果てしない旅 6
私の名前は、未来。
物心ついた頃から、お父さんはずっと同じ姿をしている。黒い髪も、静かな目も、背の高さも、何も変わらない。村の誰よりも、旅人たちよりも、老いない。
けれど、私はそれを不思議だと思わなかった。
⸻
最初の記憶は、焚き火の匂いだ。
夜の森。
小さな炎。
その向こうに、お父さんが座っていた。
「未来」
と、呼ばれた。
その音が、私のはじまりだった。
⸻
私たちは旅をしていた。
決まった家はなかった。
国を渡り、森を越え、川を下り、時には海辺に長く滞在した。
お父さんは、争いの匂いを避けるように道を選んだ。
戦場には近づかなかった。
⸻
幼い頃、私はよく転んだ。
あの人はすぐに手を差し伸べるが、必ず立たせるのは自分の足だった。
厳しくはない。
ただ、揺るがない。
⸻
村に長く滞在したことがある。
尻尾を持つ人々の集落だった。
小さな角が額に生えた子どもたちが走り回る、穏やかな場所。
私はそこで初めて、同年代の友を持った。
けれど、三年が過ぎても、五年が過ぎても、
あの人は変わらない。
村の大人たちは、ゆっくり老いていく。
友だちは背が伸び、声が変わる。
私は成長しているのに、
あの人だけが、止まっている。
ある日、友だちに言われた。
「お前の親、若すぎないか?」
私は笑ってごまかした。
その夜、焚き火の前で聞いた。
「どうして、あなたは変わらないの?」
あの人は少しだけ空を見上げた。
「変わっている」
と言った。
それ以上は語らなかった。
⸻
私はやがて背が伸び、剣を持つようになった。
あの人に教わった。
戦うためではない。
守るためだと。
けれど、その言葉の裏に、別の重みがあることを、私は薄々感じていた。
あの人の動きは、迷いがない。
それは鍛錬のそれではない。
知っている動きだった。
何度も、繰り返してきた動き。
私はその過去を知らない。
⸻
時は過ぎる。
私は大人になった。
あの人は、変わらない。
並んで歩くと、兄妹のようだと言われる。
時には、旅の仲間に見られる。
親子には見えない。
私は少しだけ、胸が痛む。
⸻
ある日、私は気づいた。
あの人は、夜に一人で空を見上げている。
必ず、星の多い夜だ。
何かを探しているように。
私は隣に立った。
「何を見ているの?」
沈黙。
やがて、静かな声。
「遠い場所だ」
「帰りたいの?」
少しの間。
「わからない」
その答えは、ひどく正直だった。
⸻
私は年を取る。
指先に、少しずつ時間が宿る。
髪の艶が変わり、肌に細い線が刻まれる。
お父さんは、変わらない。
⸻
旅の途中、小さな町で家を借りた。
私はそこで、しばらく暮らすことを望んだ。
あの人は、拒まなかった。
畑を耕し、水を汲み、穏やかな日々が流れる。
私はその時間を、強く、強く抱きしめた。
けれど、時間は私の側だけを進める。
私は老い、
あの人は老いない。
鏡に映る二人の姿は、もはや親子ではない。
私は椅子に座る時間が増え、
あの人は、相変わらず同じ背で立っている。
「未来」
呼ぶ声も変わらない。
⸻
最後の夜。
私は寝台の上で、星を見た。
窓は開いている。
風が入る。
「ねえ」
声はかすれている。
「お父さんは、ずっと旅をするの?」
あの人は答えない。
「地球って、見つかるといいね」
幼い頃、夢の中で聞いた気がする。
あの人が、寝言のように呟いていた名。
地球。
青い星。
音のある星。
返事はなかった。
けれど、あの人の手は、私の手を握っていた。
温かい。
変わらない温度。
⸻
朝が来る前に、
私は目を閉じた。
⸻
それから先のことは———-
けれどきっと、
あの人はまた歩き出す。
同じ姿で。
同じ足取りで。
いくつもの国を越え、
いくつもの文明を見送り、
いくつもの星を見上げながら。
私はいない。
けれど、未来という名だけは、
お父さん中に残る。
時間は、あの人を置き去りにしない。
あの人が、時間を置き去りにする。
そしてまた、
どこかの海で仰向けになり、
青を見上げるのだろう。
長い旅
本当に、長い旅だに
お父さんは歩く




