びをかき消すように、五感集中していたひよりが気づく。
「なにか、こっちに向かってきてる!」
「タイミングがよい。精霊というご馳走を見つけた妖魔たちが、ぞろぞろ来たか」
少し離れたところに大量の鬼がひしめいていた。
中には現世で見た事のない妖魔すらいるようだ。
新宿魔人戦線を戦いぬいたひよりと澪ですら、その数に圧倒されてしまう。
青ざめるふたりに対してヘクサリアは告げる。
「ひよりに澪よ、よかったではないか。特訓の時間だ」
「「ひぃ!?」」
「さあさ、今晩のごちそうになりたくなくば、戦うが良い!」
ひよりも澪も幽世に行くのだから、戦闘は覚悟していた。
だが、まさかこんなに大量の妖魔と戦う事になるとは想像していなかった。
「ふふ、ひより。私ね。この冒険が終わったら、告白するんだ……」
「澪ちゃん、なにその死亡フラグ!?」
澪は今わの際で何を言い出すのか。
こうして、幽世ではじめての戦闘が始まった。
◇
妖魔の鬼というものは多種多用だ。
知性の低い鬼もいれば、妙に小賢しい鬼もいる。
概ね人と似た骨格のものが主流だが、牛鬼のように蜘蛛のような身体を持つものもいるし、馬型までいた。
総じて「頭部が鬼である」事だけが、鬼を鬼たらしめているかもしれない。
そんな事を思いながら、数十分とかかる戦闘を続けている。
サイとヘクサリアは、姿は見えないが近くで戦っているようで、魔力弾の炸裂音や打撃音が聞こえてくる。
ひよりと澪は、お互い背を向けて死角を潰して、戦い続けていた。
「これ、ちょっと対処わかってきたかも」
ひよりが近くに寄ってきた妖鬼を斬り倒しつつ、澪に話しかける。
「最小限の対処で確殺していかないと対処しきれない」
「それは……ハッ! そうかもです……フン!」
距離の離れた妖鬼に聖属性の魔力弾を放ち、近くに来た妖鬼には棍型の魔力杖を叩きつける。
「ですが、私はひよりほど体力がないので……!」
おかげでさっきから無駄に魔力を使ってしまっている感じがある。
「ひよりに澪よ! 大型の化け鼠が向かってきておるぞ!」
力を無くした銀嶺坊は、カラスらしく上から索敵し、敵を調べ、伝令している。
冒険者であれば、五感強化して自身で敵を見つける方が良いのだが、長時間戦うとあって、ひよりたちにそんな余裕もない。
そのため、索敵を銀嶺坊が買って出た次第だ。
「鉄鼠みたいなものか!」
和服を着た大きな鼠が、ひよりたちめがけて突撃してくる。
曰く、鉄の歯を持ち、魔法も使ってくるという。
「澪ちゃん、後方のサポートよろしく!」
「はい!」
ひよりは化け鼠に向かって突撃する。
その最中、化け鼠は火の魔力弾を放ってくるが、ひよりはそれを避けもしない。
サイから借りている矢避けのネックレスが魔力弾をあらぬ方向へ飛ばしてしまうからだ。去年借りて、返そうとしたら「妖魔退治は重要な仕事だから、そのまま持ってな」と言われ借りたままであるが、確かにこの乱戦で大いに役に立っている。
おかげで余計な体力を使わずに、最速で化け鼠に近寄れた。
「破魂閃!」
中型の妖魔のため、ひよりは奥義を使い一撃のもと化け鼠を処理する。
退治が終われば、すぐさま澪の近くに戻り、澪の周囲を囲む妖鬼たちを倒していく。
銀嶺坊も、それに合わせて澪の近くに飛んでいく。
「大丈夫であるか、ひよりに澪よ」
「あなたと戦った時よりは安心できてる!」
小さな妖鬼を蹴り飛ばしながら、ひよりは叫ぶ。
「そうですね。あの時は助けもありませんでしたからね。それに比べれば、今は先生もいますし」
新宿魔人戦線の時、ひよりも澪も大変な目にあった。
あの時から三か月ほど経つが、あの時に比べれば、そこまで大変ではない。
体力的にはしんどいが、それだけだ。
今も近くで戦闘音が聞こえる。
ヘクサリアの魔法が妖魔を《《処理》》している音が聞こえる。
サイの妖魔を叩く、打撃音が聞こえる。
やはり、あの時とは比べられない。近くに師であるサイやヘクサリアがいるというのは、ひよりや澪のような未成年冒険者にとって安心材料だった。
「まあせんせ達に頼りきるつもりもないんだけど!」
そう言って、更に近寄ってきた妖鬼を斬り飛ばしていく。
それからたっぷり戦い続けて、ようやく妖鬼たちの姿が見えなくなった。
なかなかハードな冒険になりそうだが、普段の冒険では得られない経験ができて満足するひよりと澪だった。
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