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世界は綺麗じゃない

作者: マーク
掲載日:2026/05/04

世界は綺麗じゃない。


小鳥のさえずりも、雨の落ちる音も、ガスコンロが点く音も。


日常に落ちればただの雑音だ。


有り難がることができるやつはいつだって、外から見てるだけのやつらだ。


どれもこれも、ただ煩わしいだけのものになっていく。


いつまでも慣れないなんてできやしない。


上手く生きるために、世界への純粋な思いは、少しずつ減っていくようにできている。


最初っから、決まってるんだ。


綺麗じゃなくなるのは、決まっている。


汚いことがわかっているから。


期待ということをしないために、慣れていくんだ。


「また、外を見てるんだね」


「それぐらいしか、できないから」


「そう」


「私、あとどれぐらいだっけ」


「半年ぐらい」


「…長い」


「いや、短いよ。君はまだ、成人もしていない」


「私、嫌いなの。無くなりそうだから大事にするのが。そのときになって大事にするぐらいなら、ずっと大事にすればいい」


「無くなりそうにならないと、気付けないものなんだと思うよ」


「…私は、そうは思わない。無くなりそうなものは、価値があるように見えるだけ。もう会えないかもしれないと思って、最後に連絡先を交換したって、連絡を飛ばすことは結局ないでしょ?」


「…そうかもね」


「そう。だから私は、勘違いはしたくない」


「世界は、綺麗じゃないから」


「そっか。…鏡を見たことは、ある?」


「ある。もう、随分前だけど」


「俺はね、毎日見ているよ」


「そう」


「でも、たまに、怖くなる」


「どうして?」


「わからない」


「…変なの」


「変。確かにそうだね」


毎日、先生はやってくる。


どんな天気でも、休みの日でも。


「それじゃ、そろそろ帰るよ」


「そう、わかった」


部屋から出ていく背中を、見つめていた。







「来たよ」


「…せんせい」


「喋らなくてもいい。無理しないで」


伝わるかもわからないほど、小さく頷いて見せた。


「…そろそろ、お別れだね」


「寂しいよ」


先生が話していることを、ただ聞く。


「…実はね、今日、鏡を持ってきたんだ」


「見たくないかもしれないけど、俺は、見てほしくて」


「いい?」


「…ありがとう」


先生が鞄から鏡を取り出して、私の方へ向けた。


「君は、世界は綺麗じゃないと言ったね」


あぁ、本当に。


鏡に映る私も、綺麗とは程遠い。


「俺は、君は綺麗だと思う」


私はただ、静かに聞いていた。


「最後を前にしても取り乱さず、自分を貫き通していた」


「俺にはきっと、そんなことはできない」


「君は綺麗じゃないと言うかもしれないけど。俺には、綺麗じゃないことが、綺麗に見えて仕方がないんだ」


「強い。何よりも強いものを、君から感じて仕方がない」


「価値を勘違いしたくない、と言ったね」


「最後なんだ。価値がないと気付く瞬間はもう、残っていない」


「存分に、勘違いをしよう?」


優しかった。


他のどんなものよりも優しかった。


私を否定する言葉は、一つもなかった。


私は、いつの間にか泣いていた。


静かに、泣いていた。


音もなく、泣いていた。


けど。


雨の降る音が、聞こえた気がした。

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